草紙 / 預かり物 / Site Top 

1kb SS劇場 ゲスト公演1

1024バイトで超短編を書こうという遊び。
下のリストから各話に飛びます(付きは18禁です)。

  1. どっちがいい?
  2. 無言の会話
  3. 罪と……
  4. 帰りません
  5. ふわり、と
  6. 展覧会の絵
  7. the last month of pregnancy
  8. 夕暮れの放課後
  9. 女二人
  10. 一滴値千金
  11. 芥は芥に、思い出は胸の中に
  12. 言葉だけで
  13. 刑事
  14. 彼女の本音
  15. 天国と地獄
  16. 夜明け前
  17. 赤月の夜に
  18. 故障
  19. possibility
  20.    


  1. どっちがいい?

    「ねぇ式、もし子供を授かるとしたら男と女、どっちがいい?」
     僕と彼女以外誰も居ない職場で、唐突にそんな事を聞いてみたくなった。
    「突然だな幹也。今から将来設計でも立てるつもりなのか?」
    「いや、まぁ、別にそういう訳じゃなくて、何となく聞いてみたくなったから。とにかくどっちがいいか教えてくれないか?」
    「男だ」
     式は間髪入れず、あっさりとそう言い切った。
    「へぇ、ちょっと意外だな。式の事だからどっちでもいいって答えるかと思ったけど」
    「俺はそこまでいい加減じゃない、お前と違ってちゃんと先の事を考えてるからな」
     そんな意外過ぎる言葉に、僕は凄く驚かされた。
    「そこまで真剣に考えていたとは思わなかったな。でもなんで先の事を考えると男がいいの?」
    「それは……」
     さっきとは対称的に、式は語尾を濁したまま下を向いた。
    「それは、何?」
     そう尋ねがら俯いている式の顔を覗き込もうとすると、彼女はそっぽを向くように横を向いた。
    「娘だと、お前の妹みたく幹也に惚れるかもしれないからな。肉親相手にお前を取り合うのは、鮮花だけでたくさんだ」
     照れ臭そうに答える式を見て、僕は自分の顔も熱く火照っていることを自覚した。



  2. 無言の会話

    言葉のいらない人間なんていない。
    口で言わなきゃわからないことなんて幾らでもある。
    結局人間なんていうのは話しあわなければ分かり合える事なんか無いのだろう。
    そんなのは当然で、俺でも知っているくらいの常識。
    だけどなんで、こんな時は言葉はいらないなんて思ってしまうのだろう。
    ただ、唇と唇を合わせているだけだというのに。
    人間というのは第一印象が大事で結局見た目で判断されるもの。
    背丈肉付き顔つき立ち姿。
    着ている服も髪型も靴も手も相手を知るために必要な情報。
    だけど今の俺は目を瞑っていて、幹也を見ることなんてできないのに。
    なんで、今は幹也を全てわかっている様な気になってしまうのだろう。
    ただ、唇と唇を合わせているだけだというのに。
    危なっかしい手つきで俺を包む意外と太い腕。
    のしかかってくるように近づく体。
    慣れない仕草で押しつけてくる唇。
    まったく、本当にいつまでもコイツは変わらない。
    もう少し口づけぐらい、慣れればいいと言うのに。
    その時間が終わると、幹也は顔を赤くしてそっぽを向く。
    なぜかこんな時の幹也は何一つ喋ろうとしない。
    だから私は幹也が何を考えているのか知るために、かすめるような口づけをした。


  3. 罪と……

     指が、撫ぜる。
     優しく。
     いやらしく。
     強く。
     柔らかく。
     僕のペニスを撫で摩る。
     唾液に塗れた幹を細い指が這いまわる。
     くびれを指の先がくすぐる。
     裏筋を指の腹が丹念になぞる。
     露を滲ませた鈴口を爪が小さく抉る。

     僕は小さく悲鳴をあげ続ける。
     喘ぎ、息を荒くする。

     鮮花は妖艶な笑みで、僕を見つめている。
     我慢する事はないのですよ、と目で語っている。
     淫らに唇を開けて、舌を見せる。

     ああ、また……。
     鮮花の唇。
     触れる。
     ゼリーの感触。
     濡れて、柔らかくて。
     僕の亀頭を一気に飲み込む。
     圧倒的な快感。
     腰全体が痺れる。
      
     体の要求に応えたくなる。
     蕩ける口のさらに奥へ。
     鮮花も望んでいる。
     何を躊躇っている?
     快楽に浸って何が悪い?

     でも、出来ない。
     不可抗力でも鮮花と、妹と交わる真似を……。
     鮮花の純潔を奪い、式を裏切り。
     この罪を止められなかった僕。

     体は鮮花の好きにさせよう、幾らでもどうとでも……。
     
     でも二度と最後までは至らない。 
     どれだけのた打ち回っても、絶対に。

     それが、僕が僕に与えた―――、罰。

      了



  4. 帰りません

    「いいかげん、帰ったらどうだ?」

     さして熱意を込めずに言う。
     もう自分に責任がとれる年齢だし。
     意外に頑固だからな、こいつは。
     さて?

    「帰りません」

     ふむ、迷いがない。
     こうまできっぱり言われると頷くしかない。
     まあ、好きにするさ。
     煙草を咥え……、残り少ないな、買って来ないと。
     海外土産にもらった煙草モドキしか残っていない。
     仕方ない、無いよりマシ。
     ええとライター、火……。

    「イチゴさん」

     お、これはこれは。
     シュボッ。
     ふうぅ……満足。

    「すまんな」
    「いえ」

     しかし、そんなホストみたいな真似……。
     あたしの非難めいた目をどう取ったか。
     少し不安そうな顔。

    「迷惑ですか?」
    「ちっとも」

     有間はほっとした顔をする。
     ああ、可愛いな。
     弄りまわして苛めたくなる。

    「でも、いいのか?」
    「帰らないんです、俺は」

     何を思い出しているのか、有間には珍しい表情。
     実家に戻っていろいろ変化があると言う事か。
     しかし「帰れない」でなくて「帰らない」ね。
     どうやら良い変化らしい。

     小さく笑ったあたしを、有間は不思議そうに見つめていた。

      了



  5. ふわり、と

    ふわり、と。

    体が宙に浮いた。
    飛び立つのは簡単で、いつも通りにそこに行こうとしただけ。
    覚悟も何も要らなかった。
    足がその場に張り付いて、動かなくなるなんて事もない。
    まるで辿り着く場所があるように、ただ、ふわりと。

    一瞬の浮遊感。
    それは慣れ親しんだ水の中。
    空という名の、水の中。
    私はどんどん沈みだす。
    風が私を撫でていく。
    強く――強く。

    私はトンデいた。
    上に、上に、天に向かって。
    下に、下に、地に堕ちて。
    僅かな時間、昔の事さえ思い出さない。
    思い出すのは、ただ一つ。
    いつも、いつでも憧れた、遠い彼方のあの人の顔。

    私はずっと、見ていたかった。
    私はずっと、見ていたかった。
    あの人の手を取れたなら、私はたぶん、どこまでも。

    何度空想したのだろう。
    私の名を呼ぶあの人の声。
    思い出そうと想いを馳せて、私は笑う。
    なんてこと――空想は、空想。

    私は彼の声さえ、知らなかったのだ――。

    ……その日、一粒の雨が降った。
    雫は後の衝撃に消えて、誰もそれには気付かない。
    ほんの僅かな時間の後に、
    雨を降らせた少女の名前が、小さく紙面に刻まれるだけ。

    ――巫条、霧絵と。



  6. 展覧会の絵

    「あの橙子さん、どうしたんですこの絵?」

    ある日、仕事場に出現した蒼い絵を眺めながら僕は橙子さんに向かってそんな問いを発する。

    「ああ、なじみの美術館が閉館すると言うんで安く買い上げたんだ、昔から気に入っていた絵でね、そのために色々手放すことになったが、まぁしょうがない、買い手がつかず処分されるくらいなら・・・な」

    橙子さんはそんな返答を返してきたけど、僕の視線は絵から離れない。
    ただ蒼い色だけが塗り込められた白いキャンパスを、瞬きもせずに見続けることしか出来はしない。

    「ふーん、そうなんですか、しかし不思議な絵ですね。蒼く蒼くひたすらに蒼一色で、見ていると絵の中に沈んでいきそうなのに・・・」

    「なのに心は浮かんでいく空虚そのものの空の景色、ほんとうに不思議な絵だよそれは、しかしそれ故にコレを描いた画家は生きている内に認められることはなかった―――死んでからだ、彼の絵が彼自身が一番見て欲しかった人種の手に渡らないような値段で取り引きされるようになったのは・・・」

    そう皮肉げに語る橙子さんの声は心なしかどこか哀しげだった。

    「皮肉な話ですね・・・」

    「ああ、まったくだ。あるひとつの無駄を愚かと蔑み、ある一つの無駄を芸術と持てはやす、なぁ黒桐?その境目はどこにあるんだろうな・・・」

    寂しげに紫煙を燻らせながら、橙子さんは僕と一緒に空の形をした蒼い虚無を眺めていた。



  7. the last month of pregnancy

    「ん……」
     最後にちゅぷっと音をたて、さつきがペニスから唇を離す。そして口の中に残っていた精液をコクンと飲み込むと、にっこりと俺を見て笑った。
    「気持ちよかった?」
    「ああ」
    「すごいいっぱい出たね。濃くて……おいしかったよ」
     頬を染め、そんな風に上目遣いで言われては、欲望を口内に放ったばかりだというのにまた反応してしまう。
    「あ……」
     僅かにぴくんとしたのを見ると、さつきはおかしそうに笑い、改めて手を添えた。
    「まだ辛そう。今度は、手でしてあげる」
    「ん、ああ」
     つい欲望に負けてしまうと、さつきは唾液と精液に濡れたペニスに愛撫を加えながら、先端からにじみ出る残滓を舌でぺろっと舐めた。
     そんなさつきの頭を優しく撫でてあげると
    「ごめんね」
     小さく、すまなさそうな声が聞こえた。
    「いや、仕方ないよ」
     熱心に愛撫してくれる姿を見下ろし、俺は快感と慈愛に包まれる。
    「あと……どれくらいかな?」
     その言葉にさつきが顔を上げると、誰も敵わない微笑みを見せてくれた。
    「三週間だって言ってたよ」
    「そっか……」
     胸の奥がじいんとなる。その瞬間が早く来て欲しかった。
    「早く生まれるといいな、俺達の赤ちゃん」



  8. 夕暮れの放課後

     並んでの帰り道。
     ちょっと恥ずかしがりながらも、秋葉は嬉しそうに俺と手を繋いでいたが
    「あっ」
     秋葉が急に立ち止まった。
    「どうした?」
     不思議に思って尋ねると、秋葉は困ったように俺を見る。
    「あの……兄さんのが、中から垂れてきちゃって……」
     成る程、恐らくさっき教室で膣に出した精液が零れてきたのだろう。
    「ん? でも、下着とかで……」
     言いかけるも、秋葉の瞳はそれを否定していた。
    「……つけてません」
    「え?」
     その意味が一瞬分からず、俺はおかしな声をあげる。
     秋葉は一度瞳を逸らしたが、正直に告白した。
    「あんなに下着の上から濡らされたから、つけてないんです」
     その言葉に、クラッとくるものがあった。
     見たい。
     確かめたい。
    「秋葉……見せて。腿に精液を垂らしてる姿。スカートの下に何もつけてない姿」
     見つめながら、自然に口が動いていた。
    「でも……」
    「ほら」
     と、迷う秋葉に視線で合図を送り、振り向かせる。
     俺達が進む筈のその先には、公園の入り口があった。そこなら……
    「見たいんだ、秋葉。いいだろ?」
     耳元で優しく囁く。
     秋葉は頬を染めながら、熱っぽい声で答えた。
    「……はい」


  9. 女二人

    夜の闇に包まれる、アトラスの地。

    「よくも、志貴を横取りしてくれたわね」

    白き真祖の姫は、紫髪の錬金術師と対峙する。

    「真祖。 あなたの志貴への寵愛は理解しています。
    ですが、私も志貴を愛しているのです」

    「ふざけないでよ! この泥棒猫!」

    愛する人を奪った女を切り裂こうと、鋭い鉤爪が迫る。

    錬金術師は攻撃を避けながらも、握っているバレルレプリカを使おうとはしない。

    「志貴は私とずっと一緒に戦ってきた!
    なのに、なんで横から現れたあんたが志貴と一緒にいるのよ!」

    「真祖……」

    錬金術師は、瞬くまに路地へと追いつめられた。真祖の姫は金色の魔眼を輝かせ、彼女に迫る。

    とどめをさそうとした真祖の姫は、途端に驚きの顔を見せた。

    「え? 一つの体に、もうひとつの生命反応……。 まさか!」

    錬金術師の体には、新しい命が宿っていた。

    「そっか。 お腹に志貴の赤ちゃんがいるんだね」

    真祖の姫は,その場に崩れ落ちて涙を流した。

    「殺せない。 私には、殺せないよ……」

    錬金術師は、真祖の姫を慈しむように、そっと優しく抱き寄せた。



  10. 一滴値千金

    「駄目よ、瀬尾」

     鋭い声。
     びくんと晶の体が硬直し、怖れに満ちた顔で声の主を見る。
     しかし叱責の声を出した秋葉は特に怒った顔はしておらず、むしろ笑顔に近い。
     艶然として、晶の怯え顔を見つめている。
     それは場合によってはより恐怖を誘ったかもしれないが、晶は内心でほっとした。
     決して鼠を嬲る猫の顔ではないと判断して。

    「そのまま口の中に留めておきなさいと、言ったでしょう?」

     叱責ではなく、教え諭すような響き。
     そして、秋葉はそっと手を伸ばした。
     晶の頬に触れる。ぷくりと膨らんだ感触を撫で、そのまま喉に指を這わせる。

    「じっくりと味わいなさい、すぐに飲み込んでは駄目。
     少し苦しいかもしれないけど、そのままで口から溢れそうな香りに酔うのよ」
    「……」

     晶は頷くが、声は出せない。
     
    「とは言え、少々口に含みすぎたわね、吐き出されでもしたら目も当てられない。
     一滴一滴が貴重なんだから。いいわ、少し手伝ってあげる」

     何をと戸惑う晶に笑いかけ、秋葉は閉じた唇に自分のそれを重ねた。
     厭う事無く、むしろ陶然として自分の口に導いた。
     晶の唾液が混ざりドロドロの…… 『ソレ』を。

      了



  11. 芥は芥に、思い出は胸の中に

     晴れた天気。
     心地よい気温。
     こんな休日は掃除をするに限る。

    「兄さん、こちらのものは不必要です。捨てて下さい」
    「ん、解った」
     秋葉が選別。志貴が処分。
     琥珀は昼食の準備、翡翠は秋葉よりも奥の方をまとめていた。
     遠野家の中に溜まった様々なモノ。屋敷の中に置きっぱなしというワケにもいかず、こうして休日の大掃除。
     一声気合を入れ、志貴が大小様々なゴミを捨てに行く。

     そして、昼食時。
     早めに一段落ついた志貴と翡翠を先に向かわせ、秋葉は残りの作業を終わらせた。
     ふと。
     秋葉がたった一つ残った冊子を見つける。
     先程、志貴に捨てておけといった書籍類の一つだ。まったく、ノート程度の本を残しておくなんて詰めが甘い。
     呟きながら、何気なく開くと。

     たった一枚。

     二人の少年と。
     二人の少女と。
     屋敷の窓から顔を出す、一人の少女が。

     そのアルバムに納まっていた。
    「――――あっ」
     そういえば中身を確認していなかった。
     これを残しておいた志貴の考え。

     これは不必要なものなんかではない。
     大切な思い出。

     涙を拭いながら、秋葉は微笑み。
     彼女を待つ家族のところへと向かった。



  12. 言葉だけで

     ふふふ、何もしていないのに。
     もう、こんなになさっている。
     本当に凄いですね、兄さん。
     知らぬ振りをしていたのに。
     ちゃんと私で欲情しているんですよね。
     これは私に向けられているんですよね。
     私の事を欲しいと思ってくださっいるんですよね。
     私にこれからされる事に期待しているんですよね。
     こんなに手に余る程大きくしているんですもの。
     こんなに固くこちこちになっているんですもの。
     熱くて脈打って。
     膨らんで漲って。
     いいですよ、どれだけ期待なさっても。
     嫌だって言っても私が我慢できません。
     私の自由にさせて頂くんです。
     ここもここも秋葉のものです。
     舌で。
     指で。
     何処もかしこも舐めまわして。
     隅から隅までを弄りまわして。
     顔中ををべたべたに汚して貰うんです。
     口から溢れるほど迸らせて貰うんです。
     本当に兄さんは嫌らしいですね。
     まだ秋葉は何もしていないのに。
     待ちきれないのですか。
     早くと急かすのですか。

     いいですよ、さあ始めま……、え?
     秋葉も何もしていないのに、顔に垂れてくるほど?
     ……知りません! ち、違います、エッチなのは兄さんです!

      了



  13. 刑事

     その日も事務所は暇だった。
     いい加減潰れそうなのだが、これがなかなか潰れない。
     まあ事務員としてはありがたい事ではあるが、忙しい方がありがたい。
     そんな訳で暇に飽かせて事務所のテレビをつける。
     ちょうど刑事モノをやっていた。

    「なんだ黒桐、刑事ドラマ好きなのか?」
    「好きな訳じゃないですが」

     毎日暇なせいで粗筋まで判ってしまうのが悲しい。
     それはさておき。
     誰にだって子供の頃影響を受けたTV番組の一つや二つはあるもの。

    「所長はそういうのってありますか?」
    「そういえば、秋巳刑事がそのような事を言っていたな」

     聞いてみると、ふと思い出したように言う。
     煙草にライターで火をつけながら、記憶を探るように。

    「刑事を目指したのも、そのドラマに感動したからだとか」
    「そうなんですか」

     単純な話だが、いかにも大輔兄さんらしくもある。
     きっと刑事達の活躍に手に汗握っていた子供だったのだろう。
     容易に想像できてしまって、なんだか可笑しい。

    「ところで、なんてドラマです? 太陽に吠えろ?」
    「いや、なんだったかな……確か……」

     ・
     ・
     ・
     ・
     ・

    「ギャバン」
    「宇宙刑事かいっ」



  14. 「ただいま、式。アイスクリーム買ってきたけど……、って眠ってるのか」

     反応が無いからどうしたのかと思ったら。
     無防備で丸まったおよそ式らしくない、けれど何だか可愛い姿。
     スーパーのビニール袋を手から下げたまま、しばし見惚れてしまう程。
     にょきりと出た三角形の耳、お尻の処から伸びた細い尻尾。

    「にゃあ」
    「お、目が醒めたね、式。もう少しでご飯だから、ちょっと待ってて」

     まだ寝ぼけ顔で、僕の言葉に頷き返す。
     朝作っておいた煮魚が味染みているな、煮こごりはそのまま食べて。
     簡単に支度を済ませて夕飯にする。
     
     ごちそうさまの後、式はまだ嬉しそうに魚の骨を弄っている。
     目を疑う、でも早くも馴染んだ姿。
     猫になった式の姿。
     外観の変化だけでなく、式は話す事が出来なくなっていた。原因不明。
     気が向かないと呼んでもぷいと顔を逸らすのに、構って欲しいとまとわりついて離れない。
     本当に猫みたい。
     意外と違和感ないのは、式って猫気質だったのだろうか。

     それはさておき、式猫はいつの間にか膝の上に頭乗せて、なおかつ眠ってしまったけど。
     起きるまでこうしていないとダメなのかな、僕は?

      了



  15. 彼女の本音

    「やっぱり、俺の弓を見に来たんだろ?」
     勘違いした男がそう言ってきた。
     早朝から煩い相手に会ってしまった己の愚に溜息。
    「前にも言ったとおり、私はあなたを見に来たわけじゃないわ。美綴さんに会いに来ただけだから」
     そっけなく言ってその場を立ち去る。

     校舎内を歩きながら、横にいるアーチャーが一言。
    「凛。一発殴ってやってもよかったぞ」
     ニヤリと口の端。
     本人は冗談のつもりだろうが、凛本人としては是非とも殴って欲しかった。だが、そんなことにサーヴァントを使うのも阿呆らしい。
     溜息混じりに凛は訊いた。
    「ねぇ、アーチャーから見て、間桐慎二の弓はどうだった?」
    「さぁ? 先程は非常に巧い一人の人物しか見ていなくてね。残りの練習していた者は、見向きもしなかった。期待に応えられず申し訳ない」
     それを聞き、クスッと漏れる凛の笑み。

     朝練をしていたのは、間桐慎二と美綴綾子の二人だけだった。

    「これでアーチャーに一発殴らせてたら、もっと気分がよかったかもしれないわ」
     一拍。
    「勿論、冗談だけど」
     軽やかに彼女は教室へ向かう。

     アーチャーは肩を竦ませ、聞こえないように「本心だな」と呟いた。



  16. 天国と地獄

     目の前にあるのは究極の選択−−
    「志貴さん」
    「志貴様」
     タナトスの花に囲まれて、惑う俺−−
     ベッドの上に身を横たえた俺を見下ろす二人に、俺の心臓は激しく波打っている。
     そう、俺は選ばなければならない。

     二人のうち、一人を−−

     −−ぎしっ

     ベッドが軋む。

    「志貴さん、まだ、ですか?」
     琥珀さんが熱を帯びた瞳を向けて、ベッドに腰をかける。

    「志貴様」
     もう、待ちきれない−−言葉に出さなくても、翡翠の瞳はそう訴えてきていた。

     だが、二人のうち一人を選ぶなんて、
    「俺には・・・できないよ」

    「ダメですよ。志貴さん」
     琥珀さんが口に人差し指を当てて、蠱惑的な微笑みを向ける。

     究極の選択に−−俺の背中に冷たい汗が流れた。

    「さあ、選んでください。そうしないと風邪が治りませんよ」

     左には琥珀さん特製 煙を出している自称風邪薬−−
     右には翡翠特製 精力のつくものをすべて煮込んだ泡を立てている鍋−−

    「志貴さん」
    「志貴様」

     天国を見るか、地獄を見るか−−
     すべて神のみぞ知る・・・・・・・・・・・・・・・・・・
     



  17. 夜明け前

    ベットの上でシーツにくるまり身を寄せ合う二人
    男と女の艶めかしい匂いがこのかび臭い部屋に漂う…。
    「…式にばれたら殺されるなきっと」
    幹也は火のついていないタバコを口に銜え、苦笑した。
    するとさっきまで黙って幹也に身を預けていた女が口を開いた。
    「安心しろ…ばれたらばれたで私が守ってやる」
    女もベットの上に放ってあったマルボロの箱から一本タバコを取り出し口に銜えた。
    シュボッ…というライターの音とともにタバコの先から弱々しい煙がたちのぼる
    紫煙を吐く女の横顔に見惚れながらも幹也は不安を抑えきれなかった。
    「でも、橙子さん僕は…」
    「何度も同じことを言わせるな幹也…“私は尽くすタイプ”だ。お前は何も気にすることはない」
    橙子の瞳が真っ直ぐ幹也を捉え、魅了する。
    何も言えなくなり、幹也は橙子の瞳を見つめることしかできない。
    蒼白い静寂が流れ、タバコから出る煙が虚空を漂う…。
    そして幹也は…何かを受け入れ、そして何かを諦めて…橙子に身を捧げた。
    「火、くれませんか……?」
    「ああ……」

    ジュッ……。

    二本のタバコから出る紫煙が絡み合い薄汚い天井へ消えた。
    これから毎日繰り返されるであろう…夜明け前のそんな光景。



  18. 赤月の夜に

     中々寝付けなかったその夜、退屈しのぎに屋敷を探検していると窓辺に立っている彼女とばったり出会った。
    「こんばんわ琥珀さん」
    「あ、こんばんわ。珍しいですね、志貴さんがこんな時間に起きてるなんて」
    「えぇ、今日は眠れなくて」
    「不眠症ですか? だったらいい薬が」
    「結構です」
     懐から何か取り出そうとする手を機先を制して抑えた。命が惜しいので彼女の残念そうな顔は無視する。
    「ところで琥珀さん、そっちこそここで何してるんです?」
    「えぇ、見回りの途中だったんですけどここから見える月が凄く綺麗だったんで」
     彼女が窓越しに見るその極彩の赤月は、綺麗というより不気味な気がバリバリにするのだが。
    「な、なるほど、名月に心打たれてたって訳ですか」
    「えぇ、それに……」
     そこで一端言葉を切ると、琥珀さんは何故か毒婦の様な邪笑を浮かべた。
    「赤い月の晩は何処かで誰かが悪巧みしてるって、ウォーレンさんも言ってますからね。私もそのひそみに倣って悪戯の一つや二つ企んでみようかと」
     琥珀さん、貴女のソレは今日だけと言わず四六時中、しかも悪戯ってレベルじゃない気が激しくするのですが。
     というか、ウォーレンさんとは一体誰ですか?


  19. 故障

    「おーい、頼むから復活してくれ〜」
     泣き言を言いながら十回目の起動を試みるが、ディスプレイは黒いままだった。
    「どうした幹也?」
    「いやどうも事務所の主力マシンが力尽きたらしいんだ」
     そう言いつつも再起動を行ったが状況はやはり変わらない。最近忙しくてずっと酷使してたのが故障の原因かなぁ。
    「はぁ困ったな。このままだと全然仕事にならないんだけど」
     落胆しながらふと横を見ると、先程までソファーに身を沈めていた筈の式がいつの間にか傍に立っている。
    「幹也、俺に任せろ」
    「え、式これ」

     シュッ。

     直せるのかと聞くより早く、式は風切音を立てながらナイフを振り下ろしていた。勿論ノートパソコンは見事なまでに真っ二つだ。
    「……式、あのねぇ」
    「なんだ幹也、壊れた物を殺した所で何か問題あるのか?」
     僕を睨みながら不機嫌そうに答える式。どうやら最近忙しくて構えなかったのが酷く不満だったらしい。
    「いやそういう事じゃなくてね」
    「うるさい」
     その一言で反論を封じると、式はそのまま僕を椅子から押し倒した。

     ちなみに「随分とお盛んだったようだな」と橙子さんに笑われながら請求書を渡されたのは、その翌日の話である。



  20. possibility

       possibility

    「兄さん」
    「ん? 秋葉か、どうした?」
    「兄さんももう卒業ですが、どうするかは決めてあるんですか?」
    「んー、ここの近くに部屋でも借りて、そこから大学に通おうかと思ってるけど」
    「どうしても、ですか?」
    「何か不満でもあるのか?」
    「あります。わざわざ近くに借りるくらいなら、ここから通えばいいじゃありませんか。
    なのに、どうしてここを出ようというんです」
    「どうして、か。そうだな、言ってしまえば、自立する為……なのかな」
    「遠野家の庇護はいらないと?」
    「そういうことじゃない。甘えたままでいたくないんだ」
    「私は、兄さんの為に何かしたいんです。それは、邪魔ですか?」
    「邪魔なことは無いよ。むしろありがたい。でもそれは、秋葉が出来ることか?」
    「どういう意味です」
    「それは、遠野家の力なのか? それとも、秋葉の力なのか?」
    「そんなの、」
    「自分の力だって、言い切れるのか?」
    「それは……」
    「解らないだろ? 俺も、同じだよ。他でもない、自分に何が出来るのか解らない。これ
    じゃ理由にはならないか?」
    「……いつかは、頼ってくださいね」
    「約束するよ」
    「約束したって、覚えてますからね」


 
コメント等、お気楽にどうぞ。
お名前(省略可)
E-mail(省略可)
メッセージ(必須)


Page Top