昔、人間って生き物は今の二人分の体を持っていて、今よりずっと優れていたって伝説がある。
調子に乗りすぎて神の怒りを買い、全員二つの体に分けられて、男女になったそうだ。
だから、そうやって分けられた半身を人は捜し求めるんだって。
あるべき姿に戻ろうとするんだって。

/反意綜合(裏)


/1

 久しぶりに捕まえられたのに、二人とも出かけるところだった。トウコの仕事の打ち合わせとやらで、幹也も同行するらしい。仕方なく伽藍の堂の事務室で帰りを待っていたら、どういう訳か、鮮花の奴が現れた。
「なんで、あんただけこんな所に居るのよ」
 幹也に会えないことに腹を立てたのか、鮮花が声を荒げてくる。
「オレだって休みなんだ、何処に居ようと勝手だろう? 幹也なら、トウコと一緒に出かけたよ」
 私が来た時点では二人が居たことは、言葉から判ったようだ。
 いつもながらの隙の無い身なりした、この黒桐鮮花という奴は、一見して高貴な気配を持ったお嬢様だ。いや、名高き礼園女学院の生徒で、世間的にはお嬢様に他ならないが、それは私には問題ではない。
 そして、こいつが幹也の妹だと言うことも、実際のところ重要ではない。
 私には――両義式には――黒桐幹也が必要だ。名前のとおり、幹也は鮮花の実の兄で、目下、私にとっては恋人と言うことになっている。それに対して、血縁には関係なく、鮮花は私を恋敵と見なしているらしい。趣味の悪いのは承知の上。鮮花は兄として、家族として慕っているのではなく、ひとりの男として幹也を愛していると私に公言している。
 生まれつき私は、ある種の二重人格者だった。精神医学的な解釈はともかく、今の私である式の他に、男性であり織と名付けられた人格を持っていた。二年間も昏睡する羽目になった交通事故が原因で、織は死んでしまったのだけど、鮮花は今の私を識であることにしたがった。この下らない議論は前にも一度幹也やトウコの前でしたことがある。
 結論として、ここに居るのが式であることを鮮花は理解してはいるらしい。
 らしいのだけど――鮮花はこの話をたまに蒸し返してくる。私につっかかりたい時の格好のネタにしているようだ。
「式、前に訊いた時には結局はぐらかしてくれたけど。あなた、やっぱり男なんでしょう?」
 私の正面のソファに座って、鮮花は言う。
 別段、平静を装う必要も無く、単に事実として答える。
「おまえ、前にも言ったな、そんなこと。頭悪いんじゃないか?」
「ええ。でも、やっぱり答えないのね。織なんだ、やっぱり」
 しつこいな、と多少は機嫌を損ねながら、言っておく。
「おまえね、オレは女だって言えば納得するのか? 幹也なら帰ってくるから、今すぐ会えないからってそんなに腹を立てるな」
 ただの言いがかりとしか思っていないのを悟ったらしい。そんなことが判らないほど鈍感だとは思っちゃいないだろうけど、端から相手にしない態度が気に障ったのか、今回はしつこかった。。
「幹也のことは関係ありません。女の体に男の人格で居るんじゃ、さぞかし不自由だろうなって思っただけです」
「性同一性障害に悩んでいる人は現実に居るんだ、あまり気安くそんなことを言うんじゃない」
 面倒だから言うだけ言わせておくつもりだった。だけど、私には今のに腹を立てる理由があった。
「それに、な」
 立ち上がってテーブルの横を通り、鮮花の隣に腰を降ろした。片手を伸ばして来て鮮花の頬にあて、言う。多分、私は笑っていただろう。
「おまえ、オレの精神面のことを男にしたがるくせに、体の方のことはちっとも考えないんだな?」
 一瞬の不可解の表情――――理解と驚き。
 それ以上の間を与えず、襟首を掴んでソファに引き倒し、両肘を押えて覆い被さる。昔を思い出しながら目を見据えたら、鮮花は怯えた。
「教えてやろうか? オレが式なのか、織なのか」
 冷静に告げるつもりだったけど怒りが現れてしまいながらも唇を動かし、それから私は顔を降ろした。
「オレは、おまえを犯したい」

/2

 何をされたのか判るまで、一瞬時間が掛かったようだ。
 唇を塞いでやった。つまり、私の唇で。
 私を突き飛ばそうと鮮花は暴れたけど、押さえ込み続けられた。両腕とも肘のすぐ下の辺りで押えているから、まったく動かせない。腿の上に体をのせて重みをかけて、脚で弾かれるのも防いでいる。
 唇を押し付けたままで、舌まで伸ばす。鮮花の気性じゃ噛み千切られかねないから、歯の間には入れない。歯茎と唇の間を舌先でなぞって行く。
 びくっ。
 腹立たしいだろうに、鮮花は強引なキスに快感を覚えたようだ。。
「ふふふ、初めてだったりするのか?」
 しばらくして離してやり、言う。相変わらず体が動かせないから、流し込まれた唾液を吐き付けて来た。狙いが悪くて、私にあたりはしない。自分の顔に落ちるようなことになるほど間抜けでもなかったようだけど。
 正面から頭を移動して、今度は首筋に口を付けた。吸い付いて、その中を舐め回してやる。
「何考えてるのよ、あんたっ!」
 喚くのを意に介さず、私は鮮花の首の辺りを舐め続けていた。それから不意に耳に口を動かす。耳朶を噛んで、唯一動かせた頭も固定してやる。
「してやろうか、幹也がしてくれたみたいなこと」
 また一瞬、抵抗が止む。
 ある種の格闘技の技みたいなものか、怒った鮮花は尋常でない力を出して私の手を振り払った。そのまま私の胸元に手を着いて押し退けかけ、止まる。
「――馬鹿にして。体はちゃんと女でしょう」
 まあ、大きくはないにしても、触って感じられないほど脹らみの無い胸をしてるわけではない。
「良かったじゃないか、幹也が男同士でも平気なヤツだったりしなくて」
 あっさりと言ってやる。なんとなく笑いを浮かべていたようだ。鮮花のくだらない言いがかりに対してはこんなもんで充分だ。
 何か、可笑しかった。だけど同時に、鮮花の言葉を思う。私が織だったら、あるいは織がここに居たとしたら。
 鮮花の幹也への慕情に気付いたのは織だったけど、織として鮮花の事はどう思っていたのだろう? あのころ織は、殺すことしか知らなくて、愛情と殺意が同じことだった。私はそれを受け入れていたけれど、普通に人を好きになったりは出来なかったのだろうか? 鮮花が普通だとは到底思えないけど、数少ない良く見知った同世代の女で、綺麗で魅力ある一人なのは間違いない。
「それに、鮮花なんかはむしろ女同士でも行けるんじゃないのか? 禁忌に惹かれるんだろう?」
 本当はこんなことを思っているのではないけど、私は言った。
 鮮花は運動も得意で、取っ組み合って私が押さえ込まれたこともある。でも、今回は勝たなきゃならない。ソファに仰向けにして、両腕を頭の上にして片手で押える。関節を極めて、当然のように肘の神経節を打って痺れさせる。思えば、こんな技の稽古をするのはいつも織に任せきりだったのに。
 手を伸ばして、鮮花の胸を掴む。結局、織が生きている間に触れたのは、私の体の胸のふくらみだけだったわけだ。
「意外とあるね。喜ぶんじゃないか、あいつ」
 険しい目をして、鮮花はまた唾を吐き付けてきた。狙い違わず頬に当ってべったりと付く。私ははそれを指で拭うと、穏やかに自分の口に運んだ。指に移った鮮花の唾液をゆっくり舌で舐めとる。
 こんなこと、してみたかったんだろうか? ボタンを外して鮮花の服の前を広げ、ブラジャーを外す。発火の魔眼みたいに睨みつけながらも、鮮花は言葉を発しない。殺意こそ持っても、織が女を犯したがっていたとは思えない。
 両手で乳房を揉みながら、乳首に吸い付いた。舌で先端を突付き、転がす。
「んふっ」
 意地を張っているのか、鮮花は唇を噛んでいる。でもそれは、それ自体が感じてしまっている証拠だろう。
「あ……っ」
 自分のに触れた感覚を思い出し、それから舌の感触を想像する。結局織は、男としての経験を何も持たないまま死んでしまったのだ。
「あぁっ」
 とうとうまともに喘いだ鮮花に、私は愛撫を続ける。
 そう、愛撫だ。そもそもは、鮮花が安易に性同一性障害なんて口にしたからだ。正に織は、それに悩まされていたのだから。だけど、鮮花を辱めるつもりは無い。話す時だけ男言葉になってしまうのは織を失ったことへの代償だとトウコは言っていたけど、今、私は織になって鮮花を抱いているつもりでいる――――自分がこんなふうに、幹也に抱かれているところを夢想したりもしながら。
「ふあぁあっ」
 胸元を離れて、鮮花の目を覗きこんだ。優しい目が出来ているだろうか? 私がゆっくりと唇を近づけるのを、鮮花は穏やかに受け入れてくれた。
 舌を絡めあいながら、思う。もとより、私は鮮花に嫌われているようだけど、私のほうはそうでもない。いや、むしろ、あまり口にはしないけど私にとっては数少ない気を許せる人間だ。私は織ではないけれど、想像してみる。織だったら、この気の強い女のことを愛しく思うようになることはあったんだろうか。これは、私が幹也を欲していることによる勝手な想定だろうか。
 気が付いたら、鮮花も舌を伸ばして私の歯茎を舐めたりしていた。もう噛み付かれる心配はないだろう。もちろん、私にもそんなことをする気はない。
 認めよう。生きていたのが織だったら、こんな今日があったはずはない。それは都合の良い夢だ。だけど、考えずにはいられない。織なら、鮮花とは親しくなれたのだろうか、と。幹也が私なんかを好きになってくれた理由は判らないし、正直、男の嗜好なんてものは私には判らない。だけど、私がこの子のことを大事に思っているのは、幹也の妹だから仲良くしなきゃならないなんてことを考えているからではない。
 織は、恋人にはならなくても、きっと友人には、たったひとりでも鮮花の幹也への想いを応援してやれる友人には、なったんじゃないかと思う。
 空想を一旦やめて、キスを中断して耳に囁きかけた。『幹也がしたみたいなこと』なんてさっきはいったけど、それより、私はまた織として、鮮花に囁いているつもりになっていた。
「オレの胸、触って体のことは判ったつもりみたいだけど、鮮花。両儀ってどういう意味かぐらい知ってるんだろう?」
 両儀。私の姓だけど、この風変わりな苗字の意味は鮮花なら良く知っているはずだ。天地とか、光と闇とか、そういう対極にあるもの。大極が両儀、四象、八卦……と分岐し進んで行く過程の二番目の段階。名前どおり、両儀家は代々「 」に繋がった人間を作ろうとして来た。時折私のように、二つの人格を持って生まれる子があり、それぞれが男女の自己認識を持っている。つまり。
「ひあっ」
 耳を舐めたら、悲鳴を上げた。
「陰陽って、男女って意味で使うだろう? だから、式と織な訳だけど、どうしてその二重性を意識だけに限定する?」
 二重性が意識だけでないなら、
「きゃっ」
 ウエストの方からスカートに手を入れる。普段、和服しか着ないからって服の構造を知らないわけでなく、スカートを脱がすのに苦労はしなかった。膝の辺りから内腿を付け根の方に撫でて、ショーツの上から触れる。その、女の部分に。
「なんだ、もう準備OKって感じだな」
「式!」
 私だって恥ずかしいのを誤魔化しながら、言う。
 私のほのめかした意味を、鮮花は理解したらしい。
「まさか、式、あなた!」
 返事をせず、ショーツも脱がしてやる。脚をばたばたさせているけど、それぐらいじゃ大した障害にはならず、難無く抜き取った。両脚を割り開いて、その間に顔を埋めると、躊躇無く口を付けた。
「止めなさい、式! ――止めて……そんなところっ!」
 私自身、そんなところを舐められるのがどんな感触なのかなんて知らない。
 擽ったそうに鮮花は少しの間だけ悶え、だけど大人しくなった。
「鮮花のなら良いけどな、オレは」
 それは、本心だった。
 結局、織は、男の体のことを知らないままだった。どこから手に入れて来たのか、一度だけ男性のヌードの載った雑誌を眺めていたことがある。普通なら興味を持つ女の体は、一応、私のがあったから。
 両儀、陰陽とはしばしば男女の意味で使われる。それが精神に限定されないというなら、体も両方ってことだ。そうだったとしたら、一体私と織は、どんな性認識を持ったのだろう?
 つまり、私に男性性器もあったとしたら。
「嫌ぁ!」
 鮮花が叫ぶ。初めて本当に嫌がっているこえだった。
 ここに居るのが心身ともに織だったら、そして鮮花が幹也のことを愛してなんか居なかったら。二人は、恋人になれたのだろうか? 鮮花は「特別」なことに惹かれるといっていた。だけど、織が鮮花と愛しあうようになるなんて考えるのは、やっぱり私の都合の良い夢なんだろうか?。
 その通りよ、と告げるかのように、鮮花は暴れている。私は織のつもりで鮮花を愛している気で居るけど、向こうには判るわけが無い。
「嫌、止めなさい! 止めて、駄目っ」
 織の身に付けていた技はまだ利いていて、鮮花の腕は未だ動かないようだ。脚を両手で固定して、ぴったり顔をその間に埋めて愛撫をし続ける。
「殺すわよ! 止めて!」
 構わず、舐める位置を少し変える。途端に、全身をビクリとさせた。感じているみたいだから、同じ所を責め続ける。クリトリス。自分で触れた時の強烈だった感覚を思い出して、舌で責められたりしたらどんな感触なのか、思わず想像して私の方まで熱くなってしまう。
 気持ち良いみたいで、力が抜ける。暴れていた下半身も大人しくなっている。
「止めて……駄目、式……お願い……」
 口惜しげに、少し涙声になりながら鮮花が懇願する。私は聞き入れなかった。鮮花には悪いけど、こんなことは2度とないだろうから。脚を押える必要が無くなって手が使えるから、指先を膣内に入れて膜に触れる。
 女の子を愛する感覚を、もう居ない織に伝えてやりたかったんだ。
「大人しくしろって」
 久しぶりに声を発した。鮮花が酷く緊張しているのに気付いて、自分が膜を突付いているのを思い出した。
「してますっ……」
 切羽詰った声で言う。私にはそんなつもりは全くないのだけど、破かれてしまったら大変だって怖れがあるみたいだ。
 確かに、ちょっと酷いことをしているわけではある。
 忘れ去れさせてしまえ、と私は指や舌の動きを激しくした。
「ふぁあぁっ……幹也ぁ……」
 助けを求めているのか、その名を呼んでいる。それとも、幹也に犯されているところを夢想しているのか。そう思った途端、私は私で、奇妙な情景を思い浮かべていた。つまり、ここに居るが織と、幹也だという……
 鮮花の声が途端に高くなった。また何度も幹也の名を呼んでいる。シキの名の挙がらないのが寂しく思えるけど、それを望むのは詮無きことだろう。最後まで逝かせてやろうと、私は集中した。さほど間もなく、鮮花は弾けた。
「ぁああぁっ……あぁっ……あ……」

/3

 意識を飛ばした鮮花にキスした。だけど柔らかい唇を楽しむ間はなかった。腕の麻痺が解けたらしく、突き飛ばされたから。
 そのままテーブルに座って、私は笑った。なんでまた、こんなヘンなことをしたのかと自分で単純に可笑しかった。
 鮮花の表情が和らぐ。感情の表れやすい女で、落ち着いたかと思った途端に、すぐにまた不安が顔に浮かぶ。そして慌てた様子で手を脚の間に運び、自分の中を探る。
 ふふふ。あんなのは大嘘だったけど――思いついておきながら、あまり気分の良い想像でもない――不安には思ったのだろう。
 どうして? そんな表情で私のほうを見ているのに気付いた。しばしば見せるような憎しみは感じないけど、怒っているには違いない。
 どういうことか理解できたのか、飛び掛ってきた。相変わらず気性は激しいが、鮮花らしくて良いとも思ったりする。私ってこんなに優しかったのかな。
 あまり抵抗せず、組み伏せられておく。帯を強引に解かれ、着物を広げられた。肌着は着けているのかと幹也に訊かれたことがある。和服だから、ってことだろうけど、それじゃ体育とかで着替えるときに困る。
 鮮花は忙しなく私を観察した。嘘だと納得したみたいだ。男みたいだとはよく言われたもんだけど、今の姿なら。流石に一目瞭然だろう。
 私の嘘にまた怒ったのか、獰猛に睨みつけながらも、顔がほころんで行く。それを見ながら、私の方ももっと可笑しくてならなくなった。
 さっき、私は織になったつもりでいた。ありえないけど、そうだったら良いのにとさえ思っていたみたいだ。
「くっくっくっく……」
 意味もなく、可笑しい。つられたように、鮮花も笑い出す。
「まったくこの女(アマ)、人を馬鹿にしてっ」
 そう叫ぶのが聞こえて、二人して大笑いした。女、と呼ばれたことが嬉しかった。織には少し申し訳ないけど、この幸福な気分は、女の意識が女の体に居るって言う単純なことに依存しているんだ。
 認めなければ。織が居ないことは、今も寂しい。だけど、進まなきゃならない。織と鮮花を夢想するのは幸福なイメージだ。だけど、私には幹也が必要で、式として鮮花ともやってかなきゃならい。
 私にも普通の暮らしが出来るんだと無理矢理に教えてくれた幹也、その家族とさえ付き合えないようでは困る。
「ところで、あんたも濡らしてるじゃない」
 下の方を覗き込んで鮮花が言う。
「ん? ああ、鮮花、可愛かったからな」
「な、何言ってるのよ!」
 どうしたものか、鮮花にならあっさりと言える。
「前からおまえのことは可愛いと思ってるぜ、オレは」
 動きが止まる。何か言い返そうとして出来なかったらしく、私の手を掴んでソファに引きつけた。着物を最後まで脱がされた。
「こういうことは幹也にしたらどうなんだ?」
 礼園でのことを思い出して、同じことを繰り返した。
「うるさい。やられっぱなしで黙ってられますか」
 唇で言葉を封じられた。さっきの仕返しかのように、口の中に唾液を落としてくる。逆襲がキスってのも面白いが、怒っていても、可愛いものは可愛い。だからって許すわけじゃないけど、実感することがあった。何度か聴いたことのある下品な言葉、『怒った顔も可愛い』なんてののことだ。
 キスされるって、こんな感じなんだね――――織――――。
 唇から離れて、首に移ってきた。考えたこともない行為だったのに、さっきは何も意識せずに鮮花の体を愛撫できた。してくることが同じなのは、鮮花も自然とやっているんだろうか? それとも、単に私の真似か。 
「んっ」
 喉から耳の方へちゅっちゅっちゅっと口を動かされ、私は我慢したりせずに吐息を漏らす。愛される感覚も知っておきたい。織に伝われば良いなって、さっきと同じ叶わない願いを抱いた。
「んふ……あっ……」
 耳を舐められて、喘いでしまった。ぞくっとする、でも嫌じゃない感じ。
「式、ホントに幹也と……したの?」
 そんなストレートな。初めて反撃を食らった気がした。
「どっちなのよ」
 問い詰めてられたが、そっぽを向いていた。
 ブラジャーを取られた。幹也と買いに行ったものだけど、それは鮮花にはもちろん言えない。下着を一緒にかいに行くなんてことが出来るくせに、何だってあいつは。
「幹也って、大きい方が好きなのかな」
 両手で私の胸を包み込みながら、独り言のように言っている。膨らみを弄る鮮花の手が気持ち良かった。自分で触れてもそんなことは思わないのに、他人に愛撫されるのは確かに良い気分だった。
「大きけりゃ良いってもんでもないだろ? 鮮花ぐらいが程々に良いんじゃないか?」
 ぺと、っと鮮花のに触れつつ、先の問いの呟きに答えてる。大き過ぎるのはどうも、って本人が言ってた。
 コメント無しのまま、胸の先端に口を付けられた。
「あっ……」
 体はまともに反応した。こんな声、出せたんだなって自分で思う。ねえ、織、やっぱり私は女みたいだね。君の代わりをするのは無理だ。いや、代わりなんて考えるのは良いことじゃないか。幹也がトウコの造る義体を拒むのは、代わりなんて無いんだって思いのせいだと言ってたし。
 ぎこちない、躊躇いの気配のある手つきでショーツを脱がされた。これでまあ、私の体を隠す布きれは全部無くなった。
 まだ、幹也にも見られたことが無い。いや、こんなに間近では誰にだって見られてはいない。我に返ったように羞恥が湧き上がったけど、平気なふりをしておく。じっと見ているけど、鮮花、さっきの私と同じく自分のを思い出してるのか。
 少しだけ躊躇っている気配。男でも、相手が好きな女でも、やっぱり躊躇ったりするのかな。幹也も、いつかはそんなこともしてくれるんだろうか。
「いやらしいわね、こんなに濡らして」
「不感症じゃないんでね」
 意味のない対話の後、鮮花は指で広げてきて、とうとう舐め始めた。
「ん、あ……ふあっ」
 猫がミルクを舐める様子を思い出す。それに合わせるように声を発してしまう。女の方が好きになったりしたら、お前が遅いせいだぞ、幹也。
 舌がクリトリスをなぞり上げて、私は耐えられず甲高く喘いだ。
「ぁあっ、ひぁ……あふっ……鮮花ぁ……」
 そんなつもりではないが、愛しくて名を呼んだかのようだ。
 ゆっくり、私の中に指が入ってくる。でも途中で止まる。
 ああ――――
「式、あんた、幹也とまだ何も無いのね!」
 言葉が出せなくて、ただ笑った。
 よく暴れたわりに、私のは未だ破れていない。
「幹也にされたみたいなこと、なんてのも嘘?」
 肯定する。私にこんなに騙されるなんて、鮮花らしくも無い。やっぱり、幹也との事となると、こいつも冷静さを無くしてしまうようだ。私もそれは同じだけど。傷つけまいと思ってくれたのか、鮮花が指を引く。その代わり、指や舌の動きがずっと激しくなり、そこらじゅう舐めまわされたり、吸い付かれたり、突付かれたりして、私はものが考えられないほど快感に呑まれた。
「ぁあっ、あん……ん、ふあぁあ」
 また一瞬、鮮花に愛されている織を想う。でもすぐに、幻視は私と幹也に変わる。ここに居るのは女二人。その二人の意識の中には、男が二人居て、あわせて四人。
「ああぁ……鮮花ぁっ」
 幹也と呼びそうになるのを誤魔化して鮮花を呼んだ。悪い気はしなかった。別に鮮花のことは嫌いじゃないし、対立の種はまかない方が良い。
 顔を近づけて来たから、引き寄せてキスした。横向きに抱き合って、初めて対等に舌を絡めあった。
 認めよう。この女を好きなのは私だ。織でも嫌いにはならないと思う。でも、織のことは大事だけど、それに囚われていてはいけないと思う――――
 それから長いこと、ソファで向き合って寝そべりつつ、髪を撫で合っていた。

/4

 うとうとし始めていた鮮花を余所に、私は先に起きた。着物を身に着けて、何か飲みたくて台所に入る。鮮花はいつも日本茶だったから、わざわざ別のものを用意するのも面倒だし、お茶を二杯淹れて戻る。
「鮮花、そろそろ服を着た方が良い」
 初めは何故と気だるく問い返すばかりだったけど、私の返答に飛び起きた。
「いっぱい嘘言ったけどな、幹也とトウコが戻って来るのはほんとだ。予定通りなら、そろそろ時間だ」
 下着が汚れたのは私と同じだ。気持ち悪そうに、でも仕方なく着ている。お茶を見つけて、聞こえないぐらいの声で礼を呟き、飲んだ。
 トウコの机から鏡を探してくる。鮮花の後にまわり、私と違って手入れの行き届いた長い黒髪を梳かしてやる。
「火の玉でも振りそうなぐらい親切ね」
「変な格好で幹也に会えないだろ? 世話の掛かるイモウトを持つと苦労するよ」
「妹?」
 冗談を解さなかったようだから、説明を加える。
「将来的に、な」
 いや、冗談でもないのだけど。
「誰が!」
 すごく、照れてしまうけど、こいつが義妹になれば良いなと思う。頬が緩みかけて、鮮花が見ていそうだから引き締める。ちらりと鏡を見たら、本当に目が合ってしまった。変な表情では機嫌を損ねそうだと思い、諦めて笑いかける。どこか不本意そうながら、鮮花は華やかに笑い返してくれた。
 上手く行くかな、こいつと。幹也のことは譲ったりは出来ない。でも、私と同じように――あの空を飛んでいた女や、そう、織なんかと同じように――鮮花も、幹也を必要としているんだろう――――
 鮮花の髪は滑らかに輝き、梳っていて心地良かった。無頓着な私の髪は幾分傷んでいる。少し羨ましく思って、だから、手入れの仕方を尋ねてみようかとか、思った。
「なんで、あんなことしたんですか、このヘンタイ」
 尋ねられて、わりあい率直に、私は答えた。
「おまえがくだらないこと蒸し返したからだろ……いや、ほんとは、おまえがそんなことしたのと同じ理由かもな」
 幹也に会いたがっていたのは、二人とも同じなんだから。
「ここ暫く二人で飛び回っててな、あいつら。今日も、オレが来たのは丁度出かけるところだったんだ」
「なんだ。あんたも会えなくてイライラしてたんだ」
 その通りだから、黙っていた。
 鮮花が言い出したことだけど、こんなに織のことを思い出したのは久しぶりだ。いや、最近ときどき、幹也の考えていることを知りたくて、織の思考を追想することはあった。それも、幹也が未だになにもしてこないから。
 それでも、いくらイライラしてたり、その、私が欲求不満だったりしたのだとしても、流石に鮮花とあんなことするなんて思わなかった。
 これまでより親しくなれそうかな、と思ったのに、鮮花は憎まれ口を叩く。
「まだ諦めてなんかいませんからね、式?」
「ははは――上等だ」
 織は、私が幹也の隣にいることを夢見ていた。私も、あいつの傍で過ごしたい。反対側に鮮花が居ることぐらい、私は構わない。
 でも、鮮花の方は、そんなふうには思ってくれるんだろうか?
 ――――織が抜け落ちて生まれた洞(ウロ)は、幹也が埋めてくれた。
 きっと簡単な道ではないだろうけど、そこを歩くことを怖れはしない。できることなら、三人一緒に行きたい。
 そして、わだかまり無く鮮花と付き合えるようになれたら良いなって、――思う。

/反意綜合(裏)・了

 

 

 

 

 

 

 

 

◇オマケ

「ふうん」
「何ですか、兄さん?」
「いや、いつもと違って何だか今日は鮮花と式が親しげだったからさ、何かあったのかなって」
「そ、それはっ……」
「まあ、式も言いたくないみたいだったから、別に良いんだけどね。僕としては、何であれ喧嘩しないでいてくれる方法があるならいつもそうしてくれると嬉しいんだけど」
「いや、それは――――その」
「って、さっきの式もそうだったけど、なんでそんなに真っ赤になってるの?」

 


 

コメント

 見てのとおり、先に書いた 反意綜合 の式視点版ですね。たまに見かける遊びですし、すぐに思い付きながらも、書かないつもりでした。しかし 両儀“色”祭 で皆様の作品を読んでいるうちに、こう言うものにも何かしら意義があるかと思えてきたので書くことにしました。
 ちょっと形式に拘りすぎた嫌いがありますが、まあ、それはそれで。新しいのを書くよりよほど大変だった気がします。
 表裏両方を読んで下さった方は、興味があれば並べたものもご覧下さい。◇オマケ だけは新しいものが載せてあります。

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