「好き」の反対は、「何とも思わない」ことだと、昔誰かに聴かされた。
 無視されるのは怖いから。好かれるのは難しいから。
 せめて、憎まれようと思ったりした。――そうすれば、少なくとも、記憶には留めてもらえそうだと思ったから。
 感情の強さはだけは、同じだから。

/反意綜合


/1

 無理を言って外出許可を取って訪れたのに、伽藍の堂に目的の人は居なかった。橙子師も幹也も居ないんだ。誰も居なかった、と言わないのは、そうではないから。どういう訳か、四階の事務室のソファには式の奴だけが座っていた。
「なんで、あんただけこんな所に居るのよ」
 まるっきり単なる言いがかりだけど、わたしは腹立ちまぎれに声をかける。
「オレだって休みなんだ、何処に居ようと勝手だろう? 幹也なら、トウコと一緒に出かけたよ」
 それはつまり、式がここに来た時点では二人はまだ居たということか。
 いつものように和服を着て行儀良くソファに腰を降ろしている、この式という奴は、整い過ぎた外見のために性別が見分け難い。女であることをわたしは知っているのだけれど、それが問題なのだ。
 こいつが男だったりするなら、恋敵になることもなかったのだから。
 わたしは――黒桐鮮花は――黒桐幹也を愛している。名前のとおり、幹也は実の兄で、目下、式は兄の恋人ということになっている。なにも、大好きなお兄ちゃんを余所の女の人に取られて焼餅を焼いているというのではない。趣味が悪いと言わば言え。わたしは兄として、家族として慕っているのではなく、ひとりの男として幹也を愛しているのだ。
 仇たる式は、もともとある種の二重人格者だった。精神医学的な解釈はともかく、式という人格の他に、男性である織なる名の人格を持っていた。交通事故で二年間も昏睡状態にあったのが原因で、織は死んだというのだけれど、わたしとしては死んだのは式であって欲しかった。この下らない議論は前にも一度幹也や橙子師の前でしたことがある。
 結論として、やっぱり生き残っているのが式であることを理解はしている。
 しているけれど――わたしは蒸し返すことにした。何か言ってやらないと気が治まらなかったのだ。
「式、前に訊いた時には結局はぐらかしてくれたけど。あなた、やっぱり男なんでしょう?」
 式の正面のソファに座って、わたしは言った。
 式は、綺麗な顔を少しだけ歪め、けれど感情の篭らない声で答えた。
「おまえ、前にも言ったな、そんなこと。頭悪いんじゃないか?」
「ええ。でも、やっぱり答えないのね。織なんだ、やっぱり」
 また少し、機嫌を損ねたように顔を歪めて、式が言う。
「おまえね、オレは女だって言えば納得するのか? 幹也なら帰ってくるから、今すぐ会えないからってそんなに腹を立てるな」
 わたしが単に喧嘩を吹っかけているだけだと判ったらしい。そんなことが判らないほど馬鹿だとは思っていないのだけど、まるで見通したような態度が気に入らなくて、わたしは絡み続ける。
「幹也のことは関係ありません。女の体に男の人格で居るんじゃ、さぞかし不自由だろうなって思っただけです」
「性同一性障害に悩んでいる人は現実に居るんだ、あまり気安くそんなことを言うんじゃない」
 あまり他人に興味を示さない式らしくない言葉だ。だけど、苦し紛れに言った様子でもなかった。
「それに、な」
 不意に立ち上がると、わたしの方に歩いて来て隣に腰を降ろした。片手を伸ばして来てわたしの頬にあて、不穏な笑いを浮かべて言う。
「おまえ、オレの精神面のことを男にしたがるくせに、体の方のことはちっとも考えないんだな?」
 体って――――まさかっ!
 何をする間もなく、式はわたしの襟首を掴んでソファに引き倒し、両肘を押えて覆い被さって来る。見詰めてくる双眸は混沌の渦への覗き穴のようで、思わずたじろいだ。
「教えてやろうか? オレが式なのか、織なのか」
 静かながらも確かな怒りの篭った声を、紅も引いていないのに朱い唇が発し、いきなり顔の位置を降ろした。
「オレは、おまえを犯したい」

/2

 何をされたのか判るまで、一瞬時間が掛かってしまった。
 唇を塞がれたんだ。その、つまり、式の唇で。
 何をするのよ、っと式を突き飛ばそうとしたのだけど、まるで果たせなかった。両腕とも肘のすぐ下の辺りで押えられていて、ぴくりとも動かせない。腿の上に体重が掛かっているから、脚で弾き飛ばすのも無理だった。
 唇を押し付けられたままで、舌まで伸ばしてくる。噛み切ってやろうかと思うけれど、歯の間には入れてこない。歯茎と唇の間を舌先が這い回っている。
 ぞくり。
 頭に来ることに、無理矢理キスされているのに快感を覚えてしまった。
「ふふふ、初めてだったりするのか?」
 ようやく離れた式が、嘲笑って言う。相変わらず体が動かせないから、流し込まれた唾液を吐き付ける。残念ながら、式には当らなかった。自分の顔に落ちてこなかっただけましではあるけれど。
 正面から頭を動かした式は、今度はわたしの首筋に口を付けた。吸い付いて、その中を舐め回している。
「何考えてるのよ、あんたっ!」
 喚くわたしを意に介さず、式は首の辺りを舐め続けていた。それから不意に耳に口を動かす。耳朶を噛まれて、唯一動かせた頭も固定されてしまった。
「してやろうか、幹也がしてくれたみたいなこと」
 また一瞬、思考が止まった。こいつ、いつの間に幹也と。
 火事場の馬鹿力みたなものを怒りが呼び起こしたようで、わたしは式の手を振り払うことが出来た。そのまま式の胸元に手を着いて押し退けようとし、気付く。
「――馬鹿にして。体はちゃんと女でしょう」
 特に大きい方ではないけど、着物の上からでも乳房の脹らみはしっかりと手に感じられた。
「良かったじゃないか、幹也が男同士でも平気なヤツだったりしなくて」
 しれっとして式は言う。また浮かべている笑いは、さっきと違って穏やかだ。要するに、今のはわたしの言葉に対する意趣返しだったんだろう。
 ああ、腹の立つ。さっきから、ずっとわたしが勝手に色んなことを考えては気を動転させているばかりだ。
 ただ、何となく、無視して立ち去ってしまったりするのではなく絡んで来た式が、前よりも女の子らしく思えたりした。昔の式は、もっと非人間的で、他人に関わろうとなんかしなかったように思う。恋敵が異常な人間だなんてのは、自分も異常みたいで良い気分はしない。そう言う点では好ましく思える変化だ。どうしようも無い馬鹿女と争ったりするようなのは惨めな訳だし、式が美人なのも気に入ってはいるんだし。
「それに、鮮花なんかはむしろ女同士でも行けるんじゃないのか? 禁忌に惹かれるんだろう?」
 少し落ち着いていたところに、またとんでもないことを言ってくる。
 わたしだって運動神経は悪くないし、式と取っ組み合って勝ったこともある。なのに、今回はまた押さえ込まれた。ソファに仰向けにされ、両腕を頭の上にして片手で押えられている。関節が極まっているのか、全く動かない。空いた手で肘の辺りを打たれ、途端に腕が痺れる。式が手を放しても、自由にはならなかった。
 また不穏な笑いを湛えてわたしを見詰め、手を胸に伸ばす。白い手がわたしの胸を掴んだ。
「意外とあるね。喜ぶんじゃないか、あいつ」
 何を。もう一度、唾を吐き付ける。今度は狙い違わず頬に当ってべったりと付いた。なのに、式はそれを指で拭うと、あろうことか自分の口に運んだ。指を舐める舌が奇妙にいやらしく動く。
 それから、式は素早かった。見る間にボタンを外してわたしの服の前を広げてしまい、慣れたような手つきでブラまで外された。視線だけで火を点けてやれないものかとばかりに睨みつけながら、言葉を出すことが出来なかった。
 両手で乳房を揉みながら、乳首に吸い付いてくる。舌が動きまくって先端を転がす。
「んふっ」
 感じてやるもんか、と唇を噛む。でも、そんなことをしていること自体、感じてしまっている証拠だ。
「あ……っ」
 自分の指で弄ったことならあるけど、舌の感触は初めてだから、気を逸らせない。反対側の胸に式が口を移動させたとき、とうとうまともに喘いでしまった。
「あぁっ」
 嘲られることを覚悟したのに、式は何も言わずに愛撫を続けている。
 そう、愛撫だ。切っ掛けこそ、わたしの言葉に機嫌を損ねての仕返しだったのかもしれない。でも、あまりにも式がやりそうにはないことだったから想像が出来なかったのだけど、だんだん式の行為がわたしを辱めようとしているようには思えなくなってくる。知らず知らず、人物を置き換えた今の状況を思い描いてしまう。つまり、式と幹也が絡んでいたり――――わたしと幹也が抱き合っていたり。
「ふあぁあっ」
 式が胸元を離れて顔を寄せてくる。覗き込む目は優しかった。唇がゆっくり近付いてくるのを、わたしは穏やかに受け入れていた。
 舌を絡めあいながら、思う。もとより、わたしはこいつが嫌いなのに、式の方ではわたしを嫌ってはいない。いや、むしろ、わたしは数少ない気を許している人間の一人みたいでさえある。橙子師にも今の式が織ではないことを説明されて納得しているのに、それでも織である可能性を考えてみる。わたしのことを好意的に思っていて、それが織だったとしたら、実は、恋愛感情に他ならないのかもしれない。
 気が付いたら、わたしも舌を伸ばして式の歯茎を舐めたりしていた。歯の間に差し入れても噛み付かれたりはしないし、わたしもそんなことはしない。
 認めよう。式は間違いなく綺麗だし、学校の成績なんてものはともかく、頭も良い。恋敵としては強敵。けれど、それに不足は無い。相手を貶めることでなく、自分を磨くことで争うのなら、相手は優れていた方が良いのだ。幹也がこの女を好きになった本当の理由は判らないけど、一般論として魅力のあるのは確かだ。そして、争うに値しないようなつまらない女と付き合うような男だったら、幹也を愛してなんかいなかっただろう。
 恋敵でなければ、きっと、ちゃんと友人に、それも真に気持ち良く親しく付き合える友になれた気がする。
 そんな空想をしていたら、式がキスをやめて耳に何か囁く。『幹也がしてくれたみたいなこと』って言葉とか、さっきの妄想とかのせいで、幹也に囁かれているような気まで起こしている。
「オレの胸、触って体のことは判ったつもりみたいだけど、鮮花。両儀ってどういう意味かぐらい知ってるんだろう?」
 両儀。式の姓だけど、この風変わりな苗字は陰陽を意味する。天地とか、光と闇とか、そういう対極にあるもの。大極が両儀、四象、八卦……と分岐し進んで行く過程の二番目の段階。名前どおり、両儀家は代々「 」に繋がった人間を作ろうとして来たらしい。時折、二つの人格を持って生まれる子があり、式はまさにその通りで、それぞれが男女の自己認識を持っている。どうやら式は両儀家にとっては完成品らしくて――――
「ひあっ」
 耳を舐められた。
「陰陽って、男女って意味で使うだろう? だから、式と織な訳だけど、どうしてその二重性を意識だけに限定する?」
 何? 二重性が意識だけでないなら、
「きゃっ」
 ウエストの方からスカートに手を入れられた。普段、和服しか着ないくせに、脱がす手際は妙に良くて、すぐにスカートを脱がされてしまった。膝の辺りから内腿を付け根の方に撫でて、ショーツの上から触れてくる。その、女の子の部分に。
「なんだ、もう準備OKって感じだな」
「式!」
 準備って。いや、濡れちゃってるのは判っているけど。
 そう思って、式がさっき言ったことを理解した。
「まさか、式、あなた!」
 返事をせず、式はショーツまで脱がそうとしている。脚は動くけど、それだけでは有効な抵抗が出来ず、難無く裸にされてしまった。両脚を割り開いて、その間に顔を埋めると、式は躊躇無くそこに口を付けた。
「止めなさい、式! ――止めて……そんなところっ!」
 自分で触ったことはあるけど、もちろん舐められたことなんか無い。
 異様な感触は擽ったくて、寒気がするようだけど、なのに、不快ではなかった。
「鮮花のなら良いけどな、オレは」
 ああ、そんなこと――
 舌の感触――脳が処理し切れないのか、わたしの理性がまだちゃんと抵抗しているのか、快感には一歩届かない半端な感覚――に、意識を掻き乱されながらも、式の言ったことを反芻する。
 両儀、陰陽とは男女のことで、それが精神に限定されないというなら、体も両方ってことだ。体が二つあるなんて馬鹿なことは無いだろうから、式の体は、両性って意味になる。
 つまり、式には男性性器もあるってこと?
「嫌ぁ!」
 不思議なことに、初めて本当に嫌だと思った。
 式が心身ともに完全に男だったら、そしてわたしが幹也のことを愛してなんか居なかったら。紛れも無く「特別」な式は、もしかしたら、わたしにとっては最高の恋人だったかもしれない。幹也を除いたら――この想像は難しいのだけど――男性である式を超える人なんてきっと居ないだろう。
 そんなことを考えはしても、現実にはわたしは幹也を愛している。式は魅力的な人物だけど、それでも形はどうあれ、犯されたくなんか無い。
「嫌、止めなさい! 止めて、駄目っ」
 相変わらず腕は痺れている。神経節を突くとかそんな技だろうか、とにかく動かない。それ以外は自由になるけど、ぴったり顔を脚の間に付けられていて逃げられない。
「殺すわよ! 止めて!」
 式が少し違うところを舐めた。途端に、半端だった感覚が甘い毒性のものに変わる。全身をビクリとさせてしまい、こっちの状態を式に知られることになった。同じ所を舌が責め続ける。クリトリスだ。あんまり強烈だから、怖くて自分でもほとんど触ったことが無い。
 気持ち良くて、力が抜ける。暴れていた下半身も大人しくさせてしまっている。
「止めて……駄目、式……お願い……」
 口惜しくて泣きそうになりながら、いや、本当に少し涙を滲ませながら、わたしは懇願する。だけど式は願いを聴いてくれず、クンニリングスを続ける。脚を押える必要が無くなり、手も攻撃に加わる。指先が膣内に入って、膜に触れている。
 止めて欲しいのに、快楽は意識を犯していく。
「大人しくしろって」
 この状態になって初めて式が口をきいた。式がもう少し指に力を加えて突いたら、それは破れてしまう。
「してますっ……」
 本当にわたしを犯す気があるなら、指で裂かれたって大した違いはないけど、わたしは望みを託さざるを得なかった。
 式はわたしを嫌ってはいないなんて、幻想だったんだろうか。
 指や舌の動きが激しくなり、わたしの体を蝕む快感は強くなって行く。
「ふぁあぁっ……幹也ぁ……」
 思わず呼んでいた。助けを求めたつもりなのか、せめて、わたしを犯しているのが幹也なのだと思って慰めようとしたのか。後の方の考えに至った途端に、また式と幹也が、あるいは幹也とわたしが抱き合っている様子を思い浮かべていた。
 己の妄想に囚われるように快楽に沈んでしまい、頭が真っ白になって、重力が感じられない気がした。浮き上がる感覚。魂が体を抜けて飛翔しているみたいで恐ろしくなる。だけどその恐怖も甘く鋭利な悦楽に切り刻まれて霧散し、わたしは弾け飛んだ。
「ぁああぁっ……あぁっ……あ……」

/3

 少しの間意識が飛んでいた。覚醒したときには、式にキスされていた。腕が動いたから、体を押して跳ね飛ばした。
 テーブルにトンと座って、式は笑っている。何度か見た不安な笑いでも嘲笑でもなく優しいような笑みだったから、わたしは少し落ち着いた。
 今のことを思い出す。その、逝かされてしまったけど、結局最後まで舐められていただけで、何も犯されたわけじゃない。式が見ているのは判っているけど、自分で確かめた。
 大丈夫。確かに、わたしの純潔の証は――こんなことをしておいて純潔だなんて、自分で言って笑ってしまうけど――無事だ。
 どうして? そう思って、式が笑いを堪えている様子に気付く。悪意は感じないけど、可笑しくてならないって感じ。
 思い当たることがひとつだけ出来て、式に飛び掛った。自分でさっき思っていたことなのに、繰り返してしまったらしいのだ。勝手に想像して独り踊らされてる。
 式はあまり抵抗せず、テーブルに仰向けになる。帯を強引に解き、着物を広げる。和服だからって下着を着けないってほど頑なでもないらしく、ありふれた白いブラとショーツが細身の体に残っている。
 この時点でもう、はっきりした。式の体は完全に女の子だ。中性的な美貌に反して、体の方は思いがけず女性的だった。両性具有だったりもしない。
 散々からかわれた訳で、怒りに心頭しつつ、どうしようもなく可笑しかった。騙された自分が滑稽なの以上に、幸福な笑いが起こってならない。
 式は、もちろん騙すつもりで言ったはずだ。それでも、思い込んで焦ったり動転したりは、わたしが勝手にしたことなんだ。
「くっくっくっく……」
 式が声を上げて笑い始める。そのせいで、わたしも笑った。
「まったくこの女(アマ)、人を馬鹿にしてっ」
 どうにかそれだけ言って、二人して大笑いした。女、と呼べるのが嬉しいんだ。気持ち良かったせいって理由もありそうで口惜しいけど、この幸福感は、式が普通の体をしていると知ったことが原因だと思う。
 認めよう。わたしはこの女を憎んでいる。だけど、嫌ってはいないのだろう。明らかに破れつつある戦いの好敵手。憎しみこそしても、真に好敵手でありえるのは、認めているからに他ならない。
 だから、唯でさえ普通じゃない生まれの式が、体にまで他人と違う部分があったりしなくて幸いだと思えるんだろう。
「ところで、あんたも濡らしてるじゃない」
 式の肌着に染みを見つけて言ってやる。
「ん? ああ、鮮花、可愛かったからな」
「な、何言ってるのよ!」
 反撃するつもりが返り討ちを喰った。
「前からおまえのことは可愛いと思ってるぜ、オレは」
 わたしは絶句する。言い返せなくて、でも看過出来ないから、式の手を掴んでソファに引き戻した。着物を脱がして押し倒してやる。
「こういうことは幹也にしたらどうなんだ?」
 ちょっとは驚いたみたいだけど、少しも焦ったり拒んだりする様子が無い。
「うるさい。やられっぱなしで黙ってられますか」
 減らず口を叩く唇を塞ぐ。さっき散々飲まされたから、今度はわたしが唾を流し入れてやる。腹を立てている相手にキスするなんてことがあるのを初めて知った。わたしも女だから、レイプなんて犯罪は許せないけど、いつか聞いた話を実感する。この種の事件は『見知った相手に対して、腹を立てて』起こるのことが多いのだと。
 もっとも、今のわたしは実際には、怒っていると言うより口惜しいだけなんだろう。
 唇を離して、細い首に移す。女の子をどう愛撫すれば良いのかなんて知っているはずも無いから、さっきの式の真似をするしかない。そりゃまあ、男の人の体よりは女の体のことの方が良く判るけれど。自分でしたことはあるから。
「んっ」
 喉から耳の方へちゅっちゅっちゅっと口を動かすと、式はリラックスした様子で吐息を漏らす。さっきのわたしと違って、端から受け入れている。それもなんか不公平な気がした。
「んふ……あっ……」
 耳に舌を付けたら、眉を顰めて喘ぐ。ここ、弱いのかな?
「式、ホントに幹也と……したの?」
 尋ねたら、式は真っ赤になってそっぽを向いた。
「どっちなのよ」
 問い詰めても答えなかい。
 ブラジャーを外す。デザインこそ素っ気無いけど、シルクらしくて、高級品には違いなかった。現れた双丘は想像したよりもう少しだけ大きくて、とても綺麗だった。
「幹也って、大きい方が好きなのかな」
 両手でそれぞれ包み込みながら、訊くともなしに呟く。これに専心する男の人が居るのも判る気がした。自分のだとそんなこと思わないのに、柔らかくて弾力のある感触が手に心地良いし、滑らかな肌ざわりも素敵。
「大きけりゃ良いってもんでもないだろ? 鮮花ぐらいが程々に良いんじゃないか?」
 ぺと、っとわたしのに触れつつ、式がさっきの呟きに答えている。一々、余裕の感じられる態度だ。
 無視して胸の先端に口を付けてみる。
「あっ……」
 式は正直に反応する。可愛かったと言われたときには馬鹿にされていると思ったけど、こうやってみると自分の行為で快楽に肌を朱く染めるのが愛らしく思えてくる。硬くなった乳首を左右それぞれ交互にたっぷり味わい、両手でしばらく楽しんだ後、下に侵攻した。
 なんだかすっごく恥ずかしくなりつつ、これまたモノは良いけど味気ないデザインのショーツを脱がす。髪の毛と同じく夜のように黒いヘアが上品に覆っている。
 こんな距離で他の女の子の局部なんて見たことはない。いや、自分のだってこんなに見たことは無い。意味もなく、いやらしく感じるのは先入観だろうか。自分のだって同じだけど、なんかヘンな形をしてるって気がする。
 式には躊躇いもなく舐められてしまった。別に抵抗は無いんだけど、やたらに恥ずかしくて多分耳まで真っ赤だ。落ち着いた様子の式に少しは報いるために声を掛ける。
「いやらしいわね、こんなに濡らして」
「不感症じゃないんでね」
 意味のない返事を聞きつつ、思いきって指で広げ、ピンク色をした谷間に口を付けた。
「ん、あ……ふあっ」
 ぴちゃぴちゃ猫みたいに舐めてやると、式は可愛らしい声を上げる。聴いていると、ぞくぞくしてしまう。女の子をそう言う目で見るようになっちゃったらどうしよう。
 クリトリスを探し当てて責めたら、式は体をびくびくさせ、声も一際高くなった。
「ぁあっ、ひぁ……あふっ……鮮花ぁ……」
 名を呼ばれて、またちょっと背筋に何か走った。
 恐る恐る、式の中に指を入れた。そのまま奥へ進もうとして――――あれっ?
 こいつ――――
「式、あんた、幹也とまだ何も無いのね!」
 喘ぎつつも、笑っている。
 そう、式にも、生娘の証は残っていたんだ。
「幹也にされたみたいなこと、なんてのも嘘?」
 式は肯定した。まったく、この女がこんなに嘘吐きだとは思わなかった。頭に来るから、指で突き破ってやろうかと一瞬は考え、だけどすぐに思いとどまる。幾らなんでも、それは酷いよね。式のほうも、そんなことはしないでくれたんだし。代わりに、せめて身も世も無く善がらせてやりたくて、そこら中舐め回し、吸い付き、指で弄り倒した。
「ぁあっ、あん……ん、ふあぁあ」
 望みどおり式は淫蕩に声を上げる。一緒にぞくぞくしながら、愛撫を続けた。さっきの自分を思い出すと、妙な一体感を覚える。悪い気分じゃなかった。
「ああぁ……鮮花ぁっ」
 がくん、っと体を引きつらせたのは、逝ったんだろう。それも、わたしの名を呼びながら。辱めてやるぐらいの気でいたはずなのに、ぽぉっと嬉しくなってしまった。
 顔を見に近付いたら、引き寄せてキスされた。横向きに抱き合って、初めて対等に舌を絡めあった。
 認めよう。わたしはこの女を憎んでいる。だけど、同じぐらい、好きなんだ。嫌いながら好きでもいるようなことは不可能だけど、愛憎半ばすることは出来るんだから。
 それから長いこと、ソファで向き合って寝そべりつつ、髪を撫で合っていた。

/4

 うとうとし始めていたわたしを余所に、式は先に起きたらしい。胡乱な頭のまま見ると、既に着物を着付けている。すっかり身を整えた姿で、眠っていると思ったのか、わたしを揺すって言う。
「鮮花、そろそろ服を着た方が良い」
 ん、どうして? ぼんやりと問い返したけど、返事を聞いて飛び起きた。
「いっぱい嘘言ったけどな、幹也とトウコが戻って来るのはほんとだ。予定通りなら、そろそろ時間だ」
 濡れてしまった下着が気持ち悪いけど、仕方ない。急いで服を着る。テーブルに二つお茶があるのは、式が淹れてくれたのか。確かに喉は渇いているから、ありがたく啜った。
 何処かから式が卓上鏡を持って来る。わたしの後にまわると、手にしていた櫛で髪まで梳かしてくれる。
「火の玉でも振りそうなぐらい親切ね」
「変な格好で幹也に会えないだろ? 世話の掛かるイモウトを持つと苦労するよ」
「妹?」
 そりゃ、わたしは幹也の妹だけど。
「将来的に、な」
 って、それはつまり。
「誰が!」
 義妹とわたしを呼んだのだと判って、牽制を発しながら鏡で式の顔を盗み見る。こんな表情、出来たんだって思うぐらい、穏やかだった。気勢を削がれて見惚れていたら、目が合ってしまう。にこりと微笑まれて、不本意にも微笑み返していた。深淵を奥に隠した瞳にも、今回は不安にさせられることは無かった。
 調子狂っちゃうな。でも、自分でいつも思っている通りだ。相手を排除したり、蔑んだりして競うのではなくて、己を高める勝負をするのなら、敵が強いのは悪いことではない。
 櫛が良いのか、式の手つきが良いのか、陶然とするほど髪を梳かれるのが心地良かった。丸め込まれたみたいで、また口惜しくも思うけど、まあ良いやって気がしている。
「なんで、あんなことしたんですか、このヘンタイ」
 尋ねたら、少し人の悪い笑いを見せて、言った。
「おまえがくだらないこと蒸し返したからだろ……いや、ほんとは、おまえがそんなことしたのと同じ理由かもな」
 わたしが式に男じゃないのかなんて言ったのは、幹也が居なかったからだけど。
「ここしばらく二人で飛び回っててな、あいつら。今日も、オレが来たのは丁度出かけるところだったんだ」
「なんだ。あんたも会えなくてイライラしてたんだ」
 反論は来なかった。
 だからって、やることが極端だけれど、もうひとつ思い至る。未だに幹也は式を抱いてはいない。それを式が不満に思っていたりするなら、それも、あんな方向に流れた原因なのかもって。
 それに、普通は好きでもしないだろうにしても、嫌いだったらしないよね、あんなこと。自分が覆い被さった時の凶悪な感情を棚に上げて、そんなことも思った。
 油断するとこのまま仲良しになってしまいそうだったから、憎まれ口を叩いておく。
「まだ諦めてなんかいませんからね、式?」
「ははは――上等だ」
 以前は何も考えていなかっただけだろうけど、今のは明らかに余裕の返事だ。受け入れざるを得ない、この負け戦、逆転の好機もそうそう在りそうにない。
 でも、諦めてなんかいませんからね。もう一回、心の中で繰り返す。
 ――――これに完全に決着がついて、わたしと式がいがみ合う理由が無くなってしまった時には。
 とても難しいことだろうけど、そのまま決別してしまうのは、避けたい。できることなら憎しみだけ消し去りたい。
 そして、わだかまり無く式と親友になれたら良いなって、――思う。

/反意綜合 ・了

 

 

 

 

 

 

 

 

◇オマケ


「ああ、黒桐?」
「何ですか、所長?」
「いや、この伽藍の堂には、当然ながらセキュリティのために色々仕掛けてあるわけなんだが」
「はい?」
「その中に、ここで起こったことを記録する仕組みもあってな。昨日外出していた間のこと、ちょっと見せてやろう。さすがに驚いたよ、これには私も」
「はあ、何です――――はぅっ」
「まさか、なあ? ――――って、おい、妹や恋人の裸を見たぐらいで鼻血なんて出すやつがあるか?」

 


コメント

 

大崎 瑞香 さんのサイト ClockWork で開催の 両儀“色”祭 (“空の境界が主体で「色っぽい」もしくは「艶っぽい」もの” なる条件で募集のSS/CG大会)に参加するべく書いたものです。
 この条件なら王道は 幹也×式 なのでしょうが、どうも良い話が浮かばず、思いついたのはこんな話なのでした。わたしとしては、式と鮮花には仲良く(この話で言うような意味の仲良しでなくて良いのですが^^;)して欲しいのでしょうね。
 なんだか、理が勝ちすぎてあまり えっち にはならなかったようです。

 視点違いの 裏 バージョンがありますので、宜しければそちらもどうぞ。

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