振るわれた鞭が空気を切り裂き、肌を打って音を立てる。
「くふぅっ」
 悲鳴は口枷に抑えられている。
 閉ざされた扉は厚く、地下室の物音が外に漏れることはない。
 再び黒く長い鞭が唸り、滑らかな素肌に赤く線を残す。獲物の喘ぎに、主人は口元を歪めた。舌を突き出して自分の唇をゆっくりと舐めながら、気紛れにボールギャグを外してやる。
「まだまだだよ、ライダー。美綴の代わりなんだからね」
 楽しげに、慎二が口を開いた。

マスターの性癖


 

「シンジ、衰弱している今そんなことをしては、この少女は命を落としかねません」
「く、ほんとかよ。やり過ぎだ、少しは加減しろよな、まったく」
 己のサーヴァントは人の血を吸うことで魔力を得られると知り、慎二は頻繁にそれを命じていた。美綴を獲物にしたのは結局のところ悪ふざけの延長に過ぎなかったのだが、失血して力を無くし衣服の乱れた姿に劣情を向けた。
「途中で死なれても気持ち悪いからな。しかし、お前のせいだ、代わりに相手してもらうぞ」
 横柄に唇を歪めて、偽りの魔術師マスター手下サーヴァントに命じる。
「はい」
 短い沈黙の後、ライダーは無感情に答えた。
 これが、二時間ほど前のことだ。

 心得ある者が長い一本鞭を振るえば、先端の動きは音速を越える。奴隷や動物を恐れさせる鞭の音は、このようにして目標物無しに鳴る衝撃波の響きである。そんな速度で素肌を打てば容易に裂けるし、肉を痛め、骨さえ傷つけかねない。打ち据えて死に至らしめる目的ならばともかく、単なる戒めで手酷く弱らせてはまずい。まして、今行われているのは加虐性性欲の発露に過ぎず、主もそれを心得ていた。サディストではあっても快楽殺人症ではないのだ。
 大袈裟に風を切り、痛々しい破裂音をデモンストレーションしながら、実際に体に当てるときにはスナップを弱めて威力を殺ぐ。さしたるダメージ無く苦痛だけを与えることに特化した技術はむしろ残酷である。そして、鞭の動きなど常人に視認できるものではないが故、いつ受けるか予測できない痛みに怯え続けることになる。
 奴隷は重ねた手首と肘に鎖を掛けて頭上に吊り上げられている。縛めているのは鎖で、一端には大きな金属環、他端には杭のような短刀がある。長いバーの両端の枷に足を固定され、大きく開いた状態で爪先立ち。白い肌に幾条もの赤い痕が刻まれ、外されたばかりの猿轡の跡がまだ頬に残っており、漏れた唾液が糸を引いている。
 普段から艶かしい衣装のライダーだが、慎二の意向で更に扇情的な姿をさせられていた。
 光沢のある素材の黒いブラジャーは豊満な乳房を半分ほどしか覆っておらず、姿勢次第で乳首が見え隠れする。ハイレグのショーツは同じく黒い革で、クロッチ部分にファスナーが光っていた。尻の方を隠す機能はほとんど持っていない。素肌にベルトが巻かれてストッキングを釣っているのだが、肝心のストッキングは元の姿を留めないほど破れている。両腕にはロンググローブを着けており、手首と肘には大袈裟な金具がある。足元はピンヒールで、ライダーの長身を更に強調していた。
「さあ、もっと」
 言葉が発せられるが早いか続けざまに二度皮膚を叩く音がして、直交するミミズ腫れが背中に現れる。線はいずれも真っ直ぐ。肌が上気して桃色に染まり、汗に濡れて艶を増して行く。
「くぁあっ」
「はぁ、ぁふっ」
 ひと雫の甘さを含む苦悶の声が上がるのと一緒に、支配者もまた鞭を振るいながら呼吸を乱し、身を昂ぶらせている。
 革鞭が肌の上を滑ると擦過傷を残してしまうが、そんな失態はこのサディストには無縁だった。拳で殴打すればどうしても痣が残るのと違い、鞭打ちの跡は今どれほど腫れ上がっていても比較的短時間で完全に消えてしまう。理想的と言えよう。それでも、普段素肌を晒している部分は避けていた。
 乳首のすぐ上を水平に一往復。脇腹から斜め上に臍の上を通って一撃。背中を打った蛇の鎌首が前に回って腹の下の方に至る。
「つっ、んあぁっ」
「あふっ」
 膝の上から巻き付いて内腿に噛み付かれ、吐息と共に涎を垂らす。尻を叩かれて嬌声を上げる。熱くなった体からほとんど湯気を上げながら、身を捩ってもっと欲しいと訴えている。
「逞しいのですね」
 慎二の股間で男が隆々と張り詰めているのを眺めてライダーが淫蕩に呟く。喉を鳴らして唾を飲み込み、唇を何度も舐める。
「まだだよ、これは。おまえの方はどうなってるんだ?」
 黒いショーツの下で、ライダーもまた蜜壷を溢れさせていた。
 ブラジャーの上から力強く乳房を揉み、やがて堪えきれなくなって引き千切るように服を剥いだ。両手で豊満な肉の塊を揉みしだき、変形させ、先端を指でくびり出す。とっくに硬く隆起していた乳首を摘み、転がし、舌を伸ばして味わう。その感触に女は恍惚としていた。
「いやらしいなあ」
 男に揶揄され、僅かの間だけ女は矜持を保つ努力を見せる。しかし、長くは持たなかった。
 両手が滑り降りて行き、ショーツの上から女の部分を掴む。革製であるため表面側には変化は無いが、溢れた蜜が既に内腿に流れ落ちていた。指で掬うとマゾヒストの鼻の下に塗りつけて女の匂いを嗅がせ、残りは舐めさせる。舌を摘んで引っ張る。
 後から内腿を掴み、複雑に指を使って揉んでやる。脚の付け根を擽られて悦び悶え、爪を突き立てられる痛みにさえ善がる。両腿を同じように責められて快感に酔いながら、焦れったくて直接的刺激を欲しがり、期待に液を零している。
 腿から更に手は降りて行き、しかし突然に尻を打った。
「はうぅっ」
 折り曲げた鞭の手元近くの太い部分を使い、尻を突き出させて十ばかり一息に叩く。
「く、つぁっ、うんっ、ふはぁっ、かは……」
 斬り付けるような鞭打ちの痛みと違い、ずっとソフトで被虐嗜好者の身体には愛撫と言って良い程度のものだ。連打の後も吐息はただ甘く、赤く腫れた尻を振って次のスパンキングを求めている。痛まないのではない。打たれることが快楽に直結しているのだ。
「良いね」
 興奮を抑えつつ慎二が言う。
 慰みものにされた身体は熱く、僅かな自由をいっぱいに使って腰を揺すり、支配者に媚びていた。
「お気に召しましたでしょうか」
 女もまた、平静を装っていた。
「ああ、最高だ。やっぱりお前、女としてだけは役に立つな」
 ライダーは複雑に笑う。本来、戦うことが役割なのだから。
「ほら、もっと」
 言葉に続いて、再び打擲の音色が地下室を満たす。
「んっ、むぅっ、はん……」
「ふふっ、はぁっ」
 不規則なリズムで折り曲げた鞭を振り下ろし、尻だけでなく腿や背中まで打ち据える。数度ごとに尻の同じ位置を正確に叩き、流石に被虐嗜好者にも痛みが耐え難くなる。その一際酷く腫れて血の滲みかけたラインを濃厚に舐めてやると、下僕は歓喜に身体を痙攣させる。
「頑張ったから」
 今のをもっとして欲しい。通常なら自らの望みを口にするなど許されざることだが、この度は寛容に応じてやることにし、尻一面についた虐待の印に順に舌を這わせる。マゾヒストは拘束された体を不自由に揺すって悶えた。
 縛られた体の正面に戻り、乳房に手を添えて丹念に揉む。
「はあぁっ」
 ライダーは快感に蕩けた。長い指が柔肉に食い込んで蹂躙しても、女は快楽として受け止めている。
「乳首、吸って……」
 要求を出したことを二度目は赦さなかった。応じる振りをして口を胸に寄せ、唇で小さな乳頭を覆い、いきなり噛み付く。
「があっ!」
 本当に歯が立って血を噴くほど強くはないのだが、食い千切られたかと思うほど痛んだ。次の瞬間、今度は濡れた舌先で転がされて、悦楽に震えながら、切れ落ちてしまわないかと無用の恐れを抱く。
「くぅああ……」
 快感に酔って喘ぐうちに再び歯を当てられ、痛みの鋭さに覚醒する。しかし、舌を使われるとすぐにまた喜悦に溺れる。もう一方の乳首に責めが移って同様の反復を味合わされる。但し、元の乳首は指と爪に責められることになる。
 主人の手がショーツに掛かり、ファスナーを降ろして性器を剥き出しにした。躊躇い無く割り裂いて二本の指を突き入れる。
「あぁっ」
 蠢く指にライダーは官能の声を吐く。Gスポットを探り当てて責めを集中し、外に残った手で鋭敏な尖塔を弄る。
「ふあん……ぁあ、あふん……」
「グショグショだ」
「んぁん……」
 余っていた手を乳房に戻し、形を辿って撫でまわす。中心を掴み上げ、口に含んで愛撫する。快感が相乗して女の蜜が更に洪水していく。たっぷりと指に絡めて今度も奴隷に口で清めさせた。至上の美味であるかのように一心に舐める姿に嗜虐心を掻き立てられ、胸を可愛がっていた手を性器に伸ばす。力強く責めると、間抜けな悲鳴を上げて悦ぶ。
 性器を責める手を繰り返し往復し、一番上の鋭敏な個所に集中すると、身も世も無く喘ぐ声がすぐに切羽詰っていく。もう指を舐めるのを忘れているから、後で罰を与えることにして自由になった手を乳房に戻す。
「ひゅぅんっ、ひああっ
 また乳首に噛み付き、痛みと快楽の混ざった刺激でマゾヒストを翻弄する。否、痛みも性感のひとつに過ぎないが故のマゾヒストではあるのだが。
 音がしそうなほど愛液を湧かせながら、ライダーは快楽に耽っている。
 あと少し。
 責められながら、奴隷はそんな希望的な観測を抱いた。そんなに容易に弾けさせては貰えないと充分に知りつつ、期待はしてしまうのだ。
 もうすぐ逝く。あと数度、性器を責める手が行き来すれば逝ける。
「くぅう……」
 必死で声を抑えた。逝きかけているのを知られてはストップされるに決まっているのだ。しかし、そんな努力のせいで余計に状態があからさまになっていることには気付かない。
「ふふふ」
 あと一撫でで達するという瞬間、一斉に全ての責めが止まる。
「く、あ……」
 逝かせて貰えなかったもどかしさに苦悩し、刺激を欲しがる。
 サディストは求めを叶えてやったのだが、それは性器に突き立てた爪と臀部への打擲という形を取った。打撃の痛みはともかく性器を傷つけられるイメージに恐怖し、快感が去ってしまう。ただ渇望だけが残る。
「うん、そんなにすぐには、ねえ」
 慎二が笑うが、ライダーは黙していた。
 羽毛の束を左手に持ち、爪先立ちの足元から肌をなぞり上げ始める。右手には鞭があり、脚に絡み付けるように三度打つと、幾重もの螺旋が描かれる。腫れの上を羽毛が擽る。打たれて鋭敏になった皮膚は微かな感触を余さず受け止め、普通なら弱すぎる刺激も存分に官能に響かせる。羽根が太腿に至る頃、体を侵す快楽の毒はとっくに脳髄まで達していた。
 体に残っていた布地を剥がされ、下僕の下腹部を守るものは無くなった。尻の間を羽根で責められ、背筋を駆け上る快感に身を震わせる。
「ひっ、はふぅ、とぅあぁ……くはあっ」
 しかしそれも、鞭を振るわれるまでのこと。
「くっ、つう……ぁふん……」
 鞭打たれることも快楽ではあるのだ。ただ、羽根の刺激とは余りに違うために、変化に心が付いて行かない。くすぐったい羽毛は無防備に身を任せたくなる刺激であり、鞭は覚悟を決めて耐えるのが快感だから、交互に使われては堪ったものではなかった。
 脚の間のシンボルを執拗に羽根で擽られ、感覚に耽溺する。また逝かせてもらえないだろうことは嫌というほど承知だが、快楽には耐えられない。せめて楽しもうと、意識を研ぎ澄ます。羽根の先が裂け目に入ると寒気のような刺激がある。もっとも敏感なエリアを襲われ、絶頂に向けて体が準備するのが判る。
「逝かせ……」
 願いを口にするかしないかの時、鞭打たれてリセットされる。
 力なく鞭が臀部に触れた次の瞬簡、改めて苦悶を叫ぶほど強烈に叩かれた。
 背中を静かに掠めたかと思うと、したたかに打ち据えられる。
 軽く胸元に当った途端、全く正確に同じ位置を鮮烈な痛みが襲った。
「はぁ、ふぅ、くふぁ」
 予告されても気を締める間が無く、かえって苦しいばかりだった。
 また、羽根責めに戻る。乳首を擽り、首筋から耳に至る。既に網目のようになった朱い線を丁寧に辿って行く。やがて、脚の間に舞い戻って集中する。
 気持ち良かった。耐えられるものではなかった。
「ん、ふぅぅ……」
 やっぱり一応は声を押し殺す。頭の中が白くなりかけ、今回は逝けるんじゃないかと思い始める。いつもならもうストップされているだろうに、羽根の束は脚の間で踊り続けている。
「ぁあ、い……く……」
 思わず口にした瞬間、強烈な苦痛の叫びを上げる羽目になった。無残にも、性器そのものを打たれたのだ。
 正しく手加減はされていた。やはり本当に傷ついてはいないのだから。それでも痛みとショックは激しく、感情が爆発して涙が零れた。
「う、うぅ……」
 泣き声を出す下僕の顔に口を寄せ、流れ落ちる涙を支配者は吸い取る。言葉無く、何分かの間、ひたすらに塩気のある涙を飲んでやる。
「ひゃうっ」
 ようやく泣き止んだ途端に冷水を浴びせられて、火照っていた体が静まる。縮み上がるほど冷たかったが、熱く痛む線条には心地良い。体中を撫でてくれる手が温かくて、冷たい思いをさせている当人の手なのに愛しくなる。
「シンジ……」
 しかし、これはクライマックス前の小休止に過ぎなかった。
「休憩は充分だよ、ライダー」
 短い対話の後、全身に鞭の雨が降ることになる。冷え切っていた体がまたも灼熱してゆく。
「あ、あふっんっ」
 合間に片手で自分を刺激しながら、黒い革紐に空を斬らせる。時に予期させた通りに打ち、時に予期できないように打つ。気まぐれに鞭の柄を尻に突きつける。
「もう少し……」
 興奮と快楽でこれまでになく二人ともの肌が赤く上気したころ、腕を釣っていた鎖を外し、奴隷を床に仰向けに寝させた。両手足拘束されていることに違いは無く、やはり動けない。
「喉渇いたよね?」
 慎二が面白そうに告げる。
 身動き出来ない下僕の頭の上に膝をついて跨り、サディストは下腹部に手を添える。
「口……」
 囁かれて、仰向けのまま従順に意に従う。口を大きく開けて待った。
 笑いかけ、性器に添えた指を動かす。両手を使った自慰行為を見せつけるようにしばらく続けた。見上げるマゾヒストは欲情に駆られ、期待に震えながら待ち続ける。
「んっ」
 小さく声を発し、支配者は脚の間から液体を放つ。飛び散りながらも尿は顔に落ち、すぐに狙いが定まって開けられた口に降り注ぐ。生暖かい雫をマゾヒストは甘露のように飲み込んでいく。
 顔中を濡らしながら悦びに笑っていた。
「今度こそ、ご褒美」
 刺激を渇望している性器を手で擦ってやる。
「あ、ふぁあっ、うんっ」
 中断も邪魔もしない。絶妙の指使いを見せながら往復運動する。
 今度こそ、やっと本当に逝ける。安心して快感を楽しんだ。背骨にそって何か行き来しているような感触が高まって行き、あと僅かで爆ぜる。
 その場に及んで、慎二が言う。
「やっぱり、最後は自分で」
 ライダーが鎖を解いてやると、慎二は自由になった両手を己の股間に持っていく。
「ふあぁ……」
 自分でペニスを握って上下にストロークし、散々焦らされた末に似つかわしく激しい射精をした。仰向けの己の体に大量に撒き散らす。
 恍惚とする慎二マスターを冷ややかに眺めつつ、ライダーサーヴァントは呟く。
「自己中心Mの上に自分の手でしか逝きたがらないナルシストなんて」
 セックスもSM行為も嫌いではないのである。どうせ不本意に相手をさせられるにしても、もう少しマシな内容にはならないのかと呆れていた。
「絶対、人に言うなよ、こんなこと」
 一応、慎二も恥ずかしいとは思っているようだった。

 

/マスターの性癖・了

 


 

 ……なんでこんなもの書いたやら。きっと作者は黒化Syunsukeですw
 まあ、別に慎二がそんな性癖だと思っているわけでは無いのですが。

 扉絵はヘタレリスト の しげすん さんに頂きました。……あの鎖は慎二を吊ってるんですよ?

 もし全自動月姫Linksの一行コメントを書いてくださるようでしたら、くれぐれもオチのネタバレをしないようにお願いしますm(__)m

 

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どーしてもこのオチには納得行かんっ ライダーがヤラレテル方が良いっ って言う困った人、脳内をリセットしたい方などは、まあ、こちらを。