交換条件


◆2

「んぅ……」
 声がくぐもっているのは、ボールギャグのせい。仰向けの頬に涎が垂れて、こびりついて乾いていた男の精をふやかしている。
 三人掛けの長いソファの真ん中に、背もたれの上に尻を上げた逆立ちの格好でシエルは寝かされ、あられもなく開かされた長い脚がソファの両端に届いている。ちょうど、濡れそぼった牝の器官を自分の顔の上に見せ付けられる体勢だ。手足を戒めるものは無いが、自ら足首を掴んで固定していた。
 無論、命じられてのことだ。
 豊かな腿の中心、しっかりした翳りの間で、広げられた媚肉が淡い色を覗かせている。先程、また自分で指を添えて晒し、笑いかける姿を幾枚も写真に撮られた。ストロボの光を浴びるほどに、一枚ずつ意志や理性を剥ぎ取られて、奥底の女の性を探られていった。 触れられているわけでも無いのに、シャッターの音を聞くたびに体を火照らせ、目を閉じても瞼越しにフラッシュを知覚するごとに雫を落としていた。
 ……そんな筈は。
 狼狽する。
 臍まで蜜を垂らしていると指摘され、否定出来なくなった。写真を撮られることに欲情し、快楽を覚え、もっと続けて欲しいとさえ思っているのだと。
「こういうのも、好きでしょ?」
 カメラを置いた男は、クロム色の冷たい珠が無数とも思えるほど繋がったアナルビーズを見せ、何度も尻の谷間に滑らせてくる。火照った肌に金属の滑らかな冷たさが快く、そう思った途端、セクシュアルな快感に転じてしまう。
 口に押し込まれた玉のために、まともに歯を食いしばることもできず、疼くような官能が体の奥に沁みていく。せめてとばかり、己の足首を掴む手を握り締める。
 男は、どろどろとしたローションを尻の谷間に垂らし、長いビーズの端の一つを肛門の上に載せる。
「ほら、力を抜いてね?」
 くい、と押して窄まりに沈ませる。
 シエルは悲鳴を上げようとするが、箝口具に阻まれる。
 男が指を離す。尻の筋肉が自然に締まって、ローションに滑る異物を押し出す。
 びくり。
 その感触が殊のほか甘露で、震えた。
 男が再度、珠を押し込んで、途中で放す。やっぱり自然と押し返してしまい、また震える羽目になる。
 しかし、何度も繰り返されるうち、どうにか筋肉を緩ませて押し出さずにすませるようになった。すると、そのまま二つ三つと押し込まれる。大きさはばらついており、四つめのビーズは中でも大きい。お陰で、抵抗虚しく同じことの再演。
「ふふ」
 五つ六つ入れた後、紐を引いて、抜かれる。
「ぁうっ」
 強制的に抜かれるのは更に喜悦。次は大きめだった珠だと判って、心待ちにしてしまう。ちょんちょん、と勿体を付けて焦らしたあと、一息に全部引き抜かれた。
 シエルは、押し潰された嬌声を発した。
「好きみたいだね?」
 返事は? と尻を打たれ、否応なしに頷いた。
 快楽に打ち震えていることが明らかなのに拒んでも、嗜虐心を煽るばかりだろうから。
 体裁の良い言い訳と知りつつ、受け入れる。紛れも無く快感だった。
「じゃ、自分で準備して。右手だけ、使って良いから」
 一粒だけ再び尻に挿入した後、ビーズを背中の方に垂らし、向かいのソファに腰掛けた。
 自分で、入れろと?
 理解して、従う。
 拒否権無し。いや、正確には、拒否しないことを選んだのだ。果たさなければならない目的のために。
 蓋の開いたままのローションのボトルを取って存分に谷間を潤わせ、底に淫靡な性具を埋めていく。己の指で。体の中に、冷たい異物が入り込んでいく。
 ピピ……パシュ。
 こんな姿もまた、記録されている。意識したら性感も渇望もまた高まる。
 羞恥に戦慄く指で、自分が一つ埋めるたびに、しかし快楽の元が一つ増えるのだ。大きめの粒が来るたび、息苦しく腹につかえる思いをしながら、期待にとろかされてもいた。
 自分で気が付いて、叱咤しながら、機械的に作業を続けようとする。しかし、ほとんど果たせず、火薬を詰めて爆破の準備をしている気がした。己を快楽で壊す用意だ。ビーズを入れていくことに肉の快楽は薄いが、痛む傷口につい触れてしまうような自虐的快感を覚えている。入れたものは抜き取らねばならないのだ。ほんの数個で、さっきの恍惚。なら、この数なら、どれ程のものか。
「試しに引っ張ってみたりしても良いよ?」
 囁かれて、手が止まる。酷い誘惑に屈して引き出しそうになりつつ、辛うじて矜持を保つ。
 何度もローションを足しながら、受け容れていく。
 飽きもせず、ストロボが焚かれ続けていた。
 もう今さら、と思いはしても、恥ずかしさが新たになって魂が抜かれていくようで。消え入るばかりの羞恥に酔って、直後に入れる冷たいクロム色の球が、絶頂の火種のように思える。
 早く着火して欲しい。いたぶるならいたぶるで、もっと手酷く扱って欲しいとさえ思う。緊縛されて男の手で押し込まれているなら、ただ放心していれば済むのに。
 恨みながらも、しかし、それでは、この羞恥の底のような悦楽は得られないと判っていた。判らされていた。
 どうせ好きに弄ばれるのだから、楽しんでしまえば良いのだ。何を拒む?
 繰り返し繰り返し、同じ疑問が浮かび、少しずつ流されていく。そんな疑問自体が既に己が屈している証だとは、もう気付けなかった。
 そんな折。
 ……あ。
 長いビーズの反対側の端を見て、思わず手が止まる。そこには、取っ手のように、小さな金色の十字架が付いていたのだ。
 聖印を淫具に付けるなど、何という冒涜か。僅かに反抗の意志が甦る。しかし、男は何とも思っていないのだろう。
「ほら、あと少しじゃない」
 促されて、諦めて、意を決すると残り幾つかの珠を体に穿ち入れた。垂れ下がった紐の先で、十字架は丁度シエルの秘所の下になる。背徳の思いに、しばし呼吸を忘れた。
 女の操の最後の守りのようで、しかし、そんな思考に己で呆れる。今さら、何が操か。
「ずいぶんローションを使ったね。後々が楽しみだ」
 ……え?
「いやいや、ただのローションだよ、もちろん。うん、でもまあ、放置されて寂しそうなこっちにも塗っておいてあげる」
 言うが早いか手に液を取り、無造作にシエルの女に指を突き入れた。
「ふうっ」
 確かに、ずっと捨て置かれて性器は疼いていた。刺激を受けて思い知らされた。官能に貫かれつつ、肉の襞が中で捻られる指をしゃぶり尽くそうとするように蠢くのがほとんど知覚できた。膣内にたっぷりと塗り込まれるどろどろとした液を、争って吸い取ろうとしている気がした。
 呼び水のような手が離れたら、女が酷く疼き出す。
「こんなものかな」
 瓶に蓋をして、丁寧に手を拭っている。
 一体、あのローションって……
 いやらしい笑いが頭に残った。
 男はシエルの右手を足首に戻させると、尻を覆うほどのローションを丹念に拭き取る。わざわざそんなことをする意味は、すぐに教えられた。今日、初めから幾たびもシエルを悶えさせている柔らかな責め具だ。
 羽根の束が、伸ばされて張り詰めた内腿を這い、女体を戦慄させた。
「ほんとに気に入ったみたいだね、これ。たっぷり楽しんで欲しいなあ」
 さわさわ、と尻を撫でる。既に乾いた肌は、繊細な羽毛の感触を存分に受け止めた。
 ひっ……
 足首を掴んで居なければ、全身が跳ねたところだった。すっかり、体が出来上がってしまっていて、羽根の撫でる淡い感触にも鋭敏に反応する。男の両手の羽根が左右の膝の裏から緩慢に攻め上り、腿の柔肌を擽り、少しの嫌悪とどうしようもない快感が入り交じった波でシエルの思考を押し流す。
 あぁ、駄目……
 何かに捕まりたくて、結局また己の足首を握り締め、余計に脚を緊張させるから、肌は鋭敏さを増すばかり。
 遠野くん……
 波状攻撃。往復しつつ、両側から次第に尻の方に迫り、谷間に潜り込む寸前で引き返す。
 早く……
 焦らされて、堪えられず、僅かな自由度の中でお尻を揺すっていた。
「お待たせ」
 羽根が峡谷に届き、渇望が満たされた瞬間、今までの快感などは精々さざ波だったと知る。
「く、う、ぅん……」
 会陰からから肛門の両脇を跨って尾骨の後ろまで、いっぺんに、震える羽毛に擽られると、その感覚はまるで津波。
 今度こそ、逝く……
 思いながら、半ば次のことを予測した。こんなに簡単に解放してはくれないだろうと。
 その通り、逝けない間に止められた。
 呻吟するシエルを余所に、男はアナルビーズの端の十字を摘み、不意に引いた。
「んんっ」
 くぷ、と一つ引き出されて、生殺しされているシエルは再度逝きそうになる。しかし、そこで止められて、また寸止め。ぴん、ぴん、と真似ばかりに引くだけ。
 あと一個で良いから……お願い……
 それで逝けるのに。嘆願するにも、猿轡に声は塞がれている。
「だいぶん、お尻がムズムズして来たかな?」
 言われた通り、何か、痺れるような痒みと熱さを覚えている。シエルが頷くと、得たりとばかりに笑う。
「じゃあ、ちょっと余興をやろう」
 ボールギャグを外してシエルの頭を持ち上げ、頷く姿勢で首輪の紐を咥えさせる。その端はビーズの十字に引っ掛ける。
「紐、放さないでね」
 これで頭を戻したら。
 自分で尻穴から珠を引き出すことになるのだ。
 判っていたが、頭を支える手がいきなり放されると、支えきれず小さく頭が後ろに倒れる。仕組まれた通りビーズが引かれて、一粒飛び出した。
 はうっ。
 快感に萎える体を鞭打って、どうにかそこで頭を静止させつつ、怖れた。いくら凄まじいばかりの体力があっても、ずっと維持できる姿勢ではない。首が後ろに落ちて行けば、もっと自分で珠を引っ張り出すことになる。
 いや、問題なのは体力などではなく、快楽への誘惑。そして、もう痛いほどに判っている。とっくに体は官能に屈しているのだと。
 早速、閃光と共にシャッターの音。あさましく自分でビーズを引く姿は、格好の被写体に違い在るまい。
 黙って、堪える。勝てる見込みなど無いと諦めながらも。
「頑張るんだね」
 呟くと、怖れた通り、再び羽根束を手にして擽り始めた。
 容赦は無かった。一本の羽根がずっと尻を責めつつ、脚を隅々まで掃いていく。片時も休まらない。快楽ほど耐え難いものもない。そもそも、堪えるものではないのだから。
 革紐を噛みしめて、負け戦をひたすらに続けた。容赦の無い責めは、しかし、それだけでは逝かせてくれないことまで含んでいた。どうしても、自分でビーズを引かせたいのだろう。
「そうだ、こっちもサービス」
 途端に、ずっと止まっていた乳首のローターまでオンになる。
 それが、止めだった。乳首に起こった衝撃に頭を仰け反らせてしまい、瞬間に尻穴を珠が飛び出し、その感覚に抵抗も何も失った。そのまま頭をいっぱいに後ろに反らして、続けてビーズを引き出す。快感に繰り返し打ち据えられる。
 逝ったのかどうか、よく判らず、ただ、これ以上どう動いても抜けないところまで引っ張った。首の動きで引ける距離など僅かで、仕方なく尻の方を揺すってまで、どうにかもっと排出しようとする。
 さぞ、淫らに絵になるだろうなんて、醒めた視点を未だ微かに維持している。しかし、それは被虐の快感を煽るものでしかない。
「残念、それぐらいが限度だね。ねえ、でも、こっちも疼いて辛いんでしょ?」
 どろどろの秘所をつつかれる。
 身も世もなく、何度も頷いた。肛門に快感に酔い痴れて忘れていた熱さを突きつけられ、もう抵抗の意志の欠片も吹き飛んだ。あの妖しいローションのせいでも何でも、牡を求めて啼いていることに違いは無いのだ。
「じゃあ、入れて欲しい?」
 顔の上に、隆起した男を誇示する。
「はいっ」
 言いつけも忘れて声を出し、紐を落とす。知らず、舌まで伸ばしている。
 欲しい。
 逞しい陰茎をどうしようも無く求めていた。そもそも辱しめを受け入れたのは、聞き出さねばならないことがあるからだ。それだけのことだったのに。
 もし今、情報と挿入を選ばされたら。
 己がどちらを選んでしまうか、明らかだったから、その問いを怖れた。
「大好きなんだね、これ。あのローション、本当にただの潤滑剤だから、言い訳にはならないよ?」
 からかいと共に、鎌首を口に押し込まれる。嬉々として舌を使い、愛撫せずにはいられなかった。女に牙を向く毒蛇が愛しくてならなかった。
「よし、良いよ」
 怖れたような選択を強いられることだけは無かったのが、小さな救い。しゃぶらされながら、抜き出されたビーズを改めて埋められる。ひとつ毎に、また期待に魂が震えた。
 シエルに跨るようにソファに膝を付け、器用な姿勢で、涎を垂らす女の器官に男を突きつける。
「ほら」
 一息に、シエルは貫かれた。体の奥まで穿たれた男根に、瞬間にほとんど絶頂した。そのあとは、リズム良く突かれる毎に、更に上まで連れて行かれるばかり。合わせてビーズを引かれ、秘所と尻穴との快楽が一緒になって体を犯す。思考を砕く。頭をおかしくする。
 拒んでいたのが馬鹿馬鹿しくなる。こんなに気持いいのに、何故嫌がるのかと。何を嫌がっていたのかと。
 もっと。
 それしか、頭に浮ばない。
 もっと、して……
 数度に一度だけ強く突くリズムになって、その強い突きが楽しみでならなくなる。お尻を気持ち良くして貰えるのも、そのときだけ。
 もっと気持ち良く、して……
 何度も逝っているのか、逝く手前で抑え付けられているのか、そんなことはどうでも良かった。
 気持いい。
 それ以外に、何を求めるのだ。
 性交が快感なのは、相手が愛しい人だから……
 血と暴力と死に彩られた過去と現在を持つ女として、志貴と愛を交わすとき、いつもそう思う。
 生涯をかけたって贖えない罪を背負って、とうに捨てていた暖かな日々。それを与えてくれた志貴だから、快感に見を委ねる自分を赦しているのだ。
 絶頂の中の絶頂に至りかけている。これほど追い詰めても飽き足らないのか、男は強い突きを出さなくなる。
 リズムに慣らされた女の体には、死ぬほど焦れったく、もどかしい。
「いじわる……」
 気が変になりそうなほど気持いいけど、もっと上があるのは教えられたのだ。
 腰を捻って、揺すって、とろけた声で甘えて、快感をねだる。
 自分が戦闘服姿だなんてことは、意識から消し飛んでいた。そんなこと、知ったことではなかった。
「ほら、行くよっ」
 宣言があって、そのあとはずっと強い突きばかり。次々と珠を抜き出される。一つごとに達するほどの快感。更に速度が上がり、性の悦び以外に何も判らない。最後の一つが飛び出した時、炸薬に火が届いたみたい。
 声も出なかった。気絶したのかも知れない。やっと少しは思考がまともになったとき、あの羞恥を極めるポーズは赦されて、代わりに全裸にされつつ、普通に仰向けで男にのし掛かられていた。
「気持ち良かった?」
「……はい……」
 まだ胡乱な頭で応えると、キスされる。今日、一度も許していなかった唇を奪われる。入ってくる舌を嬉々として受け容れ、己の舌を伸ばして絡めあう。
 気持ち良い。愛しい。あんなに酷く意地悪く責められたのに、男の口付けが嬉しい。乳房を揉みしだく両手を嬉しく思う。
「満足、ですか」
 今度は乳首を吸われて喘ぎつつ、問う。
「うん」
「じゃあ、教えてくれますね?」
 言われて、男は束の間だけ戸惑った顔を見せ、笑いに顔を歪める。
「んー? 逝ったら駄目なんじゃなかった?」
 今度は、シエルが愕然とした。あまりの快感に忘れていたが、確かにそうだったのだ。
 目を閉じたシエルに、男が笑いかける。
「ははは、もうちょっと余韻に浸らせて欲しかったなあ。でもまあ、良いです。メシアンの引っ越し先ぐらい教えますよ、先輩っ」

 

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