「あ、あたしの足を、お舐めっ」
 翡翠が俺に、そんなことを言った。

新たな関係


 

 初めてそんなことをしたのは、翡翠と二人で遊びに出掛けた日の夜。俺としてはデートのつもりだったのだけど、翡翠にとっては『主人の外出にお供する』心づもりだったらしい。この忠実さは良い気分ではあるのだけど、反面、恋人として接して欲しいときには少し寂しくも思う。
 だから、形からでも主従を忘れて欲しくて、メイド服はやめて貰った。元より、家に居るときも違う服装をして欲しいとお願いしているのだけど、なかなか聞き入れてくれないんだ。いや、仕事をしていないときには普通の服に着替えるってことで落ち着いてはいる。だけど、これは向こうに一本取られたと思う。いちいち着替えるなんて余計な負担を掛けるかと心配したのだけど、翡翠は一日中何かしら働いているんだと改めて気づかされただけだったから。
 それでもまあ、近頃はようやく屋敷の外では普通の格好をしてくれる。そして、加えてもう一つ、翡翠にお願いしたことがある。
「今日一日は、『志貴さま』って呼ぶの、やめてくれないかな?」
 しばらく押し問答が続いた挙句、琥珀さんの口添えまであってようやく承諾してくれる。
「判りました、それではそのようにさせて頂きます、志貴さ……ん」
 いきなり言い損ねかけてて、琥珀さんと二人で吹き出した。翡翠は真っ赤になってしまう。
「重症ですねー、翡翠ちゃん。志貴さん、これはもう、ちゃんと言わなかったらお仕置きしちゃいましょう!」
「お仕置きって」
「内容は志貴さんが決めれば良いんですよー。そのかわり、ちゃんと守れたときはご褒美あげて下さいね?」
 結局、十回『志貴さま』って言ったらお仕置き、なんて話になる。そして、一日どころか、出掛けて数時間のうちには十回なんて超えてしまった。実のところ、この変な遊びのせいで余計に意識させてしまったせいだと思うのだけど。
 もとより本気じゃないし、考えがあったわけでもないから、お仕置きなんて話は忘れてくれれば良いと思ってた。でも、やっぱり翡翠は律儀で、むしろ何もしない方が負担をかける気がしてくる。自分は罰するにも値しないのか、なんて思考をしてしまいそうだから。
 それで、帰るまでに一つ思いついて、夜になって実行した。
 翡翠をメイド姿で部屋に呼んで、椅子に座らせる。お仕置きをするから言うことを聞くようにと、吹き出しそうになるのを抑えて何とか厳かに告げた。
 神妙に俺を見る翡翠に、まずは、ストッキングを脱ぐように命じる。
「はい」
 戸惑いはしたみたいだけど、ためらいはしていない。もっとも、既に幾夜も寝台を共にしてきたけど、ストッキングであれ俺の目の前で自分で脱ぐって言うのは、かなり恥ずかしいみたい。脱がせてあげようとしたら、もっと恥ずかしがったりするのだけど。
「これで、宜しいですか?」
 スカートの下に、整った素足が揃って見えている。
「うん。それで、右足を上げてみて?」
 きょとんとしながらも従って、ベッドに腰掛けてる俺に向かって足を差し出す格好。
 それを捕まえて。
 キスした。
「し、志貴さまっ! 何をっ」
 もう、『さま』禁止令は解除済み。でも、続けてたって絶対に守れていないだろう。俺が妙なことをしたせいで、翡翠は、それぐらい切羽詰まっている。
「お止め下さい、そのようなことっ……んっ」
 足を両手で包むようにして、土踏まずに唇を押し当てている。べたりと舌を付けて、這わせる。繰りかえし、何度も何度も。
「いけません、志貴さまっ」
 予想したように、必死に訴えている。そりゃ、メイドの足を舐めてるなんて、俺だって充分に倒錯的だと思うんだから、翡翠にとってはとんでもないことだろう。
「いや、翡翠の足、可愛くて何だか愛しくてさ」
「でも、そんなところ、汚いですっ」
 耳を貸さず、舌を出して柔らかな足裏の味を調べてみる。汚いなんて翡翠は言うけど、湯上がり間もない肌は、ほのかにボディソープの匂いがして良い気分。食べてしまいたいぐらい可愛いってのは、きっとこんな気分。
「風呂上がりなんでしょ、綺麗なもんだよ」
「ですがっ」
 ちゅぅっ、と吸い付く。びくん、と翡翠は震える。くすぐったいのかと思ったら、実は結構感じちゃってるらしい。蜜を含んだ声で、駄目です、と何度も繰り返している。
「ここまで、歩いてきたのですし……」
 口では拒みながら、足はあまり動かさない。でも、言うばっかりでほんとは舐めて欲しい、とかではないと思う。こんなときだって、俺のすることには滅多に逆らわないのだ。
 駄目です、とまた繰り返している。きっと、きれいとか汚いとかより、主人たる俺にメイドである自分が足を……なんて考えている。
「掃除や選択とか、履き物を整えるのとかも、翡翠の仕事だろ? だから、汚いんだったら翡翠の責任だね」
「ああ……」
 ぺろん。
 意地悪を言いながら、足の裏を隅々まで味わう。緩く歯を当て、唇で包んで吸い、舌を尖らせて擽りながらハーモニカ吹くみたいに口を滑らせていく。
「んぁ……し、き、さまぁ……なさらないで……ください……そんなこと……」
 俺の演奏に応じて、翡翠は妙なる声で唄ってくれる。
 俺としては、ただ思うままに、翡翠と愛し合いたいだけ。足を舐めるなんて極端なことでも、主人だ何だと考えずに感じて欲しい。恋人の足を舐めるのが普通かってのは捨て置いて。
「だーめ。主人を要望通りに呼ぶなんてことも出来なかったお仕置きなんだから、大人しくするっ」
「そんなこと……はい……ん……」
 ぎゅって手を握って、翡翠は返事をする。こんな、隷属の印みたいなことをしながら、まるで翡翠をいぢめてるみたいだ。
 いや、実際、サディスティックな快感を大いに楽しんではいた。足って性感帯だとは聞いたことがあるけど、こんなに効くとは思ってなかった。調子に乗って、べろんべろん舐め回す。唾液でどろどろになるぐらい。いっぱいキスして、足じゅうに跡を付ける。裏ばっかりじゃなく、甲の方まで。
 卑しいなんて思わない。翡翠の白い足は、日々あんなに働きづめなのに、歩いたこともないみたいに柔らかで可憐。目を閉じて頬を押し付けてみたら、お腹にでも触れてるみたいに暖かで優しい感触。指で触るのは擽った過ぎるみたいだから、ひたすら口で愛する。
 ちゅうっ。
「あふん……ひゃぅ……」
 ほんと、びっくりするぐらい感じてくれてた。翡翠を気持ち良くしてあげるのには結構苦労していたから、嬉しくなって夢中で愛撫した。快感に溺れるのをためらうみたいだから、頭が動かなくなるぐらい、とろとろにしてあげたくて。
 踵なんかは、噛み付いたりしても大丈夫みたい。やっぱり、とりわけ弱いポイントっていうのはあって、もちろん見つけたら逃がさない。
 だけど、ちょっと調子に乗りすぎたかもしれない。
「あん……んぁっ……しき、さまぁ……ぐすっ」
 ん?
 鼻を啜るみたいな音に、慌てて翡翠の顔を見たら、手で隠している。でも、涙を見つけてしまう。
「翡翠?」
 慌てて、顔を寄せる。あっちを向いてしまう翡翠を抱き留めて顔を覗き込んだら、確かに、泣いていた。
「ごめん……」
 考える前に、唇を重ねる。何度も繰り返して、優しく、熱く、甘く。緩やかに、宥めるように、慈しむように。抱き締めて、ぎゅっと力を込めて、背中と頭を繰り返し撫でた。そんなに嫌だったのかって、独りよがりを呪いながら。
「志貴さま……」
「翡翠、ごめん、そんなに我慢しなくったって。気持ち良くなってくれてると思って。そんなに嫌がってるなんて思わなかったんだ」
「いえ、良いんです。嫌だったわけではないですし、その……」
 翡翠は俺を責めたりなんてしない。黙って我慢してしまう。判ってたのに。
「それに……気持ち良かったんです、志貴さまにあんなことをして頂いて。でも、申し訳なくて……お仕置きだと仰いましたから甘んじていようと思っていましたら、凄く気持ち良くなってしまって」
「ほんとに? 気持ち良かったんだったら、嬉しいけど」
 あんまり我慢強くて、何でも自分のせいにしてしまうから、気をつけなきゃならない。
「はい。でも、罰なのに気持ち良くなってしまって、はしたないと思って。申し訳なくて……恥ずかしくて」
「ごめん、それは翡翠が謝ったりなんかすることじゃない。冗談だよ、お仕置きなんて。あんなに翡翠は『駄目です』って言ってたけど、元からそれを見越してただけなんだから」
「……はい」
「付き従ってくれることは嬉しいけど、時と場合で対等にもなって欲しい。うん、こんな時とかさ」
「はい……志貴さま」

 そんな夜から、しばらくして。
「翡翠、ちょっと気に掛かったんだけど、こういうことって翡翠の負担にはなってない?」
「何がですか?」
 翡翠が、愛しくてならなくて。いや、そんなの言い訳だって言われたら反論はないけど、結構な頻度で求めてしまっている。翡翠に元気を貰って、そのお陰か最近はずっと調子が良い。でも、負担を掛けてないかって、まったく鈍いことに、やっとそれが気になった。
「いや、なんて言うか……こんなに頻繁に翡翠を欲しがってしまっているから」
 俺よりずっと早起きなのだし、こんな館の掃除や整理なんて、随分な労働なのだし。いざ夜中になって、抱き締めようとして華奢な体を思い出し、訊いていた。
 まっすぐ俺を見て、翡翠は答える。
「志貴さまは、わたしを……お抱きになりたくないのですか?」
「なっ?」
 何を言ってるのか。一瞬、言われたことが判らなかった。痛々しいほど真剣に、翡翠は尋ねている。何故、そんな結論が出るのか、考えてみて。
 ……なんで気付かなかったんだ。
「いや、そんなことない、毎晩でもっ……って、いや、毎晩ってのはナンだけど……」
 慌てて支離滅裂になってたら、翡翠は穏やかに笑ってくれた。
「わたしのことでしたら、大丈夫です。愛して頂いて、わたしも元気を頂いています。それに、ひょっとしたら……」
 言い淀んで、少し目を伏せた。
「何?」
 って、言いにくいことだったら言わせるようなことは……
「いえ、ひょっとしたら、志貴さまがそんなにもお元気なのは、わたしのせいでもあるかも知れません。そんなつもりはないのですが」
「どういうこと?」
「その……志貴さまに力をお分けすることが出来ますが、それが……そういう方面にも、流れているかも……知れません……」
 俯いて、真っ赤。そう言う方面……っと、やっと思い当たり、俺も真っ赤になる。
「そ、それは……いやあ、俺もこんな年だから、無闇に元気なだけだとっ」
 恥ずかしくて、抱き寄せた。これで、互いに顔を見ないで済む体勢になるから。
「お望みのまま、愛してください……わたしも、たくさん愛されたいです」
「翡翠……」

 そんな風に、猛烈に照れてしまうような対話のあと。こんなことも、した。
「翡翠?」
 一度、翡翠の中に注いで、うっとりと抱き締め合いながら、尋ねる。
「何でしょうか?」
「いや、さ……また、足にキスしたりして、良い?」
 どういうものか、時々そんな欲望に駆られる。いや、何も足に限ったことじゃなくて、耳とか額とか頬とか唇とか肩とか鎖骨とか掌とか胸とか鳩尾とか二の腕とか腋とか指とか背筋とかお臍とかウエストとかお尻とか腰骨とか太腿とか膝の裏とか脹脛とか、翡翠は全身隅々まで魅惑的で。ふぇちなのは認めるけど、どこもここも魅力的で、溺れそうなぐらい。むしろ溺れたい。いや、もう溺れている。
 たまたま、何だかその日は足に惹かれた。泣かせちゃったことがあるわけで、ちょっとためらう。
「はい。こんな足で宜しいのでしたら、可愛がってください」
 真面目ぶって言いながら、少し笑っていた。そんなことを、嬉しく思う。噛み殺さずに、笑いを見せてくれることが。
 恭しく足を押し頂いて、爪先を口に含む。
「あっ」
 小さな指の間に舌を入れて、唇で包んでしゃぶる。
「んんっ」
 翡翠は戸惑ったように悶えている。
「志貴さま……」
 溶けるぐらいに指の間を舌でつついて、唇で挟んで撫でさする。蠢く指を押えて、守りに奥に攻め込む。口をずらして、別の指に。ちょっとだけ、甘酸っぱい汗の匂いがしてる。小指の方に近づくに連れて、翡翠の喘ぎ方が激しくなった。
「んふぅ……はふっ」
「気持ち良い?」
「あっ……はい……んっ」
 タブー意識と快感とのせめぎ合いが顔に浮かんでいる。並んだキャンディみたいな足指をしゃぶり倒して、性感に堕としてやろうとする。
 不意打ちして、踵から爪先まで足の裏を舐め上げた。
「ひゃうんっ、んーっ」
 もう一度。滑らかなシルクの肌は舌に快くて、考える前に繰り返してる。舌で裂けるんじゃないかなんて思うぐらい、柔らかい。順番に、幾つも幾つもキスマークを付けてやる。
「ふあぁんっ……」
 オンナノコを口で愛してあげてるのと同じぐらい、足が気持ち良いみたい。それで、つい楽しくて、夢中になって愛玩した。
「こういうの、好きになった?」
 ぼうっとしてる翡翠に、尋ねる。
「あ……はい。好き、です……」
「そうか。えっちだなあ、翡翠は」
「そんな……」
 ちゅっ。特に駄目だと見出したポイントを責める。
「んぅ」
 ちゅぅうっ。更に容赦なく。逃げようとするのをしっかり捕まえて、とろけさせる。
「ひゃぅんっ」
 ぺろぺろ。今度は、優しく。
「んふ……」
「翡翠は足を舐められるのが大好き、と」
「あん……」
 交互に、両脚の裏にたっぷりとキスを播く。指を一本ずつ味わう。
「反論しないんだ、翡翠?」
 からかってみたら、翡翠は必死の様子で、何か言おうとする。愛撫を激しくして、出鼻を挫く。嘗め回し、吸いまくって、翡翠から言葉を奪う。長く切ない声で歌ってくれる。
 責め続けて、俺の方が続かなくて、途絶える。甘い責め苦から逃れた翡翠は、絶え絶えの息を継いでいる。
「ねえ翡翠、足を舐められるのは嫌でしょうがないのに、俺が無理に好きってことにさせちゃってる?」
 そうじゃないって自信があって、敢えて訊く。翡翠が恥ずかしがって困っている姿がもっと見たくて。
「いえっ。それは……嬉しいです……」
 案の定、羞恥に悶える様子で、でも律儀に口にしてくれる。その姿に、どうにも意地悪な感情を掻き立てられて、この前も調子に乗って泣かせちゃったのに、まだ尋ねずにいられない。
「ん、何が嬉しいのかな?」
 言いながら、指をしゃぶる。びくっ、と震えて、短く悲鳴。
「ですから……足を……」
「足を? ふふふ、何が嬉しいのかはっきり言って欲しいなあ、翡翠?」
 涎を零してしまい、伝い落ちるのを吸い取る途中で、まだ追い打ちしていた。
「……志貴さまに、足を舐めて頂くのが、とても嬉しいです」
 こんなに俺っていじめっ子だったかな、なんて思いつつ、色々と思いついてしまった。でも、大丈夫だと思う。
「ふふふ……そうか、翡翠、従順なメイドの密かな欲望は主に足を舐めさせることだったんだ」
「いえ、そのようなことはっ」
 慌てて言ったけど、俺が思いっきり笑ってたから、すぐに落ちつく。俺は、もう変質的なぐらいにペロペロし続けている。
「へえ? じゃあ、今のは嘘? 主人に嘘をつくなんて悪い子だなあ」
「いえ、その……」
「嘘じゃない? なら、やっぱり足を舐めさせたいんだね?」
「違いますっ……いえ、志貴さまに足を舐めて頂くのは、本当にすごく気持ちが良いです。……でも」
 最後、酷く意を決したような響きで、それでもやっぱり駄目ですと言われるのを予想した。そこまで意志が固いなら、流石に無理強いはしたくない。好きだから、気持ち良くしてあげたいけど、好きなんだったら、一緒に悦べることでないと。
 そんな風に思いつつ促したら、ためらいためらい、翡翠は言う。
「わたしは、志貴さまに……可愛がって頂くのが、好きなのです」
 うっ……。
「足であれ、なんであれ……」
 はぅっ。
 参った。
 今度は、俺が呼吸を忘れた。
 恍惚として、だけど俺の方をしっかりと見て、翡翠はそんなことを口にした。
「翡翠っ……」
 俺だって、翡翠の足だから、こんなことが出来る。翡翠だから、したいって思う。それで、二、三度また足裏に唇を付けるうちに、もう一度欲しくなってしまった。
「翡翠……その、もう一回、良い?」
 照れながら言うと、翡翠も恥ずかしげに笑う。一回だけで済ませることってあまりないから、判っていたと思うのだけど。
「ふふ……もう一回、何ですか?」
 え?
「ふふふ……察しの悪いことで申し訳ありませんが、仰っていることが判りません。なんでもお望みは叶えて差し上げたいと思いますので、もう少しはっきりと仰って頂けませんか?」
 しばし硬直してしまい、目を合わせる。それで気付いた、翡翠に仕返しされてるんだ。翡翠はこっちを向いて、くすくす、見たことがないほど楽しげにしている。
「ははは……うん、もう一回、翡翠を抱いても良いかな? 翡翠の中に、もう一回入りたいんだ」
「はい。お望みのままに……わたしも、嬉しいです」
 返事を聞き終わらない間に、飛び掛かるように抱き締めた。唇を重ねる。髪を撫でてくれる。脇腹をくすぐりっこする。手で探ると、翡翠の花は存分に蜜を湧き出させている。
「えっちだなあ、翡翠。さっき、ちゃんときれいにしてあげたのに、足舐めただけでもうこんなにしてるんだ?」
 耳に吹き込んだら、また逆襲された。
「志貴さまこそ、足を舐めたりしただけで、こんなにお元気になさって……」
 指を絡められて、その感触に戦慄し、じっとしてなんかいられない。
「うん、だからもう容赦しないぞ?」
「はい……んっ」
 いきなり、貫いた。たっぷりと濡れた翡翠の中に、割り入った。何度も体を重ねてきて、もう馴染んでいる翡翠の秘所。でも、快感は高まりこそすれど、飽きたりは少しもしない。刺激が予想できて、その予想通りの感触にきっちりやられて喘がされる。その上で、しょっちゅう不意打ちも喰らう。一体どうなってるんだか、俺のものを締め付けて、包み込んで、撫で回して、受け容れて、掴んで。
「ん……ぁん……」
 相変わらず、翡翠は声を殺す。好きに喘いでくれれば良いのにって前に言ったら、抑える方が気持ち良いんだって、泣きそうに照れながら教えてくれた。口を押えたり、指を噛んでみたり、シーツを掴んだり、時には俺の背中に爪を立てたりして抑え込んで。そうして、もう堪えきれないってときになって弾けた方が気持ち良いんです、と。研究したんだ、なんて言ってしまいつつ、自分の快感に興味を持ってくれていたことが嬉しかった。
 だから俺は、翡翠の我慢の限界に挑む。顔中にキスを降らせる。
 体を起こして、胸に手を触れる。
「あくっ」
 交わり方が変わって、瞬間の刺激に精を漏らしそうになる。勿体ない、まだまだ。
「んっ……くふ……」
 優しい胸の膨らみ。指をそっと、温かく受け容れてくれる。汗ばんだ肌が滑らかで、どうにも何故か、にやけてしまう。とっくに尖っている乳首に指をかけて、くりくり転がしたら、翡翠の声が高くなる。何か、腕全部が、くすぐったいみたいな楽しい感覚。
「ふぁぅ……んふ、あぁ……」
 途端に女の部分が蠢いて、俺も呻く羽目になる。だけど、ブレーキが利くわけはない。いや、最早、利いたって踏まない。
「あっ……ん……ふぅんっ……くぁん……」
 なんとなくリズムの付いてる嬌声の上げ方が、楽しくなる。もっと喘がせたくて、脚を片方捕まえて、持ち上げる。この方が深く強く突ける。
「ああ……しき、さまぁ……」
 こっちも、必死。腹の底に力を入れて、堪える。一突きする毎に、魂を刈られている気分。翡翠が啼くたびに、秘花の垂らす危険な蜜は俺を溶かしていく。
「くっ」
 まだ、堪える。充分にセックスを楽しんでくれるようにはなったけど、翡翠は何にでも我慢強い。その障壁を、快楽で壊してあげたい。別に、勝ち負けじゃないけど、翡翠を先に逝かせてあげたい。
「ひゃう……ぅあんっ……」
 同じ速さで、腰を使う。安定したら、少し落ち着いた。真っ直ぐのハイウェイを独り占めしてアクセルを踏みっぱなし、快楽は高まる一方ながらも事故は無い。限界が感じられなくて怖いぐらい。
 もっと他も責めようとしていて、暴れた翡翠に蹴られて脚を抱いてることを意識した。つま先を捕まえて、撫で回す。腰のリズムは、どうにか保つ。
「んふっ……ん……」
 案の定、更に翡翠は悶え始める。そこら中で握り締められて、シーツが皺だらけになっていく。
「翡翠……何か、して、ほしい?」
 足の裏を撫でながら、呼吸の隙間を縫って尋ねた。
「し、き、さま?」
 どうにか、返事をしている感じ。
 食べてしまいたいのを我慢して、掠める程度に触れさせる唇。
 滑らせる。息を吹きかける。匂いを確かめる……脳髄まで侵す、翡翠の匂い。
「あし……」
 嬌声に紛れて、それだけ聞こえる。
「ほら、ちゃんと、言わないと、判らないっ、てばっ」
 我慢比べだ。咥えたい。舐め回したい。しゃぶりつきたい。歯型を付けたい。俺だってそんな風に思っている。
「うっ……んっ……」
 翡翠が体を捩るたびに、擦れ具合、吸われ具合、締まり具合全部変わって、防衛は崩される。それでも、どうにか凌ぎきった。
「足を……可愛がって、くださ……い」
「これで、良い?」
 両手で、撫でさすってあげる。
「あぁ……ぅぅん……」
 翡翠がまた、泣きそうな表情。いきり立っているイチモツを指先でコチョコチョ撫でて焦らされてるみたいなもんだ。生殺しってやつ。もどかしくて拷問に近い、あの感覚。翡翠は足が、秘所と変わらないだけ感じるんだから。
「足を、舐めて、下さい……」
「もっと強く、言って、ごらんっ」
 いいかげん、俺もいぢわる。でも、この手のことって翡翠も気持ち良いって教えてくれたし。
「昔みたいに……」
 望みは口にして欲しい……遠慮せず、はっきりと。仲の良い遊び友達どうしだった、幼い日の頃のように。元気な女の子だった翡翠のように。こんなことを何度か言ってきた。
 それでとうとう、翡翠が言った。
「あ、あたしの足、を、お舐めっ……」
 その強烈な言葉を聞いて、即座に、ちゅぅって吸い付いた。踵から爪先まで舐め上げて、指を吸って、噛み付いて……息をするのもそこそこに、繰り返す。砕けそうなぐらい、腰を振って、突いた。もう、翡翠の下の口には噛み付かれているみたいで、入れるのも引くのも命がけの気分。
「ふ、あん、くぁんっ、ふぁああぁんっ!」
 片手でクリトリスを探って……見つけた。弄る。転がす。挟む。つつく。摘む。優しくなんてしてられない。
「ふぁあ……あふんっ、くはぁっ!」
 足を、舐め倒す。隅々まで。唾液に漬けたみたいにどろどろ。歯型がいっぱい。吸われた紅い跡だらけ。両脚を担ぎ上げ、両方の足に愛撫を爆撃する。しばらく刺激されてなかった方の足を責めた途端、信じられない想いだけど、まだ翡翠の中は良くなった。
「はうっ……ひす、いっ!」
 もう、ぐずぐずに解けてばらばらになって、ほどけないぐらいに絡み合っていそう。それぐらいの、一体感。翡翠の体と自分の体との区別がないみたいだ。
「しき、さま……もう、あたし……」
 このひとが、愛しい。
 翡翠の匂いに、酔う。
 快感。
「う、ぐ、はぁっ」
 まともに物が見えない。でも、翡翠の姿は眼に浮んでいる。
 好き。
「ふぁあっ、はうっ、んんぁあああっ」
 翡翠の味に、舌がとろける。
 気持ち良い。
 翡翠の温もりに、溺れていたくて。翡翠も俺に、溺れて欲しくて。二人で溺れてしまいたくて。
 一緒に、溺れた。
 熱い。
「あ、く、」
 喘ぐばかりで、言葉になんてならない。でも、聞こえている。
 愛してる。
 とても正気じゃない。それでも、良い。
 頭の中が沸騰している。一緒になって、ぐらぐら煮えてる。
「ひぁあっ、はふっ……ふわぁっ」
 放さない。何があっても。
 柔らかくて、だけど、しなやかに強い。
 愛している。
「しきさ、まぁっ!」
 翡翠の悲鳴が、引き金。お尻の方から湧くように、抵抗を打ち破って、射精した。抱いている脚をきつく引き寄せて、思い切りキスする。びくん、びくんって痙攣する。翡翠の締め付けは少しも緩まない。溶けていた接合部分を全部飲み込まれていく気がして、それで幸せ。
 頭の中身をそっくり共有したみたいな、不可思議な気分。いつの間に抱き合ったのか、判らない。ともかくキスを交わす。
 体液が無くなりそうなほど射精した気がした。
 ゆっくり、舌を絡めて。たっぷり、余韻を味わう。ふたりとも、汗みずく。ぐったりして、指一本動かしたくない。でも、舌だけは動かしていた。
「志貴さま……」
 やっと離れて、翡翠が囁く。
「翡翠……」
 それ以上の言葉は、長いこと、どちらも口にしなかった。
 必要だとは、思えなかったから。ただ、ようやく動かす気になった手で、抱き寄せあい、撫であっていた。想いは、共有されていた。

 “あなたが……好き”

***

「それにしても……」
 あんまり汗にまみれたから、もう一回、風呂を浴びた。戻ってきて、翡翠と話す。
 俺の呼びかけに、何でしょうか? とばかりに目を合わせてくる。
 何を言おうとしたのでもなかったから、話を探して、悪戯を思いつく。
「なんども言うけどさ。翡翠もえっちだな、最後、自分でクリトリスとか弄ってたみたいだし?」
「そ、それはっ……」
 あれ?
「その……気が付いたら、勝手に……手が……」
 指を組み合わせて、ごにょごにょと動かしている。
「え、ほんとにそんなことしてたの?」
 カマを掛けたというわけでさえない、まったくの嘘だったのだけど。
「!」
 翡翠は息を呑み……俯いた。そのまま体を捻って後ろを向き、ベッドに倒れて、転がる。うつ伏せになって、両手でシーツを引っ掻く。また転がって、シーツに包まってしまう。
 何か、もの凄く珍しい、激しいリアクションだ。
「あはは、良いよ、いや、何も悪いことはしてないんだから」
「……わたしも何度も言いますけど。今夜の志貴さま、本当に意地悪です……」
 ほんと……可愛いと苛めたくなるって、小学生じゃないんだからとは、思うんだけど。
 あんまり可愛すぎるのが悪いんだって責任転嫁しつつ。
「でもさ、貴重な一言が聞けたなあ。『あたしの足をお舐めっ』なんてさ」
 途端に、ベッドに顔を埋めた翡翠が耳まで真っ赤になる。
「ち、違いますっ……違うんですっ」
「ん、何が? 俺が言わせたんだから、失礼とか何とか思わなくて良いよ?」
「違いますっ……」
 言いながらも、自分で台詞を思い出して、一緒に痴態まで反芻でもしたのか、黙りこくる。その姿に、俺も何か気恥ずかしくなる。
「その……あたし、とは意図して言いましたけども。『お舐め』、などと言ったわけではないんです……。ただ、言葉に詰まってしまって。『あたしの足を舐めてくれる?』ですとか、そんなことを言おうとしただけなんです……途中で志貴さまがキスして下さいましたから、そこで言葉が続かず」
 俯いて、もじもじとそれだけ言って、また黙る。
 えーっと?
 あたしの足を……舐めて……?
 あたしの足を、『を』舐め……か。詰まって『を』と二回言った。なるほど、一応は説明が付く。
「ふふふ、良いよ、翡翠、言い訳しなくても。翡翠が足を舐めて貰うのを気に入ったのは俺のせいなんだし、好きなことが出来てくれたのは嬉しい。あれぐらいの言葉を口に出来れば、普通に望みを言うぐらい、もう簡単だろ?」
 顔を上げてくれた。羞恥に崩れていた顔が、翡翠らしい、澄ました形に整っていく。でも、口元からは笑いの名残が消えない。
「そうですね、それではひとつ、言わせて頂いて宜しいでしょうか?」
「ん? もちろん良いよ、なに?」
 それから、改めて、華やかに笑って。
「あたしにいぢわるするのは、お止めっ」
 にらめっこが続いてしまい、翡翠は再び口を開く。
「判った? シキちゃん!」

 あの日に帰る翼なんてものは、無いのだから。
 これからも一緒に、歩いて行きたいと、思う。

 

/新たな関係・了

 


えー。内容にはノーコメントでw
元々は、某チャットでやった即興でした。そのときのログは、こんな感じ。

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