Half a Blue, Half a Shadow

Catalina


 頭の中、フッ飛ばして、あんな羞恥を忍んだのに。結局、あの嘆願も聞いてもらえず、気の遠くなるほど弄ばれてきた。その手のポルノのことぐらい知っていたけど、まさか自分がそんな所に堕とされるなんて。
 その挙句、こんな姿で放置されたまま男が居なくなっていたら。
 逃げ出したい、終わりにしたいと思い続けているのに、厭で厭で、童女のように泣いて来たのに、その元凶を喪失することは恐れている。
 追想して、しっかり欲情していた。フェラとパイズリしてあげた男の子は可愛かったな、なんて自虐する。今となっては、あの辺りのことまでなら、いやらしい自分を楽しめるのだ。思えば、大したことじゃないから。恥ずかしい昔の失敗とか話すのもそれなりに楽しいみたいに。でもその後のことは、今もちゃんとは思い出せない。ただ、きっと体は何か覚えている。
 それが証拠に、こんなに、雫が……。
 正体の無い、どろりとした欲情。お腹の奥に潜む魔性。
 他の男性と、というのを嫌がって泣いたのだから、それはたぶん。
 ……忘れよう。
 でも、すぐに別のことを思い出す。
 性的には開花していたし、セックスの技術もそれなりにはあったから、青子に施された調教の主な部分は服従することだ。
 好きになる必要など無い、と男は言った。命じられたことに従えば良いのだと。
 上等よ、と青子は思った。誰が好き好んでやるものかと。
 ……そのことの良し悪しはもう分からない。いや、どちらも正しくなんか無いのだ、そんな身分になったのがそもそもの間違いなのだから。
 何もかもカメラに収められることには、慣れてしまった。
 だけど、ストリーキング同様、妖しげなショウの舞台で正体不明の客達の目に痴態を晒すのは酷く堪えた。
 先ほどまで華やかにスーパーモデル達の歩いていたステージで、同じように青子も歩かされた。違うのは、ストリップを強いられること。
 ……ほら、私とヤりたいの?
 そんな風にハイにならなきゃ、とてもやり通せない。
 お願い、見ないで……。
 涙を抑えながら。
 全部脱いでも終わりではなく、今度は首輪を付けて這わねばならない。ステージからも引き摺り下ろされ、客の合間を順に回って。
 そのあたりで、涙を堪えるのも限度だった。

 不意のカメラの音に、覚醒する。耳慣れたものだったから、散々に己の痴態を記録してきた機種だと聞き分けられた。
 ほっとする。また恥ずかしい姿を納める動作音が連続することに、酷く、安堵していた。捨てられたわけじゃなかったと。
 ちゃんと居てくれた。
 ……殺しの機会は無くしていない。
 元より居るに決まっていたのに、男が消えていないことを嬉しく思った。こんなに独占欲の強い男が、自分を捨てて行くわけが無かったのに、と。
「ほら、アオアオ、もっと撮ってあげるから好きなところを見せて?」
 こんなことももう、何度繰り返されたか。大嫌いな渾名で呼ばれることにも、もう諦めて抵抗しない。他の誰にも許していない、特別のこと。
 求められるがままに尻を高く突き上げ、指を添えて秘唇を広げ、柔らかな媚肉を晒す。失禁したように洪水の穴の脇で、犯され続けても未だ綺麗な色と形を保っているラビアの片方を刺し通して、銀色の輝きがある。ここにも、AOAOと打刻された小さなタグ。裏には主人たる男のイニシャルがある、首輪に下げたもののミニチュアだ。ピアスに指を引っ掛けて開き、両方あった方が便利だ、なんて思っている。そんな思考に呆れつつ、怖れた。また一つ、ものを考える基準がおかしくなっているから。
 更に尻の双山をくつろげて、ビーズの埋まった窄まりを顕わにする。くぷ、と一つ引っ張り出され、危うく声を上げてショーツを落としかける。視線に舐め回される思いがして、男の舌の感触まで追想する。胡乱な心を余所に、体は明瞭に男の舌を、指を、渇望していた。いくら頭で拒もうと、目的あって凌辱に甘んじているのだと言い聞かせようと、前でも後ろでも今すぐにでも串刺して欲しがっていた。
「トロトロだね、ここ。汁気たっぷり。流石、自分で撮って貰うところに選ぶわけだ、アオアオのここは魅力的だな」
「お褒めに預かりまして、光栄です」
 仕込まれた芸をして見せてやっているだけ、この返事も同じ。確かに、こんなことをしろと具体的に言われたわけではなかったけれど。
 思いながら、もっと指に力を込める。
「今度は……そうだね、ちんちん」
 理解するのに数瞬を要し、それからまた逡巡していたら、首輪を引かれた。
 何を今さら。
 幾度と無く思ってきたけれど、やっぱり、思い切れるものでもない。本当に思い切ってしまったら最後だろうから、悪いことでもないと思う。
 また促されて、体を起こす。脚を広げるように屈んで、両手を左右に。肛門から垂れたアナルビーズの地面に触れるのか感じられる。
 まだ涙が枯れていなかったことに、驚く。
 次々と焚かれるフラッシュの閃光は、目隠しで分からないけれど、電子音が状況を理解させる。条件反射のように笑顔を作りつつ、何の意味もないけど、顔をそむけてしまう。鼓動がアレグロ。息が荒くなっていた。見えなくても、哀れな姿は鏡と写真で瞼に焼き付いている。
「よし、いい子だ」
 頭を撫でられて、今度は素直な笑みが零れ、慌てて抑える。何をしているの、と己を叱責する。
 男を憎み、嫌悪し、反抗する自分はちゃんとまだ居るはず。
 時が来れば殺すんだから。
 ……男に媚びて尻尾を振る、すっかり懐いた青子も居るのだけど。
「ちんちん、なんて言われたら真っ先にはコレを思い出すのにね?」
 言いながら、ほっぺたに堅いものを押し付けてきた。それが勃起した陰茎の先端だとは、すぐに理解する。まだこんなにって、男の強壮さにくらくらする。
 わざわざ突き付けてくるのは、奉仕を求めているのだろう。青子にもそれぐらいの察しは付く。
 ああ、気に入ってもらえば良いのだ、いつものように。ペニスが大好きで、いつでもどの穴にでも迎え入れる淫らで従順な牝を演じてやれば。
 ……だけど、それを嫌がってもいない自分を見つけて。
 それどころか、嬉々として咥えようとしたことに気付いて。
 くちゅ、と女の道具が蠢くのを自覚して。
 本当に、蒼崎青子の名を忘れたくなった。
 そんな束の間のためらいの後に、改めて男根に唇を捧げようとしたら、
「待て」
 止められた。ちゃんと従えた。
「良い子だ」
 頭を撫でて貰えて、やっぱり喜んでしまっていて、忘れてしまおうとする。あさましく脚を開いた自分の姿勢も。裸であることも。誰かに見られている可能性も。とっくに捨てたつもりの誇りも。戻れない時への想いも。
 凶器を頬に寄せられて、自分からも擦りついていた。
 鼓動が速くなるのは、喉まで挿入される苦しさを思い出すから。口に唾を湧かせているのは、そうしなければ、摩擦で自分が辛いから。男根の熱さが快いのは、単に寒いから。鼻を鳴らすように男のにおいで胸を満たしてしまうのは、ショーツを噛んだ口では息がし辛いから。
 離れたら慌てて追いかけ、頬擦りを止めないのは、早く済ませたいから。
 殺してやるって言葉で上書きしながら、そんな言い訳を一々並べ立てていた。
 いきなり乳房を掴まれ、痛いぐらいに揉んで貰えた。
 もっと嬉しいのは、男根を挟んで貰えたらしいこと。でも、舌を伸ばしたら逃げてしまう。
「駄目、まだ『待て』だよ」
 いじわるっ……。
 仕方なく、落としかけた唾液を吸いつつ、においだけで我慢する。自分をこんな目に遭わせている憎い男の厭らしい笑いが頭に浮び、それを死に顔に変えながら、まだ仕返しの出来ない屈辱に苦い歓びを見出す。そのお楽しみも、ほんの数回扱くだけでお仕舞い。

「よし」
 やっと許されて、青子は男のペニスにしゃぶり付く。両手は地に付けて、獣のように。いや、こんな行為をするのは、人間以外には居ないけれど。
 雁首を包み込み、唾液で湿して、逞しく張り出すエラを唇で擦る。舌先で、ちろちろと尿道を擽ると、微かに渋味を感じる。
 何度、身に浴びれば良いのか。数えることなど諦めた。どんな風に尽くせば喜んでもらえるのか、もう体で覚えているから、頭脳は動かさなくて良い。どんな技巧を好むのか、刻まれてしまっているから、考えるまでも無い。
 先端を吸って染み出た汁の味を確かめ、大きく口を開いて呑みこんで行く。猛々しい牡の器官は、喉まで受け入れいてもやっと唇が根元に届くかどうか。呼吸が難しくなって目が眩む。
 腹の下で、女が、疼く。わだかまりなく、正直な体には躊躇いなどなく、欲情の蜜が垂れ落ちて行く。手が震える。蜜壷に指を突き入れたくて、わななく。下の口は、散歩を始めたときからずっと、ビーズを入れて貰えている尻の穴を羨んで涎を溢れさせていた。口腔を一番欲しいもので満たして貰ったのを契機に、声を上げんばかりに強請っているのだ。
 気をそらす為に、奉仕に没頭する。頭を振り、息を吸い、頬の内側や上顎まで使って変化を付ける。時々なら不意打ちを食らわせることが出来て、快哉。亀頭を小刻みに愛撫し、また喉まで使って竿全体に仕えては昂ぶらせる。舌の裏表を使い分け、首を捻る角度を変え、ストロークのテンポを工夫して、飽きさせないように努める。反応を良く確かめ、もっと喜んでもらえるやり方を探すのも忘れない。
 それでも、鋼鉄のような男根はなかなか恵みを垂れてくれない。
 女が、疼いて啼く。蜜溜りが出来ている。手は自由なのだ。犬に手など無い、と言い渡されているだけで。
 早く、お情けを下されば。待望してしまう、咳き込むのを堪えつつ喉の奥に吐き出される時の吐き気さえ。渇望する、尿道に当てた舌に精の飛び出してくるのが感じられ、牡のにおいと味で脳天まで満たされる瞬間の、否定できない被虐の官能。白いマグマに顔面を汚されて、拭うことも許されずに次の玩弄を待つことを切望する。遠い昔から、そうして生きて来たかのようだ。
 我慢できなかった。
 とうとう、股間に手をやって濡れそぼつ下生えを掻き分け、スリットに指を添え、ゆっくりと擦る。
 危うく、倒れかけた。
 ほんの一撫で、それで全身に電撃のような快感。していることがバレないようにしなければならないのに、体中に官能が巡る。あまりに気持ち良くて、また指を使うのが恐ろしいほどだけど、今の悦びを忘れることなんて出来なくて。全く与えられないで居れば知らずに済んだのにと己の行為を悔いても、もう遅い。
 いや、後悔なら、こんな状況に至る選択をした過去の己に向けるべきなのだろう。こんな、女として底辺の境遇に堕ちる道を選んだことに。分かっていたはずなのに、誘惑に耐えられなくて。
 この道に唆した女の憎い顔が浮かんで、懐かしく想う。思えば、殺してやる、なんて叫ぶのも他愛の無いじゃれあいだった。そうだ、まさか、蒼崎青子がこちらを選ぶとは思わなかったのだろう。
 ああ、今更、詮無きこと。ならば、せめて。
 せめて……今を、楽しんでしまえば……。
 機械仕掛けのように指が秘所を撫で、痺れる。性感に貫かれて思考が途絶える。
 もう、駄目。
 谷間を撫でるぐらいでは飽き足らず、指を差し入れ、もの足りなくて本数を増やし、複雑に絡ませ、すっかり覚えた通りに膣内の天井の側を探る。ぐりぐりとGスポットを刺激する。快楽の渦に自ら呑まれて行く。
 腰が砕ける。体がばらばらになりそう。残りの手で支えなければ、とても姿勢を維持できないのに、誘惑に勝つことなんて出来なかった。奥深く抉りこむ右手に添えて、陰唇を、いりぐちを弄り回し、官能の芽の包皮を剥き上げるのももどかしく、摘む。
 衝撃に倒れなかったのは、男が肩を支えたから。だけど気付くこともなく、青子はひたすらに己の秘所を蹂躙し、身も世もなく喜悦を貪る。
 無論、そんな姿もカメラに収められていることなど、知る由もなかった。
 ぐちゅぐちゅと音をたてて、開拓され尽くし、繰り返したオナニーショーのおかげで自分でも知り尽くした悦びの急所を自虐する。街角で披露したこともある。男の快楽の玩具は、今だけは己の快楽に奉仕している。
 ああ、もう、いい。
 これだけの凌辱の果てに居て尚も壊れきってしまわない心の強さが、同じような諦観と官能の極みを幾度となく舐めることを強いる。人形になれたら、どれほど楽だろう。そう思いながら、繋ぎとめているのが何であるのか、もう認めている。
 人形は、苦しまないだろうけど。
 人形は、この煉獄の快感を楽しめない。身を焼き尽くす官能を味わえない。心を犯す悦楽に酔えない。
 犯されるのは厭だけど、この歓びを知らなかった時には戻れないし、心から凌辱に慣れることなんて無いけど、この悦びを無くしたくないし、恥辱の涙無しに夜は明けないけど、この慶びの限りを欲しているし。手に取れそうなほど殺意が結晶しているし。
「ふ、あ……」
 あと、少し。指の出し入れの激しさに露が飛び、絶頂を期待して体が戦慄いている。自分でするときに一番気持ち良いのは、ピストンするより、Gスポットを引っ掻く指を強く震わせる方。痛む寸前までクリトリスを摘んで揺すること。ラビアのピアスに指をかけて引っ張ること。そうだ、アナルビーズも一緒に引けば……。
「まて」
 耳に入らず、魔法使いは破裂する絶頂感に身を委ね、空に浮き上がるような幻想に浸り、
 バシッ!
 頬を打ち据えられて、飛べずに落ちた。
 パシン、パシンッ! と更に往復、ビンタを浴びて倒れ、我に返る。花芯の奥では、燃え盛れなかった熾き火が灼熱したままながら。
 思い出した。今は、ご奉仕の最中だったのだ。

 

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