Catalina
ミラーシェードに半ば隠れていても、青子の美貌は道行く人を振り向かせた。タイトな薄いコートぐらいでは胸の豊かさは隠れず、腰の高さも明らか。昼間に浴びるのと替わらぬ羨望と憧憬の視線は、否応無くその後の青子の試練を厳しいものにする。初めから底辺にいたのなら、失墜の落差に目を眩ませることも無いのだから。
くらくらする。
今からやろうとしていることを頭に浮かべて、唾が乾く。思考を止めようとする。初めての街であることがせめての救い。馴染みの通りだったりしたら、とてもそんなこと出来ない。見たことの無い風景だから、夢だと思ってしまえば良い。
……早く済まそう、ほら、今すぐっ!
……なんて思っても、できなかった。覚悟を決めたつもりで、最後に萎えた。
震える。
シェード越しの夜景が、涙に滲む。
そりゃ、私だって、女だもの……。
魔法使いだなんてこと、知らない。それ以前に青子も、うら若き女なのだ。ママゴトみたいな恋愛に憬れたりこそしていないけど、好きな人が居なかったわけじゃない。気になる男の子が居ないってものでもない。セックスの快感は知っている、別に愛が無くったって、そんなエッチでもちゃんと気持ち良くはなれる。でも、好きな人とイチャ付くのはやっぱり楽しい。愛し合うなんて表現するのは馬鹿馬鹿しいし照れるけど、無くはない不本意な性体験に比べて、そっちの方がずっと良かったのも確か。
家庭を作っている自分は想像も付かない。でも、恋人と一緒に過ごすのは悪くないと思う。ミスブルーも、それぐらいには普通の女だ。
……だから、今からやってのけなければならないことは、考えただけで気が遠くなる。
だから、考えないようにしよう。うん、蒼崎青子なんて脱ぎ捨てて、いっそ生身の女だなんてことも忘れて……。
今だけは、ただ命令を遂行するオートマタになってしまえ。
ちょっと姉を思い出し、その顔を掻き消す。ついでに、こんなことを強いた男の顔を頭の中で握りつぶす。
そんな調子の夜の歓楽街の一人歩きで、覚束ない足取りがのんびりして見えたのだろう、頻繁に声を掛けられた。時間は限られていたから、早く意を決しなければならず、次に誘われたらヤルって決める。確か五度目だったナンパを愛想は忘れず軽やかにあしらい、頭からっぽにして三歩進まず決行する。
両手で左右に思いっきり、コートを開いた。
それだけのことに、声こそ出さずながら、裂帛の気合が必要だった。
コートの下で身に着けていたのは、首輪とハイヒールと、左右を紐で結ぶ際どいショーツだけだから。首輪からは、リードが垂れてブラブラしていた。
人々が、どよめいた。
瞬間にして、さっきまでに倍する量の視線が降り注いで、ほとんど纏わり着く触手のよう。全部、好奇と欲情と蔑みばかりに変わっていた。信じられないって顔つきは、すぐに下卑たものに変わっていく。そうでなければ、取り繕った嫌悪に染まっていく。
……泣きそう、恥ずかしくて。
夜の空気に触れたのに、柔肌は熱くなる。汗に潤って艶を増す。後ろの人たちが気付いていないから、くるくると踊るように回って裸の体を見せてあげる。余分なことなのだけど、中途半端は一番堪えるから、ちゃんと見てもらった方がマシ。振られたばかりのナンパ男たちも、間抜け面。
……恥ずかしくて死んじゃう。
でも理性が消し飛んでしまって、ちょっと楽しくなっている。ああ、そうしよう。トリップしよう。
えいっ、飛んじゃえっ!
ほらほらっ、見て、見てー?
自棄た調子で思いながら、大きく前を開けたまま、青子は歩く。
見せたげるだけ、でもタダよ、イイ体でしょ?
ヒューヒュー言ってくれる男の子達が可愛い。おじさん、鼻の下が地面に付いちゃうよ? おばさん、そんなに顔しかめて、ほんとは私が羨ましいんでしょ? ふふ、お巡りさんも、無粋なことは無しね? ウインクしたげるから。って、グラスの下じゃ見えないか、じゃ、投げキス!
恥ずかしいけど、キモチイイッ!
そんな調子で三ブロックも進んで、大通りの交差点を渡り、真ん中でコートを捨てる。これで、三百六十度ドッチからも包み隠さずすっぽんぽん。テンションが落ちたら蹲って動けなくなりそう、もっとハイにならなきゃって信号待ちのドライバー達にキスを投げ、長い髪を翻らせて、また綺麗なターンを披露する。両手でオッパイを揉んで見せる。持ち上げて、自分で先っぽに舌を伸ばす。
あれ、乳首、硬くなってる。私、こんな変態みたいなことして興奮してるんだ? 恥ずかしいのって、キモチイイ?
良い具合に発情して、しっとりと青子の女に露が降りる。
……パンティ、早く脱がしてもらわないと。裸で街を歩くのは、ウォームアップみたいなもん。あは、確かに熱くなってる。頭は温くなってるって? あははははっ! 恥ずかしくてキモチイイんだもんっ!
目は惹かれても、露出狂の変態女に近付かれては逃げ出す方が普通らしい。こんな姿でも危険な香りの光背は残っているのか、誰も一線を越えてこない。
早くしないと。
やっと、こんな夜の街に居るには純情そうな少年が呆然としているのを見つけて、声を掛ける。
「ねえ」
「はっ、はい?」
美神の如き裸体を前にして、真っ赤になりながらも反らさない顔に、正直な欲情が浮かぶ。でもウブなことに、固まっている。
うふ、ケーケン無いなのかなーっ?
「ね、お願いが、あるんだけど」
すっかりハイな青子だって、声の震えは実は必死で抑えている。こくこく頷く少年に背中を向けて、後ろ手に組んで、手助けを乞う。
「手を縛ってくれない? 首輪に垂れてる紐で」
「は、はいっ」
状況を把握できない様子で、ただ、頼まれたことは聞いてやろうとしてくれたらしい。機械的な仕草で青子の腕にリードを巻き、ぎゅっと縛る。肌に触れた少年の手は何度がビクリと逃げたけど、最後は腕を撫でていった。
ただでさえ突き出した胸が、背を反らすから余計に強調されて、少年の目を釘付け。
乳首がくすぐったいのは自意識過剰? 視線だけで感じちゃうみたい。
「ありがとう、助かったわ。こんなこと、自分じゃ出来ないでしょう?」
「い、いえ、どういたしまして……」
少年は、まだ夢のうち。おかしいと、理解できない。
「もうひとつ、頼んで良い?」
「はい」
「ありがとう、自分じゃ出来なくてね。パンティの紐を解いて、脱がしてくれる?」
「……はい」
言われるがままに、少年は青子の腰の結び目を解く。現れるのは、見られる快感にすっかり出来上がった青子のヴァギナ。少年の凝視に愛想して、つぅ、と一筋内腿に夜露。
「はぁ、はぁ、はぁー」
いきなり少年が犬みたいな息になる。やっと頭が動いて自分のしていることを理解し、でもすぐに理性を手放している。脱がしたショーツを手に、温もりと湿りを握り締めている。見せ付けられた姿態に欲情に狂い、濡れそぼつ女の器官を食い入るように見つめている。でも飛び掛れないのは、どうして良いものか分からないから。
「渡してくれないの? 意地悪、やっぱりお礼しなきゃ駄目なのね……」
こんな台詞を何処から紡いでいるのか、青子自身にも分からない。羞恥に耐えられなくて、こんな好色で倒錯的な別人格を創り上げてしまったんだろうか。恐ろしい、でも今は都合が良い。間が空いてしまうと崩壊するから、急ぐ。醒めたら、戻って来れない。
「ごめんね、そこに入れさせては上げられないんだ。口で許してくれる?」
口? と少年が戸惑う間に、ひざまずいた青子はズボンの前に頬をすり寄せた。もちろん、テントを張っていた。やっと把握して、少年はズボンを下ろす。周りが見えなくなっている。
裸で歩いてきて、自分から行きずりの男のペニスをしゃぶり始める女のことを、周囲はどう思っているのか。少年の男根は思いがけず凶暴なサイズで、やっと嫌悪を堪えた青子には、気を向ける余裕が無い。別人格は、淫らな振る舞いはするくせに、嫌なことはこっちに押し付けてくる。
青子は吐き気を堪えていても、少年には夢のような体験。これだけの美女の巧緻なフェラチオに掛かれば、あっという間に青臭い精を吐いても責められはしない。実のところ青子は、出来るだけ夢見る時間を長引かせてやっていた。
頬擦りしただけで悲鳴のように喘ぎ、ペロリとひと舐めで先走りを漏らす勢い。だから、恥辱の苦行はすぐに済ませることができたのに、不思議と十分に楽しませてやりたくなったのだ。
……痴女を演じ続けていないと醒めてしまうから。これが済んでも、まだしばらく裸で歩かねばならないのだから。
ふふふ、ほらほら、こんな可愛い子なんだから、キモチ良くしてあげようよ? いっそ、入れさせたげたら?
竿より先に玉を口にし、転がすようにマッサージ。根元から、閉じた唇でゆっくりとなぞり、ちゅっちゅちゅってキスする。かぷ、と咥えてエラのところを舌でクルンクルン、先っぽの孔の辺りを集中してチロチロ。
「あぁっ、あう! すごいっ」
それでも、いくらも保たないみたい。
ぐっと深く咥え込んだら悲鳴を上げて、ニ三度の出し入れであっさり爆発。濃厚な精が口を満たす。
手が使えたら、押えて保たせてあげられたのに。
そんなことまで考えながら名残をペニスから吸い取って、舌の上に見せてからまとめてごっくん。少年が、同時に唾を飲み込んだ。
でも少年はもの足りなげで、この期に及んでも気弱で言い出せない様子が可愛らしい。望まない行為でも、自分に欲情する男の居ることに卑しい悦びが無いではない。
もう一回、どう?
結局、もう一度抜いてやることにする。
「あの、おねえさん、む、胸とかは……」
やっと訴えてきたから、叶えてあげる。
「うふふ、私のおっぱい、好き?」
意図したように、人形にはなれたみたい。命令しているのは間違い無く蒼崎青子で、命令することを楽しんでもいたけれど。
「うん、すっごい……」
少年は、飲み込むのも忘れて涎を垂らしている。触っても良いのに、手も出して来なかった。
「ありがと、嬉しいからサービスしたげる。揉んでも吸っても好きにして良いわよ? それで、最後はまた、熱いの掛けてっ」
そんな風に、胸に挟んで扱かせてやりまでした。夢中で握られて胸は痛かったけど、恍惚とする顔に楽しくなる。教えてあげた通りに少年はおっぱいを使い、今度も幾らも保たず、いきなりだったから口には取ってやれなかった。
「ばいばいっ!」
まだ握り締めていたショーツを咥えさせてもらい、また歩き出す。顔や胸を汚す白く濁った粘液が誰の目にも明らか。膝まで垂れた愛液もまた。通りすがりの男たちに、にっこり。
……その後のことは、シャットダウンしたみたいに覚えていない。
気付けば、青子はこんな試練を課した男に新しいコートを掛けられていた。
テンションが途切れて、自分を乗っ取っていた誰かが影を消したら、青子は泣き崩れた。大声を上げて泣きじゃくって、懇願した。
お願い、お願いですから、もうこんなことは、させないで下さい。人前で裸になるのなんて構いません。でも、どうか、他の男性と、と言うのだけは……。それ以外なら、およそ何でもしますから。何をして下さってもいいですから……。
/Half a Blue, Half a Shadow
©Catalina