海の月、い夢


 

 ベランダと呼ぶと洗濯物でも干してありそうな響きだが、ここは城である。並みの屋敷なら収まってしまうような広さで、降り積もって溺れそうなほどの星空を遮るものは、南の空には無い。しかし、天文に造詣の深い者でも、この地を特定するのは難しいだろう。
 空に月は無く、かがり火もまた遠く、明かりは乏しかった。
 それでもなお、星明りを身に留めるかのようにたたずむ姫君は麗しく際立っている。
 朱い月のブリュンスタッド。夢でだけ逢う、長い髪のアルクェイド。何度、何を言われようとも、遠野志貴にとってはアルクェイドでしかない。
「久しいな」
 相変わらず、尊大ながらも親しみの感じられる呼びかけだった。
「そうだね」
 前に会った時のことを覚えている志貴は、努めて平静に応える。なにやら可愛らしく思い始めても居るのだが、相手の力が計り知れないことには違いないのだ。
「ここって一体、どこなんだい? 夢の中ってのは解ってるけど」
「いや、正確には夢の中とは言えん。おぬしに解りやすく言うなら、夢と現の狭間とでもするのがよかろうな。おぬしの屋敷まで歩いて帰ることも可能ではあるぞ」
「へえ? 大体どっちになるの」
 夢と現の間、なる意味不明の言葉よりも後半が志貴の興味を引いた。
「こちらではあるのだが」
 朱い月が、振り返って志貴の視線の方向を指す。
「しかし、帰りたいのなら、まずこちらに向かわねばならん」
 そう言って、正反対の向きに手を動かした。
「どういうこと?」
「おぬしに解りそうな言葉を選べば、方違えであろうかな。正しい手順で歩かねばならんということだ。あまり気にするでない、おぬしの足では一万年はかかる旅路だ」
 やっぱり言葉に反して少しも解りやすくなどなかった。
「それより、おぬし、手に何を持っておる?」
 言われて初めて、志貴は自分が左手で何か掴んでいるのに気付いた。セメントとパテと糊を大雑把に混ぜたような、気味の悪い黒い塊だった。
「なんだこれ?」
 ネバネバして、またグニャリと柔らかくて、あまり触っていたいものではない。しかし好奇心が上回って、投げ捨てるようなことはしない。
 朱い月が手を出し、塊を持つ志貴の手にしたから重ねる。甲に触れる朱い月の手が、全く普通に女性の手の感触だったから、志貴には返って奇妙に思えた。
「おぬし、これは混沌の塊ではないか」
「混沌?」
「うむ。フォアブロ・ロワインを思い出すが良い。ネロ・カオスと言った方が解りやすいか?」
 今回は確かに、後の呼び名は理解に繋がる。
「カオス、か。確かに、やつと戦った後アルクェイドが治療のために一部を俺に塗りつけたりしたけど」
「そうか、ならばおぬしにとっても全く無縁ではないな。ここは半ばは夢ゆえ、奇矯なことも起こる」
 はあ、と興味のない声を志貴が漏らした。夢だから、と言われてしまったのでは深く考えても意味はない。
「少し戯れてみるか?」
「へ?」
 意味は判らなかったが、朱い月はもう一方の手を出すと塊の上にかざした。途端に混沌は蠢動を始め、盛り上がって勝手に形を変え、形を整え、やがて小さな猫の姿を取る。
「みゃあ」
 一声啼き、器用に朱い月の腕の上を歩いて肩に登る。まぎれも無く黒猫になっていた。
 ネロ・カオスを、その恐ろしさを思い出して身震いしつつも、志貴は目にした変身を面白く思い、どうすれば良いのかと尋ねる。
「私が手を貸すゆえ、おぬしは単に出したい獣を強くイメージすれば良い」
 何でまた、思い浮かべた生き物がそんなものだったのか、志貴にもそれは判らなかった。
 志貴のイメージした生き物が脚から現れる。透き通った長い脚はするすると伸び、朱い月の腕に蛇のように絡み付いていく。
「これはなんだ?」
 慌てて身を離そうとする朱い月だったが、既に数本の触手状のものに両腕を巻き取られている。
「おぬし、何だ、これは!」
「ごめん、これ、クラゲ」
「こんなクラゲはおらんっ!」
 焦る姿が可笑しく、また愛らしく思えて、志貴は調子に乗って脚を更に増やす。確かに当初イメージしたのはクラゲだったのだが、今度はその触手しか思い浮かべなかったため、十数本もの無色の触手が出現して朱い月に伸びて行った。
「馬鹿者、やめんかっ!」
 実に効率良く朱い月の腕の自由を奪っているのを見て、自由に操れることの判った触手を更に伸ばして足首を絡め取った。
「やめろと言っておるであろうっ」
「いちいち偉そうだよな、おまえ」
 志貴が言う。
 背中のあたりから触手が衣服の中に入り込んだ。
「ぬ、ひゃぅっ」
 次の瞬間には、ドレスが引き裂かれていた。
「無礼者!」
「うるさい」
 触手の一本が朱い月の唇を押し割って入り込む。
「立場を判っていない悪い子には口の聞き方から覚えてもらわないとね。いや、それも御仕置きが終わってからかな」
 朱い月の口の中にあるものは、到底クラゲの脚などではなかった。さほど硬くは無いが弾力が尋常ではなく、表面だけは強固で文字通り歯が立たない。口一杯にして塞がれているのだが、どういうわけか空気は通るらしく、息苦しくは無かった。もとより、呼吸などしないで済ませることは何でもなかったのだが。
 そのくせ、志貴の暴挙を止められない理由ははっきりしない。
「ほら」
 体に残っていたドレスの残骸が引き剥がされる。上半身は既に裸体、腰から下にはストッキングとショーツだけが残る。
「綺麗だね。って、アルクェイドそのものだから当然か」
 腕と脚に絡み付いた触手が朱い月の体を大の字に広げさせる。露わになった素肌は、裂かれたドレスに増して星明りに煌く。
 朱い月は再び口の中のものを噛み切ろうしたが、やはり無駄だった。
「だめだよ、そういうことしちゃ」
 腕に巻きついている触手の細くなった先端が腋の下のくぼみを突付きはじめる。
「くふっ」
 朱い月が苦しげに呻いた。何本もの触手が細い先端を伸ばし、脇腹をそれぞれに突付き、蠢く。脚を捕らえていた方もまた、内腿や付け根や膝の裏やをぷるぷる震えてなぞる。足指の間と土踏まずの周囲にも先端が到達していた。
「ぐっ、がぁっ」
 全身を痙攣させ、呻吟するが固定された体は少しも自由にならなかった。
「ほら」
 口に収まっていた一本が抜ける。途端に、朱い月は大声をあげた。
「あははははははははははっ」
 体中を擽られて、身も世も無く笑う以外に何も出来なかった。
「くふふふふふふふふふふっ、馬鹿者、やめっ、ろっ」
「反省の無い態度だね」
 志貴が意地悪く言う。身悶えるにつけ、朱い月の豊満な乳房が揺れる。象牙の肌はすっかりピンク色に染まっている。笑いすぎて涙を流し、美しい髪もすっかり乱れていた。
 無礼極まり無い志貴の態度だが、それどころではなく、一刻も早くこの苦悩から解放されたかった。
「ふはははっ、はぁっ、解った、やめてくれっ」
「くれ?」
 主に体の側面を擽っていた触手の先端がそれぞれ複数に割れ、それぞれが別々に違う点を襲い始める。
「ひゃはっ、ひゃ、ふは、やめて下さいっ!」
「ふん。『お願いします』は?」
 触手の動きが更に速くなり、笑い続けて声が出せる状態ではなくなってしまう。呼吸さえ怪しく、人間ならとっくに窒息していたかも知れなかった。
「言いたくないんだ。なら、構わないよ」
 そして、先ほど口を塞いでいた触手がまた入り込む。透き通っているために姿があまり隠れないが、朱い月の裸身はほとんど完全に触手に包まれ、そこら中を隈なく擽られている。
「かふっ、くっ」
 がくがくと頭を振りつづける朱い月に、志貴が尋ねる。
「反省してる?」
 首の動きが縦だけになる。
「よし」
 途端に触手の動きが止まり、口からも抜ける。
 ようやく解放された朱い月は、荒い息を吐くばかりだった。
「何をどう反省したのかな?」
 志貴の問いに顔を上げるが、答えが口にされることはなかった。
「んー? まさか、やめて欲しいからって良い加減なことを言ったりはしてないよね?」
 図星だったために返事が出来ない。
「そうか、じゃあほんとに反省できるまで続けようか」
 また触手の群れが体の周りに配置される。
「や、やめろっ」
 距離は縮めないながら、それぞれに先端がぴくぴくと動いてみせる。それだけで先ほどの感覚が蘇ってしまい、笑わずにはいられなかった。
「わはははっ、やめろ、いや止めて、下さいっ」
 ゆっくりと近付いてくる。
「くふふ、やめて下さい、お願いしますっ」
 一旦全て停止。しかし、数秒おきに幾つかづつだけ思い出したように揺れる。その度に朱い月は全身で悶える。
「触ってないのに凄いね」
 屈辱に顔を歪めながら、志貴を見て朱い月が言う。
「やめて、ほんとに、お願い、だから」
「何を止めて欲しいの?」
「擽るのだけはっ、やめてっ」
 言って、朱い月は目を閉じる。しかし、もとより優れた知覚のために見なくても触手の動きは解ってしまい、余計にイメージが強くなって耐えられなくなる。
「擽るのだけは、か。じゃあ他のことは良いんだね?」
 一瞬、失敗を悔いるような表情を見せながら朱い月は返事をしようとした。しかしその口をまた触手の一本が塞いでしまう。
「なんか、ここ濡れてるけどどうしたの?」
 ショーツの下の部分を別の触手で撫でて言う。

「そうか、くすぐられて気持ち良かったんだ」
 ぶんぶん、と朱い月は首を振る。しかし、撫でられるたびに腰を揺すっている。
「良いじゃないか、照れなくても」
 言うが早いか、左右それぞれ腕の方から伸びた触手がたわわな乳房に撒きついた。螺旋を描いて絞り上げられた膨らみは、透明な縄が脈動するにつれて波打つように動かされる。同じく透き通った粘液を分泌して皮膚を覆い、ねっとりとした輝きを見せる。先端がぶつぶつした平らな形に変形し、乳首を繰り返し撫で上げる。円くすぼまって吸い付き、突起が柔毛状に変わって乳頭をくすぐる。
「はあぁっ」
 口から触手を抜いてもらえた途端、朱い月は蕩けきった声を発する。
「気持ち良さそうだね」
 恨めしげに顔を上げるが、その眼もまた蕩けていた。
 舌のように変形して腋のくぼみを舐める。さっきは死ぬほど擽ったかっただけなのに、今は奇妙にも体に戦慄をもたらす。一本、首に巻きついて、締めこそしないが蛇が這うように身を捩って動き回る。左右どちらの耳にも一本ずつ到達し、噛み付くように耳朶を挟む。細い舌を出して耳の穴に侵攻する。
 全身を襲う触手に朱い月はもう声も出せない。
 否。まだ全身には遠いのである。
「う、は、くっ」
 異常な快感を送り込まれ続けると同時に、やっぱり時折くすぐったい感覚を織り交ぜられて、溺れてしまうことも許されなかった。
「ふあっ」
 力強く太い腕が朱い月の体を宙吊りにした。水のように透けているため、夜闇の中で上気した肌の女の体だけが浮かんでいるかのようだ。脚を持ち上げられて、開かされる。右脚はまっすぐに高々と、左足は曲げたまま。ショーツの股の部分は完全に濡れそぼって、金色のヘアが透けている。そしてそれも、引き千切って取られてしまう。
「ひ、やっ」
 これだけ蹂躙され、女の雫に濡れそぼってはいても、黄金の翳りの覆われた部分は慎ましやかな風情を残していた。
「ふ、あふぁ、」
 注視すれば、そちらも喘ぐように脈動していることは解るのだが。
 羞恥に駆られたように顔を背けようとしているのだが、毎回、首筋や耳への刺激で正面に向き直らされてしまう。
「見ちゃ、いやぁ」
 絡め取って脚を固定している部分が幾つも枝を生やし、マッサージするように脚全体を愛撫し始める。探るように位置を変えているが、段々と重要なポイントを見出したかのように動きがパターン化してくる。的確であることは、責められている女の態度で明らかだった。そしてなお、慣れてしまわないだけの不規則さを無くしはしない。
「くふ、んっ」
 後から一本、股間に触手が現れ、尻の谷間を舐めるように後に撫でた。二度、三度と繰り返されるたびに、朱い月はまた新しいリズムで体を震わせ、切れ切れに声を発する。
「ん、ぁん、んふあっ」
 その尻を責めていた触手の先が五本ばかりに割れ、細い先端を形成して全てが肛門の周囲に集まる。襞をひとつひとつ辿るような偏執的な動きを繰り返した後、一本ずつゆっくりと侵入していく。
「駄目、そんな、ところっ」
 気付いた朱い月は力を込めて防ごうとしたが、あまりに細く滑らかなために、そして到底力をいれず付けられなかったために、果たせず侵攻を許してしまった。一旦入れられてしまうと、下手に力を入れていては刺激を強く受けてしまうばかりなので観念して緩める。入り込んだ五本は存分に奥まで進んで直腸内壁を刺激する。異様な感触なのに、もうそれを不快と感じる状態ではなかった。やがてゆっくりと穴を五角形に広げ、また力を緩めて自然に元に戻り、それを何度も何度も繰り返して、ひくつかせた。開いた状態で肛門内の触手の隙間を新たに進出した触手が突付き、なぞる。
 その奇妙な感覚に不意に朱い月は絶頂を迎えそうになり、
「んはあぁっ、」
 しかし、途端に全ての動きが停止する。はぐらかされて、声にならずに呻く。もどかしさに耐えられず、身を捩る。
「どうしてっ」
 やっとそれだけ口にしたとき、甘い拷問は再開された。
 尻を責めていた触腕の五本に割れた部分の中央から、花のおしべに対するめしべのように突起が現れる。ごつごつとした隆起は長くなって行き、広げられた肛門に到達してそのまま潜って行く。
「はうぅっ」
 朱い月は苦悶の表情だが、解されていた尻の穴は珠の連なったような形状の触手を平然と受け入れてしまう。分岐した部分の付け根まで入ると、今度はするすると抜け出る。抜けてしまう直前に侵入に転じ、往復運動になる。
 ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅっ
 速さが上がるにつれ、触手の分泌した液体が溢れ、泡立って跳ね飛ぶ。
「ん、んぁ、はぅ、」
 不浄の器官への責めは、背徳の感覚で朱い月の意識を更に追い遣っていく。
 前の方にも細めの魔手が集まり、引っ掛けるようにアンダーヘアを掻き分けて女の部分を寛げる。
「ぃやっ、もう、」
 一本がクリトリスの包皮を捲り上げ、
「許してっ」
 巻き付いて震え、締めたり緩めたりする。見れば、その部分だけ細かな繊毛めいたものが生えてまでいる。捻れ、這いまわり、時折強めに引っ張り、震え、片時も休まずに攻め手を変えていく。
 また別の一本が尿道に達し、
「ぐすっ」
 いたぶるように、ちょんちょんと入り口を弄ったあと、緩慢に潜って、
「んーっ」
 細くて粘液に覆われているために抵抗を受けずに進む。その経験のあるはずの無い感覚さえ、過負荷状態の脳には焼け付くように甘美。膀胱に辿り着くと中空のチューブになって、そこにあった液体を導いた。脚の間から伸びた透き通った管の内側に、細く薄黄色の筋が見え、吸い取られて何処かに繋がって流れていく。吸い尽くすと、こちらもまた振動し、捻るように回転し、出入りする。
「はふ、くふ、あふ、」

 到底認識できない数の触手が上半身に取り付いて、びっしりと覆っている。色が無いために、それでも緊縛されて歪んだ裸身はほとんど隠れずに見えている。指ほどのタイプが数本、口に割って入り、口腔内を愛撫していく。両目からは涙が流れ続けているが、こんな状態の顔でさえ、凄絶な美を失ってはいなかった。
 新たな細い一群がとうとう陰唇に喰い付きはじめる。入って行こうとはせず、執拗に隅々まで擦りつづける。
 もぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞもぞ
 これ以上のことされたら発狂するに違いないとさえ思っていたのに、そんなところだけに触れられていては焦れったくて堪ったものではなかった。
「がっ、はぅ、」
 口を一杯にされていて声も出せないが、眼を硬く閉じて意識を保とうとしていた。なまじ強固な精神力を持つために、溺れさせても貰えないわけだったが。幾ら、もう耐えられないと思っても存在の強さが維持してしまう。
 法悦に堕ちかけた体が貫かれることを願いながらも、その前にまた達しそうになる。抵抗の意思を弱めて存分に感覚を味わおうとした。
 こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ
 なのに、いきなり体中の触腕が擽りに動きを変える。たったひとつ救われるのは、口からは全部出て行ったこと。
「あはははははははははははっ」
 緊張を解いていただけに、壮絶に擽ったかった。
「くふふふふふふふっ、ふあ、あふっ」
 少しして、胸や尻に対してだけは、もとの責めに戻る。くすぐったいのと快感が入り交ざって、以前にも増して魂を砕くような感覚。それもまた気持ち良くなってしまう。
 ここに来て、陰唇を愛撫していた触手の一部が内側に滑り込んでいった。もう抵抗の術もありはしなかったから、あっさりと六本ばかり入った。先に尻に行使されたのと同様に六角形に広げ、膣内が晒される。別の一群がこちらにも押し寄せ、ゆっくりと奥の方へ丹念に執拗に侵蝕していった。
「ふぅん、くぅっ、んっ」
 くすぐりが弱くなり、膣内をびっしりと満たす責めにまた高まって逝きかける。予想はしつつ、そうならないことを期待もしていただが、やはり裏切られた。あと一歩のところで性器の中から細い群れは抜けてしまう。
「いぢわるっ」
 残っていた六本が広げたり閉じたりを再開し、やがてごつごつした一本の触手が現れて迫り来る。
「くはっ、はあぁっ」
 一気に貫いた。奥まで入った触手は激しく振動して体の中を揺さぶる。露払いをした六本が個別に往復運動やら膣内上部の過敏な個所への責めやらを開始する。
 くすぐり責めが愛撫に転じ、際限のない切り裂くような快楽が意識を押し潰していく。
 絶頂を寸止めにされたのが何度目か、もう判らない。ぴたりと動きが止まった。掻痒感を我慢できずに自分から腰を振ってみても、ほとんど刺激にならなかった。
「逝かせて、よ、ぉ、」
 涙ながらに訴える。
 乳房に巻き付いたものだけが動きを再開し、渦を描いてふくらみを形通りに撫でる。
「はぁあっ」
 それだけでも、真っ白になるほど気持ち良かった。動きが複雑になり、力も強くなって乳房を押しつぶす。今となっては僅かな痛みなど快感を高めるスパイスでしかない。複雑な構造になった先端が乳首責めを再開する。舐めるのに似た刺激と共に、時折硬めの突起が当る。全体としては膨らんだ触手に覆われ、そこだけが別の小さなクラゲに取り付かれているような格好。
「んふっ」
 胸への責めが止まり、耳の奥に入った細い先端が綿毛のような乾いた感触を送りこんで来る。
 それも短時間で止まって、今度は背中を大きくなぞり上げる感覚。
「はぁぁっ」
 次は脇腹を。そんな風に、一箇所ずつ愛撫し直される。一箇所ずつなのに、先に全身隙間無く責められていたときと何ら遜色の無い快感だった。
 尻の番が来る。明らかに、後を犯す触手の珠の大きさ、硬さ、弾力は増しており、受け入れられる限界に近い。もぞもぞと奥を刺激するおぞましいような快感も、荒々しく出入りする触手の快感も、それだけで充分逝けそうなぐらいなのに、何か反対向きに引かれているようで押し留められていた。
「は、ひ、は、あっ」
 それでも逝きかけて、やっぱり寸前で生殺しにされる。
 クリトリスと尿道は同時に来た。直接で判りやすい陰核への快感と、未だ当惑の大きい尿道への快楽。お陰で、未処理のまま放置されているような不可解な感覚が溜まっていく。
 そして、性器への責め。無数の突起の出来た触手が往復運動を再開する。数回に一度だけ特に強く、奥まで突かれ、その度に高まっていく。
「くぁ、ひゃぅ、うふあぁ、」
 ピンポイントな攻撃で体のそれぞれの場所の愉悦を存分に再認識させられたところで、全身に対する一分の空きも無い責めに戻った。押えられていない性感帯など一つも無く、何処にも逃げ道はない。
 一瞬の内に達しそうになるのに、ここに来てなお法悦の地獄から解放しては貰えない。
 逝き掛けた瞬間に尻を激しく数回鞭打たれ、何が起こったのか判らないままに引き摺り戻される。少しの間、ほんの数箇所だけを今さらと思うほど丁寧に優しく愛撫され、それからまた拷問のような天国に連れて行かれる。また逝きかけて、今度は鞭打つ代わりに擽られ、焦れったくて耐えられない愛撫からやり直しになる。

「もう、」
 逝こうとしたら即座にくすぐったい動きになり、
「許して、」
 朱い月をもってして気を失いかけた頃に愛撫に戻り、
「お願い、」
 次に達しかけた時は尻を鞭打たれて引き摺り戻され、
「だからっ」
 また愛撫されて、くすぐられて、鞭打たれて、もう何度繰り返されたのか解らなかった。
「逝かせてっ、下さいっ」
 死ぬような思いで声を出す。
「お願いっ、しますからっ!」
 許してくれたのか、飽きられたのか、そんなことはともかくとして。
 最後は、愛撫も擽りも鞭打ちも同時に行われていたのだが、入り混じって悦楽にしか感じられず、世界が崩壊するような絶頂に導かれていることだけ自覚した。
 最後の瞬間、透き通っていた触手たちが白く濁り、先端に向かって流れるように色が移って行く。朱い月の体内に潜り込み損ねている触手の先端から集まった白色が噴き出し、全身を粘液まみれにした。同時に、穴という穴に入り込んでいた方も、液体を注ぎ入れる。そして触手は溶けるように消え、あとにはぐったりと倒れた朱い月だけが残る。

 そして志貴は我に返る。
「えーっとっ」
 夜空の元、豪奢なベランダに立っていて、目の前では朱い月が倒れている。破れたストッキングだけ辛うじて引っかかって、正体不明の白濁した液体が体中に纏わり付いていた。
「……俺がやったのか?」
 夢の中で現実逃避する羽目になっている。
「しかし、どうやって帰れば良いんだ?」
 冷や汗を垂らしてしまう。そこへ、
「堪能したか? 人間」
 不意に後から声をかけられる。
「え?」
 慌てて振り向くと、何故かそこにはドレス姿の朱い月が居る。何処にも乱れはなかった。
「まったく、どういう頭の構造をしておったら、あのようなことになるのであろうな」
「いや、その、なんですか」
 もう一度振り向いたら、やっぱりこちらにも朱い月が居る。床に倒れたまま動いていなかった。
「まあ、深く考えるでない。それより、もう一度訊くが、戯れは堪能したか?」
「いや、はい」
 そう答えざるを得ない気配を朱い月が発していて、圧倒されてしまう。
「そうか、それは幸いであるな。しかし、おぬし、こんな状態で満足しておるのか?」
 そう言って、朱い月は志貴の股間に手を伸ばす。そこは勃起した志貴の性器で張り詰めていて、触れられると思わず喘いでしまった。
「遠慮するな、おぬしも楽しめば良い」
 不穏な笑いに気付いて断ろうとした瞬間、後から志貴の体に何かが巻きついた。
「うわっ」
 さっきまで志貴が操っていたのと似た触手である。
「おぬしが今まで酷い目に遭わせておったのはな、これだ」
 志貴を襲っている触手の一本を掴んで示すのは、初めに混沌の欠片から生み出された黒猫の頭。触手の先に頭だけが牙を剥いている。しかし、衣服を引き裂かれ始めた志貴に、まともに聞く余裕は無い。
「触手の化物も造れれば、猫も作れる。他にも色々と」
 どうにか後を見れば、先ほど朱い月が倒れていた場所には、白い液溜まりしか残ってはいない。
「どうやって帰れば良いかと悩んでおったようだが、歩いてほんの一万年と言ったところだ。私が送り返せば一瞬だがな、半ばは現ゆえ、私が意思する限りはおぬしが目を覚ますと言った興醒めは避けられる」
 すっかり全裸にされた志貴は、触手に絡め取られて身動き一つ取れなくなっている。
「いや、あの、朱い月さん?」
 ようやく発することが出来たのは、無条件降伏の証たる呼びかけ。
「せっかく見せてくれたのだ、おぬしの想像力を再現してやろうではないか?」
 気が付けば、尻の辺りで何かが蠢いていた。

 

/海の月、朱い夢・了

 


 

 2003年の冬コミで ヘタレリスト の しげすん さんと共に出したコピー誌のSSです。むろん、挿絵は しげすん さんの手になるものです。コピー誌版には他に数ページ分、朱い月の触手まみれイラストが掲載されています。
 なんでまた触手なんてネタを書いたのか、それはまあ、色々と理由があるのですw

 

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