Stand By Me, Daring


 

◆5

 ――――ある日。

「まさか、本当にあなたが出っ張ってくるとはねえ」
「はは、あれの保護者のようなものが出て来なければならんだろう。とすれば、私ぐらいしか居るまいて」
 老人と、その孫娘ほどの女とが話している。この何気ない光景が畏怖すべきものだとは、大半の人間が理解していなかった。
「お前さんこそ、あの少年の何者なんだね?」
 魔道元帥・ゼルレッチ。
 マジックガンナー・蒼崎青子。
 魔法使いが二人顔を合わせることなど、そう滅多にあることではない。
「私? そうねえ、初恋の人かしら?」
「ほう。それはまた、請け負った役柄には面白い立場じゃな」
「ええ。初恋の人と初めての人とならどっちが相応しいかなんて言いあって、育ての親に譲るのが正当かつ平穏だろうってことにもなりかけたのだけど」
「隅に置けん少年だな。いや、あれを射止めたというだけで到底、隅になど置いてはおけんがな」
「ほんとに、大騒ぎよ、まったく」

 

「アルクェイド」
 白い衣装の真祖の姫に向き合って、改めて、魔法使いの爺やは本当に孫娘のように思った。
 しっかりと見つめ返すアルクェイドは、遠い昔に見た余分なことをしない人形に比べれば、ばらばらに解体して別物に組み立て直したほどに違っていた。
 笑うという意味さえ知らなかったはずが、今ではこんなに、春の陽だまりのように笑っている。
「楽しいことは、見つかったかね?」
 無論、訊くまでも無い。そんな必要は、欠片も無い。それでも敢えて、ゼルレッチは尋ねた。
「うん。志貴も言ってたけど、生きて、目を覚ましていれば楽しいことはあるよっ」
「そうか、おまえがそう言う姿を見られるとは嬉しいことだ」

「志貴」
 少年の頃の記憶と違わない姿の蒼崎青子は、やはり志貴には特別な人だった。神聖なまでの感謝の意があり、遠い日の幼い慕情は昇華して、純粋で健全な敬愛になっていた。
「素敵な男の子になるだろうとは思っていたけど。まさか、真祖の姫を惚れさせちゃうなんてねえ」
 似たようなことは既に言われていたが、やっぱり志貴は照れてしまう。
「惚れたというなら、俺の方です。だから、アルクェイドも俺のことを好きだと言ってくれるなら、精一杯、それに見合う男であろうと思っています」
「真っ直ぐね、相変わらず。うん、あの歩く自然災害にして恩恵みたいなのを御せるのって、居るとすれば志貴みたいな子なんだろうな」
「……尻に敷かれなきゃ良いんですが」
「あら、いつも上に乗ってるのは志貴の方でしょ?」
「いや、その……」

 

 

 ゼルレッチに手を取られて、白一色に身を包んだアルクェイドが進み出る。
 白い糸のみから成り、意匠と細工こそ至上ながらもいっそ簡素なドレスは、身に付ける人間の美しさを純粋に引き立てる。ただでさえ明るい青空の下、なおさら光を集めたように、花嫁は綺麗だった。
 向かい合うように、蒼崎青子の介添えにて遠野志貴が立つ。
 今まで見せて貰えなかった愛する女のドレス姿に、呼吸も忘れるほど魅せられた。

 どのような神も相応しく思えず、結論としては、ただ天地と人々に愛を誓うと決めた。否、誓わなければ果たせないほど朧な愛ではないから、報告とでも称するべきだろう。
 これだけは一つの型として指輪を交換し、煽られて、みんなの前で口付けを交わす羽目になる。
 二人とも、初めてキスするみたいに真っ赤になりながら、それでも堂々と唇を重ねた。

 

 歓声と言うより悲鳴。
 憧憬以上に羨望。

 

 それでも、列席した誰も、祝福は本物だった。

 

 

「ありがとう、秋葉」
「はい……兄さん」
「よろしくね、妹っ」
「もう、その呼び方はやめて下さい」
「えー、今こそ本当に秋葉は妹だよ?」
「それは……認めざるを得ませんけど。自分の妹に『妹』と呼びかけるのは変ですから」
「そうなの? じゃあ、秋葉で良い?」
「はい。アルクェイド……ねえさん……」

 

「ありがとう、琥珀さん」
「とうとうアルクェイド様に志貴さん盗られちゃいましたねー」
「え、何で琥珀からなの?」
「嘘ですよ、どうか、お幸せに」

 

「ありがとう、シエル」
「まったく、どうしてさっさと浄化しておかなかったのかしらね」
「いや、先輩?」
「遠野くんの命ある限りはは見逃して上げます。ですから、その間はちゃんと頑張らないと赦しませんよ? アルクェイド」
「うんっ」
「それが、何十年でも、ですよ?」

 

「ありがとう、翡翠」
「おめでとうございます、志貴様、アルクェイド様」
「ずっと今まで、迷惑ばかり掛けて済まなかったな」
「いいえ、迷惑などと言うことは。お仕えできて幸せでした」

 

「ありがとう、弓塚さん」
「うん。おめでとうっ!」
「ありがとう。……日差し、大丈夫? さっちん」
「はい。……アルクェイドさんほど大丈夫じゃないですけど」
「そっか。うん、頑張って」

 

「ありがとう、シオン」
「おめでとうございます、志貴、真祖の姫」
「頑張って。次に戻ってきたら、今度こそ協力してあげる」
「はい。ありがとうございます」

 

「ありがとう、レン」
「…………」
「うん、これからもよろしく」
「…………」
「ちょっと志貴、あんまり『よろしく』し過ぎちゃ駄目よ?」

 

「ありがとうございます、朱鷺恵さん」
「おめでとう、志貴くん。うん、しょうがないな、これだけの女の人を連れてこられちゃ」
「え、何?」
「ふふふ、つまらない女の人が相手だったら、志貴くんを掠って逃げるつもりだったんだけどなぁ」
「いや、勘弁して下さい」

 

「ありがとうございます、一子さん」
「あらっためて吃驚だな、この花嫁さんの美人さんっぷりには」
「んー、じゃあ花婿さんはー?」
「有間は……うん、まあまあ悪くないよ。ほら、これ、やる」
「ありがとう……?」

 

「ありがとうございます、啓子(かあ)さん」
「ええ、おめでとう。立派になったわ、信じられないぐらい」
「よろしくお願いします……ええと、おかあさん?」
「ふふ、早く慣れないといけないわね、そう呼ばれることに」

 

「ありがとう、晶ちゃん」
「おめでとうございます。もう、お二人、絵になり過ぎて文句が言えないです」
「絵? そうだ、断ってたけど、一回ぐらいならモデルしてあげても良いよ?」
「ほんとですか? じゃあ、是非志貴さんと一緒にヌー……」

 

「ありがとう、都古ちゃん」
「…………」
「都古ちゃん?」
「…………」
「ええと……?」
「………………絶対」
「ん、何?」
「絶対、お兄ちゃん取り返しに行くからっっ!!!」

 

 その一言で、空気が一変した。

 

「そ、そうですね、何も結婚したら全て確定って訳ではありませんしっ」
「それですっ、不倫こそ世のしがらみを越えた真の愛だとっ」
「ええ、まだまだ結論が出たわけじゃありませんよー?」
「そうね、もう一回ぐらいなら志貴くんと何かあっても良いかな?」
「確かにありゃ、随分と良い男になったもんだな」
「志貴様とアルクェイド様とできちんと生活がお出来になるとは思えませんし……」
「…………うん、今こそ……」
「惜しいぐらい素敵になったわよねえ、志貴」
「やっぱり、すぐ傍で監視していなければ危険ですね、真祖も遠野くんも」
「そうだねー、別に遠野くん、遠くに行って居なくなっちゃうわけじゃないんだし」
「ええ、どんなにゼロに近い数字でも計算と予測を積み重ねて実行に移せば成せることはあるのですっ!」

 

「ちょっと、みんな何を言ってるのよー?」

 

「ははは、これでこそ人生は楽しいというものだな? 婿殿よ」
「いや、ちょっと限度ってものはありませんかっ」

 

 

 ――――きっと。
 区切りは区切りであるにせよ、誰しもが思っていたほどの変化が起こることもなく。
 これからも騒がしい日々は続いていく。
 それが、皆の幸せってものなのだろう。

 

/Stand By Me, Daring ・了

 


 

オマケ天抜き:“いつも通りの初夜”

アルクェイド「結婚に関する風習とか、もう無いよね?」
志貴    「無い……なぁ。今更だし」(照れつつ)
アルクェイド「じゃ、特別何もしなくて良いのよね?」
  ――――ぎしぎし。

***

 あまり長生きはしないように言われている志貴と、そう長く吸血衝動に耐えられるわけでもないはずのアルクェイドと。あとどれぐらい、一緒に居られるんでしょうね?

 子供がちゃんと出来たら良い。
 最低限、子が親の顔を覚えるまで、 叶うなら二人が孫の顔を見るまで、 あるいはもっと、生きて欲しい。
 ……と、私は思っています。

 月姫を書いた頃から十年弱の時間が過ぎて(それだけご自分も歳をとって)、きのこさんが今どう考えているのかについてはちょっと興味がありますw

 

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©Syunsuke