シオンの協定


 ぴんぽ〜ん。
 間延びした音のチャイムが鳴らされてすぐ、返事があった。
「ん、志貴? 忘れ物?」
 そう言って現れたのは、真祖の姫君。気楽に開けられた玄関で、来客としばし見つめ合う。アルクェイドは、そこに居たのが予期した志貴ではなかったことに戸惑っただけ。対して客人は、出迎えた部屋の主があまりに予想外の姿をしていたために、凍り付いていた。
「し、真祖っ! なんて格好をしているのですかっ」
「むっ、志貴だと思ったから気にしなかったのよ」
 我に返って叫んだシオンを不機嫌に睨み付ける。
 腰に手を置いたアルクェイドはYシャツを羽織ったきりで留められずに前が開いており、存分に隆起した二つの山の内側半分ずつや、平らな腹部の縦長の臍やが惜しげもなく晒されている。ショーツこそ穿いているものの、幾分ずり落ちかけていた。
「昨夜連絡して了解を取っていたではありませんか、今日ここを訪れると」
 対照的に隙なくいつもの身なりをした錬金術師は、抗議はしてみるものの、あまり強く出られない。
「申し訳在りません、外に出ていますから、何か着て頂けないでしょうか?」
 非は自分には無いはずだと思いつつ、宥める。すぐにドアを閉めようとするが、アルクェイドが追って腕を掴んだ。びくりとしたシオンに、アルクェイドは先とは変わって笑う。
「別に良いよ、取りあえず入って」
 言われて、従っておく方が得策だろうと、招きに応じた。
 促されて、豪華なラグの敷かれた床に腰を下ろす。この部屋には数度入れて貰っていたが、その度に何かしら調度が代わっていた。
「ごめん、確かに約束してたね。でも、こんな日に出歩いて辛くないの?」
 ミネラルウォーターのボトルを渡してやりながらアルクェイドが言い、無造作に座る。幾分時間はあったのに、服装は先のままだ。ただ、ボタンだけは幾つか留めている。
「大丈夫です。流石に平気だとは言えませんが」
 まだ昼には間のある時分だが、快晴で日差しが強い。死徒に変容しつつある身には厳しいが、その点については研究の成果が出ていた。日光に耐えることは強力な死徒たる条件のようなもので、シオンには複雑な思いがある。人に戻る術については実りがなく、死徒として都合の良いことばかり身に付いているのだから。それ故に真祖たるアルクェイドの協力が欲しくてならない。折々に助力を請うていて、今日の訪問もそれが目的だった。
 しかし、出鼻をくじかれた上にアルクェイドの姿に呆気にとられ、切り出す機会を逸している。
 美しい。見るにつけ、そう思う。
 昔は人の容姿になど興味は無かった。遠野家に居候し始めて、そんな眼で人を見るようになって以来、シオンにとっての美の基準はアルクェイドだった。
 無造作に断ち切られたような髪は微風や小さな身じろぎにも応じて靡き、光の雫を振りまく。それでいて乱れることなく、すぐに在るべき姿に戻る。ミルク色でありながら、肌の輝きはどうにも黄金を思い起させる。
 手の出せない崇高さと奪ってしまいたくなる蠱惑が同居していて、傍に寄って触れたいのに、いざ近づくと不安な心持ちになる。獲物を誘う清楚な妖花だ。食虫植物に見られがちな毒々しさとは縁遠いが、安易に摘み上げようとすれば途端に魂を抜かれそうだ。
 女の自分でこうなのだ、男性であればどうなってしまうのだろう? まして、今のような姿を見れば。
「何故そのような服装を?」
 開いた胸に出来ている谷の景色を眺めながら、用件のことを忘れて問いかける。
「ん、寝るつもりだったから」
 言われれば、いかにも気怠そうだった。
「それは申し訳ありません。良いのですか?」
「うん、別に良いよ?」
 どういうものか、機嫌は良いらしい。
「いつもそのような姿でお休みなのですか?」
 訊いてどうするものでもないが、真祖の日常に興味が無くはない。シオンのこんな下世話な好奇心も、この街で過ごし始めてからのものだった。
「いつもじゃないけど、志貴が帰った後は大体そうかなあ」
「志貴が帰った後? 今朝は家に居ましたし、学校に行ったはずですが」
「ああ、もう着いてるんじゃない?」
 寄り道して行ったわけか。しかし、とっくに授業は始まっている時間のはず。
「遅刻してまで何をなさっていたのですか?」
 何の気無しにシオンは疑問を口にした。
「うん。あのね、これって志貴のなんだよ」
 アルクェイドは直接問いには答えず、照れたように笑って身に纏ったシャツを示す。ひらひらさせるにつけて肌が覗き、シオンはそこばかり見てしまった。
「志貴のシャツって、では志貴は今は?」
「着替えて行ったよ。それぐらいは用意してあるし」
「そうなのですか。しかし、何故着替える必要など? それに、真祖が志貴の脱いだシャツを着ておられるのも意味が判りませんが」
 アルクェイドは右手を差し出し、戸惑うばかりのシオンの頬に触れた。揃った指が肌を撫で降ろして喉に触れ、そこから首を後ろに辿って行く。少し登って耳を弄び、うなじにまで至る。
「真祖?」
 途中、一声発したのだが、目線が合うと口が利けなくなった。肌の上を滑って行く指を恐ろしく思いつつ、その感触には気が安らいだ。アルクェイドはシオンの眼を見ながら体を乗り出し、左手も首に廻す。不意に引き寄せ、前に倒れかけたシオンの顔を胸に受け止めた。
 初め、怖れて悲鳴を上げかけたシオンだが、胸に顔を埋めてしまったのを理解して息を飲んだ。真祖に必要があるのかどうかは別として、母乳を分泌するのは乳腺だ。乳房の膨らみは牡を誘うことが唯一の機能だとされる。ねっとりと受け止めつつ確実に押し返す並んだ丘に、己は牝なのだから理に合わないと思いながらも甘美に心乱された。
「志貴の匂い、するでしょ?」
 言いながら、アルクェイドはシオンの頭の位置を変えさせる。素肌の谷間に挟んでいた顔を、シャツ越しに頂の天辺に押し付けた。
「志貴の、匂い?」
 初めて臭覚に意識を向けると、まず感じたのはアルクェイド自身の匂い。
「それぐらい判るような臭覚は得てない?」
 更に注意して、幽かで複雑な残留化学物質の中から確かに志貴の成分を見つけだす。途端に、先に抱き締められた瞬間以上に女を掻き立てられた。理性的で居られれば物質の成分をひとつずつ挙げることさえ出来ようが、本能に翻弄されている。感じたものは、純粋に牡としての志貴。一匹の牡が、今自分を包んでいる牝と何をしていたのか、理解してしまった。
 私が来るのも忘れて、そんなことをしていたのか。
 シオンは、アルクェイドにとっての己と志貴との大きさの違いを痛感させられる。
「判った?」
 アルクェイドが囁く。何処までのことを答えて良いのかと逡巡しつつ、腕を片方ずつ外して胸から顔を剥がし、シオンはやっと一言だけ口にする。
「はい」
 シオンの狼狽を余所に、はにかみながらもアルクェイドは語る。
「本当は遊びに行きたかったんだけどね、朝の時点ではシオンとの約束も覚えてたし。これだけは着たままにして貰ったから、後は包まれて寝てるつもりだったんだ」
 貴方は真祖の寵愛を受けている、表現して志貴を狼狽えさせたことがシオンにはあるが、あの志貴の反応をやっと理解した気がした。寵愛とは一方的な表現であろう。当時のシオンにしてみれば、真祖の姫君が恐らくは戯れに人間を可愛がっているのだとしか受け取れなかったのだ。
「結局忘れてたね、約束」
 しかし、目の前に居るのは、まるで一人の少女だ。男女のことに経験の皆無な己を棚に上げて、シオンはそう思った。志貴に可愛がって貰っているようにさえ感じられる。
 ただ、斯様に妖艶な少女もあるまい。思って、もう一度思考を改めた。目の前に居る姫君がどれだけの化物であるか、成り損ないの、否、成るのを先送り続けている死徒であるシオンは知っている。そして、殺戮人形だったアルクェイドをこうまで変えてしまった志貴もまた、化物に相違無いのだと再認識した。
 結局のところ、二人は愛し合っているのだ。
「ところで、シオン?」
 呼びかけられて思考の一部を会話に向ける。返事を待たずにアルクェイドは続けた。
「これ、欲しい?」
 体に羽織ったYシャツをはためかせている。
「なっ、何をおっしゃっているんですっ!」
 アルクェイドは意地悪な笑いを見せた。
「ふふ、シオン、さっきから顔赤いし。志貴の匂いにドキドキしてるでしょ? 志貴に包まれてみたくないのかなって」
 鼓動、呼吸、発汗量等が平常値を外れているのはモニターしていたが、指摘されて余計に上気したのが判った。言下に否定すべきなのに機会を逸し、更に顔に血が集まるのを逐一知覚する。
「ひ、必要、ありま、せんっ」
 どうにか答えたが、声が震えるのは抑えられない。
「照れなくて良いのに」
 首を傾げて微笑み、先と同様に右手でシオンの頬に触れる。左もすぐに伸ばして顔を両手で挟み、滑り降りて両肩へ。さっき抱き締められたのとは代わって、押されて後ろに倒れた。
 豪奢な厚いラグのお陰で痛くはない。しかし、アルクェイドが伸し掛かってくる。腹の上を跨ぎ、仰向けになったシオンの上腕をそれぞれ押えて正面から見下ろす。
 少し眼を細めた表情に、殺しの機械だったことを思い知らされる。
 何か怒らせるようなことを言ったか?
 僅かの間に自己の言動を追想し、アルクェイドのプロファイルを参照して理由を探すが見つからない。
「要らないって言うんだったら」
 ほとんど石化して、シオンは動けない。
「志貴の代わり、してあげる」
 向日葵のように笑うと、シオンが意味を解する前に、アルクェイドは唇を吸っていた。
 仰天して突き放そうとしたが、しっかりと頭を固定されていて果たせない。唇の触れ合う柔らかさと、そこから進入してくる舌の濡れた感触とにシオンはまごつく。
 くちゅ、ぺちゅ
 歯茎を舐められて背中に電撃が走る。舌が絡み、裏側をつつかれて電撃は腰を通って下腹部まで達する。腕から力が抜けて、もう押し離そうとなどしていない。一体自分は今何をしているのかと問い直したほどシオンは混乱していた。
 ちゅっ
 アルクェイドが離れて行きかけた時、知らずシオンは唇を突き出して追っていた。気が付いて、アルクェイドはもう一度重ねてやる。
 ぴちゃ、ちゅ
 口から薬品を流し込まれたかと疑いさえしていた。指先までゆっくり何かに侵食されている。快楽に惚けているだけだと確認して、相手が真祖であることに呆然とする。
 何度かアルクェイドは終えようとして、その度にシオンが必死で追ってくるのに応じていたが、とうとう離れてしまう。当惑し、怯えた眼でシオンは真祖を見上げた。
「多分、わたしのキスって志貴がするのとそっくりだよ」
 再び頭を下げ、今度は耳元に唇を寄せて、囁く。
「だって、わたし志貴とばっかりキスしてるから」
 吐息に物理的に耳を擽られる以上に、言葉の意味がシオンを掻き立てた。このキスが志貴そっくりであるなら、志貴に愛されるのをシミュレート出来るかもしれない。アルクェイドに浮気させている気分でもあるし、単純にアルクェイドに愛されているのだと考えるのも、悪いものでは無かった。
 真祖、と一言小さく呟いたら、アルクェイドは聞き逃さず応えた。
「アルクェイドで良いよ?」
 返事を待たず、再度キス。アルクェイドの舌にワルツに誘われ、おずおずとシオンの舌は応じた。巧みなリードの甲斐あって次第に華麗な舞となっていく。溢れ出す悦びに溺れて息も付けない。その間が惜しい。時折中断して二人で周囲を探り合い、どの一隅にも快感が潜んでいるのを教え合い、またダンスに戻る。繰り返すたびに情熱が増していった。
 三曲ばかりも舞って、アルクェイドは口をずらした。頬から顎の下に降り、喉を舐め降ろすと今度は遡って耳まで達する。
「キス巧いね、シオン。志貴とするのと変わらないぐらい気持ち良かったよ」
 口付けの余韻と耳朶を噛まれた感覚に惚けて、『志貴』の一言を除いてまともに聞いてはいなかった。
「脱がして良いよね?」
 問いかけにも、上の空で承諾してしまう。
「ふふふっ」
 快感から漸く覚めて、気が付いたら上着は既に脱がされ、すっかりブラウスも肌蹴られていた。黄金のような真祖に対し、錬金術師の肌の白さは純銀を連想させる。ラベンダー色のブラジャーが可憐に咲いている。
「あっ」
 抗議の声を発しようとした途端、また唇を塞がれる。露わになっている平らな腹に手が触れて来て、脇腹や胸の近くまでを丁寧になぞっている。
「あんっ」
 さっきとは逆の耳に口を付けられ、甘い息を吐いた。
「んんっ」
 体側を行き来する長い指が、くすぐったくも心地良い。
 アルクェイドは、いつも自分がされているような愛撫を施してくれているのだろう。ならば、これは志貴のやり方なわけだ。
 眼を瞑って、アルクェイドがまだ纏っているYシャツの志貴の匂いを見つけ直す。記憶から姿を構築して、今自分の肌を撫でているのは志貴の手なのだと想像した。
 自分からやっておきながら熱暴走する思いがして、慌てて停止する。目を開いて、両手で頭を抱いて相手はアルクェイドなのだと自分に言い聞かせた。しかし、それにもまた体の芯の方が熱くなる。こんなに同性に惹かれてしまうのが不思議だった。
「外しちゃうよ」
 アルクェイドは体を起し、頭に縋っている腕を利用してシオンの体を少し釣り上げ、手を両脇から背中とラグの間に滑り込ませる。
 何を外すのかと思う間に、シオンは背中でブラジャーのホックを外されていた。
「あぁっ」
 慌てて両手で己の体を抱く。しかし、遅い。布地の端を僅かに押えられたのみで、それも丁寧に指を掴んで奪い取られる。仕方なく、シオンは両手を膨らみを隠すのに使い、顔を背けた。もう上半身に残っているのはブラウス一枚だけ。
「見・せ・て」
 囁かれて、自己陶酔か自虐か、そうすることに誘惑される。ほら、とアルクェイドが言うのを見れば、自分のシャツのボタンを全て外し、左右に広げている。遮るものがなくなって、豊穣な乳房が姿を見せていた。複雑で繊細な曲面は完璧なほど左右が対称。輝きは天鵞絨。ふわん、と、体が動くに連れて愛想良く揺れ、しかし凛と姿勢を正す。それぞれの中央には、桜の咲き誇るように乳首がある。
 そんな、つきづきしい果実を清楚な妖花は稔らせていた。
「恥ずかしくないでしょ、わたしも裸よ?」
 言われても、これ程までも美しいものを見せつけられては恥じ入る他ない。それでも手を退かせたのは、やがて比べるのも烏滸がましく思えて来たから。
 しかし、それ以上に、触りたくてならなかったのだ。
 胸を守っていた右手を離し、伸ばす。アルクェイドは自分から体を近付けてくれ、届く。予測以上に柔らかくて、肉に指が潜り込むかと思えた。しかし、手を押し返す弾力がすぐに現われてくる。瑞々しい肌に吸い付くようで、手に馴染んだ。
 我慢できず左手も伸ばし、真祖の胸乳を揉む。ルビー色の眼に見つめられながら、アンブロシアを両手で愛でた。
「綺麗だねえ、シオンのおっぱい」
 判っていたはずが、手を使っている以上は自分の胸も見られているのだと言われてやっとシオンは気付いた。羞恥に肌を染め、それでも手をアルクェイドの乳房から離したくなかった。また顔だけは横に向けつつも、肌を這い回って擽る羽毛のように、己に注がれる視線を感じ取ってしまう。
「乳首、尖ってるよ」
 囁かれると、柔らかな視線が絡み付いて乳首を引っ張られている気までもした。
「あふっ」
 思わず、吐息が出る。
 対照相手さえ美神が如き真祖の姫でなければ、シオンの姿態も誰恥じることなき造形物である。サイズこそアルクェイドに比すれば淑やかだが、白銀の肌は胸元で麗しく隆起し、頂にはピンクパールの小さな王冠が煌めく。今一度脱皮すれば女になるような、成熟を無垢に包んだ二つの果実であった。細身の体に、手足は伸びやかに長い。これもまた、些細な肉付きの違いでほんの一歩だけ少女の側に居る気配だ。
 胸の果実にアルクェイドが両手をつける。柔らかな果肉が少しも形を変えないほどソフトに、滑らかな表皮に沿って手を踊らせる。性的と言うより、もっと単純に身体的な、涼風や木漏れ日のような心地よさをシオンは覚えた。女同士、お互い白いシャツの前を開いて乳房に触れ合っている。そんな、非現実的で倒錯した情景にシオンは恍惚とする。
「あっ」
 しかし、不意に官能に体が疼き、気が付けば、アルクェイドは手の動きを違えている。繊細なことには変わりないが、肌を撫でるのに加えて膨らみを捏ねていた。一度意識してしまうと、もう無邪気な快感には浸っていられない。
「油断したわね」
 狼狽えるシオンに悪戯に笑い、頭を下げて乳首にキスする。すぐに唇で覆い、肌の色の違う部分をくるくると輪を描いて舐める。
「んぁ、あふっ」
 先端の突起にだけは触れず、反対側に移る。同じように舌を使いながら、残してきた乳首を指に挟む。
「ぁんっ」
 とうとう乳首の先端を唇に挟み、舌先で転がす。反対側は、ピンと開いた掌で刺激する。おずおずとシオンの開花しきらない性感が応え始め、思考が融けていった。今度は思い切り揉みしだき、音をたてて乳首を吸う。舐め尽くす勢いでバスト中に口を付ける。
 唾液を垂らして尖った頂を濡らし、指先を当てるだけで動かない。焦れてシオンが身じろぐと、その小さな動きで刺激されて気持ち良く、つい体をくねらせ続ける。
「くふっ、んっ、あぁ!」
 喘ぐシオンをアルクェイドが揶揄する。
「えっちだねぇ、アトラスの錬金術師さん」
 錬金術師と呼ばれて、はしたない行為を止めようとした。しかし、じっとしていたら僅かだけの愛撫で誘われ、官能が退かずに結局また身を捩る。
 アルクェイドは意地悪を止め、思い切り乳房を可愛がってやる。
「おっぱい、気持ち良い?」
 快感に酔い、羞恥にまみれてシオンは応えない。
「返事しないと止めちゃうぞ?」
 言って、実際に乳首から唇を離した。代わりに頭の方へ登っていき、鎖骨とその上の窪みに舌を這わせ、首を喉から耳に向かう。
「気持ち良い?」
 今度は答えようとして口を動かしたのだが、声が出なかった。羞恥に躊躇って声が戦慄いてしまう。
 覆い被さった姿勢でどうやって体を支えているのか、アルクェイドは器用に両手で胸を愛撫し続けている。
「気持ち、良い、です」
 途切れ途切れ、どうにか口にした。
「何処が気持ち良い?」
 言って、唇を乳首に戻す。
「あぁんっ」
 思わず悲鳴を上げ、それから、返事した。
「胸が」
 気持ち良いです、と消え入りそうに告げた。
「志貴ってね、おっぱいが凄く好きみたい。いっつも胸に沢山いろんなことしてくれるし」
 何故そんなことを言うんだろう。疑問には思ったが、思考する余裕は無かった。己の嫉妬や羨望にも意識が向かなかった。
 アルクェイドがシオンの腰を持ち上げ、いつの間にかボタンの類を外してあったスカートを抜き取ってしまう。はっとした時にはもう遅い。更に、体を引き起こして膝立たせ、ブラウスも脱がせる。もう、ニーソックスとショーツしか残っていない。
 アルクェイドもシャツを脱ぐ。二人の美しき女が裸体で対峙した。微笑みかけると、アルクェイドは脱いだばかりの志貴のシャツをシオンに羽織らせた。困惑するのを余所に真祖は死徒を抱き締め、豊満な二人のバストが体の間で押し潰し合う。何気ないようで位置を選んだらしく、乳首同士が触れ合っていた。いずれも堅く尖って、クリームみたいな柔らかさの中で、自己主張しあっている。
 両手で背筋を撫でられながら、久しぶりにキスされて、さっきとはまた段違いの悦びを覚えていた。再び舌でワルツを舞いながら、アルクェイドの手は接吻に陶酔するシオンのショーツに忍び込む。控えめな茂みををさりさりと掻き分け、指を潤わせつつ、女に至る。びくりと全身を戦かせて、それでも大人しくシオンは指を受け容れる。蠢き始めた指が送り込んでくる悦楽に、抵抗の余地無く支配される。動きが止まると、自分から腰を揺すって擦りつけずには居られない。ショーツを脱がされたときも、抵抗なんてしなかった。
「志貴のこと、好き?」
 そんな問いを耳に吹き込まれ、シオンは慄然とする。ただ、アルクェイドの抱き締め方も、愛撫の手も変わらず優しかった。
 答えられないでいるシオンにアルクェイドは再び囁く。
「ゆっくり、考えて良いよ。でも、ちゃんとイエスかノーかは言うこと」
 アルクェイドの指が女の峡谷を上下していて、甘美さに意識が惚ける。その上の尖塔に責め入られた時には、失神しそうだった。己の耳朶を甘噛み、舐める音が聞こえ続けていて、問われたことが頭の中を回り続ける。
 志貴。
 想ったら、羽織らされたYシャツに、また少年の匂いを見つけてしまう。
 ああ。元々、これに猛ってしまったのだ、私は。
 認めると、覚悟して、死徒は真祖の問いに答えた。
「私は、志貴が好きです」
 背中を抱くアルクェイドの手に力が篭る。
「申し訳、在りません」
 初めての想いに、嘘は吐けなかった。
 ガイアの顎に身を置いた思いのシオンを、アルクェイドは押し倒して再び柔らかなラグの上に横たわらせる。今度も、所作は優しい。
 自分に覆い被さり、真正面から見据えてくる緋色の瞳を、シオンは同じ色の眼で臆せず見つめ返す。しかしアルクェイドが静かに頭を降ろしてきて、恐ろしくなってついに瞼を下ろした。
 ちゅっ。
 額に柔らかなものが触れて、驚いて見れば、そこに唇が触れていた。
 移動して、唇同士が一瞬だけ触れる。
「構わないよ、あなたが志貴を好きでも。わたしがどうこう言うことじゃないし」
「しかし、真祖」
 安堵しつつ、それだけの自信の現れかと想って切なくなる。
「好きな人が、他の人にも好かれているって嫌なことかな?」
 耳への愛撫を再開しつつ、囁く。
「ふふ、でも、シオンはちゃんと隠さなきゃ駄目だよ?」
 隠す。恋慕を隠せと言うのか? 好きでいても良いけど、邪魔はするなと。
 それも仕方在るまい、と思いかけた時、真祖は続けた。
「シオンでも、そのシャツの志貴の匂いが判るぐらいなんだから。わたしにはもっと判るからね」
 志貴の匂い。それを隠せと……?
 考えて、答えを見出し、シオンは羞恥と憧憬に震えた。それほどの自信なのか、ただ寛大なのか。再び考え初めて、止めた。答えを出してなんとするのか。
「判りました、アルクェイド」
 やっとそれだけ、答える。
「でもね、シオン」
 両手を当てて、胸を揉み始める。今日だけで、随分とまろやかさを増したようだった。
 先端を口に含み、丹念に執拗に愛撫する。弾けそうになるたびに反対側に移動されて、焦れったくて身も世もなく囀る。
「時々、身体検査させて貰うから、覚悟しなさい」
「けん、さ?」
 動かない頭で問う。
 アルクェイドは留めを欲している胸を離れ、大きく脚を広げさせて、濡れそぼった秘所に口を付ける。
「ひゃぁあっ!」
 初めての感覚に悲鳴を上げた。しかし、は容赦せず舐め続ける。クリトリスに吸い付き、剥き出しにして舌先で小刻みに振動させる。中指を当てて、女の中に少しずつ入っていく。
「こんなふうにね」
 悲鳴を甘く切ない啼き声に変えさせ、蜜に溢れるシオンを愛でてやる。
「これ、破いちゃおうかな」
 シオンの中の生娘の証をつつきながら、凶悪に笑った。
「そんなっ」
 反射的に抗議しながらも、決定権は己には無いだろうと思っていた。
「駄目? でも、これって動かぬ証拠になってしまわない?」
 証拠。確かに、万一私が志貴に抱かれるようなことがあったとしたら。こんなふうに、と身体検査のことを称したのだから、それも調べると言っているのだろう。もし、それがある日、裂けていたら。意味することは明らかなのだ。
 ならば、いっそアルクェイドに。悪くはないと思った。これ程までに美しく、何処を取っても敵わない人に、そうされるのなら。
 でも、それでは万一にも志貴と関係することがあったら。
「自分で決める?」
 無いと思った決定権は、酷い重圧のジレンマを伴って投げ渡されてしまった。愛撫の手も舌も休まらないから、ものが考えられない。
 でも、答えなければならない。
「破らないで下さい」
 やっぱり、初めての想いを裏切れなかった。
「そう? 了解」
 たっぷりと愛液を口に含み、舐めるのを止めてシオンにのしかかる。そのまま口付けて、自分の雫の味を確かめさせる。
 シオンの手を取り、押し潰し合う二人の乳房の間に入れさせる。片手はアルクェイドの方に掌を向けて、もう片手はシオンの方に掌を向けて。躊躇いがちに、シオンは手を小さく開いたり閉じたりする。二人分柔らかくて、二人分気持ち良かった。
「わたし、あなたのこと別に嫌いじゃないよ」
 アルクェイドがシオンの秘所を責めつつ、器用に自分のクリトリスも刺激する。唇を重ねて、天上のワルツを舞った。
 シオンの手の動きが激しくなる。もう、どちらの手がどちらを向いていたのか判らない。どちらでも良かった。与える快楽も受け取る愉悦も融け合って同じだった。
「こういうことは、志貴とは出来ないね」
 わざわざキスを中断して、告げる。
「それは、そうです」
 律儀に返事する。
 アルクェイドの感触を全身に浴びながら、こっそり志貴の匂いを確認していた。
 でも、それは相手も同じだった。
「く、ふ、んぁ、あぁあぁ」
 真祖の指が非人間的な動きを示し、死徒は耐えられず高ぶっていく。声さえ、途切れ途切れにしか出せない。同じように己も刺激しているアルクェイドは、一歩後から着いて行った。
 あんまり強烈で、真っ白で、奇妙な幻を見る。二人とも、背中に翼があって、大空で抱き合っていた。二人一緒に、誰かが抱き締めてくれていた。
「はあぁっっ」
「んんんぁっ」
 最後は、むしろあっけなく、やはり一歩先行したシオンにアルクェイドが合わせた。その瞬間、二人とも誰かの名を呼んでいたけど、二人とも相手がどう叫んだのかは聞き取れなかった。
 地上に戻って、触れる程のキスをして、向き合って座る。二人して、笑った。
 喉が渇いていたから、残っていたミネラルウォーターを半分ずつ飲んだ。次第に我に返って、シオンは慌てて服を着替える。アルクェイドも、ようやく普段の服を着た。
 二人の間にYシャツが残っている。
「今日はもう、失礼します。ありがとうございました、色々」
「ふふっ、研究のことは、良いの?」
 眼を泳がせつつ、シオンは答える。
「はい。それは日を改めて」
「そう。じゃあ、これ、屋敷に持って帰ってくれない?」
 志貴のYシャツ。
 躊躇って受け取らないシオンに、アルクェイドは更に言う。
「妹に見つからない限りは大丈夫、こっそり翡翠に渡してくれれば良いから。あの子は知ってるし」
「えっ」
「もともと、翡翠に貰ったんだよ、この部屋においてあるシャツは。その代わり、特定の日の朝は志貴の部屋に行っちゃ駄目って約束なんだけどね」
 そんな密約が出来るほど、遠野家の人間と真祖が親しいとは知らなかった。そして、疑問が浮かぶ。
 ひょっとしたら、みんなこんな具合に?
 秋葉も琥珀も翡翠も志貴に好意を持っているらしいことには、シオンでさえ知っているのだ。
「はい、そう言うことでしたら」
 取り澄まして受け取りながら、シオンは鼓動を早めていた。
「別に、渡さずに部屋に隠してても良いよっ」
 耳打ちされて、火のように赤面した。そんなにも表から思考が丸見えだったのか。口の利けない自分をアルクェイドが眺めて笑っているのは充分に知りつつ、立ち直るのに時間が掛かる。
「それとねえ、シオン。処女膜なんて、暴れたりして破れることもあるんだよ、普通に」
 やっと平常心を取り戻しかけていたのに、またこんなことを言われる。
「ど、どういう意味ですか、それは!」
 また、羨望や憧憬や含羞に浸かりつつ、問い返す。
「あれ、アトラシアたる者が、そんなことも判らないの? 文字通りの意味よ」
 アルクェイドの楽しげな視線を浴びつつ、常態に戻るのに、たっぷり五分も掛かった。
 いや、ここを訪れた時とは、まったく違ってしまっているであろうけれど。
「馬鹿になさらないで下さい、アルクェイド。それぐらい判ります」
 綺麗に畳んだシャツを手に、シオンは笑い返す。
「では、また」
「うん。志貴に宜しくねっ」
 アルクェイドは玄関まで見送る。
 立ち去るシオンの足取りは、いかにも軽かった。

 

/シオンの協定 ・了

 


 数年前、裸ワイシャツがテーマのアンソロジーに参加した時のSSをお蔵出し。思えば、当時はまだシオンのスペック(スリーサイズ等)は未公開でした。
 すっかり三咲町に居ついて長くなった感じのする昨今の二次創作界のシオンを思うと、この頃が少々懐かしいです。

 

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