恋;自分の望みを相手が叶えてくれるようにと願うこと。
 愛;相手が己の望みを叶えられるようにと願うこと。
 ……でも、この定義で言う愛って、片想いなんだ。 

/黒桐式


/1

 最近、式は少しだけ髪を伸ばしているらしい。別に長髪にする気は無いみたいだけど、切ったばかりの髪は以前より長くなる位置で揃っている。風呂上りの式にドライヤーを当てていて、そんなことに気付いた。
「前より髪、綺麗になったね」
 ブラシを通しながら言う。
「近頃は少しは気を使ってるから」
 使ったのは僕と同じのなのに、シャンプーの香りが心地良く鼻をくすぐる。
 ブローを終えて、床にぺたんと座っていた式をソファーに引き上げる。僕の膝の間に座らせた。今じゃ、嫌がらずにこんな体勢にもなってくれる。初めの頃も、照れてただけだと勝手に思っているけれど。
 バスローブ一枚の式を後から包み込む。手を胸の方に持って行こうとしたら、捕まってしまった。付けっぱなしのテレビが良く知らない歌手のライブの様子を流していて、たまたま映った観客のカップルが僕らと同じような格好をしてた。曲がバラードで、茶髪の男の子が金髪の女の子を後から抱き締めている。
「この歌、知ってる?」
「知らない」
 首に息がかかって、式は身じろぎしながら答える。
「そうか」
 とりあえず、その一曲は最後まで聞いた。
「こうやって見ると、幹也の部屋もあまり物が無いな」
 見渡して式が言う。
「式の部屋ほどじゃないよ」
「オレの部屋、だいぶ物が増えたよ。テレビとかステレオとかも。荷造りはすぐだろうけどな、それでも」
 少しだけ昇給してもらえて、更にあり難いことには支給状態がこのところ安定しているから、僕は引越しすることに決めた。橙子さんのツテで紹介された部屋なんだけど、とりあえず設計とかは別の人だってことを確認できたから、そこにした。
 本当は式と一緒に住みたいんだけど、高校生で同棲してるってのはまずいだろうと、とりあえずは僕だけが移ることになってる。
「この部屋にオレが泊まるのも、最後かな?」
 引越しの予定は来週。
「別に、平日に来てくれても良いよ?」
「ここから学校に行くのは面倒なんだよ」
「じゃ、最後かな」
 テレビのライブの曲が今度はノリの激しいものになっていて、さっきのカップルも激しく身体を揺すっている。よく見ると、名前は思い出せないけどこの二人も芸能人だ。だから、さっきから客に過ぎないのに何度も映っているんだろう。
「オレが昏睡する前にはここに来たことは無いよな?」
「無いよ、そもそも当時はここに住んでは居なかったんだから」
「そうか」
 黙って、またきょろきょろと部屋の中を見ている。何か考えている様子だったけど、口にすることはなく、
「喉、乾いた」
 と立ち上がって式は台所に向かう。僕は後について行った。
 冷蔵庫を開けて、梨を見つけた。
「そう言えば買ったっけ」
 一緒に行ったスーパーで特価だったんだ。
 式が鮮やかな手付きで皮を剥き、綺麗に切り分ける。ソファに戻ったけど、今度は膝の間には座ってくれなかった。
 梨は、あと少し甘味が欲しい所ながらも瑞々しくて、風呂上りの喉を潤すにはちょうど良い。二人で手を出したらすぐに無くなって行き、最後の一切れは式に取られた。半分ほど齧って残りをくわえたままチャンネルをカチャカチャ変えているから、口を近づけて齧り取ってやった。びっくりして赤くなりつつ、式が言う。
「どろぼー」
「ん、返そうか?」
 頭を引き寄せて唇をくっつけ、口に残っていた果肉の欠片と果汁を送り返す。また赤くなりながらも飲み込んで、口を開く。
「変態か、おまえは」
「飲み込んだじゃない、式」
 一瞬だけ硬直したあと、悪戯に笑って式は言った。
「幹也、飲まずに吐き出したら拗ねるくせに」
 何の話なのか理解して、僕の方が頬が熱くなった。
「んっ」
 小さく呻いて、式は仰向けに僕の膝の上に倒れてくる。バスローブの胸元が乱れて開いており、白い肌が覗いている。こんなに緩んだ姿は、たぶん僕にしか見せていない。
 とろんと見詰めてくる式の眼の誘惑に負けて、頭を下げて改めてキスした。初めこそ、焦らし合うみたいに啄ばむようなキスを繰り返していたけど、すぐにお互いに頭を掴み、長々と舌を絡め、吸い付き合い、上になっている僕の唾液をたくさん式に飲み込ませた。
 息苦しさに耐えられなくなって中断する。しばし無言で視線を交わし、僕は降参する。
「する?」
 言い出した方の負け。
「うん」
 ちゃんと返事をするのは勝者の情け。

/2

 ベッドに移ってバスローブを脱がそうとしたら、先に脱げと言われた。承諾して裸になる。僕のものが既に元気になってしまっていて、見られて恥ずかしいから、式もすぐに裸にする。手を横に退けさせたら、そっぽを向きながらも素直に全身の素肌を見せてくれる。スタンドひとつの淡い光の中、もう見慣れているはずなのに、式は目映く映る。
「いつもながら、綺麗だね」
 余分な肉も、足りない肉も、ひとつまみだって無い。そんな、作り物めいた美しさをした身体だけど、僕だけは特権で温もりを知っている。
 僕の視線から逃げようとうつ伏せになりかけるのを阻止して覆い被さり、もう一回唇を交わす。キスのとき、式はあまり眼を閉じないらしくて、こんな至近距離で覗き込んでしまうことがある。そうなると魂を吸われたみたいにキスが酷く気持ち良くなる。対抗するために耳やら首筋やらを指先で愛撫するのだけど、式もそれは仕掛けてくるから戦況は良くならない。
 駄目だ、キスはどうにも分が悪い。
 ちゅぱっ
 離れて息を吐き、唇を鎖骨のあたりに落とす。痛いとか暑いとか寒いとかには強いらしい式だけど、実はかなり擽ったがりだったりする。
「んんっ」
 鎖骨を唇で挟み、横に滑らせて何度も往復する。そこから首の腱に沿って舌を這わせて攻め上り、耳を陥落する。
「あっ、ふぁっ」
「相変わらず敏感だね」
 いやいやするみたいに首を振るから、抑え込んで責め立てた。耳朶を噛んで吸ってみたり、舌で辿ったり、ゆっくり息を吹き込んでみたり。
「だ、めっ、幹也っ」
 可愛い声にゾクゾクしながら、反対側の耳に愛撫を移す。さっきも感じたシャンプーの香りが甘い。
「あ、あんっ、ん、」
 こっそり手を下げて胸の膨らみに当て、形をなぞる。ちょんっ、と乳首に触れてはしばらく揉んで、またちょんっ、と突付く。その度に、体を痙攣させている。
 腕を上にあげさせ、無防備になった腋の下に口を付けた。
「んん、擽ったいってっ」
 腕を押え付けながら唇を動かし、舐める。
「でも、好きだって言ってたじゃない」
「知らないっ」
 抵抗するわりに悦んでるらしいポイント。その証拠に、一旦愛撫を始めてしまうと次第に腕の力が抜けて受け入れてくれる。汗をかき始めていて、塩気が感じられると共に匂いが石鹸のものに混ざってくる。
 しばらく腋の下を責めてから、胸に移る。頬を押し付けて柔らかい感触を楽しむ。小さめだけど綺麗に実った果実を両手でそれぞれ揉みながら、先端に交互に吸い付く。
 ちゅっ、ぴちゅっ
 わざと音をたてて可愛がる。
「あぁ、ふぁ、んっ、あふっ」
「こうされるのは、好き?」
 知ってるけど、訊いてみる。
「んふっ、す、きっ」
 そう言わないと僕が止めてしまうのを知ってるから、式は素直に返事をする。
 手を片方だけ胸から離し、脇腹を通って腰骨に下り、そこをさわさわと撫でる。さっきと逆の腋の下にキスしたりしながら、太腿を通ってこっそりその手を脚の間のほうへ滑らせていく。
「くふっ、ぁん、」
 喘ぎながらも脚を閉じたから、見つかってしまったようだ。太腿の柔らかな肉に挟まれながらも右手は付け根に方に近付いていく。もうあと僅かで式の女の子の部分に触れるあたりで手を止め、改めて口付けする。先よりずっと貪欲に式は舌を絡めてきた。
 たっぷりとキスを楽しんでから、姿勢を変えて式に脚を開いてもらう。
「やんっ、見るなっ」
 抗議を無視して、ちょっとだけ眺める。清楚な翳りの下はすっかり潤っていて、きらきらしている。いきなり口を付けて、ちゅうっと蜜を吸った。
「はあっ」
 それから、谷間を何度も繰り返し舐め上げる。
「ひぁ、あふっあ、あーっ」
 熱い溝の中にゆっくり人差し指を沈める。濡れた肉の襞が指を締め付け、吸い込まれそうな気がする。中指も支援に出し、二本で内側を責めながら口ではクリトリスの方に攻略対象を移した。式の女の匂いが強くなっている。
「あん、駄目、やめろって、それはっ」
 判りにくいのだけど、式の女の中の上側に凄く敏感なところがあるらしくて、その辺を探るといつも切羽詰った声を出す。もちろん、止めない。クリトリスを唇で覆って吸いながら、舌先で転がす。ほぼ特定できたポイントに指先を当てて振動させる。
「あぁん、それっ、ホントに駄目ぇ、」
 泣きそうな声で喘いでいて、嗜虐的な快感が楽しいのだけど、許してあげる。
「んふっ、はぁ、はぁっ」
 式の荒い吐息が聞こえる。
 途中で止められて辛いってことはないのかといつも思うんだけど、そうでもないらしい。そこまでギリギリの状態ではないのかな。今度機会があったら、もうちょっと虐めてみようかとか、思った。
 呼吸を整えた式に言う。
「じゃあ、してくれる?」
 これだけで意味は通じる。
「うん」
 式が起き上がって来て、二人とも膝立ちでまたキスした。式の液をたっぷり口に含んでいたのだけど、判るのかな。
 それから僕は腰を下ろし、式は脚の間にうずくまる。おずおずと手を出して、僕のものに触れる。
「このスケベ」
 言われない中傷を口にしながら、式は包み込むように握ってゆっくりと上下に手を滑らせる。もう、それだけでもどうにかなってしまいそうだ。
「うっ」
 どうも、僕らは二人ともお互いの愛撫に耐性が無すぎるみたい。
 目を瞑って躊躇うように口を近づけ、先端あたりにキスして、裏側の根元付近に下を押し当てて再び先に向かって舐めてくれる。そして口を開いて、かぷっと咥え込む。舌がぐるぐると動いて亀頭のあたりをくすぐって行く。
 掌に爪を立て、唇を噛んで快感に耐える。式が頭を上下させて、喉の方まで使って愛撫してくれている。
 眺めていて滾ってしまう。人形みたいに整った顔をした式が、大きく口を開けて僕のものをくわえ込んでいる。綺麗で神聖なものを汚しているみたいで、もういつもしてくれることなのに、毎度毎度酷く背徳的に思えて見慣れることが無い。時々こちらを見る眼が蕩けていて、普段の凛々しいような式の面影が無くて、やっぱり見ていると酷いことを強制しているみたいに思える。でも、どうしても、それに興奮してならない。やらせてるっていう嗜虐的な思考をしていると、暴発させてしまいそうな悦楽に耐え易かった。
 だけど、そんな淫蕩な行為に耽っている式が愛しくて、やっぱり、してくれているとしか考えられない。
「ありがと、もう、良いよ」
 このままじゃ放ってしまいそうだから、そう告げた。途端に式は今までより動きを激しくして、ついでに袋の方に指を添えて、そっちまで刺激してくる。
「ちょっと、駄目だってば、式っ」
 お尻や脚にまで力を込めて射精を我慢する。けど、もう、やばい。
「口に出しちゃうっって」
 なんとかそう言ったとき、僕のをきゅっと掴んで、式は口を離した。
「幹也もさっき、こんなことしただろ」
 にやっ、って感じで笑って、言う。返す言葉が無くて、黙ったまま僕はスキンを取るためにサイドボードに手を伸ばそうとした。
「幹也?」
 言いながら、式が僕の手を押えた。
「今日は、大丈夫だから」
 俯いて、ぼそぼそと言う。
「無しの方が良い?」
 黙ったままで式は肯く。僕にしたって、その方が好きだ。
 式を仰向けに寝かせ、上に重なる。
「いい?」
「うん」
 ゆっくり、式に割って入った。式の中は、熱くて、柔らかいのに掴んで放さない感じ。僕にぴったりと絡みついて逃がしてくれない。ゆっくりしか動かないのは、そうでなきゃ一瞬で終わってしまうからだ。
「式っ」
 名を呼んで、唇を重ねた。腰の方はじっとしたまま、存分に唇を味わった。
「さっきまで、お前のを咥えてたんだぜ、オレの口は」
 からかうように、式がそんなことを言った。口惜しいけど、この状態になると、大抵の場合式のほうが余裕がある。
「僕だって、式のを舐めてたじゃないか」
 言いながら、覚悟を決めて往復運動を開始した。
「うっ」
 突くと言うほどでもないペースなのに、僕の方が喘いでしまう。感触に慣れようとするんだけど、駄目。やっぱり、生だと全然違う。少なくとも意識の上で違ってしまって、耐えられそうに無い。
「あぅっ」
 手を下にやって、クリトリスを探って責める。
「あんっ、幹也ぁ」
 突き入れるごとに一段奥に入り込むみたいに掴みこまれて、引き戻すときの抵抗も大きくなる。さっき入っていたハズのところなのに、次の時には一から道を拓くように進まなきゃならなくて、新しく快感を押し付けられる。ほんとに、この感触は普通じゃない。
 耳とか首とか、口で愛撫しようと思うんだけど、位置が定まらなくて上手くいかない。なのに式は両手であちこち襲ってくる。
「式っ」
「あふっ、あんっ」
 あんまりペースを上げたら持たないと判ってるのに、気持ち良すぎて我慢できずに速くなってしまう。幸い、式も気持ち良くはなってくれているみたい。こんな時でも、式はめったに目を閉じない。いつもの鋭く深い瞳が潤んでいる。
 ふり乱れた髪と、上気した肌と、口の傍に零れている唾液。そういうものを一々確認することで少しでも気を逸らそうとした。でも、普段の姿からは考えられないほど乱れた式の姿に余計に熱くなってしまうばっかり。
「幹也、良いよ、来てっ」
「式ぃっ」
 それでも、どうにか頑張って式が達するまでは凌ごうとする。また、短く切ってあるにも関わらず爪のあとを掌に増やしながら、往復を続けた。ひと突きごとに快感が増して行くんだから、たまったもんじゃない。
 実際もうあまり持ちそうにないのだけど、流石にもうちょっと抱き合っていたいから、勢い付くのをどうにか抑える。
「んっ」
「あっ」
 ときどき唱和して喘いでいたりする。
 数を数えながら、五回に一回だけ奥まで突く。リズムが出来上がると幾分余裕が出来た。式の表情も不思議に穏やかなものになってる。やっぱり深く突くときが気持ち良いから暴発しないように頑張っているんだけど、式の方もその時が感じるみたい。
「くっ、ふっ、はっ、んっ」
 判って来たのだけど、四回目のあたりで次を期待するみたいなんだ。
「あぁっ」
 そして、五回に一度だけ声が高くなる。だから、四回目をわざと弱くして、五回目を更に強くしたりしてみる。
「んぁ、ふあっ」
 留守になってしまっていたクリトリス責めを再開し、式をもっと追い詰める。でもやっぱり、そうすると締め付けが強くなるから、諸刃の剣だ。
「うぅっ」
 そろそろ、ホントに駄目だ。だから、強く突くのを止めて、浅い往復だけにする。
「んんっ、幹也ぁ」
 式がちょっと不満気な声を出した。
 この前、すごく照れながら、話してくれたことがある。僕としては少しでも長く持たせようとしてペースを変えるだけなんだけど、これが酷くじれったいらしい。五回に一度深く入れるリズムに慣れてしまうとそれがすっかり楽しみになってしまって、無くなるともどかしいんだって。
「いじわるっ」
 何度も言われたこの言葉も、そう言う意味らしい。別に、いじめる気は無かったのだけど。
 覚悟を決めて、強い方の動きを再開する。切羽詰って一定の拍子なんか刻めないけど、そんなの問題じゃない。ピストンするばかりの僕に対して式が少しだけ腰を動かしてくれて、こすれ方が変わって感触も種々に変転する。
「んあっ、ふぁあああっ」
「あぅ、あっ」
 最後はもう何も考えられず、ただ強烈に体を使いつづける。ここに来て式も目を瞑り、腕に力が篭っている。
「みき、や、ぁ」
 名を呼ばれたのが合図だったみたいに、僕は果てていた。
「式っ」
 こちらも名を叫んでいた。
「あぁっ、あ、」
 それから抱き合って、長いことじっとしていた。
「式、逝けた?」
 真っ赤になりながら、だけどはっきりと、式は返事をしてくれる。
「うん」
 この眼と表情なら、一番初めからずっと騙されているのでない限り、本当だろう。
 体を式の上から退かせて、改めてキスする。さっきまでみたいな激しいのではなくて、ゆったりと甘く、長く続ける口付け。
 えっちしたあとのこのキスが、凄く、好き。式と体を重ねるのは途轍もない快感だけど、このキスをしないと満足できない気がする。

/3

 余韻の冷めてきた頃、式が体を起こし、また部屋の中を眺める。
「どうしたの?」
 泊まるのが最後だろうとは言っても、それほど思い入れがあるとは考えていなかったから。
「白純とやりあった時、な」
 不意にそんな名を聞いて、僕は返事が出来なかった。
「たぶん、幹也がその傷を負った頃、オレは『家に帰らなきゃ』って思った。居るべき場所に戻ろうって」
 裸の体を僕の目に晒したまま、式は言う。
「そのとき、オレが思い描いたのって、どういう訳か、ここだったんだ」
 引っ越そうと思うって話したときも、こんなことは言ってくれなかった。
「そうか。大事な場所だったのかな、この部屋」
 ここのことを思ってくれたって話を面映く思いつつ、出て行ってしまうのを申し訳なくも感じた。
「良いよ。大事なのはこの部屋なんじゃないから」
 あっちを向いた式を、僕も起き上がって後から抱き締めた。
「幹也の居る場所に、戻りたかったんだ」
 そう呟く式は照れくさそうだったけど、僕の方は、嬉しいのか何なのか判らないような想いで一杯になって、死んでしまいそうだった。
「お前のせいだからな」
 良く判らないことを言いながら、式は体重を僕に預けてくる。
「うん」
 無責任に返事して、ゆっくり後に倒れこんでベッドに寝た。式が体を回して、正面から抱き合う。そのまま眠ってしまいそうな頃、式が囁く。
「もう一回、どう?」
 壮絶に照れているだろう顔が見たくて、体を少し離す。
「え、何?」
 ちゃんと聞こえてたけど、言ってみる。薄暗い中でもはっきり判るぐらいに顔を赤くして、式は繰り返した。
「だから。もう一回、しない?」
 なにを? なんて意地悪はやめておく。いや、実際には余りにも可愛くて、愛しくて、そんなことが出来るほど落ち着いては居なかった。
「うん」
 それだけ言うと抱き寄せて、また唇を吸いあった。

 式は、かなり擽ったがりだ。前にふざけて足の裏をコチョコチョしたら、蹴られてえらい目にあったことがある。だけど、俗に言うように擽ったい所は感じるらしくて、足は相当に弱い。
「おい、汚いって」
 足の裏に唇をつけた途端、抗議の声を上げる。
「大丈夫、お風呂入ったトコじゃない」
 蹴られないように、もう片方の足をそっと抑えておく。
「そのあと歩いたし、ぁんっ」
 足の親指と第二指の間をぺろっと舐めたら、甘い息を発する。親指を口に含んで、ちうちう吸ってやる。
「やめろって、そんなことっ、」
 恥ずかしいだけだってことは、もう良く知っている。
「式、このまえ久しぶりに高校サボったらしいじゃない」
「んん?」
「だから、これはお仕置き」
 同時に、式に受け入れる言い訳をあげることにもなるんだけど。
 土踏まずに何度も舌を這わせる。
「ひゃんっ」
 足を引こうとするけど、両手で掴んで放してあげない。
 小指の方に向かって一本づつ吸い付き、順番に指の間を舌で突き、なぞり、味わっていく。
「駄目だってば、幹也っ、」
 足の指を愛撫するなんて、いやらしくて卑しいことに思えるけど、式がめろめろになっているから優位に立った気分もある。サディスティックにもマゾヒスティックにも思える快感が責めている僕の方をも昂ぶらせる。
 爪先を離れて、高く脚を上げさせて膝の裏にキスした。
「ふあ、んっ」
「面白いところ弱いよね、式って」
「んーっ」
 いやいやするように首を振っていた。

 初めてこんな風に足を可愛がったりしたとき、後から、白純先輩にこんなことをされたって話を聴いた。だから嫌がったのかと思ってちょっと落ち込んだ僕を、丁寧に式は正してくれた。
「大丈夫。あんなことだって、幹也にされるんだったら嫌じゃないから」
 それどころか、嬉しいから。
 そんな風に、話してくれた。
 恥ずかしいこと言わせるな、って思いっきり腕をつねられたりしたけどね。

 だから、どんなにイヤイヤしてても、それは恥ずかしがっているだけ。感じてしまうことに羞恥を覚えるらしいけど、とりわけ足とか腋とかは駄目らしい。そんなところが気持ち良いのが恥ずかしいらしいんだ。
「幹也、もうっ」
 脚の間をちゅっと舐めて、反対側の脚に移って初めから同じことを繰り返した。
「あ、ぁぁっ、んぁんっ」
「やっぱりこれ、好きなんだね、式」
「しょうがないだろ、」
 気持ち良いんだから、なんて言いわけがましく言っている。
「ふふふ、開き直ったね」
 じっくりたっぷり手と口を使って、つま先から太腿まで愛撫した。
「今度は、上になってくれる?」
 恨みがましく睨んできたけど、唇を重ねた後、了承してくれる。
「うん」
 脚を投げ出して座った僕に抱きつく格好で、ゆっくりと腰を下ろし、僕のものを体に受け入れて行く。
 大体いつも、二回はしてしまう。いつも一回目は強烈過ぎる快感に急き立てられて駆け抜けてしまうから、愛しあってひとつに溶け合う幸福感を落ち着いて味わえるのは二回目だ。
 緩やかに体を動かし始める式の胸に手を当て、鼓動を感じながらおっぱいの弾力を楽しんだ。式の方も、手を僕の胸に押し付けてくる。いつの間にか出来ていた僕らの形のひとつだ。
「あん、幹也っ」
「し、き、」
 静かにゆっくりと高まって行き、高まるにつけ一体感も強くなる。冷静なときになら陰陽マークを思い出す、絡み合って足りないものを埋めあう感覚。出会ってから長いことかかって、気が遠くなるほど色んなことがあって、ようやく見つけた僕の半身。
 肉の快感より、酷く精神的な情感が湧き上がって、緩やかに満たされて。
「式っ、い」
「みきやぁ、」
 溺れそうなほどの幸福感と、世界に僕ら二人だけが居るような身勝手な一体感に融けて、式と一緒に僕は達した。
「愛してるよ、式」
 こんなことは僕だってそうそう口に出来ないけど、頭がまともじゃないから言えてしまう。
「私もよ、幹也、くん」
 それは、式も同じらしい。
 その特殊な精神状態から次第に覚めて行き、お互いに呼吸の激しさに気付いて意識して整えた。それから二人、横向きに倒れた。

/4

 手を伸ばして、何の気なしに式の胸をぷにぷにと弄んでいた。
 抱いた直後に相手の女の子が愛しいなら、その愛情は本物だ。なんてことを男性誌の類で読んだことがある。信用できる話なんだとすれば、僕の想いは本物なんだろう。だけど、この時に相手が愛しくないなんてのは信じ難い。
「幹也?」
 式が、何か可笑しげに言う。
「なに?」
 胸に触れている手を捕らえて、式が答える。
「そんなに、おっぱい好き?」
「ええ?」
 何をいきなり。って、そりゃまあ、今も弄ってたわけだけど。
「ほんとは、もうちょっと大きいと良いのにとか思ってたでしょ」
 怒ったりしてる様子ではなく、ただ面白そうに言っている。
「いや、別にそんなことはないよ?」
「ほんとに?」
 両手で僕の手を包んで、続ける。
「人形作るために幹也にバストのサイズを選ばせたら、わりと大き目のを選んだってトウコが言ってたよ?」
「そ、そんなこと言ったのか、橙子さん」
 確かにあれは大きめのを選んだけど。
「別に怒らないよ?」
「いや、あの時大きめのを選んだのは事実だよ。でもね、それは人形の他の部分とかを見て選んだわけで、なにもサイズだけ見て決めたんじゃないんだから」
「ふーん?」
 実際、式に怒っている様子は無く、単に僕を困らせてみたかっただけらしい。
「そうだよ。まあ、男として普通におっぱいは好きだとおもうけど。大きさ云々より、式のが好きだよ」
 そんなことを恥ずかしげも無く言って、また式の胸に頬をくっつけて、反対側のに手で触れる。式は片手で頭を抱いてくれる。乳首に舌をつけたら、身悶えながらも邪魔はしてこない。
「赤ちゃんみたい」
 なんて、笑ってるだけ。
 しばらくして僕を胸の上から下ろし、正面から見据えてきて、言う。
「赤ちゃんと言えば、やっぱり言っといた方が良さそうなことがあるんだけど」
「ん、なに?」
 途端に式は、悪戯な笑みを浮かべた。
「さっき、私が『今日は大丈夫』って言ったの、幹也はなんて解釈した?」
 ん、そんなの、今日は生でしても大丈夫って以外の解釈なんか。そう思いかけて、凍りつく。そんなことするとは思わないけど、まさか、本当は今日が危ない日だったりして。自分の都合で解釈していたけど。
「式、それってっ」
 同じ笑いのまま黙りこくったあと、仰向けになって声を上げて笑った。
「あははは、大丈夫よ、今日は安全日」
 ほっとして。だけど、そんなことに酷くあせったことをちょっとだけ悔やんだ。
「私の生理周期ぐらい、覚えてて」
「そうだね」
 それも良いだろう。思えば、そもそもあれは避妊の方法ではないのだし。
「ねえ、子供作るとしたら、式は男女のどちらが良い?」
 問い掛けたら、やや間があった後、返事は返ってきた。
「どっちでも良いよ。でも、オレじゃなくて幹也に似てて欲しい」
 “オレ”に戻ったあたり、平常に引き戻してしまったみたいだ。
「どうして?」
 こんどは長い躊躇いの様子をみせたあと、こちらを向いて言う。
「『両儀』の子供になって欲しくなんか、ないからさ。こんなの、居ない方が良い」
「式、」
 思わず、抱き締めた。
「ああ、勘違いするな、オレのことは良いんだ。幹也が居てくれるから」
 腕の中で、式が言っている。
「でも、お前みたいな変人、そうそう居ないだろ?」
 つい、抱き締める腕に力をこめてしまう。
「うん。確かに、式みたいなのを二人も三人も抱えるのは御免被りたいね。式ひとりは大歓迎だけど」
「やっぱりお前は変なやつだよ」
「式に惚れるなんて変人だって、高校の頃から言われてたよ」
 式は長いこと沈黙したあと、ひとことだけ呟いた。
「馬鹿」
「いつも言われてるね」
 さっきよりもっと長い沈黙の後、式はまた呟いた。
「きっと、私もあの頃から好きだったわね、幹也くんが。亡くした織のガランドウを埋めてくれたのとは、別の話として」

/黒桐式・了

 

 

 


 

 「日常の行為としての情交」を書きたかったのですが、なにやらもう例によって激甘に。

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