黄金の草叢


 士郎にとって、まともに見たことがあるのは、二人ぶんだけ。
 歳からして多いのか少ないのか、それはよく判らなかった。
 しかし、いずれも持ち主は最上級だ。片や緑の黒髪の麗しい東洋人、こなた赤味の金髪が艶やかな北欧人。まごう事なき美少女二人、いや、もう少女を脱ぎ捨てた美女と言って良いだろう。
 そんな二人のものを、あまつさえ並べて見比べたことまであるのだ。不満を言うつもりは更々無かった。
 何を見た話かって、つまり、女の子の生まれたままの姿である。もっとストレートに言えば、女の子の裸。ヌード。裸体。
 すっぽんぽんが純粋単純にして一つの究極、でも申し訳程度だけ肌着だけ残してるのとか何故かエプロンとヘッドドレスだけしてるとかピンクのリボンでラッピングとか純白のワイシャツ(前は閉じてもボタン一つだけ、それ以上は不許可)とかちょっぴり倒錯的に首輪とリードとか、そんなのも又良し。
 でももっと正確に話題の核心を突いて何を見た話なのかと説明するなら、単に裸体と言うんじゃなくて彼処のことである。
 彼処、などと書くと読み難くてピンと来ないなら、アソコと書こう。そう、女の子のアソコである。大事なところ、なんて言ったりもする。もうちょっと淫靡ながら優雅に、秘所とか呼ぶこともある。おどけて観音様なんて表現もする。
 いや、アソコとか大事なところとか秘所とか、勿体ぶって実は全然期待と違う話をして読者をスケベ呼ばわりする魂胆かと疑っているなら、もっと直截に記しても良い。
 つまり、話題は女の子の性器なのである。ヴァギナである。お○んこである。百やそこらではない呼び名のある世の男どもの理想郷である。男の子の永遠の憬れはおっぱいかもしれないが、それでも最終目的地はこちらであろう。
 凛のものについてはともかく、士郎が如何様にしてルヴィアの観音様を拝観するに至ったのか、その点は捨て置く。ただ、そのとき士郎は、人によって随分違うんだなあなどという感想を持った。
 わりあいに薄い凛に比べて、いや、そのときは記憶と比べたわけだが、ずいぶんと濃かったのだ。しかし、流石に他の女の子との比較論を口にするほどまでには士郎も野暮ではなかった。
 それに、薄くても色ならば黒々とした凛に対して、ルヴィアは濃くても金色をしていたから、何か不思議な綺麗なものに思えた。
 何の話って、もちろんアンダーヘアのことだ。
 士郎としては、ルヴィアの濃密なそれを何ら悪く思ってはいない。だから、思い詰めたようにルヴィアに迫られた時には、酷く戸惑うことになった。
「いや、なんでさ?」
「何故って、見苦しいでしょう? シェロ、どうして今まで言って下さらなかったのです、ミストオサカはあんなにも綺麗にしてますのに。シェロがしてあげているんでしょう?」
「いや、そんなことはしてないっ。っていうか、凛なら死んでも俺にそんなことさせたりしないぞっ」
「あら、では今後ともミストオサカには絶対になさらないで下さいませね?」
「大丈夫、やらせろって言っただけで殺されるっ」

 ルヴィアが何を迫ったのかって、つまり、
「シェロ、私の……その、下の方の毛なんですけど……」
「け……?」
「はい。剃って下さい」
 と言うわけだった。

「別に、そんな必要は無いだろ?」
「駄目です、思えばこんなに沢山なんてみっともないです。シェロのご覧になっていた女性の写真でも、皆さんもっと控えめで綺麗でしたわっ」
「俺が見ていた写真って――――っ!!」
 確かに、見ていたことはある。見事な美花を二輪も得ても、写真であれ他の女の子の裸に興味を無くすものでもない。士郎も、そのあたりは普通の男だった。
「ええ、シェロの帰った後に、パソコンの履歴で……」
 士郎、絶句しつつ冷や汗をかく。
 油断した。凛なら、そんなことは思いつきもしないだろうし、教えられたってできないだろう。それに慣れて、つい気が緩くなっていた。一応は職場であるのにそんなことをしていたって点については、まあこの際、不問としておこう。
「別に、こちらのパソコンでああいったものをご覧になっていたことを責めるつもりはありませんけど」
 ルヴィアが口にしたサイトにあるのは、単純なヌード写真に過ぎない。女性が見たって、そう不快になるような類ではないはずだと士郎は願望する。モノクロの背景にモデルさんだけがフルカラーで、芸術に属するものだと思う。
「でも、シェロも、本当はああいう感じの方がお好きなんでしょう?」
 ただ、困ったことに。ルヴィアの言う通り、モデルさん達は皆さん下の毛をお剃りになってらっしゃったのだ。率直に言えば、一般に欧米人より若く見えるとされる日本人である士郎の目にはそうは映っていなかったのだが、ぎりぎりチャイルドポルノ扱いを逃れているような見た目の若いモデルの写真ばかりだったのである。
「ですから、せめてミストオサカと同じぐらいの可愛らしい感じに」
「いや、ルヴィア――――俺は、ルヴィアみたいなの好きだぞ?」
「私みたい?」
「だから、ルヴィアみたいにしっかり生えてて濃いのって、なんかえっちだし頬ずりとかしても気持ち……」
「嫌ですわ、そんなのっ」
 襟首を掴んで睨み付けられ、ひとまず士郎は口を噤む。
 にらみ合いが、いつの間にか見つめ合いに変わり、ルヴィアが両手を士郎の首にまわす。唇をかすかに開いて突き出し、瞼を落とした。
「ルヴィア……」
 ばたばたしたせいか、アタッチメントなドレスの袖が外れかかって中が覗いていた。
「ほら、ルヴィアって腋毛も残してるじゃないか、いっつもヤラシしくて良いなって……」
 言い終える前に、士郎の耳元を魔弾が掠めた。
 ガント直撃だけは赦してくれたが、いきなりのヘッドロックは喰らわされた。
「嫌ですっ。そんな、体のことをえっちだとかイヤラシイとか言われても嬉しくありませんっ。やっぱりちゃんと剃って下さいっ」
「そんなっ、なんて勿体ないっ。だいたい、人間の体毛って、大事なところを守るとか血管が皮膚表面に近いところに体温維持のためとかフェロモンのあるところに匂いを溜めるためとかにあるんだ、それを無くすなんてっ」
「馬鹿なことっ、命令です、お聞きにならないのなら辞めて頂きますわよっ」
「そ、それだけはご勘弁を、お代官っ!」
「誰がお代官ですかっ!」
 お代官、という言葉を解するぐらいに最近のルヴィアは日本の時代劇に馴染んでいた。

 金髪の美女が、あられもなく脚を開いて裸の下腹を見せている。あまり露骨なのにはそそられない向きもあるだろうが、見せられている相手はまだまだ若く元気溢れる男で、率直にドキドキしていた。
 ただ、その面持ちは沈痛。
 ルヴィアの股間を覆う、こちらも金髪の豊かな恥毛。朝日に輝く光の草原のようで、これを、東洋人の青年はいつも好ましく思っていたのだ。
 何も、一般に体毛の濃い女を嗜好するというのではない。そんな性癖があるのではない。別に毛深い女の子フェチだったりはしない。まして、女体よりむしろ体毛に興味があるとかいうわけじゃない。
 事実、凛の秘所を囲む薄い翳りもまた、士郎は愛好していた。凛の腋の下なら、つるつるな方が好きだった。
 しかし、ルヴィアについては違ったのだ。
 凛には、薄いのが似合っている。同じように、ルヴィアには濃いのが相応しい。
 ――――それが、士郎のジャスティス。
 なのに、このささやかな正義を士郎は自分で裏切らねばならないのだ。
「なあルヴィア、ほんと、このままが良いって」
 もう、幾度と無く繰り返して来たやりとり。士郎も頑固だが、ルヴィアの意志の硬さはゴッドハンドさえ上回らんばかりだった。これぞ、代々続く魔術師の血筋のなせる業であったのかも知れない。
「もう、くどいですよ、ミスタエミヤ?」
 ドレスのスカートを捲り上げ、M字に脚を開いて椅子の肘掛けに脚を上げている。そんな格好でありながら威厳を失わないのは立派と言うより何か間違っている気がした。
 交渉の余地のないことを悟り、青年は覚悟を決める。
 ルヴィアの下毛は濃い方が良いという少年の信念と、そんなの恥ずかしいという少女の思い。
 どちらかを立てるには、もう片方は切り捨てなければならない。全てを掬うことはできないのかと求め続ける士郎に、たとえ空虚でもそれを求めたことだけは間違いじゃないんだと、あり得る己の成れの果てを切り捨てた士郎に、またしても突き付けられた冷たい現実。
 またしても、士郎は己の力不足を痛感した。
 自分より他人を優先することに迷いはない。両立し得ないなら、両立し得ないことを嘆きはしても、ルヴィアを立てることに異論はない。ただ、己の手で己の信念を破らねばならないことが、未だ純粋な青年の胸を串刺した。
 できることなら、もう繰り返したくはない。
 痛みを恐れはしなくても、無用の傷は避けなければならない。
 ならば――――。
 理想を求め、そして、故郷の街での二週間ばかりの戦争の間に見た黄金の光を思い出す。
「……判りました、お嬢様」
 せめて真摯な思いを表そうと、士郎は慇懃に述べる。
「ええ、ではよろしく、シェロ」
「はい。しかし、この産毛用の剃刀では少々荷が重いように思います」
「そ、そんなに濃いのですか、私のは……」
「いえ、安心して下さい。ご存じの通り、刃物であれば私には準備は可能です」
「はい?」
 ――――投影、開始。
 それは、宝具の一種。しかし、あまりに機能も使用可能な状況も限定されていることからランクとしては低く、多少なりとも腕を上げている士郎に投影は容易だった。
 淀みなく、呪文の後に手の中に現れる。
「シェロ? 何ですの? それは」
 士郎の握っているのは、黄金の柄の付いたT字剃刀。
 ――――もう二度と、こんなことはしたくない。
 この素晴らしいルヴィアの草叢を己の手で刈り取るなんて苦行を繰り返したくはない。
 しかし、生え揃うたびに、いや、少し延びるたびに、ルヴィアが求めるだろうことは予想に難くない。
 ならば、もう二度としなくて良い方法を取れば良い。青年は目の前の女の濃蜜な恥毛を好んでこそいたが、それが無くても嫌う理由など無かった。そう、愛しているとすればルヴィアであって、ルヴィアの下毛ではない。
 いや、愛しているのは凛なのだが、細かいことは心の棚に上げて。
 黄金のT字剃刀についてルヴィアが問うのは耳に入っていたが、答えていては決意が揺らぐ。故に、口を噤んで歯を食いしばったまま、士郎は剃刀をお臍の下に当てた。
 そして、己の弱さ、力不足に身を裂く想いで、その真名を解き放った。

約束された(パイ)――――」

「シェロ?」
 湧き上がる魔力を知覚したルヴィアが当惑して名を呼ぶ。
 しかし、もうストップは利かない。

「――――無毛の彼処(パーン)!」

「シェロ、何も全部剃れとは言ってませんわっっ!!!」

 単に性器周辺の体毛を全部そり落とすのではなく、性毛という概念を女体から消し去るが故に二度と(いやまあ、少なくとも解呪するまでは)元のように生えることはない。
 つるつるにされてしまって怒るルヴィアも、ある種の男性にとっては理想郷とも言えるその効果にまでは、まだ気付いていないようだった。

 

/黄金の草叢・了

 


 えー。馬鹿エロSSを書こうとしたはずなのに何故か単なる馬鹿SS又はネタSSに( ゚ ゚)ヾ
 無論、ルヴィアの体毛が濃いかどうかは知りませんw; が、まあ、某スレの(5月3日頃の)皆様に捧ぐ( ゚ ゚)ヾ

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