月下の寸劇 - お姫さまと大泥棒


 広い庭では色んな虫が大合奏しているのに、こっそり夏が戻って来たみたいな寝苦しい夜。志貴は、秋葉の部屋へと足音を忍ばせていた。
 何も隠す必要は無い。秋葉を抱くことには、ためらいも、やましさも無い。堂々としていれば良いのだが、志貴とて、照れくさい想いはある。翡翠の精一杯礼儀正しく取り繕った無表情も、琥珀の華やかで悪戯な笑いも、不快ではないのだが、できれば見ないで済ませたいのだ。
 幸い、二人に遭遇することも無く、秋葉の部屋に辿り着く。もう慣れても良い頃だろうが、志貴にとっての秋葉の部屋は未だに敷居の高い場所。ひとつ、ふたつと息をして、ドアを敲く。
「はい」
 すぐに静かな返事があり、志貴は招き入れられる。出迎えた秋葉の姿に、せっかく整えた呼吸をしばし忘れた。
 何のことは無い白いワンピースだが、志貴には目映いばかりだった。清楚なレースに飾られた薄い布から露出した肩がドレスに劣らず白く、長い黒髪と互いに際立たせあっている。わずかに数枚だけ裾に染め抜かれたのと同じく、秋葉は頬に紅葉を散らしている。志貴の来訪に心躍らせているのだ。しかし、相手が黙り込んでしまったままで居るのには耐えられなくなる。
 こんな姿で待つのは、初めてだったから。
「何かおかしいですか? そんな、珍獣でも見るみたいに」
 不安を不機嫌に隠して問い掛けると、きっちり焦りが兄の顔に浮かんだ。予想通りだから安堵し、同時に少し、不満。
「いや、ごめん、可愛いなって思って」
 思いがけず直截な褒め言葉に、今度は秋葉が黙らされてしまう。
「なんか、お姫様な感じだね、こういう格好だと。ドレスみたいだ」
「ドレスには違いありませんよ、スリップドレスですが。それで、姫の元にやって来た兄さんは、王子様ですか?」
 期待はしないように努め、だけど望んでいた、愛しい人。白馬に乗った、とまでは思わなかったにせよ。
 自分の言葉に促された秋葉は、抱き付こうと腕を出しかけ、しかし、止められる。
「いや、王子様だったら、夜中に姫様の部屋に忍んできたりはしないんじゃないかな?」
 志貴は、秋葉の手を取って押し戻す。
「では、どちら様?」
 野暮天の兄がどこまで着いて来るだろうかと、頬が緩む。
「そうだな――」
 何か気の利いたことを言わないとご機嫌を損ねそうだと恐れ、滅多にないことだが、何者かが志貴の耳元に囁いてくれたらしい。
「――意に染まない政略結婚が明日にも迫って沈んでいるお姫様を、いつかの約束どおり奪いに来た大泥棒。なんてので、どう?」
 自分で考えたわけではなく、思い出したまま口にしただけ。しかし、志貴のその返答があまりに予想外だったから、きょとんとして、秋葉は兄に気まずい思いをさせてしまう。気付いて、慌てて、首に腕を回して寄りかかった。
 望んだ相手は泥棒なんかじゃないし、間近に迫ってこそいなかった。それでも秋葉には、思い返さずにはいられないことがあった。
「じゃあ、連れ去って下さい、泥棒さん」
 いつもこんな風だったら……それも困ってしまいそうね。
「よし」
「きゃっ?」
 いきなり抱き上げられて、しがみ付く。新郎が新婦にするような姿勢だと思い、それで何処へ運ばれるのか予想して、秋葉は一人で頬をまた赤らめる。もとより、そのために兄は来ているのに。
「そういえば、“お姫様抱っこ”だよね、これって」
 とぼけて言いながら、しかし、いきなり志貴は開いたままの出口をくぐった。
「兄さん?」
 素に戻って声を掛ける秋葉に、志貴は大泥棒のまま返事する。
「夜明けまでに逃げなければなりません、秋葉姫」
「何処まで?」
 ふたたび調子を合わせ、秋葉姫などと呼ばれたことが、馬鹿馬鹿しくも楽しくなる。
「何処までも……追っ手の無くなるまで」
 ふふふ、と笑う秋葉を、流石に横抱きのまま歩くのは厳しいのか、志貴は肩に担ぐように抱き直した。それでも、体が弱いと思っていた兄の意外な力強さを嬉しく思う。
「ひゃっ?」
 腿に触れられている恥ずかしさ押されて、自分で歩くと申し出たものかを迷っていたら、それどころかお尻を撫でられた。
「姫、暴れては危険です」
「そんなところ――お触りに、なるからですっ」
 そんなことをするなら、楽をさせてやる必要もない。それで結局、最後まで秋葉は志貴に乗っていた。繰り返し、お尻に悪戯されて声を上げさせられながらも。
 むしろそれを好んで言い出さなかったとは、気付いても秋葉は認めない。
 下ろされたのは、中庭に出る扉の前。
「あの、外へ?」
「うん。少しは、暑いのもマシだろうし」
「そうですね。では、先に出て少し待っていて下さい。何か、飲み物でも」
「OK――いえ、先に様子をうかがって参ります、秋葉姫」
 思い出したように志貴が調子を変え、秋葉も応じた。
「はい。お気を付けて」
 厨房に向かった秋葉を後に、志貴は中庭に出る。周囲を油断無く見渡す真似だけはして、寝椅子に腰を下ろした。
 円い月があまりに明るくて、雲ひとつ無いけれど、満天に星が輝くとはいかない。期待はずれにも、庭はあまり涼しくなかった。ただ、強くなった虫の声が、少しは秋の気分を与えてくれる。
 少しと言うには長い待ち時間になったが、志貴は、苦にせず夜空を眺めていた。さっきから便利に引用している漫画の内容を思い出しながら。
 秋葉があれを読む機会があるとは思わず、利用したけど。でも、晶ちゃんの持ち物となると、何かの拍子に秋葉の目に留まることもあるかもしれないなあ。
 そうなったら、それはそれで仕方ないだろうと、志貴は思う。笑われるかと心配したのに、秋葉は上機嫌みたいだから、このまま押し切ってしまえば良い。
 記憶を辿り、それなりにシナリオを吟味したころ、扉が開いて、秋葉が姿を見せた。銀色の月の光の下だと、衣服と肌の白さが殊更に際立っている。スリップって下着じゃなかったっけ、などと考えている志貴のところへ、トレイにグラスを二つ載せて秋葉が歩いてくる。
「兄さんは、あまりワインを喜びませんから。アールグレイですけど、大丈夫ですか?」
 氷の浮いたグラスを受け取り、涼やかな音を立ててストローで掻き混ぜる。月光では、中身の色までは見て取れない。
「アールグレイ……って、紅茶だっけ」
 返事を待つのでもなく、冷たい液を吸った。甘く薫り高い紅茶が、いっときながら暑気を追い遣ってくれる。
「ん、美味しい。ありがとう、秋葉」
 ふふ、グラス一つにストローだけ二本挿してくれば良かったかしら。いや、それなら別にストローも。
 そんなことを自分で考えて照れくさくなり、大人しく秋葉もストローを咥えた。下品な気がして、以前はこんな飲み方は好まなかったのだが、志貴と同じ所作をするのは嬉しいこと。
 言葉を交わすのが憚られる中、角のあるグラスの紅茶は、混ぜるたびに氷が鈴の音をたてる。飲むに連れて、音が高くなる。そうやって、虫の演奏会に二人でしばらく参加した。
 そんな、会話こそなくとも満たされた時間のあと、秋葉は先程までの会話を思い出した。
「泥棒さん、追っ手は無いみたいですね?」
 唐突だったが、幸い、志貴はちゃんと答えられた。
「そのようですね」
「なら、今夜のうちに。私と」
 口付けをねだるように、腕を絡める。
「姫――本当に、良いのですか? 私などで。こんな、何処の馬の骨とも知れぬ男と来てしまって」
「はい」
「今なら、まだ戻ることは叶います、昼間の世界にも。考え直さなくても良いのですか?」
「いいえ。私は、貴方と」
 迷い無く答える秋葉を片腕で抱き締め、しかし口付けは止めながら、志貴が続ける。その実、笑ってしまわないように掌に爪を立てつつ。
「女は、愛する男よりも、愛してくれる男と共にあった方が幸福になれると申します」
 流石に少し戸惑いつつ、それでも、秋葉は応じた。
「はい。しかし、私たちは愛し合っているではありませんか。そのいずれかを選ばねばならぬ次第ではないはず――それとも、貴方が私を愛して下さっているなど、子供じみた幻想だったのですか?」
 志貴の読んでいた漫画は知らない秋葉だが、もっと上品な類のこの手の物語なら、知らないわけでもない。やっぱり笑いを堪えているが、秋葉の方は、それもいくらかは喜びのせい。
 志貴もまた、しっかり返されて狼狽しながら、何とか続ける。たとえ、こんな遊びでも、今の問いにノーと答えなかった時の秋葉は想像もしたくない。
「いえ、秋葉姫――」
 愛しております、と告げようとしながら、言葉尻は誤魔化してしまう。
「なら、迷うことは何も。貴方となら、地平線の彼方までも」
 今度は上手い返しが浮ばず、志貴は、ただ抱き締めて間を持たせる。愛している、ともっとまともに言って欲しい秋葉もまた、上手い催促は出てこなかった。
「判りました。ならばこの場で、夜明けの来ないうちに」
 両腕で、しっかりと秋葉の華奢な体を抱き留めた。
「でも、教会も神父様もありませんね、ここでは」
 志貴の体温と匂いに心臓を脈打たせながら、まだ秋葉は芝居を続ける。もう、今夜のおかしな志貴には存分に満足していたのだが、続けられるならそれも良し。
 幸いにも、志貴の読んでいた漫画には、一連の同じような場面があり、まだ続きが使えそうだった。
「大丈夫です。我ら二人、この夜空をチャペルに」
 秋葉の体を離し、天を仰がせた。晴れ渡る空には、月明かりに押されながらも、星々のシャンデリアが煌めいている。
「いえ、それも、神父も必要は無い。結婚の儀式など、つまらぬ形式でしかありません」
「良いのですか? それで」
 秋葉自身は、いつか正しく儀礼を成すことを求めている。相手が兄では、それも難しいところだが。
「はい。教会の婚礼の誓いは所詮、“命ある限り”です。しかし、愛は永遠です」
 どうにかそれを言い切り、そして堪えきれず、志貴は吹き出してしまう。せっかく感動しかけたのに、台詞を噛みしめる間もなく、つられて秋葉も笑った。
「もう、せっかく良い感じでしたのに」
「ははは、俺にしちゃ頑張ったとは認めてくれない?」
「それは……」
 気持ちの上では優でも秀でも出してしまいそうなのを抑え、秋葉は、厳格ぶって告げた。
「そうですね、“可”なら差し上げます。ぎりぎり及第点ですね」
「厳しいなあ」
「肝心のところでミスをしたのでは、そんなものです。せめて、誓いのキスぐらいまでは成功させて頂かないと」
「そうか、残念」
 確かに、もう少しシナリオはあった。
 秋葉としては、このまま白けてしまうのも惜しくて、再開の方法を探す。
「でも、ちゃんとお願いして頂ければ、追試のチャンスは差し上げても良いですよ?」
 勝手な言いっぷりだと自覚の上で、頬を熱くしながら、秋葉が囁いた。
「“可”が取れてるなら追試ってのも変だと思うけど。うん、でも、お願いしようかな」
「しかたありませんね。では、何処から?」
 言われて、志貴は思考をめぐらせる。何処かからやり直せば良いってものでもあるまいし、それに、同じところでまた笑ってしまいそうだ。
 それで、いっそ先に進めてしまうことにして、秋葉の左手をとる。掌と甲とに、口付けた。
「ん……」
 お互い全身、ほとんど何処にだってキスしたことはある。なのに、この接吻には奇妙に心弾んだ。
「指輪の用意はできませんでした。今夜に間に合わせて辿り着くのがやっとで」
 指輪などと志貴が口にしただけで秋葉は驚き、嬉しくなる。薬指だけ噛んだりしているのも、無意味ではあるまい。
「いえ、そのようなこと……」
 ここで、オモチャで良いから指輪があったら。
 しばしば愚鈍、朴念仁などと罵られる志貴がそれを思えたのは、これまた、借りて読んだ漫画のお陰。いつの間にか大泥棒は、しっかり指輪を用意していたから。
 だけど、そのシーンはちゃんと参考になる。
「でも、代わりに贈りたいものがあるのです。泥棒らしく、真っ当なものではありませんが」
「はい、何でしょう?」
 秋葉の左手を握ったまま立ち上がり、志貴は天を示した。
「あれですよ」
「はい?」
 並んで立ちながら、まだ何のことやら判らず、秋葉は悔しくなる。
「参上が遅くなってしまったのは、あれを盗みに出ていた故」
 夜空に輝く銀の鏡を、志貴は指さしている。
「あの空の月を、お贈りしましょう」
「月――ですか?」
 突拍子もなくて、志貴は何処か悪いんじゃないかとか、何か裏があるんじゃないかとか、勘ぐってしまう。しかし、努めて、そんな考えを閉め出す。いや、努めるまでもなかった。
 何か出典があろうと、志貴が何かしら後ろ暗くて必死に機嫌を取っているのだろうと、構わない。現に今、こんなに楽しく喜びに満たされているのだから。
「はい。受け取って頂けますか?」
 そうは言われても、どうやって受け取れば良いのか。秋葉が当惑する以上に、志貴も心配だった。漫画では、ちゃんと成立したけれど、と。
 幸運にも、恋人は聡明だった。志貴の言葉を辿り直し、秋葉は正しく答えを得る。天の月は、いつもと変わらず空にあるのに、志貴はあれを盗んできたのだと言う。そして、秋葉に贈るから、受け取ってくれるかと問われているのだ。
 ならば、容易なこと。
「はい。確かに、お受け取り致しました」
 ただ、そう答えれば良い。
 もう、虫の声を耳に入らない。夏の名残の暑い夜も、意識に登らない。
 向き合って、自然と互いの背に腕を回し、引き寄せた。
 眼を瞑り、静かに唇を触れ合わせる。そのまま押し付け、ゆっくりと舌が突き出され、絡んだ。
 短いが、熱い接吻。腰が砕けて倒れそうになる秋葉を、志貴は抱き締めて支えてやる。
 蕩けたままの秋葉に、からかいの声を志貴が掛ける。
「うーん、誓いの口付けにしちゃ、えっちなキスだったね」
「もう、えっちなのは兄さんですっ」
「酷いなあ、また俺のせいにして」
 再び、抱き締めてキスする。今度は、なんの遠慮もなく唇を貪り、舌を吸い、唾液を混ぜ合わせる。背中をさする志貴の手の感触と相まって、また、秋葉は陶然とした。お陰で、志貴のしていることに気付かなかった。
 するんっ、とお尻を撫でられるまで。
 すっかりスリップドレスを捲り上げられていて、志貴の手は、ショーツしか介さず撫でたのだ。そのまま、片手は更に登って背中をまさぐり始める。もう一方の手は、お尻の谷間に指を沈めようとしている。
「ちょっと、兄さんっ?」
 名残惜しくもキスを打ち切り、志貴の腕から逃げようとする。しかし、触れられた肌は既に理性を裏切っていた。快くて、もう身を任せてしまいそう。
 それ自体は、何ら構わないのだけど。
「駄目です、こんな場所でっ」
「言ったじゃないか、夜明けまでに“この場所で”って」
「そんなっ」
 お尻を引き寄せられて、下腹部を密着することになり、気が付いて秋葉は観念する。志貴は、すっかり男のモノを逞しくしており、秋葉はそれを嬉しく思ってしまったのだ。もっと言えば、秋葉にしても、女のモノを既に潤わせている。
「節操がないのですね、泥棒さんは」
「そうです。盗めるものは早く盗むに限りますので」
 言うが早いか、志貴は秋葉のスリップを更に捲り上げる。降参して秋葉は両腕を挙げ、脱がされるに任せた。
 これでもう、あらかたの肌を夜に晒すことになる。
「ブラ、してないんだ」
 月光を浴び、ショーツと靴だけを残した秋葉の裸体に魅せられて、間を持たせようと志貴が囁く。手を伸ばせば疑いなく受け容れて貰えるがために逆に生じる、束の間のためらい。触れても消えたりしないだろうかと、意味もない恐れに手を押えられている。
 隠そうかどうかと迷いはしたが、秋葉は、見せることを選ぶ。兄の視線が胸のあたりをさまようのが、羽毛でくすぐられているほどに感じられる。
「ご存じでしょう、寝るときにまで着けるほどのものでないことはっ」
 いくら、ありのままの自分を愛してくれようと、ふくよかで女らしい体への憧れは残している。
「でも、綺麗だ」
 志貴は、秋葉の前にひざまづき、背中に両手を回して引き寄せ、胸の間に口付ける。それだけで官能に打たれながら、もしもっと乳房が豊かだったら谷間に顔を埋める格好になるのになどと、秋葉は残念に思う。
「秋葉の胸、柔らかくて気持ち良いよ」
 頬を押し付け、片手で慎ましいふくらみを押え、ゆったりと背中を撫で始める。秋葉の体は、いつも優しい匂いがする。ボディソープやシャンプーに混じって、秋葉そのものが微かに香る。
「あっ……」
 秋葉が感じているのは、体の快感と言うよりもっと繊細な、天使の羽根に撫でられるみたいな陶酔。肌の上を志貴の舌が這い回っているのに気付いて、官能と羞恥が押し合い始める。発達していなくて恥ずかしいからあまり触れられたくないと、確かに思っているのに、ここを愛されるがとても嬉しいのまた、確か。
「ん……っ」
 唇が乳首に近付くにつれ、肌の下の心臓の脈打ちが速くなる。怖いものを、どうしても指の間から見てしまうような感情の揺らぎ。
 大きく開けられた志貴の口が、乳首を覆った。だけど、それ以上は何もされない。そのまま離れてしまい、もう一方の胸の先端を同じように包んで、やっぱりそのまま離れる。
「……兄さん?」
 志貴が、こういう意地悪をするのは珍しくはない。
 再び志貴は、秋葉を横抱きに抱え上げて、寝椅子の一つに横たわらせる。志貴が使うようになって、柔らかな寝心地に繕われている。
「あん……お月様に、見られてます」
 夜空に輝く宝珠が目に入り、屋敷の外でことに及んでいるのを意識させられた。
「大丈夫、あれは秋葉のものなんだからさ」
「ふふ、そうでしたね」
 秋葉に覆い被さり、志貴は、唇を塞いだ。
 軽く触れるばかりのキスを交わして、それから、熱く融けるようにもう一度。恥知らずな行為ながら、ロマンティックにも違いない。息が続かないほどの口付けの後、志貴が囁く。
「秋葉、しばらく眼を瞑ってて」
「はい……?」
 いつもなら、接吻に酔っていても、もう少し怪しんだところ。しかし、それ以上に、今夜は雰囲気に酔わされている。
 特に待たされるでもなく、秋葉は胸元に志貴の手を感じた。両手で、薄いふくらみを丹念に撫で、こねている。くるくると指先にまわりだけを辿られ、さっきからお預けをくわされている乳首が愛撫を欲して拗ねている。
「もう、兄さん?」
 触れて欲しいと口に出すのは躊躇われて、体を捻って揺らしただけ。
 返事はなかったけれど、すぐ、志貴を乳首に感じた。濡れた唇が、焦らすように、のんびりと小さな突起をなぞっていく。
「あん……んっ」
 挟んで、引張られる。温かで柔らかい刺激に、声が抑えられない。でも、唇だけじゃなくて、早く舌を感じたい。
「ふあっ……」
 もう片方の乳首をつつかれて、また声を上げる。
 だけど、次の瞬間、
「ひあっ?」
 頓狂に悲鳴を発してしまったのは、志貴の唇の中が、酷く冷たかったから。
 何が起こったかと眼を見開いたけれど、薄暗くてよく判らない。その上、目の前を手で塞がれてしまう。
「ほら、眼を開けちゃ駄目。言うことを聞かなかったから、ちょっと罰ゲーム」
「いえ、その……」
 抗議はしながら、指示には従って眼を瞑った。
「よし、開けちゃ駄目だぞ? それに、手は体の横」
 命じると、志貴は、手に吐き出していた氷を一つ、再び口に含む。さっきと逆の乳首に口付け、刺激ですぐに堅くなるのを待って、口を開いて吸いつく。
「ひゃんっ!」
 冷たさに、また秋葉は悲鳴。
 しかし、流石に絡繰りには気付いた。
「冷たいです……」
 自分が用意したアイスティーの氷の残りだ。
「ふふ、眼、瞑ってなきゃ駄目だぞ?」
「あぁん……」
 ストローから、薄くなったアールグレイの雫を垂らす。冷たさに震える秋葉の肌を、今度は舌で温めてやる。
「こんなこと、しなくても秋葉の肌は甘くて美味しいけどな」
「うふ……んっ……ひんっ」
 小さな氷を肌に滑らせ、志貴は、秋葉を思うまま喘がせる。冷やされているはずなのに、肌は熱くなるばかりだ。
「んっ、ひゃぅっ、んぁんっ……」
 乳首を氷で転がしてやると、良い声で啼いた。その後、舌で舐ってやれば、また違う唄が聴ける。ふくらみこそ控えめだが、感じやすさは格別なのだ。
 指と、氷と、舌と。感触が違うから、いつまでも鮮烈に快感。でも、舌が一番好きだと秋葉は思う。
「んんっ……あぁっ!」
 冷たい水が臍に流れ込んで震え、途端に志貴の舌に潜り込まれて、もっと悶えた。
 辛うじて、秋葉は言いつけ通りに眼を閉ざしている。気配で察して唇を差し出したら、果たして、志貴が重ねてきた。舌を出してこないから秋葉にも予期できた通り、小さな氷を口移される。
 どうしたものかと思う間に、噛み砕いてしまった。再び口付けられて、志貴の舌の温かさが沁みた。離れようとする志貴を何度も追いかけて捕まえ、長い長いキスを味わった。とうとう逃がしてしまったとき、律儀に瞼を下ろしているから、気配の遠くなるのが不安で寂しい。
「じゃあ、今度は……」
 独り言みたいな志貴の呟きに、秋葉は全身で警戒する。聞き慣れてしまった、何か良からぬことを企んだ調子だから。それでも眼を開かないのは、びっくりさせられるのも楽しみだから。
 膝を持ち上げられ、太腿を撫でられてから、ふくらはぎの方に志貴の手が滑って行く。意図を察して秋葉は慌てて脚を引き戻しかけ、でも間に合わす、掴まれてしまう。
「駄目です、そんな……」
 声を発したときには靴を脱がされて裸足。言い終わらぬうちに、そこにキスされていた。
 風呂上がりの、ホントに汚れていないと思えるときだったら、まだしも……。
 初めてじゃないけど、震えてしまう。駄目、と繰り返す言葉もすぐに弱くなる。とても口にできないような破廉恥な行為にも耽ってきたのだ、今さらとは思う。それでも、こればかりは、無性にイケナイことをしている気分になるのだ。
 しかし、イケナイことは楽しいなんて、とってもイケナイ思想を志貴に吹き込まれてしまっている。
「ああんっ、駄目です、泥棒さん、そんなこと……」
 他のことに気を逸らしたくて、そんな余裕はあまり無いのだが、無理して遊びを思い出す。
 足の裏に唇を付けられるのは、くすぐったい。吸われたり舐められたりしたら、なおさら。足指をしゃぶられたら蕩けてしまうのは知っているから、力を込めて固めていた。なのに、キスされているうちに開いてしまう。
「ふふ、秋葉姫、今さら私が変態だと気付いても遅いですぞ?」
「あん、泥棒さんは変態なんかじゃっ」
 返した途端、思い切り吸い付かれて息を呑む。
 恥ずかしいけど、感じてしまう。コードでも繋がっていそうなぐらい、足先への刺激が脚の付け根の秘めやかな部分に響いてくる。指の間をひとつひとつ開かれて、執拗に舐られて、こんな末端を弄られているだけなのに体の芯から崩れていく。
「では、姫様ともなれば、下賤な民草になら足を舐めさせるのも当然のことなのですな」
「そんなっ……」
 愛しい人が、自分の足なんて舐めている。酷いことを強いているみたいで罪悪に感じ、でも気持ち良い。そこまでしてくれるのが嬉しくて、でも申し訳なくて酔いきれない。埒外のわがままに従わせている征服感もあり、そんな嗜虐を恋人に向けている自分が怖いけど楽しい。でも、実のところ責められているのは自分。
「秋葉姫、こちらの足は?」
 捕まえて、もう志貴は靴を脱がしている。拒絶のつもりで足首を振る秋葉だが、志貴には、催促しているようにしか見えなかった。
「では、仰せのままに」
 恭しい仕草で口付け、同じように可愛がってやる。二つ並べて、どちらが敏感か調べてやる。
「あ……」
 されてしまえば、気持ち良くて拒めなくなる。
 志貴にしてみれば、愛しい少女の体に口付けることに、さして抵抗はなかった。それが足であることなど、取るに足りない。いや、志貴とて、屈辱的であり得ることとは思うのである。マゾヒスティックな官能も、感じていないわけではない。しかし、秋葉の反応があまりに鋭敏で、駄目とばかり言うものだから、責める快感が勝っている。
「駄目です、兄さんっ」
 やがて、やっと甘美な呪縛から逃れ、秋葉は足を引っ込める。もっとして貰いたかったという願望を追い遣りながら、お返しを考える。
「……今度は、兄さんが座って下さい」
 告げられた志貴は、従順に寝椅子に腰を下ろした。
「こんなになさってるのに」
 寝間着を持ち上げる柱に、手を触れる。ズボンを引きずり下ろすと、凶悪に思えるほど堅くなっていた。
「じゃあ秋葉は、お尻をこっちに」
 求められたことを理解したけど、ためらってすぐには従わず、ぐずぐずと志貴の腰から下を裸にする。経験はあるし、舐めっこするのは素敵だったけど、羞恥も掻き立てられて。
「ほら」
 良い子だ、とばかりに頭を撫でられ、やっと応じた。
 良い子はこんなことしないでしょうけど、などと思いながら。
 まだ薄布に守られているとは言え一番恥ずかしいところを兄の目と鼻の先に晒し、自分も、兄の下腹部に顔を寄せる。
「とっくに洪水だったんだ、秋葉」
 脚の間の柔らかな肉を、ショーツの上から指先で押す。くちゅ、と沼みたいに水気が湧いて来る。それだけのことでも快感に打たれてしまい、秋葉は黙り込む。迷いのない志貴の指は、鋭敏な尖塔を捉えて引っ掻き始める。
 愛しい男の持ちものに、秋葉は頬を寄せた。まだそちらには触れず、手で、そっと袋を包んで愛撫する。びくびくと竿が震えた気がする。
「イヤラシイお姫様だなあ」
 布地越しに女の園を擦りながら、志貴がからかう。美神の名を冠する丘に口を付けて、染み出た蜜を味わう。恋人の匂いが甘酸っぱい。
「泥棒さんのせいですっ」
 意味不明の返事をしつつ、志貴の怒張を目の前にして、体の芯がますます熱くなる。
 これが、あんなに私をおかしくしてしまうのね……。
 いつも苛められているのだから、少しぐらい憎らしく思っても良さそうなのに、秋葉には兄の凶器が愛しくてならない。とうとう下着の中に潜り込んできた指に喘がされつつ、少しは意地悪を仕返してやろうと、ただ睾丸を揉みながら息ばかりペニスに吹き付ける。
 ショーツを脱がされてしまう間だけ離れ、再び顔を寄せたら、思わず牡の匂いに鼻孔を満たされてしまった。良い匂いだとは思わないのに、どうにも惹き付けられる。秋葉の方が我慢できなくなって、とうとう、唇を触れさせた。
「うっ」
 志貴が小さな声を漏らす。途端に、秋葉も喘がされた。あっさりと、女の中に指を入れてきたのだ。
「こんなにトロトロになってるよ、秋葉のここは」
「ぁんっ、兄さんこそ、こんなに」
 ぺろり、ぺろりと舌を使いだす。もっと焦らしてやりたいのに、志貴はどんどん責めてくるから、抑えが効かない。頬ずりして、横に咥えて、唾液まみれにして。でも、意地を張って、穂先には触れずにいた。
 流石にもどかしくなり、志貴は脚をばたばたと動かす。
「ふふ、どうかしたましたか、兄さん?」
 いつも自分がさせられてしまうような、おねだりをさせたかった。でも兄は答えず、代わりに、お尻の谷間に攻めて来る。
「ひゃっ?」
 腰が引けたところを捕まり、抱き締められて、下腹部を顔に押し付けてしまう。そのまま、たっぷりと秘唇と花芯を啜られる。
「ぁあっ」
 腰から砕けながら、愛撫に応えようと、秋葉は顔を起こした。またお尻の谷間をつつかれ、はっきり後の孔を狙っているのに気付かされて、矛先に口付けた。
「お尻、駄目ですっ」
「ああ、そうなの?」
 かぷりとペニスを咥え、舌を絡める。駄目と言われて止める志貴ではないと知りつつ、しっかり愛撫すれば許してくれるかも知れない。慣れない姿勢で不自由しつつ、唇で包んで頭を振り動かす。
「あう、舌っ……裏……」
 志貴の言うことが、何とはなしに判った。普段と逆を向いて咥えているから、舌の当たり方が違う。先っぽを舌でくるくると舐め回すと、秋葉にしても、いつもと違う舌触り。
 感触の小さな違いが新鮮に思えて、志貴は急速に昂ぶった。でも、秋葉を先に絶頂させたくて、指と口の動きを速める。やっぱり、お尻の穴にも悪戯する。指が密で潤っているから、少しぐらいはすぐに入ってしまう。
「気持ち良いところなんだったら、可愛がってあげないとね」
「んあんっ! 違っ」
 いや、違わないのだが、違うのだ。
 声を上げて、秋葉が悶えた。止めてはくれないと覚悟を決めて、更にフェラチオに熱を込める。
 顔を愛液で濡らしながら、志貴も秋葉の女をしゃぶり続ける。やわらかな肉が美味しそうで、食べてしまいたい。そうは行かないから、ただ、舐めて味だけ堪能する。志貴にしても、気を抜いたらすぐに吐精してしまいそうで、気を紛らせようと愛撫に没頭している。
「あっ、んっ……」
 力が抜けて、秋葉は口に含んでいられない。袋と先端とを手で覆って、せめてもと竿を舐め続ける。お尻に侵入している志貴の指が、全身の動きを狂わせている。違和感と快感で、がたがたと身を震わせてしまう。
「ひあぁっ……ふぁぅ! にいさ、ん……」
 クリトリスを吸われている。返礼の愛撫が続けられない。ただ、頬を擦り寄せて愛着を表す。
「良いよ、先に……」
 ずぶ、と奥深くに指を入れられ、敏感なあたりをぐりぐりと責められた。尿意を催すような、じっとしていられない官能。体は逃げたがっているけど、もっとして欲しくて、ついつい腰を揺らしている。
「ひゃあんっ……ふぁあ、んぁっ……」
 つぷ、と、またお尻に指先を。ちゅう、とクリトリスを。知らず、志貴の内腿を握り締めている。危うく、ペニスに噛み付いてしまいそうだった。
「はあっ……」
 ひときわ高く声を上げ、宙に浮いた。そんな気がした。真っ白で、見えていないけど飛んでいきそうで、怖くて志貴の脚に爪まで立ててしまっていた。
「んっ、ぁ、はんっ……」
 背骨の付け根から頭の天辺まで、熱い蜜を流されたみたい。それから溢れて泡立って、体中を流れていく。
「はっ……あ……」
 短くも速い飛行は終わり、秋葉は、まだ志貴が達していないのを思い出す。さっきから頬ずりばかりで焦らされたペニスは、隆々と目の前に勃起している。一緒に絶頂できなかったのが寂しくて、埋め合わせようと思った。
「今度は、兄さん……」
 快感に痺れたままの体を起こし、口を大きく開けて、愛しい凶器を受け容れる。唾と、先走りの液とでどろどろの性器を、存分に愛する。息苦しさも意に介さず、喉の奥まで突き込ませる。顔を傾けて、頬の内側を擦り付ける。
 こすれ合う粘膜が、ついでに溶け合ってしまいそうだ。
「あぁ、あきは……」
 目の前で揺れる下腹部を眺めながら、逆らわず、志貴は秋葉の奉仕に身を任せた。臍の下のあたりで、何か沸き立っている。睾丸を揉まれて、沸騰が加速する。秋葉の喉の奥にあたるのが判る。
 長い髪を振り乱して、秋葉は頭を揺する。ちゅぷちゅぷ、零れた唾で濡れた音がしている。またお尻を撫でられて、一瞬びくりとしたけど、それ以上は責めてこない。
「良い、よっ」
 しっかり感じてくれるのが嬉しい。
「はうっ」
 先端に吸い付かれ、舌で巻かれて、最後はあっけなくそれで達した。
 声も掛けてやれなかった。
 どくん、と、口に弾けさせた。
 秋葉は、いきなりで驚きながらも、吸い付いてしっかり受け止める。まだ脈打っているうちに、亀頭に頬を擦り付けてやる。
 くすぐったい快感に悶え、志貴は踵を踏みならす。
「ぁうっ……」
 とくんとくん、と残滓が溢れてくるから、秋葉は顔中に塗りたくる。もう一度咥えて、綺麗にしてやる。精巣をさすり、根元から握って絞り出し、吸い尽くすばかりに求める。
「ちょっ、それぐらいだってっ、秋葉っ」
 焦った声を耳にしてやっと顔を上げ、志貴の方に向き直って、うっとりと喉を鳴らした。己で塗りたくった精液を指で集め直し、その指をしゃぶる。水飴でも舐めているようで、しかし、そんなに無邪気な気配でない。
「やっぱりえっちだなあ、秋葉」
 一見して可憐な恋人の淫ら極まる仕草に、揶揄と言うより感嘆して、志貴が囁く。
「兄さんこそっ……」
 条件反射のように言い返しながら、志貴の性器が萎えきってはいないのを眼にする。
「ほら、いま射精されたばかりですのに」
 指を絡めてやれば、まだ、くすぐったそう。それでも、指の中で再び堅さを増すようだ。
「ふふ……泥棒さん、悪い人」
 囁きながら、秋葉は志貴の体に跨る。自分から迫る言い訳を思いついたのだ。
「ん?」
 逞しい姿に戻ったペニスに手を添えて、秋葉は己の女の部分を狙わせる。
「いや、ちょっと休憩っ!」
 いつもなら、こんな言葉は秋葉が言わされている。逝ったばかりで敏感過ぎて辛いぐらいなのに、すぐさま責められて、変になってしまうのだ。
「私から、つつしみを盗んでしまわれましたね」
 逆襲の悦びに酔いつつ、流石に耳まで赤くしながらも躊躇することは無しに、腰を下ろして自らを貫かせた。
「あぁんっ」
「くぅっ……」
 秋葉にしても、逝ってそれほど間が無いのは同じ。快感の残り火に油を注ぎ、崩れそうになる体で腰を使う。志貴が快感に悶えているのが、愉悦。
 夜空を背景に銀色の月の光に浮かび上がる秋葉の裸身が、美しくも、儚くて蜃気楼めいていた。自分を包む蜜壺を生々しく感じているのに、捕まえないと消えそうに思えて、志貴は体を起こして手を伸ばす。
 霞と消えることもなく、秋葉は志貴の腕に納まった。
 温かい肌が、欲情の中で束の間の静穏。
 汗の匂いは、互いに媚薬。
 口付けた。
 飽くことなく舌を絡めながら、秋葉は小さく腰を揺らし続ける。そんなことができてしまう己に恥じらいと誇らしさを共に覚えた。
 自分だって、ちゃんと恋人を楽しませてやることはできるのだと。
「はふっ……」
 背中を撫でられて仰け反り、逃げるように志貴に抱き付く。しかし、それでは余計に逃げ場を失う。両手で思うまま撫でまくられて、堪らず志貴の肩に噛み付く。
「つっ、そういうことすると……」
 あ、と思う間もなく、志貴の指がお尻に攻め入っていた。するすると谷間の奥に潜り込み、後の孔を捉えて、また指を入れられてしまった。あっさり受け入れる自分の体が恨めしく、やっぱり志貴のせいにしておく。
「ぁあんっ、もう、お尻、駄目ですっ」
「うん、凄く感じるみたいだね、ここも」
 関節二つぐらいは潜り込んでいる指から逃れようとするみたいに、あれこれ腰を揺らした。でも、志貴の手がぴったり貼り付いていて果たせない。複雑に前を突かれて余計に感じるばかり。
「ふぅんっ、あぁっ……はう……」
「ん、かあっ……」
 今にも搾り取られるばかりの快感に抗いながら、志貴は、前からも責め始める。クリトリスを探って、弄り倒してやる。
「ひゃあ、あっ、そんなっ……」
 不意の刺激に跳び上がり、ずる、と膣の中を擦られてまた喜悦。動けずにいたら、乳首に吸い付かれる。お尻で指が蠢いている。
「ぁんっ、ちょっ、だめっ……」
 志貴の頭にしがみつく。感じ過ぎて辛いのに、また腰を沈めて自ら串刺し。乱れっぷりを自覚したって、とまれない。止まろうとしない。前後から弄ってくる指に操られている人形みたいに、秋葉は腰で螺旋を描く。8の字を書く。
 消えてしまいたいほどの羞恥を覚えながら、それでも志貴を貪っている。お尻をどんな具合に振ったら気持ち良いのか、勝手に探している。
「んっ、んっ……」
 それだけは赦しておいて欲しいって類の愛撫ばかりされても、いっぱい恥ずかしいことをされて泣きそうでも、秋葉は、己を貫く男が愛しい。何度でも志貴が欲しい。意地悪されるのだって、ほんとは楽しい。
「はんっ……」
 己の指を噛む。蜜声を抑えようとして口に入れたのに、すぐフェラチオを思い出してしまい、しゃぶり始める。舌まで官能を感じてる。
 未だ頭の上がらない相手ながらも、志貴には、腕の中の少女が愛しい。どれだけ求めても満たされないほど、欲しい。か弱い恋人なのに、向き合ったら縮み上がらされるのだって、ほんとは楽しい。
 目の前で秋葉が自分の指を吸っているから、もう一方の手を取って、志貴もその指に吸い付いてやる。細い指は、ミルクキャンディみたいに甘く思えた。幾ら舐めても無くならない、天上の甘露。
 腰を使うのは秋葉に任せ、志貴は、また前後からサンドイッチして責めてやる。
「んっ、んふっ、うんっ……」
 身を焦がす快感で眼の焦点も合わないみたいなのに、視線はしっかり絡んでいる。性感に蕩け切った姿を見て、自分もそうなんだと意識する。
 その意識も、快感に融けて混ざって二人ぶん一緒になっていく。
「はあっ、ふぁうんっ、ひああっ」
 指を吐き出し、秋葉は思い切り声を上げ始めた。もう、抑えるとか何とか考えられない。
「あ、きっ、はぁ……」
 ままならないが、志貴は下から突き上げてやろうとする。自然とリズムが合って、快感が倍にも思えた。
「んぁぅ、そん、なっ……!」
 もう絶頂しそうで、秋葉はまた、愛する男に抱きつく。志貴も、抱き返す。繰り返してきた愛の営みが、互いの限界を判らせている。
「にいさ、んっ……」
「あき、はっ」
 羽化登仙。
 一つに溶け合った幻想と、浮遊感。体の奥から何か溢れていく気がするけど、たぶん頭の上あたりで絡み合ってるから大丈夫。指先も爪先も、髪の毛の先までも、快感に痺れている。
 弾け飛ぶばかりの絶頂感に逆らわず、秋葉は身を委ねた。出来れば今度は一緒に、という初めの願望は、自然に満たされていた。達しかけて痙攣するような秋葉の体に、志貴もまた耐えようとはせず、思い切り精を放った。
「ふあっ……はぁ……」
「くぁ……」
 吐精の瞬間、折ってしまいそうなほど秋葉の体を抱きしめる。その痛いぐらいの抱擁が秋葉の幸福な絶頂を閉じ込めて、酸素が足りなくなるまで仙郷に留まらせた。
 そんな、たゆたうような一体感もいずれは醒めて、地上に戻る。
 いつの間に寝そべっていたのか覚えていないけど、抱き締めあったままだったのは覚えている。何も考えないまま、口を吸っていた。
 相変わらず蒸し暑い夜も、火照ったままの肌に比べれば少し冷たく、心地良い。でも、互いの温もりもまた、安らぎ。
 まだ終わらない虫の合奏の中、互いの呼吸と鼓動の音を静かにずっと聞いていた。
「ふふ……」
 やがて、不意に秋葉が笑う。
「ん……?」
「いえ。泥棒さんに、何もかも盗られてしまったのも、仕方ないことだったと気付いたんです」
 頭を持ち上げて志貴の顔を覗き込み、口を開いた。
「へえ?」
「ええ。私……泥棒さんに、ずっと昔、とんでもないものを差し上げてしまいましたから」
 判らない様子の志貴に微笑みかけて、秋葉は続ける。
「私、兄さんに……魂の半分、あげてしまっているでしょう?」
 無論、微塵も非難する調子ではない。
 それからまたしばらく、二人、虫の演奏と心臓のドラムに耳を澄ませた。
「……しかし、秋葉姫。私には一つだけ、姫に奪われてしまったものが有りますよ」
 問い返す代わりに、秋葉は顔を上げる。小さく首を傾げて、続きを促した。
「私の……。いえ」
 言いかけた志貴は、吹き出してしまいそうで、秋葉の視線から逃れようと顔を胸に抱きとめる。眼を合わせたがる秋葉が抜け出ないうちにと、急いで告げる。
「俺の心、とかさ?」
 口にした志貴以上に赤くなって、秋葉は顔を伏せる。
 まったく、今日の兄さんって、どうしてしまったのかしら。
 照れ隠しなのか、志貴は、最愛の少女の髪をぐしゃぐしゃに撫で続けている。
 できれば、茶化さずに言い切って欲しかった。志貴のことなのだ、それは月を欲しがるほどの無い物ねだりかもしれない。
 だけど今夜、約束もなかったのに、その月を志貴は贈ってくれたのだし。
「うふふ……『良』ぐらいですね」

/月下の寸劇 - お姫さまと大泥棒 ・了

 


 

 カリオストロを思い出したなら、もちろん正解です。漫画版ってのは無いと思いますが……(フィルムコミックならあったかな?)。
 ナインハーフとかも思い出したら、それも正解。

 

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