エロス&アガペ


 今なお、シエルは街の浄化を任務として三咲町に居着いている。
 名目として、と言う方が真実に近い。しかし、ロア、ネロ、ワラキアと三人もの祖が現われた街である。曖昧な同盟はあれど監視の対象たる真祖が住まう地でもある。長期の滞在も、少なくとも言い訳は立った。
 夜の巡回も、休むことなく続けている。実際、未だ完全に浄化が終わったとは言えないのだ。通常なら、埋葬機関に名を連ねるシエルが自ら務めるほどの状況では無くなっているとしても。

 しかしながら、今夜の道行きは半ば遊びだった。一緒に行くと言って聞かなかった志貴と、歩みを共にしていたから。
 歩み、とは限らないのだったが。
「……そろそろ終わりってことで良いのかな?」
 ふふふ。
 怯え気味の志貴の声に、こっそりシエルは笑う。
「そうですね、あとほんの二、三歩です。ほらっ」
 恋人の体温を背中に感じながら、跳んだ。
 街灯の天辺から、電柱の頂上へ。
「うわっ」
 身構えていなかった志貴が小さく悲鳴を上げ、愛する女性に絡めた腕に力が篭もる。何度も経験はしているが、凡百の絶叫マシンの比ではない動き。煙るように夜景が揺らぎ、次の瞬間には止まる。慣性など置き忘れて来たかの如くに。
 志貴とて機に臨めば人の身にあり得ぬ体術を見せるが、到底及ぶものではない。三歩目を着いた後も、強ばってシエルにしがみついたままだった。
「ふふふ、遠野くんも、こういう場面では大人しいですね」
 珍しくシエルはフードを被っていて、後ろから抱き付く志貴には表情が伺えないが、からかっているに違いない。どんなときには大人しくないと言われているのか、志貴にも自覚が無いわけでも無かったのだ。
「はは……やっぱり、心臓に悪いですよ、これ」
 仕返しをしようにも、手は放したくないし、フードが邪魔で唇は寄せられない。
 ひょっとして、そのために被ってきたなんてことは……ないかなあ。
 シエルのアパートの傍、暗がりの路地で人通りの無いことを確かめると、電柱から飛び降りる。
 地に足を着けた志貴は、ほっとしながらも、まだシエルに寄りかかる。
「ほら、歩くよりずっと早く帰れたでしょう?」
 着いてくればシエルがルートをショートカットしがちなのも計算のうちだったのだろうと思い、それを大胆に叶えてやったわけではあるのだ。そんなつもりは無かったのだが、見回りに出たせいで恋人を待たせてしまっているのは確かだから。
「うん、その点は感謝しますけど」
 やっと志貴も落ち着き、シエルの部屋に向かう。自然、手を繋いでいた。
 お互いの手の温もりが、夜気に晒されて冷えた体に火を灯すようだった。

「お疲れ様、先輩」
 玄関の扉を閉め、志貴が声を掛ける。
「はい、遠野くんこそ――」
 お疲れ様でした、とは言い損ねた。
 そこで、唇を塞がれたから。
 もう、いきなり。
 思う間もないうちにそのまま抱き締められる。驚きはしたが、嫌がる理由もないからシエルは口付けを受け容れた。
 挨拶代わりとするには熱情の篭もったキス。志貴はシエルの口を貪り、迷い無く舌を出す。いきなりの激しさに戸惑いながらも応じて、次第にシエルも身を火照らせる。
 絡んでくる恋人の舌が甘露で、息苦しくても中断したくない。歯茎やら舌の裏やら、届く限りのところを互いに味わって、溢れてくる唾液を代わる代わる飲み込む。唇を舐められるのが気持ち良い。思うままにしたくて、両手で頭を捕まえる。噛み付くように首筋に舌を這わせ、相手の口は指をしゃぶらせて宥める。立場が入れ替わって、今度は耳を噛まれる。思わず首を竦ませたら、ここぞとばかりに擽られていっそう悶える。
 息を継いだ拍子に、不意に顔を見合わせて、しばしお見合い。
 先輩、許してくれるかな?
 志貴は、また良からぬことを考え始めていた。
 互いの性急な乱れっぷりが可笑しくも愛しくて、また初めに戻って口付ける。焦らすように軽く触れ、頬や鼻や額や、顔中にキスを撒く。顎や瞼や、ぺろぺろと舌を当てる。フードを避けながら頬ずりしあって誘い、吸い付いてキスマークを残す。
 あ、明日も学校……。
 拙いと思いながら、だからって止められやしない。
 やがて我慢できなくなって、唇に帰ってくる。
 ほとんどさっきの繰り返し、ただ、今度は志貴が手をシエルの胸に置いた。法衣の布地越しにもありありと判る、シエルの豊かな乳房に。柔らかに弾む感触に心躍らせ、つい愛撫の手に力が入る。それも痛むほどではなく、欲情を注がれるようで、シエルも胸を高鳴らせる。
 飽きることこそ無いが、接吻にも一段落。今度はお尻を撫で始めた志貴の手を押えるふりだけしながら、シエルは囁く。カソックの強靱な布が、辛うじて志貴の指の侵攻を抑えている。
「もう、いきなりこんな……」
 自分の声のとろけっぷりに、シエルはとっくに上気していた頬を更に熱くする。抱き締め合って、顔は見えていないのが幸い。二人とも、襟元に鼻を寄せたら汗の匂いがして、興奮が知れて欲情の火に油。
「そりゃ、先輩、たっぷりお預け喰ってたんだからさ」
 耳から、志貴の声がねっとりと流れ込んでくる気がした。
「しょうがないですね、遠野くんは」
 志貴のせいにする決まり文句めいた言葉で、自分も欲情していることは隠そうとする。
「じゃあ、ベッドに……」
 だけど結局、自分から誘っていた。
「だめ」
 え?
 志貴が応じないことなんて考えなかったから、シエルは虚を突かれた。
 その隙に、壁に押し付けられてまたキスされ、胸とお尻を攻められる。今度は乳首を摘み、捲り上げるように尻の谷間に指が入り込む。
 遠野くんっ?
 欲情は注がれながらも官能に達していなかった胸とお尻に鋭い快美を覚え、シエルは動けない。その間に、志貴はシエルの耳を噛む。
「ここで良いじゃないですか、先輩」
 シエルの抵抗を破ろうと、尻の谷間で指を震わし、くりくりと乳首を転がす。耳の迷路を舌先でさまよう。何カ所も攻められては守りきれず、シエルは快感に揺さぶられる。
「こ、ここでっ?」
 ドアこそ閉めたけれど、玄関に入ったばかり。靴も脱いでない。
「駄目、です……」
 そんな、玄関先ですぐなんて、色情狂みたいな。
 思いながらも、シエルは自分たちが充分に好色だとは自覚していた。
「いけません、法衣のままでそんなことっ」
 流されそうだから、そんな理屈で拒もうとする。カソックのまま行為に及んだことなど、既にあるのだったが。
「じゃ、これで良い?」
 言い終わらぬうちに、志貴は法衣を脱がしに掛かっていた。
「きゃっ、それはっ」
 素早かった。シエルを裸にした志貴の動きは、ほとんど手品。
 切ったの?
 カソックを切ったんじゃ、とシエルが焦ったほどに。
「これで良いでしょ?」
 言葉の綾を突く意図は無く、八割方、本当にそう思ったのだ。残っているのはブラとショーツ、ブーツとフード。首に下げられたロザリオ。
 そんな奇妙な姿に惹かれてシエルを抱き寄せ、口付ける。背中を両手で撫でて、自分よりよほど逞しい代行者の柔らかく女らしい肌を堪能する。
 こういうのを、餅肌って言うのかな。
 背中一面をまさぐって探る。背筋の両側のラインや、肩甲骨の下あたりなんかが良い反応の返ってくるところだ。脇腹の方に指を持っていったら、腕で防がれる。力を込めて抱き締めたら、柔らかいものが体の間で潰れて快い弾力。
 指が引っ掛かって邪魔だから、ブラのホックを外してしまった。二人の胸の間に挟まれているから、まだ落ちない。
 やっ……。
 シエル、すぐに気づきはした。
 いま突き放さないと流される。でもそうすると裸の胸を晒すから、余計に志貴を駆り立ててしまう。体を重ねることに異論はなくても、あまりの横暴は許したくない。ただでさえ、やんちゃをついつい許してしまいがちなのだし。
 しかし、迷う間にも愛撫を受けて、結局流された。受け容れてしまった。
 下駄箱に手を突いて体を支えると、志貴は僅かに身を引き、引っ掛かっていたブラを跳ね落とす。膝をつくと、露わになった双峰が目の前に来る。あまりに綺麗で、欲情した志貴さえ束の間、魅入った。丸く、たわわで、先端は既に堅く天を向いてる。シエルの呼吸に合わせて小さく上下している。
 ごくん。
 志貴は、唾を飲んだ。自分を焦らすように、手を出さず官能のマスターピースを鑑賞している。跳ぶ前に見よ。
「欧米の人の白さだよね、先輩の肌って。いつ見ても綺麗だ」
 上ずった声を発し、また唾を喉に送る。
「ンッ……」
 褒められて、見られているって意識が倍増して、シエルは羞恥に胸を震わせた。
 その谷間には、首から提げられたロザリオが半ば埋もれていた。
 何か楽しくなって、志貴は二つの果実に手を添える。左右から押し付け、小さな磔台を女の肌に沈ませた。そのまま、存分に揉み始める。熟知しているはずなのに、触り心地の良さに息を呑む。好きなだけ楽しませて貰えるのは判っているけど、がっついて揉みまくらずに居られない。
 自分の胸で主が溺れているとは露も知らず、シエルは乱暴な愛撫に身を委ねる。すっかり馴染んでいるから、夢中でも、そうそう痛むほどのことはされない。荒々しい手付きも、ここに至って昂ぶってきたから、官能を直撃するのだ。そうなってしまえば、少々なら痛いぐらいのも悪くはない。
「ぁん……っ」
 うっとりしながら、正面に鏡のあったのが目に入る。
 こんなところで、おっぱいを揉まれて気持ち良くなってる。
 フードに半ば隠れながらも、そんな自分の顔が映っていた。中途半端な格好とは思うけれど、顔を出すのが恥ずかしくて、むしろ被り直した。
 頭隠して……。
 それで平気だと言うのかしら。
 ひどく淫らな女になった気がして、鏡から目を逸らしつつ、志貴の愛撫に意識を向けた。
 志貴は、自分の手で形を変えられているシエルのバストを眺めながら、手に感じる量感と温度を楽しみながら、食い付く場所を探していた。
 どこが一番、美味しいかな?
 いずれ隈無く食べ尽くすにしても、一口めは大事だ。
 どうしたら、一番先輩がびっくりするかな?
 そんな悪戯っけも出している。
 指で挟んで擽り、乳首をピンピンに尖らせる。クリームの山に乗ったサクランボか何かみたいに、そこだけ異質に堅くてぐりぐりしてる。
「んふンッ……あふっ」
 シエルが濡れた吐息を漏らす。知らず、何か強請るように体を揺すっている。いや、早く志貴の舌を感じたいのだ。
 やっぱり、ここかな?
 無言の要求に応えて、志貴は左右の膨らみを内側に寄せ、乳首同士が触れるほどにする。ぱくり、とばかりにくわえ込む。
「んっ……」
 先っぽを同時に舐める。
「ひゃんっ、んくっ……ぁっ」
 期待していた刺激をたっぷりと与えられて、それも左右同時で、シエルは飛んだ。
 たっぷり濡れるまで、しゃぶる。勃起した乳首はぐりぐりと舌を擽り返してくる。片っ方だけに口を移し、もう一方は指で満足して貰う。息も惜しんで吸い、舌を使い、両手で揉んで撫でて揺すって突っついて。
「ふあっ、んん……っ、ぁあんっ!」
 もう一方の乳首も、吸う。さっきよりもっと、シエルは乱れた。時々、鏡を目にしてしまい、我に返らされて羞恥を高めながら、でも官能に沈んでいく。力が抜けて、手で支えても立っていられなくなる。
「とおの、くんっ」
 たまらず、志貴の頭を抱き、胸に顔を埋めさせる。志貴の顔に押し付けられた肌は柔らかく熱く、良い匂いがした。この滑らかさは、東洋人のものだ。汗が浮いて潤い、張り付いてくる。身じろぐと、豊かな乳房が顔に押されて変形する。乳首は味わえなくなって指に譲り、代わりに谷底を舐める。汗の塩気が舌に溶けて、なのに香りは甘い気がする。他人の汗、そんなものでも恋人のなら進んで味わう。
 膨らみに頬を擦りつけられ、シエルにはその仕草が愛らしくも淫靡に思えて、入り交じって官能に解け合っていく。
「ぅんっ……」
 快感に任せてシエルは志貴の頭を更に強く抱く。締め付けられて胸を好きに揉みづらくなり、抜け出した志貴の手は別のものを探しに行く。脇腹をくすぐりながら、腰に向かっていく。それを追うように、シエルの甘美な抱擁を振り払い、唇を押し当てながら頭も降りていく。
 鳩尾から下へとキスマークの路を付けられながら、胸への愛撫が途切れて、シエルはもう次の期待に震えている。このまま行けば、すぐにも一番の官能の泉に志貴の舌が届く。すっかり溢れて、身に残った数少ない布地は半ば透けている。自覚して、恥ずかしく思いながらも期待が上回っていた。
「ひゃっ?」
 だから、いきなり臍に舌を入れられたとき、不意を突かれて跳び上がった。
 志貴は、そのまま臍を舐め続ける。腰骨を両手で掴んで、敏感なのを知っているあたりで指を踊らせる。
「んふんっ……そんな、とこ……」
 滅多に受けない刺激に、シエルは乱れる。思いがけず快感、でも期待は外されて、もどかしい。腰の横で結ばれたショーツの紐をくいくいと引き上げて、脚の間の柔肉に食い込ませて来るから、半端に刺激されて焦れったい。
 志貴とて、早くシエルの女の園を訪ねたくはある。しかし、臍に舌を入れて嘗め回すのは、存外に欲求を満たすのだった。仮にも、穴に突き入れているからだろうか。
 シエルの乱れっぷりが楽しくもあった。
「もう、焦らしちゃヤです……」
 我慢できなくて、シエルは志貴の頭を押さえ付ける。志貴は素直に従い、たっぷりと濡れたシエルのショーツと向き合う。
「えっちだなあ、こんなパンツ穿いてるなんて。透け透けだよ?」
 濡れて、レースのように下毛の色が浮いている。
「別に、初めっからじゃありませんっ」
「ヒモ引いたら脱げちゃうのは初めからでしょ?」
「それはっ」
 そう極端にきわどいデザインではないが、多分に魅せることは意識されたものだった。
「うれしいくせに……」
 恋人の楽しみのために選んだのは、確か。
 大きく口を開けて恥丘に食らいつき、志貴は、ゆっくり息を吐きながら舌を使い出す。
「ふぅんっ」
 濡れて冷たかったところに熱い息を感じて悶え、薄い布越しの舌の動きに焦れる。お尻を掴まれて、びくんと震えた。すぐ、手がショーツの下に入り込んで二つの山をたっぷりと揉まれる。引っ張られて、下着がまた秘所に食い入る。女の部分は無論のこと、後ろの穴までムズムズしてしまう。
 あんなに後ろで感じてしまうのは、やっぱり恥ずかしい。
「寝て下さい、遠野くん。仰向けに」
 志貴の息の熱さに耐えられなくて、シエルは動いた。大人しく玄関で寝そべった志貴の顔の上に、ゆっくりを屈み込む。自ら腰に掛かった紐を解いて、ショーツを捲り落とす。
 志貴にすれば、目と鼻の先でM字に脚を広げた恋人の蜜に濡れた花が露わになって、その先には大好物の果実が揺れていて、それから恥ずかしげな笑顔が見えている。編み上げブーツとロザリオとフード。片膝に引っ掛かったままのショーツ。
「舐めて下さい……」
 更に紅潮しながらシエルが言い、恋人の口元に自らを押し付けた。
 顔の上に跨られているわけで、屈辱的といえばその通り。しかし、志貴はためらわず舌を出す。
「ぁんっ……」
 ぺろりと舌が這った途端、小さく喘ぐ。繰り返されると、声が高まっていく。羞恥に全身を染めながら、それでも自ら腰を動かして舐めて欲しいところを押し付ける。
「んっ」
 お尻を掴まれて、また震える。こね回されて、熱い。はしたなく、恋人の舌を求めて腰を揺すってしまう。クリトリスに集中されると姿勢が維持できなくて、でももっと舐めて欲しくてまた持っていって。
「ふぁぅんっ……」
 鼻先に落ちる蜜の匂いにそそられて、志貴としても夢中で舐めていた。ほとんど動けないから、好きなところばかりは食べられない。シエルの為すがままで、美味しいけれど焦れったい。
 お尻を掴んで動かそうとして、上手くいかなった。しかし、胸とは違う張りと柔らかさのバランス、ボリューム、すべすべの肌触り。これもまた、快感。
「ふあぁっ……んふんっ……」
 やっと良い姿勢を見つけたのか、クリトリスに集中できた。尻の谷間に指を沈めて、奥の穴に悪戯し始める。前から液を掬って擦りつけ、ちょっとずつ指先を突き入れようと。
「ひゃぅんっ!」
 シエルの嬌声が悲鳴になる。尻穴を突かれて慌てつつ、気持ち良くて止められない。恥ずかしいけど、やっぱりお尻も感じてしまう。
「んんっ」
 姿勢を保てず、前にのめって床に手を突く。
「ずるいよ、先輩。自分ばっかり気持ち良くなってさ」
 志貴が、拗ねた声を上げていた。
「うふふっ」
 遠野くんが欲しがったんですから、遠野くんがサーヴィスするべきでしょう?
 そんな風に返事しながらも、志貴の腰元に這い寄り、張り詰めたズボンの前をさする。
「うぅ、んっ」
 厚い生地越しでも、感触が互いに鮮烈。
 しばらくこのまま撫でて焦れったい思いをさせてやりたかったけど、自分が我慢できなくて、すぐに腰から下を裸にしてしまう。
「いやらしい、遠野くんは甘えん坊のくせに、ここだけは暴れん坊ですね」
 愛しい男の逞しく隆起したペニスに頬を擦り寄せ、軽く何度もキスしてやる。蒸れた牡の匂いも、志貴のものなら好ましい。唇で撫でてやっただけでびくびくと脈打ち、先走りの液を飛ばす。
「先輩……」
 上ずった声を耳にして、シエルは恋人の体に跨る。普段なら、まずはたっぷりと口で愛してやるところだ。それも、いろんな目に遭わされている仕返しに寸止めしていぢめたりして。
 だけど今は二人とも、もう繋がりたくてならなかった。
 鏡に映った姿が目に入り、悪魔の体位なんて言葉を頭によぎらせながら、志貴の凶器の先端に自らを沿える。あんなに愛撫はしてもらったけれど、今日はまだ、膣中には指も受け容れていない。
 いきなり挿入されるのには、ちょっと恐れが無くもない。でも、そうするのが今の高揚感にはぴったり。
 一息に腰を落とし、根本まで串刺しになる。
「あっ……んっ……」
「はうっ」
 束の間、二人とも動けなかった。
 充分に昂ぶって刺激に餓えてはいたけど、いきなり繋がったのだ。貫いた、貫かれた、その官能の衝撃は腹の底に気を込めなければ途端に達してしまう勢い。
 しかし、少し立ち直れば、盛るばかり。ゆっくり、ゆっくりと念じながら、その実、腰は軽やかに上下してしまう。段階を飛ばしてあっという間にトップギア。欲情に身を任せつつ快感には抗い、もっと気持ち良く、と絶頂だけ先送り。
「はうっ……くっ……」
 志貴には、堪ったもんじゃなかった。気持ち良かった。痛くないのが不思議なほど締め付けられて、火が点きそうなほど摩擦されて、だけどシエルの蜜がしっかり守ってくれている。柔らかな秘肉はみっしりと絡み付いて、入るのも抜くのも一仕事。なのに、シエルの腰使いは淀みなく、食いちぎられそうで怖いぐらい。その怖れさえ、快感の強さに消し飛ばされる。
 もう、あっさりこのまま達するのも良さそうだ。そんなことを思った。
「駄目ですっ、よっ……」
 しかし、口を開けたら途端に逝ってしまいそうで噤んでいたシエルが、それだけを告げて押し留める。
 堪ったもんじゃないのは、シエルにしても同じこと。腹を下から貫かれた感覚は、快感で意識を飛ばしかけた。いつになく、恋人の道具が凶暴に思えた。めりめりと、届くはずのないところまで割り入ってくる気がする。怖くなって腰を上げるのに、欲しくて欲しくて、また突かせてしまう。
「せんぱい……」
 歯噛みして、気合いを入れて、悦楽に抗う。先に逝ったら負けなんて、ばかばかしい意地を張る。掌に爪を食い込ませ、どうにか要望に応える。こんなに搾り取ろうとしておいてお預けは無いだろって思いながら。
「くぁぅっ、うっ」
 何度目かの波を超えて目を向けると、ふわん、ふわんっと揺れる乳房に眼を奪われて、身を起こしつつ鷲掴み。切羽詰まって優しくなんて揉めず、ぐにゅぐにゅと無遠慮に弄りたてる。手の中で潰れる肉のねばっこさが、どこか膣の中の具合に似つかわしい。
「ぁんっ、くぁふっ、」
 不意に荒々しく揉まれたバストが痛み、爪を立てられさえしているけど、受け容れればそれだって官能。頭を抱き寄せ、胸に埋める。こうされるの大好きでしょ遠野くん、と笑いつつ、そうするのがシエルも好きだった。
 志貴は答えず、代わりに舌を出してきて、汗の浮いた肌を舐めてくれる。おっぱいにしゃぶり付く志貴の姿が可愛らしく、でも子宮を突く勢いの男根は凶悪。相容れず、でもどちらも確かに志貴のイメージ。結局の所、そんな志貴がシエルは愛しい。
 そんな志貴が欲しいと、シエルは思う。
「ふぁぅ、んぁ……」
 志貴の顔に触れる膨らみは甘美に柔らか、でも押し付けられると息苦しい。舐め回す肌は、汗の塩気を超えて甘露。恋人の匂いに肺が満ちて、体の中まで一緒になった気がする。
 トロトロと溶け合ってシエルの胸の肉に埋もれてしまいそう。喰らいついて、喰い千切って、食べてしまいたい。そんなグロテスクな妄想もまた、官能に思えた。思い切り開けた口を乳房に押し付け、実際、歯を当てている。噛み付くのだけは必死で留めている。
「んんっ、んふぅ」
 シエルは自分の乳房に歯が食い込むのを感じて、恐怖を覚えつつ、酷く気持ち良かった。恋人に腹の奥まで男根を突き入れられながら、やっぱり少しぐらいは自信のあるバストを食い千切られる。想像してしまって、そこに痛みよりも陶酔を感じた。
 二人のそんな狂気は、互いに繋がったところから湧いていた。
 シエルは、いつもなら最後の瞬間のようなペースで腰を使っている。知らず、ぐるんぐるんと尻を振り、貪れるだけ悦楽を貪っている。そんな自分が鏡の中に居て、腰を上下するたびにロザリオが志貴の頭の後ろで揺れていた。
 背徳。法衣を脱がされても、フードと聖印は身に付けたまま。いや、全裸になったところで同じシエルに違いは無いのだ。
 休み無く腰を振って踊りながら、跳ね回るロザリオを掴む。冷たい金属に口付け、そのまま口に咥えて、舌先で転がすように舐めてやる。官能で堕とそうとするように。
「んっ、ふぅ……」
 せめてベッドまで行こうとしていたのはシエルなのに、ここに来て先にトリップしている。志貴は、恋人の乱れっぷりの激しさに束の間当惑し、しかしすぐに引き込まれた。
 男根を引き千切らん勢いのシエルの動きに、逝っているのと変わらない快感を流し込まれる。べったり押し潰されそうで、逝くタイミングを無くしている。このまま続いたら帰って来れない。
 ならばいっそ、溺れてしまえ。
 乳首に吸い付く。クリームみたいな柔肉のてっぺんで、ここだけ骨があるみたいに硬くて尖ってる。指で摘んでぐりぐり責める。シエルの呻きが痛みだか快楽だか判らなくて、でもどっちでも良いやなんて思ってしまう。
 激し過ぎるほどのシエルの動きに、とっくに志貴の腹の中は沸騰している。
 逝きたい。逝かせて欲しい。出したい。
 シエルのオンナのナカにブチマケたいッ!
 なのに、強烈な締まり具合に阻まれたみたいに、吐き出せない。
「くっ、くぅぅっ」
 苦しい。窒息してるみたいだ。
 気持ち良い。でも破裂させたら、もっと。
 何か、ぎゅっと握っていないと耐えられない。だからまた、おっぱいを掴む。手酷く扱われた乳房には、紅い痣と爪痕と歯形が刻まれ、汗と唾液でベトベトに汚れている。そんなにしたのが自分だということが、詫びる気持ちを超えて愉悦。
 何をしても、結局のところは許してくれる、そんなシエルに志貴はしばしば甘えている。
 もう、頂戴……。
 シエルも、もう果ててしまいたくなっている。
 わたしの中に、遠野くんのをっ。
「あうっ、せんぱい、限界っ」
 腰使いの合間を縫って、呻く。
「んっ」
 見上げたら、シエルはロザリオを噛んでいる。片手を上げて頭を抱くと、うつむいて顔を寄せてくる。
 腰使いが変わった。落ち着いてキスが出来るぐらいの小さな動きになる。ロザリオを含んだままのシエルが志貴に口付け、舌の間で聖印を弄ぶ。温かくて柔らかい口の中で、まだ冷たく硬い金属の欠片が転がる。志貴にも酷い冒涜に思えて、それが愉悦。
 大人しくなった尻の振り方も、快感を鈍らせはしなかった。むしろ、充分に探った最高に良い位置にピンポイントで決めているのだ。シエルの素晴らしい体力で、震えるような小刻みの動きが持続する。なお且つ、膣の締め方を変えていく。
「んんっ、くんっ」
 お互いに一番感じるトコロで固定して、抑えているようでその実、全霊で求め合っていた。
 ほんとに、もう……っ、せんぱい……。
 わたしっ……とおのくんっ!
 口付けたままだから、言葉に出したはずは無いけど、聞こえた気がした。
 抱き締めあって、背中に爪を立てあった瞬間、シエルが絶頂して。痙攣するように膣が蠢いて、それにやられて志貴もまた達した。ぎゅるぎゅる、内臓が溶けてペニスの先から噴き出すような、圧倒的快感。閃光を浴びたみたいに目が眩み、今度は貧血みたいに昏くなる。その間もまだ、射精が続いている。快感が持続している。
 自分の中で志貴の吐精を感じて、シエルは恍惚の内に幸福を見出す。望んでセックスに溺れられることが嬉しく、その相手を確かに愛していることが、猛烈な性感を上回って満たされる想い。血に酔って、殺戮に荒げた魂の渇きを潤す慰めと逃避を欲しがるのではなく、愛しい男と破廉恥な行為に耽っている。そんな今の自分が堕落とも知りつつ慈しんで悔いは無し。
 足りないだけ血を放っていそうで怖いぐらいに射精の快感を味わい、ほとんど気絶しながら、志貴はシエルを抱いていた。気づけば、首筋に舌を這わせながら。こんな素晴らしい女と愛し合っている、それが志貴には、今なお身に余る幸福に思える。
 離れるのが惜しくて、オーガズムが醒めて行っても繋がったままじっとしていた。喋ると放さなきゃならなくなる気がして、何も言わないまま。痺れたような腕に力が戻ると、背中を擽り合い始める。
 意地になって散々に責め合った挙句、耐え切れずシエルが志貴を押し倒し、床に寝そべって体を重ねた。
「もう、激しいんですから、遠野くん」
 顔を上げて、ちゅっとキスして、シエルが笑う。まだフードは被ったまま、頬は艶やかに上気したまま。ロザリオの鎖が志貴の喉を擽っている。
「先輩こそ、手加減してくれなきゃ死んじゃいますよ、俺」
 シエルの頬を撫でる。
「嘘おっしゃい」
 起き上がって、手酷い蹂躙を受けた乳房を見下ろす。まだ消えてなどいない、爪痕・歯形・指で刻まれた紅い痣。まともな怪我はすぐ治るくせに、この手の愛欲の証は興奮が醒めるまでは残っているのだった。
「こんなに虐めて、形が崩れたりしたら遠野くんのせいですからね!」
 両腕で持ち上げてみせる。その心配は無いのだけど、そのせいで志貴に無茶を許してしまっているのは良くないと思った。
 興奮していたら耐えられるけど、痛いものは痛いのだし。
「すいません……今度は優しくしますから」
 志貴も体を起こして、乳首をぺろりと舐める。
 何度食べてみても美味しい乳房の間には、銀色の鎖。手にして見れば、ロザリオはまだ唾に汚れているみたい。
「今みたいな姿、この人には見せられないね、先輩?」
 言って、シエルを隠すように口に入れた。
「悪い子ですね、見られなきゃ良いってもんじゃありませんよ?」
 その志貴の唇に、シエルは吸い付く。二人して、救世主の似姿を弄びつつ、口付けを堪能する。
 愛を説くなら、その結論に口出しするのは遠慮してもらいたい。
 ブーツとフードだけで恋人を抱く己の姿を鏡の中に見て、偽善も詭弁も上等とばかりに幸福に浸った。


 こっそりお尻に伸びている志貴の手を見つけて、だけど、受け入れた。

 

/エロス&アガペ・了

 


 

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