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「ね〜、琥珀?」
 兄妹をそれぞれ学校に送りだし、朝食の片付けをしていた琥珀は、意外な人の声を聞いた。もっとも、この声の主の行動が予想できることは元より滅多に無いのだが。
「あら、おはようございます。いらっしゃったんですか?」
 丁重な挨拶に、華やかな金髪の美女は笑って答える。
「えへへ、夜中から志貴の部屋に居たよ」
「そうなんですか? 翡翠ちゃん何も言ってませんでしたけど」
「うん、志貴ってば酷いんだよ。さっき、もう翡翠が来るからって窓から私を追い出したの! 俺が学校行くまで隠れてろって言ってさ、服着る時間も無かったんだから」
「あらあら、それでそんな格好なんですか?」
 アルクェイドがどんな格好かと言えば、志貴のワイシャツ一枚である。夜中に現れてから何をしていたかなど明らかだが、琥珀には動じる様子はなかった。あまりに平然と応対しているがために、ボタンが留め切れずに覗いている豊満なバストの谷間や、シャツの裾から長い真っ直ぐな脚やを晒していることさえ、なんでもないことのようだ。
「着て来た服は志貴に汚されたから。洗っといてね、あれ」
 こちらも当然のように言い、勝手に食卓の椅子に座った。
「それで、朝御飯食べて行って良いって志貴が言ってたんだけど、ある?」
「はい、そう言えば志貴さん、何か変なことおっしゃってたと思ったらそのことだったみたいですね。ちょっとお待ちください」
 部屋から追い出されたことに腹を立ててはいても、基本的に機嫌は良いようだった。
「ね〜、琥珀?」
 先とまったく同じ調子で厨房に向かって声をかける。
「シオンって居るの?」
「いらっしゃいますよ? まだお目覚めでないようですが」
「そうなの? ネボスケだね〜」
 吸血鬼の噂をすると吸血鬼が来る、などと言う諺は無いだろうが、偶然にもシオンは丁度食堂に現れた。アルクェイドと違って衣服こそ端正に身に付けているが、明らかに眠そうだ。。
「おはよ〜、ネボスケ錬金術師!」
 声をかけられたシオンは、一瞬状況を把握していない様子だった。
「おはようございます……」
 ぼんやりと答えてからようやく、アルクェイドがそこにいるのに気付く。
「真祖! な、なぜ貴女がこんなところに。それに、なんですかその格好は。いや、それより、おはようございます。気の抜けた挨拶をしてしまって申し訳ありません」
「そんなことは良いけど、ほんとに眠そうだね」
「それは、私が寝坊だというのではなくて、昨夜も遅くまで、いや正しくは明け方近くまで研究をしていたために根本的に睡眠時間が短いことが原因で……」
 シオンは釈明を続けているが、アルクェイドの興味は琥珀の運んできた食事に移ってしまう。
「確かに、シオンさんはこの時間に起きて来られることも多いですね」
 言葉を裏付けるように、食事は二人ぶん用意されていた。自分の言葉を既にアルクェイドが聞いていないのに気付き、シオンもテーブルにつく。
「寝ていないって言うんなら、わたしも全然寝てないんだけどな〜。志貴が眠らせてくれなかったし」
「眠らせてくれないって、また何かあったのですか?」
 シオンは真面目な顔で尋ねた。
「違うよ、志貴と愛し合ってたの」
「愛し……愛し合ってっ?」
 あっけらかんと言われて、ようやくシオンはアルクェイドの言葉と服装の意味が判ったようだ。
「そ、それは、つまり、その、」
 しどろもどろのシオンに、追い討ちをかけるように告げる。
「つまり、セックスしてたんだってば」
「なっ……!!」
 真っ赤になって、ぽかんと真祖の顔を見詰めた後、シオンは俯いてしまった。
「あはは、シオンも昔の私と同じで知識はあるのに経験はないんだね」
 半ばオーバーヒートしたシオンの頭脳は、アルクェイドの言葉を処理していなかった。 硬直している錬金術師を余所に、真祖は食事を平らげる。さらにコーヒーを飲みながらシオンを眺めていたが、不意にまた声をかける。
「それで、やっぱりわたしの血のサンプルが欲しいと思ってるの?」
 思いもかけない言葉にシオンは慌てて居住まいを正し、答えた。
「はい。やはり、真祖の血の試料があれば研究は大幅に進捗すると考えられますので、可能ならば頂きたいと存じております」
「ふうん。色々と志貴に言われてさぁ、条件次第では協力してあげても良いよ」
「本当ですか? 私に出来ることであれば何なりとお申し付け頂ければ対応いたしますので、是非ともよろしくお願いします」
「うん、じゃあ、御飯食べたらシオンの部屋に」
「はいっ」

「それで、何をすれば試料を頂けるのでしょうか、真祖の姫君」
 シオンの部屋で、二人は向き合って腰掛けている。
「うん、それはね」
 にこやかにアルクェイドがこの一言を発した直後、シオンは十度ばかりも気温の下がった気がした。その感覚は、ともかく理屈の他だった。ただ真正面から見られているだけ、それも平然と目線を向けられているだけで、魔眼は愚か、威圧的に睨まれているわけでさえない。だと言うのに、メデューサに石像に変えられたかのように指一本動かせない。意識して動かさなければ鼓動さえ止まってしまいそうな気がする。圧倒的な力の差。自然現象の力を前にして、錬金術など何ほどの役に立つものかと痛感せざるを得ない。ワラキア退治の過程で戦ったとき、真祖は二、三割も力をだして居ないだろうとは考えていた。とんでもない。きっとあんなもの、二、三パーセントにも満たなかったのだ。
 殺される。
 殺される。殺される。
 殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。
 幾ら高速で思考しようとも、幾つ思考を分割しようとも、なんの意味も成さない。浮かぶのはただひとつのことだけだった。何故真祖が不意にそんな気を起こしたのか、まるで理解の外だったが、予測の結果はたった一つしか出ない。それ以外の可能性などゼロに等しい。ゼロに等しいとはゼロであるとの意味であって、『ゼロに等しいがゼロでない限り』などと言うのは非理論的思考だ。
 サンプルなど要らない、と告げれば許しは得られるかも知れない。たったそれだけのことを考えるのに無限とも思える時間を要した。口に出そうとするも、やはり硬直して果たせない。舌が渇いてひび割れる。時間の経過が判らず、例え解放されても、数十年過ぎて朽ち果てていそうな気がした。
 ――と。
 シオンの体感する気温が平常に戻る。
「にゃはは」
 アルクェイドがだらしないような笑いを満面に浮かべていた。
「そーんなに緊張しなくても良いのに」
「なっ、何なんですかっ、条件って」
「にゃははははははははは」
 アルクェイド脚をバタバタさせて笑っている。相変わらずワイシャツ一枚のままだから、そんなことをしたら脚やらお尻やらもっと秘めやかな場所やら露出するのだが、気にも留めていないようだ。
「真祖! 協力してくださる気が無いのでしたら、構いませんから、せめてからかわないで下さい! 私は真剣なんです……」
「協力するよ」
「……本当ですか」
 幾ら怖がらされようと、からかわれようと、アルクェイドの血のサンプルが欲しいことには違いなかった。
「うん、志貴に言われてね。吸血鬼化の治療なんて私は出来るとは思っていないけど、イフの話って好きだったんじゃなかったかって。もし出来たらってことね。それに、吸血衝動を抑える方法とか、血を飲んでも影響されない方法とかがあれば、わたしにとっても役に立つわけだし」
「そうですね。真祖の吸血衝動にも原因はある筈ですし、それが判れば解消も可能だと思われます」
「うん、だから協力してあげても良いかなって」
「ありがとうございます。では、条件がどうと言うのは私をからかっていただけなのですか」
「いや、条件は条件よ。あのね、シオンの体も調べさせてくれたら、わたしのことも調べさせてあげる」
 ずっと笑ってはいるが、親しげで温和な笑いに変わっていた。
「私の体を? 調べるとは、何をどう調べるのですか?」
「簡単よ、とりあえず服を脱いで頂戴」
「ふ、服?」
「そうよ、脱がなきゃ調べられないでしょ。シオンのベッドのトコにでも行きましょ」
「脱ぐって、その……」
 有無を言わせず、アルクェイドはシオンをベッドに運んでしまった。
「ほーら、脱いじゃえ!」
 ころころ笑いながら、あっという間にシオンを全裸に剥く。ベッドに寝かされたシオンは両手で体を隠し、アルクェイドの視線から逃れるように目を反らしている。
「何をなさるお積りなんですか」
「わたしね、他の女の子の体のことって良く知らないから興味あったんだ。吸血鬼にしても、今までは狩りの対象でしかなかったし。ほら、恥ずかしかったらわたしも脱ぐよ?」
 そう言って志貴のシャツを脱ぎ捨て、アルクェイドはシオンの隣に寝そべった。
「真祖……」
 他の女の子の体。不思議な想いでシオンはその言葉を聞いた。同世代の女性とも、遠野の家に暮らし始めて初めて親しく付き合うようになったが、だからと言って注意して観察する機会は無かった。知識として知ってはいても、ここでも実体験は何もないのだ。
 そう思うと、そんなに悪い経験でもない。アルクェイドが自分と同じように裸になってくれてさえいるのだ。
 アルクェイドとシオン、二人とも肌は白いが違いはあった。真っ白ながらも吸血鬼にあるまじき健康な輝きのアルクェイドに比べると、シオンの白さはどこか病的な気配がある。
 二人ながらに均整の取れた美しい曲線を持っているが、成熟した女性の肢体を誇るアルクェイドに対して、シオンの美は儚げだ。女の子が女に羽化する過程を目の当たりにしているような、触れれば壊れそうなバランス。
「ほら、行くよ?」
 そう言って、アルクェイドはシオンにいきなり口付けた。
 暖かく柔らかい唇が触れ合って、その感触にシオンは陶然となる。調べる、と言われてもキスされるなどとは想像しなかった。オーバーフローしそうな思考の中で侵入してくるアルクェイドの舌を受け入れ、知らず知らず絡めている。真祖の姫君に対する怖れ、敬意、憧憬、憎しみ。もとより様々だった感情が、キスひとつで砕ける。
「気持ち良いでしょ、キス」
 ようやく離れたアルクェイドに囁かれ、シオンは真っ赤になった。
「動いちゃ駄目だよ、慣れてないみたいだから、初めはソフトにしたげるね」
 言いながら、ベッドの上でシオンに両手を頭の上にやらせる。
「ふふふ」
 アルクェイドの不穏な笑いを聞いて目を向けると、両手に大きな孔雀の尾羽を何本も持っている。
「な、何を」
 ふふふ、とまた笑って羽根を空中で揺らす。
「ん、どうしてそんなに真っ赤になってるのかな、シオン?」
「なんでもありません!」
「そう。シオンも物知りだから、こういうので肌を撫でられたら気持ち良いってことぐらは知ってるのかと思ったんだけどね〜」
「それはっ、そのっ、そんなことっ!」
 知識には、あった。自分が実際に関わる機会があるとは考えもしなかったのだが、セックスのことも人並み以上に知ってはいる。吸血鬼化という肉体の異常について研究をする以上、体に関してあらゆることを知らなければならなかったのだ。
「何かにつけて実体験に乏しいのは少し前までのわたしと同じだねぇ」
 そう言って、アルクェイドは手にした尾羽の束をシオンの肌に下ろす。
「ひゃん!」
 くすぐったいのに耐えられず、シオンは横に転がって逃れた。
「駄目、じっとしてなさい、協力しないわよ」
「そんな……」
 そう言われては従わざるを得ず、シオンは仰向けに大の字になる。
「えへへ、宜しい。コチョコチョコチョコチョコチョっ」
 両手にそれぞれ五、六本づつ羽根を具現化して、体中をなぞっていく。
「くはっ、きゃふ!」
 擽ったい。腋の下、首筋、腹、太腿、膝、脇腹、胸。そこら中を羽根が這いまわって、さわさわと擽りまわす。笑いを抑えて耐えながらも、シオンは体を震わせて悶えた。
「だ、駄目、やめて下さい……」
「敏感みたいだね、シオン。でも、知ってる? くすぐったい所って、気持ち良いところなんだよ。わたしも初めはくすぐったくてしょうがなかったし」
 真祖が誰にこんなことを?
 そう思って、すぐに志貴しかありえないことに気付く。気持ち良いって、そんなこと……
「あふっ」
 乳首を羽根に擦られた瞬間、思わず熱い息を吐いていた。
「気持ち良い?」
 悪戯っぽく尋ねるアルクェイドだが、答える余裕をシオンは無くしていた。両方の乳首と、太腿の内側に羽根は集中している。初めて体験する甘い感触。くすぐったいのとは違うと判っても、だからといってそれが何なのか把握できない。
「こんな感じはどう? それともこっち? この辺なんかこんなにしちゃったりして」
 びくんびくん、と全身が引き攣る。刺激が弱すぎて、もどかしい。中途半端な感覚が意識を掻き乱し、さらに平静を失って行く。
「こちょこちょこちょこちょこちょこちょ〜」
「ひゃあぁん」
 また、思わず転がって逃げてしまう。
「あ、また逃げたわね!」
「御免なさい、でも無理です、こんなの」
 涙を浮かべながら、シオンは訴える。
「じゃあ、じっとしていられるようにしてあげる」
 また大の字に寝かせられ、え? と思う間もなく、シオンは確かに動けなくなった。手首、肘、膝、足首。それぞれに枷が填められて、鎖がベッドに巻き付いている。
「空想具現化……こんなことに」
「便利でしょ?」
 言って、再びキスした。さっきよりもっと激しく、熱いキス。舌が絡み合い、唾液がシオンの口に流れ込む。唇を触れ合わせたまま孔雀の羽で耳や鎖骨を刺激する。だんだん、快感として受け入れるようになっていた。アルクェイドが離れた時、無意識に唇を追って頭を持ち上げていた。
「これの感触は気に入った?」
 羽根を示すのに、シオンは横を向いて黙っている。
「返事しなさい、シオン」
 目を覗きこんで言う。
「く、くすぐったいだけです」
「ほんとに〜っ?」
「本当ですっ! 事実、真祖は擽っているだけではないですかっ!」
「嘘吐くと、あとで困るのはシオンだよ」
 シオンには、意味が判らなかった。
「ほらっ」
 今度は、両手に大きな筆を持っている。シオンの腹の上に跨って、筆先
で両耳を突付いた。
「くっ」
「そんなに緊張しないの」
 少しずつタイミングをずらして、首筋から鎖骨に降りてくる。肩を辿って腋の下の窪みに至る。
「きゃははははははっ」
 笑い悶えて引っ張っても、真祖の力で作られた鎖はまるで揺るがない。
 次は胸。刷くように肌の上を滑って、それぞれに丘を登る。
「くふぁっ」
 吐息に甘い気配が混ざっている。
「気持ち良さそうだよ、シオン?」
「そんなことっ」
 切羽詰った様子で発した言葉も、そこで途切れることになる。筆が胸の丘の頂点に達したのだ。
「あふっ……あぁあ……」
 繊細な筆先が左右違うリズムで乳首を転がすように愛撫している。柔らかで優しい感触は、不慣れなシオンの鋭敏な個所にも苦痛にならずに快感を送りこむ。乾いた肌触りなのに、溶けてしまいそう。くすぐったい感覚も残っているが、脊椎を駆け回るような甘美な知覚に比べれば無きに近い。
「気持ち良い?」
 問われて、今度ばかりは否定できなかった。消え入りそうに恥じつつ、おずおずと肯く。
「そ、素直じゃないといぢめられちゃうばっかりよ? 判ってても否定しちゃうのは理解できるけど」
「なんで、こんなことを」
 荒い息の合間を縫ってシオンが問う。真祖の操る筆は執拗に乳首を弄び続け、シオンは逃れようと身を揺するも、結果としては扇情的に胸の脹らみが揺れるばかりだ。
「たのしーから。随分硬くなってるね、乳首」
 セクシャルな刺激で乳頭が勃起することについては、僅かながら実体験があった。性交時の肉体の変化についてデータを漁っていたとき、興味を惹かれて自分の指で触れたことがある。自覚はしていなかったのだが、シオンはそのとき充分高ぶっていたのだ。
 でも、あの時はこれほど強烈ではなかったはず。
 ようやく柔らかな凶器が乳房の先端を離れ、シオンは一息吐いた。しかし、平らで引き締まった腹部を彷徨いつつ次第に脚の方に進んでいくため、鼓動がさらに乱れる。
 目的地は自明であろうから、必要も無いのに到達までの時間を現在のデータに基づいて予測してしまう。
 うっ……
 鼓動の乱れは、想定したような『怖れ』とは違うらしい。
 期待しているのか、私は。
 ならばせめて、対抗策を講じ
「ひゃはっ」
 いきなり筆の片方が縦長に窪んだシオンの臍にジャンプし、不意の感触に対抗策も何も霧散した。また強制的に笑わされているうちにもう一本が移動し、脚の間の翳りの周りをくるくると撫でる。
「こしょこしょこしょ」
 馬鹿馬鹿しいことを一々口にしながら、二本とも使って腿の内側からお尻の谷間の辺りまで擽りまくっていた。
「ひゃんっ。あふぁあっ、ふはあぁ」
 ここも、初めこそくすぐったいばかりだったのに、気付かないうちに甘美な刺激にすり替わっていた。
「えっちだね、シオン」
 快楽を覚えていることを今更否定するつもりはないが、これは否定したかった。
「こんな変なことをなさるからです!」
「そんな変なことをされて、沢山濡らしてるのよ? 気持ち良いと濡れるって事も知ってはいるんでしょ」
 アルクェイドの筆は、まだ泉に到達こそしていないが、少しずつ周囲で過ごす時間を長くしていた。シオンは必死で脚を閉じようとするが、やはり枷はびくともしない。
「ほら」
 一声かけて、蜜の流れる地に筆先を下ろす。同時に、もう一本を小さな尖塔に。
「ひっ、ぁあっ」
 思わず全身に緊張を漲らせるシオンだったが、筆は触れただけで動こうとしない。息の詰まるような時間に耐えられず、思わず口を開いた。
「するならするで、早くしてください!」
「ん、するって何を?」
「その、ですから、筆を」
 身を捩ると少しは柔らかな毛の束に刺激されて、それだけでも受ける快感の強さに呆けてしまいそうになる。
「筆を、なに?」
 言いながら、僅かだけ秘所にあてた筆を振動させる。
「もっと……」
 じっとしていられない。浅ましく腰を揺すって快楽を得ようとしてしまう。
「もっと、なあに?」
 羞恥とプライドのために、そう易々と口にはできなかった。しかし、アルクェイドの与えてくる愛撫はあまりに微かで、快楽よりも遥かに強く欲情を注ぎ込んでくる。
「いいじゃない、シオンはわたしの協力を得るために気が進まないことをされてるだけなんだよ?」
 ああ。
 私は、真祖の歓心を買わなければならないのだから。
 ……それは、あまりに甘い誘惑だった。自分が屈するのは欲情に負けたからではなくて、研究を進めるためなのだ。そんな言訳を構築して、シオンはとうとう言葉を発した。
「……動かして……ください……」
「やっぱり、えっちだね、シオン」
 言うが早いか、アルクェイドは二本の筆で秘裂とクリトリスを玩弄し始めた。
「ふあ。ぁふあぁっ、くふっんっ、あぁああ」
 憚ることなくシオンは喘ぎ声を上げる。呼応するように谷間は蜜を溢れさせ、筆を湿らせる。抵抗することを放棄してしまったシオンは脳髄の液化するような快楽に流され、初めての経験ながらも何かの結論に至ろうとしていることには自覚があった。
 真祖の手の動きが激しくなる。羞恥に耐えて強請ったことだと言うのに、強烈過ぎて求めているのか逃れたいのか判らなくなっている。それでも、何処かに登りつめようとしている気がした。
 あと少し……
 千切れた思考でそう思った瞬間、動きが止まる。
 何故、そんなっ。
 また声を上げて強請りかけたシオンの顔を、にぱっと笑ったアルクェイドが覗き込む。そして筆をシオンの目の前に突きつけた。
「ほら、こんなになっちゃってるよ」
 水に浸したほどに濡れた先端を見せられ、シオンは唯一鎖のかけられていない頭部を背けて視界から追い遣ろうとする。
 くすくす笑いつつ、アルクェイドは筆をシオンの鼻の下に這わせる。自分の蜜をそんな所に塗りつけられ、否が応でも馴染みのない匂いを嗅がされる。
「吸ってごらん」
 今度は口を突付く。仕方なく口を開き、シオンは筆を受け入れた。
 ちゅっ。
 舌に受ける、在るか無しかの味覚。己の愛液を舐めるなど、なんて淫らな。
 しかし、そんなことも長々と考える間は無かった。
「鎖は消すけど、大人しくするのよ」
 そう告げて、アルクェイドはシオンに体を重ねた。
 再びキスをされて、シオンは自分の体が如何に燃え上がっているかを改めて自覚する。初めの時とは比較にならない感覚。僅かの間に、快感を快感として処理する機能が成熟してしまったかのようだ。
 唇が離れ、また錬金術師は真祖に上から覗き込まれていた。
 真夏が過ぎて、少し優しくなった昼下がりの日差しのような肌。
 熟したアセロラのような唇。
 光の雨のような黄金の髪と、同じ色をした瞳。
 吐息のかかる距離で見れば、その造形は奇跡などという言葉では足りない。
 陶然として眺めてしまい、シオンは瞳が金色に輝いているのに気付くのが遅くなった。 はっとした時には、ただでさえ熱くなっていた体に加え、脳の奥まで欲情に占拠されていた。
 また、唇が重ねられ、たおやかな手に乳房を包まれた。形をなぞられているだけなのに、体が崩壊しそうだ。耳に息を吹き込まれただけで、脳が溶けて流れて行く。舌が首から下がっていって、腋の下の窪みに至る。筆で突付かれたときには擽ったいばかりだったのに、回線がおかしくなったか、異様なほどの快感だった。息が詰まって声も出せない。
 両手で胸のふくらみを掴まれて、揉まれる。その中央に、大きく開けた真祖の口が覆い被さる。その中で舌が這いまわるが、先端には触れてこない。
「はぁ、ふはぁっ。んふ、ぁっあっあはぁっ」
 左右の乳首を交互に唇が覆うのに、やはり核心には触れようとしない。
「真祖……」
「ん、なあに?」
 口を離し、替わりに左右共の乳首のすぐ外側を指で摘んで弄びつつ、アルクェイドは答える。
「何か言いたいの?」
 ああ、また強請らせようとしているのか。なら、意向には沿わなければ。
 先と同じ言い訳を胸に、シオンは言う。
「乳首にも、触れてくださ」
 言い終わらないうちに右を舐めあげられ、同時に左は摘まれ、瞬間的な刺激だけでシオンは達しそうになる。それなのに、アルクェイドは動きを止めてしまい、逝けずに終わってしまう。少し平静に戻ると愛撫は再開され、逝きそうになると止まる。その終わらない快楽と抑止の反復は既に苦痛でしかなくて、繰り返し殺しつづけられているようでさえあった。
 胸だけで、こんなに。この期に及んでも残っている冷静な部分が、他の位置に侵略の手が及んだ時のことを恐れる。
 そして、それはすぐに現実になった。
 脚の間に顔を寄せて、秘所を左右にくつろがせると、アルクェイドはいきなり谷間を舐め上げた。上まで登り、クリトリスの包皮を捲ってしまって容赦なく舌で蹂躙する。指が谷間の左右を精密に攻略する。脚を片方持ち上げ、別の指が後に回り、尻の谷間まで責め始めた。
「ひあぁっ……あっ……っ」
 予測したことだが、胸の時と同様の責め苦が始まる。尋常ならざる域まで高ぶった体の最も鋭敏な場所を何箇所も愛されて、普通なら絶頂に至るのはこの上なく容易の筈だった。それなのに、アルクェイドが絶妙のタイミングで動きを止めるために、あと一歩、あと半歩でそこに達しない。
 どうにかして快楽を増し、逝きたかった。真祖が女の部分に集中しているのを見計らい、シオンはこっそりと己の手を胸に運んだ。自分で乳房を掴んで揉みしだき、乳首を転がして可愛がる。ヴァギナを舐める舌の動きが早まったのに乗じて手を激しく動かし、止められてしまう前に逝こうとした。
 やっと、逝ける。
 そう思って、身も心も悦楽に委ねた瞬間、
 バシッ!
 尻を叩かれて、一気に覚めてしまった。
「ああっ……何故……」
「ほんとに、えっちだね、自分でおっぱい揉んじゃうなんて」
 シオンの羞恥を掻き立てておいて、愛撫を続けた。
 ゆっくりと、また高められ、やっぱり我慢できずにシオンは自分の乳房を弄ぶ。そして、まったく同じように、尻を一発打たれて逝かせて貰えない。
 狂ったように喘ぐシオンにアルクェイドは囁く。
「逝かせて欲しい?」
「はいっ」
「じゃ、『シオンはえっちな女の子です』って言ってごらん」
 誇り高きエルトナムの名にかけて、そんな馬鹿みたいなことを言えるものか、と思考の中の冷静な部分が異論を唱えてはいても、耐えがたい恥辱と理解しつつも、もう躊躇わなかった。
「シオンは、えっちな女の子……です」
「宜しい」
 そして、愛撫を再開する。
「あぁぁ……ふぁあ……あっ、ぁあぁあ……」
 アルクェイドの指先のどんな小さな動きにも、抑制の外れたシオンは憚らず反応し、喘ぎ、善がり、啼き続けた。
「あっ、あふっ、ふあぁ、んぁっ、ぁふっ」
 半ば呼吸困難に陥りつつシオンが絶頂に至りそうになった頃、アルクェイドが告げる。
「ここで止めて良いんだったら、わたしの血のサンプルあげる」
 とっくに機能停止したような頭脳もこの言葉は正しく捉えた。
「そ、そんなぁっ」
 逝きたい。逝かせて欲しい。もうこんなのには耐えられない。こんなこと続けられたらほんとに死にそう。でも、サンプルは。だから我慢しなければ。でも。ああ……逝かせて……駄目……
 さっきまでは、快楽を貪ることの言い訳にサンプルのことが利用できた。今は正反対だ。
 そんな、今更……ずるい、魔眼まで使って。
「どうする? おっぱい揉み続けてるえっちな錬金術師さん?」
 ああ、駄目、まずはこの手を止めないと。
 アルクェイドは巧みに攻撃の手を加減して、シオンを境界に漂わせ続ける。クリトリスや秘唇を舐めて追い詰め、内腿に爪を立てて引き戻す。
 到底、耐えられなかった。快楽ともどかしさに捕らえられて、どこにも逃げ場はなかった。
「逝かせて……」
「サンプル要らないのね?」
 それでも一瞬躊躇しながらも、シオンは負けを認めた。
「はい。ですから、逝かせて下さい……」
 真祖は愛撫をもう一度スタートし、今回は止まることなく、留めを刺した。

 気が付いたとき、シオンはアルクェイドに髪を撫でられていた。目が合って、シオンは思わず背ける。追いかけて覗き込み、アルクェイドはキスした。
「あはは、可愛かったよっ」
 屈託なく笑う真祖の姫君に対して、錬金術師は打ちひしがれていた。せっかくの機会だったのに、快楽と欲情に溺れて血の試料を貰い損ねたのだから。
 そのため、次に聞こえたアルクェイドの言葉も、玩弄にしか取れなかった。
「サンプル、欲しい?」
「また辱めようって言うんですか。下さらないならもう良いですからっ」
 半ば自棄的に吐き付けたシオンの言葉をアルクェイドは平然と受ける。
「ううん、あげるよ、これ以上何も無しで」
 俄かには信じられず、シオンは長らく沈黙を保つ。
「シオン? 要らないの?」
 やっと我に返ったように、慌てて答える。
「いえっ、下さいっ。しかし、条件を果たせなかったのに、どうして」
 余計なことを言わずに貰えばいいのだと判りつつ、姫君の真意が判らず尋ねていた。
「シオンに協力して、サンプルぐらい提供してやれって志貴に説得されたのよ」
 それもまた、信じられないことだった。一体、志貴はどうやって真祖に言うことを聞かせてくれたのだろう。
 尋ねられて、アルクェイドは半分怒って、でも残り半分は照れ笑いして、答えた。
「今わたしがシオンにしたみたいなことね」
 それはつまり、志貴がアルクェイドを抱いた時、逝かせてやることを条件にサンプル提供の約束を取り付けてくれたわけだ。
 自分と同じように真祖の姫君も、身も世も無く愛撫を懇願したのかと想像する。己の痴態も思い出してしまうから、羞恥を隠すためにシーツに顔を埋める。しかし、雲の上どころではないようなアルクェイドも自分と同じ女なのだと言う思いは悪いものではなかった。
「志貴ってほんと、普段からは考えられないぐらい激しいからねえ」
 姫君の言葉が何故か癇に障る。
「さっきの話からすると、条件云々は関係なく下さるお積りだったのですか」
「そうだよ。志貴にいぢめられたから、そのままのことをシオンにしてみただけ。でも、いい実地訓練にはなったでしょ」
「何の訓練ですか!」
 訓練というからには、本番があるのだろうか。そんなことを考えたシオンは志貴に体を玩弄されているところを想像してしまう。己の妄想に全身を紅潮させつつ、真祖を羨ましく思っているのに気付いた。
 そして何故か、志貴に対して腹立たしい想いがした。
 それらが、嫉妬と呼ばれる感情であることには、まだ気付いていなかった。


 

MoonGazerさんで開催の裏紫苑祭(「シオンで18禁」という二次創作のお祭)に参加したものです。
どうも、月姫はあまりやり込んでないのが割れるものになってしまいましたね。
別れの前に で評判の良かった羽や筆やを再使用したわけでもあります^^;

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