嫌い嫌いも好きのウチ

MAR 様


◇ 

 何でこんな事になったのか。
 いつもの公園、いつものような夜。約束はなかったけれど志貴が来ないかなって待っていたのに、やってきたのは彼女で。
 お定まりの言い争い。いつしかそれが殴り合いになり、力尽きて倒れこんで。
 気がついたら、わたしの上に彼女がのしかかっていた。
 その気になればいくらでも跳ね除けられる筈なのに。
 法衣を脱ぎ捨て、わたしに覆い被さってくる様を、ただ見つめていた。
 わたしのより少し小ぶりかもしれない。でも、張りのある形良い双丘。
 彼女が身に付けてるのがぴったりしたノースリーブのシャツのせいか、その先がこれでもかと尖り硬くなっているのも分かる。
 唇が触れそうな程近く、寄せられた彼女の顔。
 志貴以外の人間に、しかも普段なら絶対一緒にいたくない人間の筈なのに。
 なぜか押しのける事が出来なかった。
「私の黒鍵すら弾き返す体のくせに、なんでこんなに柔らかいんでしょうね」
 その呟きと共に、手がわたしのセーターの中に潜りこんできてる。
 何でそんな事をしているのだろう、彼女は。
「……貴女を犯し、貪り尽くす。
 その様を克明に遠野くんに告げてあげたら、一体どんな顔をするんでしょうね」
「犯すって……何言ってるのよ。あなたもわたしも女じゃない」
「……やり様なんて、いくらでもあるんですよ」
 そう言って、彼女はわたしのセーターをめくり上げる。剥き出しにされたわたしの乳房を、粘土細工を捏ね上げるかのように、力を込めて揉み上げてくる。
 鈍い痛みがそこを中心に体を突き抜ける。
 志貴に優しく愛されるのとは違う、ただ力任せな指使い。
 冗談にしても程がある。さすがに怒りを覚えて、彼女の顔を睨みつけるわたしの目に移ったのは。
 なぜか泣きそうな目をした彼女の顔だった。
「どうして泣いてるの?」
 わたしの言葉に、彼女ははっとしたようにその動きを止めて、私を見つめ返してくる。
「泣いてなど……いません。どこに涙が見えると言うのですか」
「泣いてるじゃない」
 実際に泣いてるわけじゃない。彼女は冷たい表情でわたしを見下ろしている。
 だけど、漏れ出す言葉は涙交じりの嗚咽で。
 瞳は涙に潤み赤く腫れて。
 わたしの目に映る彼女は、泣きじゃくり駄々をこねるようなか弱い少女にしか見えなかった。
 それを認めるのを恐れるかのように、彼女はわたしに向かって言葉を叩きつけてくる。
「……叫びなさい!」
「え?」
「抵抗しなさい。怒りに任せて私を引き裂きなさい!」
「ど……どうしたのよいきなり」
「そうしてくれなければ……あなたが嫌がってくれなければ、こんな事をしてる意味がないんです!」
 それでも、耳につき抜ける彼女の声は、泣き声にしか聞こえなかった。
 そっと彼女の頭に手を伸ばし、二、三度、その短い後ろ髪を梳きくぐらせる。わたしが志貴にしてもらった時、とても落ち着いて楽しい気分になった行為。
 何でそんな事を彼女にして上げたのか、自分でも良く分からないけれど。
 ただ、そうしてあげたくなってしまったのだ。
「止めなさいっ!」
 力任せに払い除けようとした彼女の腕を逆に取り、くっと引きこむ。仰向けに押し倒されてるわたしの上に、ぽふんと彼女が寝そべる形になった。
「何があったのよ。あなた、変よ」
「何もありません。私は普通です! いつものようにあなたと殺し合いをしているじゃないですか!」
 わたしの体を、跳ね除けようとする彼女。
 その背中に手を回してきゅっと押さえつけると、寝そべったまま彼女を抱きしめてる格好になってしまっていた。
 初めて間近で触れた彼女の体は、わたしが思っているよりもずっと小さかった。
 黒鍵を振るい、第七聖典を自在に操る普段の屈強な戦士としての姿からは想像も出来ないくらい、その腕は細く肩は小さく、か弱い。体は無駄なく引き締まってるけど、とても女らしい丸みもそこかしこに残ってる。
 その体が小刻みに震えていた。
 わたしはため息をついた。こんなときでも彼女の意地っ張りは変わらないみたい。
「そんな調子で殺し合いも何もないわよ。どうしたってのよ、一体」
「だからっ! 何でもないと言っているでしょう!
 汚らわしい不浄者のくせに――どこまでも、どこを取っても綺麗なままのあなたが憎いんです! だから、滅茶苦茶にしてやるんです!」
 わたしと彼女の体で、互いの胸がサンドイッチになっている。その窮屈な隙間に無理やり手を差し込んできて、わたしの胸が揉みしだかれる。
 さっきと同じ、ただ痛いだけの行為。
 だけどここで彼女を突き放しちゃいけない気がする。
 だからわたしは痛みに耐えて、彼女を抱きとめる腕に力をこめる。
「は……離しなさい!」
「嫌よ」
「離して! 離してったら!」
「……よく分からないけど。わたしを目茶目茶にするんだったら、離されない方が良いんじゃないの?」
 そう言うと、鼻と鼻が触れ合わんばかりに寄せられた彼女の顔がさっと朱に染まる。怒ってるからなのか、恥ずかしいからなのか分からないけど。
 だって、さっきから彼女の方こそ言っていることが滅茶苦茶だ。私を犯したいなんて言ったり、かと思えば離してだなんて言ったり。普段お利口ぶってる彼女の面影が欠片も無い。
「それじゃ……ダメなんです。
 あなたに受け入れられてしまったら……遠野くんに嫌ってもらえない」
 消え入りそうな声で呟いた、彼女の言葉。
 わたしの頭の中にハテナマークがまた一つ増えてしまった。
 何でそんな事を言うのだ、彼女は。
 私と志貴が愛し合ってるのを知ってて、それでも何かとちょっかいをかけてくる。それは詰まる所、彼の事が好きでたまらないと言う事なんじゃないのだろうか。
 なのになんで憎まれたい、だなんて言い出すのだ。
「なんで? 学校で志貴と話してる時、あなたとっても幸せそうな顔してたくせに。
 学校には入れない私が、悔しくてたまらないくらい、あなた楽しそうだったじゃない。
 なのになんで憎まれたい、だなんて言い出すのよ」
「……だからです」
「え?」
「楽しかったから、幸せだったから! だからわたしはここの思い出を捨て去らないといけないんです!」
 わたしの頬に、一滴、二滴と伝わり落ちる雫。晴れ渡った空のように澄んだ蒼い彼女の瞳が、潤み揺れていた。
 彼女のこんな顔を見たのは初めてだった。
 憎たらしさしか覚えない筈の顔なのに、触れば壊れてしまいそうなほど儚く脆い表情で。
 でも必死に強がって――そう、強がっているんだ。
 そう気付いた時、わたしの心の中で何かが揺れた。
「――!」
 驚きに目を見開く彼女の顔がぼやけて見える。
 わたしの唇が、熱くて、そして柔らかいものを受け止めている。ううん、受け止めてもらってる。
 ただ唇と唇を合わせるだけ。キスとも言えないような行為だけど。彼女の心の鎧を引き剥がしたくなってしまって。
「……っは! な、にを……」
「ビックリした? でも、少し落ちついたんじゃない?」
 朗らかに微笑みかけると、彼女は何も言わずにわたしの胸元に顔を埋めてきた。当たる吐息が少しくすぐったい。
 思いっきり混乱してるなら、もっと混乱させてあげれば逆に落ちつくんじゃないか。方法は乱暴だったけどある程度効果はあったんだろうか。まさか二人目のキスの相手が彼女になるだなんて思ってもみなかったけれど。
「……どうしてあなたはそうなんですか」
 くぐもった感じの呟きが聞こえてくる。ぽつり、ぽつりと。
「ん?」
「私は……あなたが大嫌いです。
 あなたは私が狩るべき『魔』。それなのに遠野くんの恋人で。彼の心を掴んで離さないんですから」
「あはは、改めて言われると照れるね」
 私自身がそう思っていても、やっぱり他の人から「恋人」と言われるとこそばゆいような、嬉しいような不思議な気持ちになる。
 でもその反応がお気に召さなかったみたいで、彼女は冷たい視線で私を睨みつける。
「だというのに……自分の大事な人にまとわりついてる、私みたいな女に。何でそんな笑顔を向けられるんですか」
「ん〜、何でだろうねぇ」
 自分でも良く分からない。
 彼女がわたしを嫌うなら、わたしも彼女を嫌い返せば良い。わたしを心底憎むなら、その気持ちを返せばいい。
 今みたいに、わたしにのしかかってセーターを脱がそうとしてる、こんな事をされる前に八つ裂きにだってしてやれた筈。だって今の彼女は隙だらけだ。
 だと言うのに彼女の思うがままに任せるどころか、抱きしめ、キスまでしてしまった。
 泣きじゃくる彼女を慰めるような真似をした理由は何なんだろう。
 その根本の理由を考えてみて――苦笑する。
 なんだ、そうだったんだ。そんな理由だったんだ。
「わたし、きっとあなたの事好きなんだ」
「……は?」
 わたしの言葉に呆けた顔をする彼女。
「勿論、一番好きなのは志貴だけど。やっぱりあなたのいるこの町の日常も大事な『無駄』なんだよね。
 だからあなたが今日みたいに変な調子じゃ、やっぱりわたしも調子が狂っちゃうよ」
 そう言って笑いかけたのに。
 彼女の顔は暗く沈んだままだった。
「それは余裕ですか。持てるものから持たざる者への哀れみだとでも言うつもりですか」
「ちょっと、そんな事言ってないじゃない!」
「同じ事です!
 私は……私は明日にでもヴァチカンに戻らなければならないのですから!」
「……えっ……」
 初耳だった。
 でも考えてみれば当然かも知れない。
 蛇が滅んだ以上、彼女がこの地に留まり続ける理由はなくなってる。死者の浄化など、教会の騎士団を派遣すれば済む程度の仕事なのだし。
 埋葬機関は常に人手不足だと王冠の少年に聞いている。彼女を遊ばせておく理由も時間も無いのだろう。
 だとしても、それはあまりにも急な話だった。
「もはやこの町に来る理由は無いでしょう。あなたと顔を合わせる事はあるかもしれませんが、恐らく遠野くんには会う事は出来ません。
 だけど……私が埋葬機関の司祭に戻るには、あまりにも……」
 二筋の雫が彼女の頬を伝わり落ちる。
「……ここは優しすぎるんです。ここの思い出は私を弱くしてしまうんです」
 溢れ出した涙と共に、彼女の心が吐き出される。
 その言葉で繋がった。何で彼女がこんな事をしてるのか。
 本当に、なんて……なんて……
「ばかおんな、なんだからっ!」
 志貴がわたしに言うみたいに、わたしは彼女に言ってやる。何か無性に腹が立ってしまったのだ。
「それで、黙ってここを出てくつもりだったんだあなたは!」
「いけませんか!」
「いけないわよ! いきなりいなくなったりして、志貴が悲しむとか考えなかったわけ?!」
「だから、あなたを目茶目茶にしてやれば遠野くんだって軽蔑します! そうすれば私の事なんか……」
 真顔で、まるでそれが当然であるかのように言う彼女。
 ああ、もうダメだ。何でこんなに頑固で一途で分らず屋なんだ。
 そんな事をして、いくら腹を立てたとしたって。志貴が彼女の事を忘れられるわけがないじゃない。
 あまりにも腹が立ってしまった。
 私が愛してる人がそんな人だと思っているのだろうか。私を愛せるような人が、そんなに冷たい人だとでも思っているのだろうか。
 怒りに任せて、おもむろに彼女の腕を取ってしまう。
「きゃっ!」
 態勢の崩れた彼女を押し倒し、地面に組み敷く。ついさっきと全く逆の態勢。私が彼女の上にのしかかってる。
「な……にを」
「あなたがあまりにもバカな事ばかり言ってるからでしょう!
 わたしの所が嫌いだと言うならそれは仕方ないと思ってる。わたしは真祖だし、あなたはエクソシストだものね」
「そうです、私とあなたが馴れ合う理由なんか……」
「でもそれは私とあなたの問題よ。志貴には関係ない。
 だから、志貴を悲しませるような事はしないで! それだけは……絶対に許さないから!」
 わたしの中に荒れ狂ってるのは、怒りなんだろうか。悲しみなんだろうか。心の衝動のまま、叩きつけるように言葉を吐き出す。
 何でだろう、目の周りが熱い。視界が滲む。だけどそんな事は関係ない。目の前のばかおんなに、自分がどれだけヒドイ事をしようとしてるか分かってもらわないといけないから。
 だから、言葉を鎚に変えて、彼女を叩き続ける。心に、響くように。
「志貴に嫌われるような事をして、志貴に忘れてもらいたい。そんな事で捨て去れるような記憶だったんだ」
「……捨て去れません! 捨て去りたくないですよ!
 でも捨てないといけないんです!」
「何でよ!」
「甘えてしまうから! 私は弱いから、それに縋ってしまうんです……」
 切なそうに言葉を絞り出す彼女。まるでその言葉そのものが罪であるかのように、苦しげに。
 でも、何でそれが罪なのだろう?
「何でそれが悪いのよ。縋りなさいよ。大事にしなさいよ!」
「私に、弱くなれと言うんですか。
 故郷を滅ぼした罪深き女に、心の甘えを持てと言うのですかあなたは。
 もはや二度と来る事のないこの場所に、憧憬と憐憫を持ったまま生きていけというのですかあなたは!」
「なんで、二度と来れないだなんて決めつけるのよ……」
 もう、限界だった。
 わたしの目にたまった涙が、溢れだし頬を伝わり落ちた。受け止めた彼女の胸に濡らし染みこんでいく。
「なんで……あなたが泣くんですか」
「分からないわよ! 分からないけど、涙が出てきちゃったんだから仕方ないじゃない!」
 彼女がいなくなる事をわたしが悲しがってるのか。
 彼女がいなくなって悲しむ志貴の姿を見る事が哀しいのか。
 彼女が、ここに二度と来ないと言っている事が哀しいのか。どれが哀しいのか分からない。
 たぶん、全部入り混じっちゃってる。だから。
「帰ってきなさいよ!
 わたしはここにいる! 志貴がいる限りここにいるんだから! だから帰ってきて私を滅ぼしにきなさいよ!」
 混沌とした心に突き動かされて。そんな言葉を口にしていた。
 それを聞いて、彼女の顔もきょとんと、している。
「あなたを……滅ぼす?」
「そうよ。真祖の姫を処罰する。そんな役目はあなたにしか出来ないでしょう!」
 我ながらなんとも無茶な事を言ってる。
 でも、どんな理由でもいい。このまま、はい、サヨナラというのだけはイヤだったから。
 だから、そんな言葉が口から飛び出ていた。
 そのまま、無言で互いの視線を受け止めあうわたしたち。
 どれほどそうやって見詰め合っていたんだろう。
「何を言っているんですか、あなたは……」
 吐き出される、呆れたような呟き。だけどそれはいつもの彼女の苦笑から漏れた物だったから、自然わたしの顔にも笑みが浮かんでいた。
「本気だからね? 何だったらあなたの陰険上司に直談判してあげるわ」
「それは是非ともお願いしたい所ですが……結構です」
 そう言うと、彼女は腕を伸ばして私の背中に手を回してきた。
 あ、と声を上げる暇すらなく、今度は彼女に抱きしめられる。先ほどの乱暴なやり方じゃない。とても温かくて安らぐ抱擁。
 柔らかい、出来立てのパン生地のような彼女の胸。それにわたしの体が受け止められて。
 そして私の唇が、彼女のそれに受け止められる。
「……私を滅茶苦茶にしてください。憎むべき真祖の姫の手によって、私を堕落させてください。
 そうすれば、私は必ずここに帰ってきますから。あなたに復讐するために帰ってきますから」
 唇を離した彼女の囁きが、私の耳を犯す。その声は声は熱っぽくそして艶っぽいのに、その表情はどこか真摯で恥ずかしげで。
 さっきまでわたしの所を「犯す」だなんていっていた彼女じゃないみたい。
 無茶苦茶な事を言ってる筈なのに、なぜか抗えない説得力を持っていて。
 その視線に射抜かれてしまったわたしは、答える代りに再び彼女の唇を奪っていた。

 軽く、舐めるように唇を這わせた後、下唇を甘噛みし、薄く開かれた隙間を舌で突つく。
 艶やかなノックは、正しく報われた。開かれた口に、わたしの舌が滑りこむ。待ち構えていたかのように絡み合ってくる彼女の舌。
 志貴に教えてもらった技法を、彼を取り合った敵に披露する。
 その倒錯した状態に、頭が痺れそう。
 舌と舌が、まるで一つの生物のように、絡み合い、唾液が糸を引いて溶け合う。
 わたしと彼女が一つになり、互いの体液を移し合ってる。
 これはセックスだ。
 口と口、女同士だけど。何も変わらない。
 体が火照る。剥き出しにされたままの私の乳首も、勃ち上がってしまって痛いくらい。
 ひやりとした空気が、そこを。わたしの体を撫でていく。そんな中で、彼女の体が触れ合っている。その部分だけは熱く、柔らかく、そして例えようもなく気持ちが良かった。
 この快楽に芯から浸るわたしの体が、ごろんと横向けに倒される。あ、と思ったけれど、彼女の舌が心地よくて、そのままなすがままに。
 それが伝わったのだろうか、わたしの背中が痛くならないように、ゆっくりと押し倒されてく。
 ふたたび彼女が上で、わたしが下。
「ぃや……恥ずかしいよぉ」
 口だけはそう言って、嫌がる素振りを見せてみる。すると彼女の唇が、わたしの唇から離れていってしまった。
「……あ……」
 名残惜しかった。もっと彼女の舌を味わっていたかったのに。真に受けてしまったんだろうか。
 だけどそんなわたしの思いなど、向こうにはお見通しのようで。
「もっと恥ずかしがってください。羞恥に震えて、身もだえして下さい」
 そんな事を呟いて、伸ばされたままのわたしの舌に軽く口付けると、彼女の手が優しく、でも留まる事無くわたしのセーターを脱がしてしまった。そのまま彼女は自分のシャツも脱ぎ捨ててしまってる。
 剥き出しのわたしの上半身。そこを彼女の舌が伝っていく 
 喉を撫でられ、鎖骨を通って、乳房がしばしねぶられる。しばしそこで羽を休めた彼女の舌は、今度は一直線にその頂きへ。
 期待にわたしの体が震えてしまう。
 でも最初は、甘く、蕩けるようにしか舐めてくれない。
 優しくもどこか物足りない刺激に、わたしは焦れるように体をよじる。
「何を期待してるんですか、いやらしい」
 その言葉と共に、痛いほどの刺激がわたしの体を走り抜けた。
 違う、これは快楽。
 乳首に歯を立てられたわたしは、背を弓反らせてその気持ち良さに浸る。そこに手を差し込まれ、引き起こされた。
 スカートがまくり上がったわたしの太ももに、彼女がまたぎ座る。そんな形で向かい合った。
 彼女は何も言わず、ただ深い、空のような目で私を見つめてくる。
 潤んだ瞳に浮かぶ色は、さっきまでの思いつめた切ないものじゃなかった。
 それはわたしが良く知っている色。私が志貴に向ける目の色。
 だから、わたしも志貴にしてもらったように、彼女の顔を引き寄せて、深く口付けた。
「ふっ……あぅ」
 深く、もっと深く。漏れ出す吐息も惜しい。吸いきれない唾液がわたしの口を伝い、喉を濡らす。それは彼女も同じで。
 もはや口付けではなく、互いに感情をぶつけ合い、唇を貪り合う獣のような行為。
 それがまた、たまらなく気持ちよかった。
 同じ激しいキスでも、志貴とする時とは全然違う。彼女の舌は、優しく、意地悪だ。わたしの舌を包みこみ、からめ合い溶けこんだかと思えば、次の瞬間にはふっと引いてしまう。たまらず追いすがると、まるでそれを読んでいたかのように受け止めてくれる。
 口と口の中、舌と舌での鬼ごっこ。それだけで、再びわたしの体の芯が、ぞくりとざわめく。
 熱は引く事など知らず、天井上がりに上がっていくみたい。最初にキスしたのはわたしなのに、何時の間にか逆に彼女に飲み込まれてしまってる。それが全然イヤじゃないくらい、ただ、気持ち良い。体も、心も。
「覚悟してくださいね。もう、逃がしませんから。
 あなたを目茶目茶にするまで。私が目茶目茶にされるまで……」
 そう言うと、少しの間も惜しいとばかり、彼女がわたしの頭に手を回してくる。再び強く唇が吸われる。舌がねっとりと絡み合う。 
 固く立ちあがってしまった乳首が、彼女の豊かな胸に吸い寄せられる。蕩けそうなほど柔らかいそれにやさしく包まれて、まるで胸に食べられてしまっているかのよう。
 でもそれは向こうも同じみたいで。
 気付けば、わたしの乳房も彼女の胸の突起を飲み込んでしまってる。
 ぼんやりと見える彼女の顔は、絶間ない快感に必死に耐える様に、目を細め眉が寄せられていた。
 だから、きっとわたしも同じ顔をしてる。
 わたしの顔も、きっと快感に歪んで、必死に耐えて、こんな切ない顔をしているんだ。
「っあぅ! はぁ……はぁはぁ」
 流石に息が限界になってしまったみたいで。彼女の唇が、わたしの口から離れていってしまった。
 互いの唇に糸を引いた唾液が、つぅと滴りわたしの胸に零れ落ちて。谷間にたまって小さな池を形作ってる。
 期待に満ちた眼差しで、彼女の顔を見つめると。
「はしたない」
 そう言うと、悪戯っぽい目でわたしに微笑む彼女。
 彼女は意地悪だった。わたしが何をして欲しいかを知っていて、だからこそ直接には答えてくれない。
 そのままそっとわたしの指を引き寄せて、口に含んでくる。じんわりと柔らかく温かい感触が、わたしの右の人差し指を中心に、体中に広がっていく。甘噛まれ、歯を立てられた刺激が気持ち良い。
「あぅ、もっと……」
 そんな言葉がわたしの口から漏れ出してしまう。
 それを聞いた彼女は指から口を離し、わたしの指をその手で撫でまわしてくる。
「何で……」
「ん?」
「なんで、こんなに綺麗な手なんですか貴女は」
 熱っぽい瞳で、わたしの手を見つめてくる。
「その気になればこの指で、人の体など簡単に引き裂けてしまう。
 なのに、こんなに細くて、柔らかくて、すべすべしていて。ずるいですよ」
 また指の先が咥えられた。さっきより強く。嫉妬がこもってるのか、痛いほどの刺激だけど。
 でも、それだけじゃないって分かるから、その痛みすらもわたしの体をわななかせる。
 「そんな事ないよ。ほら、あなたの指だって」
 お返しの気持ちをこめて。わたしも彼女の手を引き寄せ、口に含んだ。
 確かに彼女の言う通り、太くて、力強さを感じる指。彼女の歩んできた道を、その指が雄弁に物語っていた。
 だけどその指が、どうしようもなく愛らしい。
 その指を一本一本、大切に。心をこめて。志貴のモノにしてあげるように、丁寧に。舌を使って舐めまわしてあげる。
 上目使いに彼女の顔を見上げると、快感に震える彼女の顔。
「ちょっ……あぁ……」
 堪えきれなくなっちゃったんだろう。わたしの指を弄ぶ事をやめて、背を反らせてわたしの顔を自分の胸に押しつけてくる。ぱふっと、音がしたかと思ったくらいに柔らかい彼女の乳房が、わたしの頭を受け止める。
 ちょっと息苦しいけど、でも指のおしゃぶりは止めてあげない。
 だって、わたしの太ももに、ひやりとした感覚が伝わってくるから。
 ちらりと目を落せば、またがっている彼女のショーツは、既に濡れそぼっている。その下の茂みすらうっすらと見えるくらいに。とても扇情的な、イヤラシイ眺め。
 感じてるんだ。さっきのキスで。胸と胸の睦み合いで。そして今の指への愛撫で。
 どうしようもなく感じちゃってるんだ。
 なんて可愛いんだろう。
 だから彼女の胸元から頭を上げて、耳元に口を寄せる。
「濡れてるよ。
 シスターなのに、汚らわしい吸血鬼と絡み合って、濡れちゃってるよ」
 わざとからかうように囁いた。こんな風に言えば、もっと可愛い顔になってくれるんじゃないかと思って。
 でも、彼女はやっぱり意地悪だった。
 口元に笑みを刻んで、無言で空いた手をスカートの中に手を滑らせてくる。太ももを這い上がる彼女の手が、少しくすぐったい。
 その手が内側に寄せられてくる。数瞬後への期待に、わたしは足を広げてそれを待ってしまってる。
 それなのに、彼女の手はするりとそこを避けて逆側の太ももへ。
「あ……」
「貴女こそはしたない。
 真祖の姫ともあろう者が、肉の喜びにうち震え、快楽を求めて股を開くだなんて」
「そ……れじゃ、おあいこだ、ね」
「ええ、おあいこです」
 言葉だけは鋭く。でも私に囁く声は甘く、熱っぽい。その声に高められてしまい。わたしの口から吐息がもれる。
 そのまま手が、わたしの両の太ももを行き来する。触れて欲しい所に決して触れてくれない、意地悪なメトロノーム。
 それが何度繰り返されただろう。
 いきなり彼女は私の耳たぶを甘噛み、その指が私の秘唇を濡れ切った布の上から撫でさすった。
「ふぁう!」
 意味をなさない叫びがわたしの口から飛び出してしまう。背を反りかえらせ、付き抜けた快楽の電流に身をわななかせる。彼女の腕の支えがなければ、私はきっと倒れこんでしまってた。
 期待に期待を重ねた上に与えられた悦びは、あまりに強烈だった。
 腰に力が入らない。ガクガクと、体が揺れてしまっている。
 でも彼女はわたしを解き放ってくれない。指はショーツの上からなおも嘗め回すようにわたしの奥を探り、唇はわたしの耳を捉えて離さない。
「ひんやりと、冷たい体なのに。ここだけは熱いんですね」
「やぁぁぁ、言わ……な……」
「ショーツの上からでもこれです、直にいれたら、私の指は溶けてしまうかもしれないですね」
「いゃだ、そんな事……」
 どこを指しているのか、言われなくても分かるから。恥ずかしくなってしまってわたしは顔をそむけようとする。そんなわたしの態度が彼女の火に油を注いでしまったみたいで、わたし自身を責めてくる指が数を増してくる。
 型をとるように入り口が撫でまわされる。布の上から浅く差し込まれる。既にわたしの肉芽はぷっくりと立ち上がってしまって、濡れ切ったショーツがすれるだけでも気が飛びそうな刺激を与えてくる。
 それがきっと伝わってしまってるから。彼女はただ優しくからかうような指使いで、わたしを責めさいなむばかり。
「お……おねが……もっと、強く……」
「何を、どうして欲しいんですか」
「わかって……る、くせに」
 既にわたしの目には涙が浮かんでしまっている。今のままでも気持ち良い。だけど、その先にもっと快楽があるのを知っている。それが与えられない苦痛。
 そんなわたしの涙をなまめかしく舌で拭いながら、見つめてくる彼女。その瞳は意地悪な笑いを浮かべてる。
「わたしは敬謙なシスターですから。こういう知識はないんです。何をどうして欲しいのか言ってもらえないと、わかりませんよ」
「うそ……つき」
 わたしよりもはるかに良く知ってるくせに。したり顔でそんな事を言う彼女にとっては、それすらもわたしを責める手段なのだ。
 わたしに直に言わせたい。わたしの顔を羞恥に赤らめさせたい。
 そんな彼女の思惑に、喜んで乗ってしまう。
「わ……わたしのスカートとショーツを下ろして……」
「下ろして?」
 スカートのフックが外される。腰を浮かせてそれに協力すると、薄紫の布はするりと私の足から抜けた。
 続いてショーツも。濡れ切ってしまったそれは肌に張り付いてしまって脱がせ辛そうだったけど、彼女の手は巧みにわたしの体から邪魔な布を取り払っていった。
 街灯の下の薄闇に露になるわたしの裸体。上も下も何一つ、隠す事無く彼女の視線にさらされてしまっている。潤み切った秘所から流れ落ちる雫が、太ももを伝わり落ちて膝まで濡らしてしまう。
 どうしようもなくはしたなく、恥ずかしい今の格好。体の芯が天井知らずに熱を持ってしまってる。
「お願い……指を入れて! ぐちゃぐちゃに掻き回して!
 わたしのはしたない、えっちな……ヴァギナを、クリトリスをめちゃめちゃにして」
 顔から火の出そうな言葉を口にする。その恥ずかしさが、どうしようもなくわたしを高ぶらせてしまう。
 この答えに、この顔に満足したのだろうか。わたしの耳を弄んでいた彼女の唇が、つつーっと首筋を伝って下がり、再びその舌がわたしの乳首を舐め、しゃぶり始める。それと同時に、彼女の右手の指が二本、わたしの中に潜りこんだ。
「ひゃうっ!」
 まるでお漏らししてしまったかのように濡れ切ったわたしの膣は、二本の指でも難なく飲み込んでしまった。すんなり入ったのは、きっと彼女が意地悪な気もちを引っ込めて、優しく気を使ってくれたから。
 でもそれも一瞬。潜りこんだ彼女の人差し指と中指に、激しく私の中が掻き回される。曲げられた指に、内側をこそぎ取るかのようにされたと思えば、もう一本の指は私の弱い所を突ついてくる。
 志貴でも完全に分かってるわけじゃないのに、なんでこんなに的確なんだろう。そんな事が一瞬頭を掠めるけど、すぐに何も考えられなくなってしまう。
 だって、あまりにも、気持ち良すぎる。
 胸の先から伝わってくる快感と、脚の付け根から伝わってくる快感。それらがお腹のあたりで一つになって、全身に電流のように広がってくような。そんな錯覚すら覚えるくらいの圧倒的な快楽。
 息をするのすらままならないほどの快楽の波に浸されながら、それでもわたしは貪欲に、更なる気持ち良さを求めてしまう。
「ふぁう……はぁ、もっと……もっとぉ!」
 声を押さえる事なんか思いつかなかった。両手で彼女の頭を掻き抱き、自分の胸にぎゅっと押し付けてしまう。それに応えるかのように彼女の親指が、ぷっくりと顔を出してしまったわたしのクリトリスを押しつぶした。
「ぁぁぁぁあっ!」
 ひときわ強い電流が、わたしの体を貫き走る。軽く達してしまったせいか、腰に全く力が入らない。そのままくたりと彼女に身を預けて、目を閉じる。
「まだ、これからですよ」
 そんな彼女の言葉と共に、わたしの体が地面に横たえられる。あそこから指は抜かれてしまったけど、その間も彼女はわたしの乳首に、乳房に口をつけたまま。やがて彼女の唇の感触が、段々下に下がっていく。その先の期待に、わたしは体を捩じらせてしまう。
 今度は、意地悪されなかった。
 彼女の舌が、わたしの繁みを掻き分けて、花弁を撫でまわしていく。指でされるのとは全然違う。その感覚はひたすらに柔らかく、温かく、そしていやらしい。
 その舌が。
 指でただ押されたのとは比較にならないほど、頭の中がその言葉で一杯になってしまうくらい、ただ、きもちいい。
「感じているんですね? わたしに舐められて。いやらしい所をドロドロにして」
「ふぁ、ああああっ!」
 悪戯っぽく問い掛けられる言葉にも、わたしはまともに返事が出来ない。
 もっと深く、もっと激しく。もっと淫らに、もっといやらしく。
 隅々まで抉って欲しい。一滴残らず飲み干して欲しい。そんな思いに引っ張られるように、わたしは彼女の顔を押し付けてしまう。
「――?! ちょっ……」
 くぐもった彼女の抗議の声にも、わたしは手を離すことが出来なかった。一秒でも早く、もっと気持ち良くして欲しい。だけどそんな私の気持ちとは裏腹に、無理やりに彼女は頭を上げてしまった。てらてらと濡れひかる彼女の口元が、たまらなく淫らでいやらしい。
「あっ……ヒドいょ……」
 思わず漏れたわたしの言葉に、彼女が恨めしげに私を睨んでくる。
「ヒドイのはあなたです。自分ばかり気持ち良くなろうとして……」
 その言葉で我に返った。確かに、わたしはしてもらってただけ。これじゃいけない。
 身を起こして彼女と向かい合う。汗に塗れて上気した彼女の肌が、赤く火照りきっている。美味しそう。そんな言葉が頭に浮かぶ。
「腰、浮かせて……」
 わたしがそう囁くと、素直に半立ちになってくれる彼女。もはや下着の意味をなさない、濡れ切ってる彼女のショーツを引き下ろす。とろりと糸を引いてしまってる光景に、わたしの奥が疼いてしまう。
 彼女の髪の色と同じ、青黒い繁みの奥、虫を呼び寄せる蜜を流し続ける淫らな花弁。
 そう、わたしはそこに引き寄せられた虫。
 だからさっきとは逆に、わたしが彼女を押し倒す。
「ぁん……強引、ですね」
 そんな彼女の言葉も、私の背中を後押しする効果しかない。
 初めて見る他の女性のその部分はどうしようもなくグロテスクで、そしていやらしかった。
 スイッチが、入っちゃった。
 食べたい、舐めたい、啜りたい。深くまで抉って、余す所なくキスして。
 わたしがされたかった事を、全部してあげたい。
 上手いやり方なんて分からないけれど、ただその思いに忠実に。
 ぱっくりと開いてしまってる彼女の陰唇の周りに舌を這わせる。ぴちゃぴちゃと、淫らに音を立てて。
「はぁ……あああああっ!」
 背を反らせて声を上げる彼女の姿に、どうしようもなく嬉しい物を感じて、わたしはそのままそこに深く口付け、思い切り強く吸い上げた。
 上の口と下の口、ありえない接吻。
 自分がされる時はただひたすらに気持ちが良くて。自分がしてる時は、とてもソソラレル。
「上も、クリトリスも……お願い……!」
 泣きそうな声でそう叫んでくる彼女に導かれて、わたしは口を上にずらす。ぷっくりと勃起してる肉芽がわたしの唇にあたって、彼女がびくりとする。舌でころころと撫でまわしてあげると、その度に身を捩ってくる。
 このままいじめてあげ続けたかったけど、快楽に身をふるわせる彼女の姿があまりにも可愛かったから。
 かぷりと、歯を立てて甘噛んであげた。
「ひっ……あぁぁぁぁーっ!」
 絞り上げるような叫び。背骨が折れそうなくらい背を弓反らせた刹那、糸が切れたように彼女はくたりと崩れ落ちた。
 イっちゃったんだ。わたしの口で。
 荒い息を付く彼女。きっと可愛い顔をしてるんだ。
 それが見たくて、彼女の顔を覗きこむと、腕を回されて深々と唇を奪われる。
「ごめんなさい、先にイってしまって」
 唇を離して本当に済まなそうに言う彼女に、いきなり指を突き込まれた。何の心構えもない所に与えられた強烈な刺激に、一瞬息すら止まってしまう。
「ひぎぁ……あぅ、い……いきなり」
「いいですよ、今度は。最後までつれていって上げますから」
 わたしの耳元に彼女の口が寄せられて、甘い歌声のように囁かれる。
「泣いてください。狂ってください。あなたが堕ちる様を全部、私に見せてくださいね」
 そのままわたしの太ももの上に馬乗りになる彼女。その間も指での刺激は止めてくれない。縦横無尽に彼女の指が蠢く様は、わたし自身の中にまるで別の生物がいるみたい。
 さっきの指使いも、舌での攻めも彼女にとっては余興のようなものだったんだろうか。頭の中に火花が飛んでしまう。それくらい、今の攻めが激しくて、そして、イイ。
「あぁぁあっ! だ……だめ、激しす、ぎ……」
 こらえ切れず漏れたわたしの言葉に、彼女はするりと指を抜いてしまった。
「え……何、で……」
 悦びに溢れ出した涙に滲んだ視界で彼女を見やる。何でそこで止めてしまうの、そう思う間もなく、わたしの右足が抱えあげられた。そのまま彼女は体を寄せてきて。
 わたしの陰唇に彼女のそれが、摺り寄せられた。
「ひぃぁっ?!」
 こんなのは、想像もしてなかった。下の口同士で口付けだなんて。
 互いに止めもなく流れ出してる蜜の中で。わたしのと彼女のと、二つの肉花が互いを貪りあってる。あまりにもはしたない格好をして、羞恥に赤く染まり切った顔までしっかり彼女に見られてしまってる。
 そんなわたしに、からかうような彼女の声が振りかかる。
「真祖の姫が、こんなにもはしなたい淫らな格好で……」
「いわな……いで……」
 そう返すのがやっと。同じ快感を受けてる筈なのに、わたしを声でいじめる余裕まである彼女。
「自分で腰を振って、私に摺り寄せてきて」
「う……そ……」
 その言葉で、始めて気付いた。ぐりぐりと、彼女の股間に自分の股間を押し付てる。まるで彼女の花弁を丸ごと食べようとしてるみたいに。
 ああ、わたしは、こんなに、イヤラシカッタンダ。
 自覚が羞恥を高めて、悦楽を際限なく加速してく。
 もうだめ、何にも、何にも考えられない。
「おね……が、飛ば……して! つれてって!」
「ええ。全部……受け止めてあげますから……」
 そう言うと彼女は、わたしの腰の動きに合わせてひときわ強く摺り寄せてきた。彼女とわたしの肉芽同士がすり合わされ、押しつぶされる。
 刹那、視界も頭の中も真っ白に染め上げられて。
 わたしの意識はハジケ飛んでしまった。

 どれくらい気を失ってたのか分からないけど。
 目を空けて最初に飛びこんできたのは、彼女の大きな瞳だった。唇に暖かくて柔らかい感触。
 ああ、またキスされてるんだ。
「ああ、もうお目覚めですか」
 ちょっと残念ですね、そんな言葉と共に彼女の唇が離れてく。体を起こして二、三回頭を振ると、ぼやけてた視界がはっきりしてきた。
 向かい合うように私の前に腰を下ろしてる彼女は、何時の間にかいつもの法衣姿に着替えていた。当然、というべきかわたしはまだ真裸のまま。お互いに裸だったらそんなに気にはならないけど、わたし一人、というのはやっぱり恥ずかしい。
「そうですね。人払いの結界もそろそろ無くなりますし、着替えた方が良いと思いますよ?」
 にんまりとした笑顔でそう言って来る彼女。考えてる事が顔に出ちゃってたか、指摘されると恥ずかしさがいや増してしまう。
「わ……わかったわよ! えと、どこに脱いだっけ……」
 そう呟くわたしの目の前に、畳まれた服一式が差し出される。しかも何時の間に調達したのか、下着まで新しくなってる念のいれよう。
「……気持ち悪いくらい親切ね?」
「しばらく大嫌いなあなたの顔見ないで済むんですから、最後にこの位の親切をしても主はお許しになるでしょう? それに……」
 そっと耳元に口を寄せてくる彼女。
「あなたがあんなに乱れよがる様を見れたんですから。可愛かったですよ」
 その言葉に一瞬で顔が真赤になってしまう。
「な……何を言い出すのよいきなり!」
 食って掛かりたかったけど、さすがに裸のままじゃ様にならないから、せめてそっぽを向いていそいそと着替える事にした。
「……行っちゃうんだね」
「ええ、このまま旅立つ事にします」
 セーターに頭を通しながら、わたしは呟いて。彼女もポツリとそう応えた。
 戯れの時間は終わってしまったから、彼女は自分の場所へ帰らないと行けないんだろう。それを止める事だけはできない。
「志貴には挨拶はしていかないの?」
「こっそりと、あなたのいないところで挨拶していきますよ」
「そっか」
 志貴は悲しんじゃうだろうか。引き止めようとするだろうか。
 でも今生の別れじゃないから、きっと彼も笑って送り出してあげるんじゃないだろうか。
 だから、わたしも。
 着替え終わったわたしは立ちあがって、くるりと彼女に向き直る。
「いい? わたしは待ってるんだからね? 必ず戻ってきなさいよ」
 そう言って、飛びきりの笑顔を彼女に向けた。
「ええ。憎い真祖の姫にあんな事されてしまいましたから。この屈辱は必ず晴らさせてもらいます」
 彼女も立ち上がって、にっこりと微笑んでくる。
「だから、この町を――遠野くんをよろしくお願いしますね、アルクェイド」
「任せておいて。誰にも手だしはさせないから。
 だから――気をつけてね、シエル」
 握手も要らない。抱擁も要らない。それは次にあった時のお楽しみ。
 だからそんな簡単な挨拶で、彼女は踵を返す。
 わたしはその背中を見送るだけ。
 それがわたしたちの関係に一番相応しいお別れだと思うから、その姿が見えなくなるまで、わたしはそっとこの場所に佇んでいた。

 

END

 


 

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