あやあやあや

秋月 修二 様


 一瞬だけ呼吸を忘れ、肺が圧迫された。予想していなかったと言えば嘘になるけど、でも、こう切り出されるとは思っていなかったから。
 前の時を振り返る。気持ち良いんだかどうなのか解らないまま、ぞくぞくして終わったような気もする、そんなあやふやな一回目だった。
 じゃあ、今度はどうなっちゃうんだろう。
 先を見たがっている自分がいる。そのことを誤魔化しきれない。忘れかけていた太股を、軽く擦り合わせた。脚の間が落ち着かない。触れられているだけで、触れているだけで、何かを感じていた。熱が迫り上げてくる。
 顔を上げる。視線を合わせて、すぐに逸らしかけて、それでも――あたしは頷いた。飛び込んでくるのは、嬉しそうな衛宮の顔。
 肘をついて、伏せていた体を起こした。衛宮がそれを手伝ってくれたことに、内心で喜んだ。また衛宮を受け入れるのには緊張しているけれど、それ以上に、燻っている感覚をどうにかしてほしかった。
 黙って見詰め合う。何か言うべきかと考えて、結局何も浮かばないまま、気恥ずかしさに首を傾げた。衛宮の好きにしていいよ、なんて口に出せなかった。
 衛宮の手が、髪の毛にそっと分け入ってくる。何をするのかが解ったので、されるがままに目を閉じた。唇に温もりが触れて、舌が割り込んでくる。激しいキスではなく、しっかりと確かめるような触れ合いだった。
「ん――」
「ふぁ……」
 キスの間は抱き合いたいのに、手は自分の脚の間に挟み込まれている。無意識に守っているのだろうか。自分で知っているよりも、あたしは臆病なのかもしれない。
 脚を動かす。手を挟む力が強くなる。指先にハーフパンツが軽く触れた。
「あっ」
「……ん?」
「ん、なんでもない……」
 離しかけた唇を、もう一度押し付ける。キスが目を閉じるもので、安心してしまった。でも、本当は安心なんて出来ない。さっきまでとは違う恥ずかしさが、あたしの体中に火を点けている。
 ハーフパンツに触れた指先は、そこが凄く濡れてるってことを教えてくれた。さっきまで気になっていたのも当たり前だ。自分でしたことなんてなかったけど、自分がこんな風になるなんて、全然知らなかった。
 ショーツもハーフパンツも関係無いくらい、感じちゃってる。自分がこうなってるってことが、馬鹿みたいに恥ずかしい。
 ――こんなの見られたら死んじゃう。エッチだって思われる。
 気持ち良いのは確かでも、だからってこんなの見られたくない。胸を見られるのだって、相当覚悟が必要だったのに。
 どうしようかと焦りだす。このまま誤魔化せるはずなんてない。気付かれないように、自分から脱いじゃっても……そんなことしたら、それこそエッチに思われる。
 方法が全く浮かばなくて、行き詰まってしまう。このままで済むはずなんてないのに、こうするしかない。ぴったりと脚を閉じて、見られないように衛宮に抱きついた。どうしたらいいか解らなくて、力が強くなっていく。
「ど、どうした?」
「ねえ……目、閉じて」
「いいけど――まだ、恥ずかしい?」
 そんなのは当たり前の話。ただ、それが恥ずかしいで終わらないかもしれないから、こうして頼んでいる。ああもう、本当に、
「……お願いだから」
「解った。本当は目なんか閉じたくないけど」
「……なんで?」
「美綴、綺麗だし。もっと見たい」
 その言葉は、揺れる。それは卑怯にも程がある。違う意味で顔が見せられなくて、首に齧りつく。そういえば、前にもこうして衛宮に噛み付いたことがあった。引き戻される記憶は、甘くてずるい。
 抱きついたまま震えた。あたしの芯の、女の部分が騒いでいる。もう少し自分を緩めて、委ねてしまおうかとさえ思った。臆病なんだから出来っこないのに。
 悩んだ隙を突いて、衛宮の掌が背中を滑り落ちていく。向かう先を察して、背筋を弓形に逸らせる。このまま行かれると困る。
「ちょっ、待って、待ってってばっ」
「目は閉じてるからさ……もっと、触らせてほしい」
 そう言われると弱い。でも弱くなっていられない。だって、触られるなら目を閉じてても意味が無い。腰をくねらせて逃げようとしたけれど、それよりも先に衛宮に捕まえられてしまう。
 指先はそのままお尻を通って、脚の間に行き着いてしまう。
「んああっ、やだ、ダメ!」
 止める暇も無く、指先が濡れた部分を探り当てる。そこから衛宮は、布越しにすりすりと敏感な所を摩擦してきた。みっともない声が漏れて、震えが収まらなくなってしまう。
「美綴、これ……」
 言ってほしくなくて、肩によりきつく噛み付く。血が滲み出して、舌の上に味を広げていく。耳元でくぐもった呻きが聞こえたけれど、構っていられなかった。
 バレた。衛宮にバレた。
 目をぎゅっと閉じる。気を抜くと泣いてしまいそう。恥ずかしい恥ずかしいって何度も思ってきたけれど、こんなに恥ずかしいのは今までに一度だって無かった。どんなに厭らしいと言われても仕方が無い。
「こんなに感じてくれてたんだ」
 答えられない。否定は出来ない。続く言葉が怖い。
「……その、なんだ。美綴がそうなるのは解るけど、俺としては嬉しいよ」
 呼吸どころか、心臓まで止まった。
 時間を置き去りにしたまま、言葉が内側に染み込んでいった。冷えかけていた熱が、勢い良く戻ってくる。
 こんなに――こんなにずるい言葉は無い。
「馬鹿……」
 そこまで言われたから、ようやく全部を委ねられるようになった。馬鹿は、あたしの方だ。全身の力を抜く。痛そうな肩を舌で舐めて、血を拭った。
「……ごめん」
「いいよ、これくらい別に。オマエあんまり人に甘えないんだし」
 その気遣いの意味を、ようやく解った気がする。もっと素直になっていい、そう言われてるんだ。自分を押さえつけるなんて、衛宮の前じゃ無理みたい。
 羞恥心は全然消えていないけど、見せても大丈夫って気持ちの方が勝った。大きく息を吸い込んで、ゆっくりと身を離していく。数センチが酷く遠い。それでも頑張って、どうにか布団に横たわる。閉じていた脚を、衛宮の両手がそっと割り開いた。
「凄い、濡れてる――」
「いちいち言わないでよぉ……」
 顔を近づけられたので、脚をばたつかせる。蹴ってしまいそうだったが、そんなこと気にしていられない。興奮している顔が、やけに憎らしかった。でも、文句をぶつけようとしたら、それよりも先にハーフパンツに手がかけられてしまった。
 息を飲んで待つ。衛宮の手が、下着ごとハーフパンツをずり下ろしていく。前回は見られたりしなかったから、こうして見られるなんてことは初めてだ。視線が肌をざわつかせて、落ち着きを無くさせる。あっちはもう脱いでいるから、これで全部脱がされてしまったら……始まってしまう。
 少し怖くなる。
 でも――それ以上に、欲しくもなる。受け入れたくなる。
 それが、衛宮のだから。
 体を隠していた布が全部取り払われて、裸になった。肌寒いはずなのに、それを感じないくらい体が火照っている。こんなに体が赤くなるなんて、自分でも知らなかった。
 衛宮の胸が大きく膨らんだのが解った。深呼吸したんだろうな、とは察したものの、音は全く聞こえていなかった。緊張で神経が張り詰めている。開いた脚の間に、衛宮の体が滑り込んでくる。
 一回出したのに、全然衛宮のは萎えていなかった。そそり立っているのは、さっきまであたしが口にしていたはずのものだけど、何故か違うものみたいに思えた。あたしが女だから、違うように見えてしまうのかもしれない。
 あたしも深呼吸をする。二度目、二度目だ。一回目だって大丈夫だったんだし、今回だって大丈夫。そう何度も念じる。
 いりぐちに、衛宮の先端が触れた。けど、位置を合わせるのに少し手間取る。
「ちょっと待って、んあっ」
「あ、ごめんっ」
「も少しずらして……ん」
「これで、じゃあ……行くよ」
「うん……」
 一瞬遅れて、衛宮が腰を進める。瞬きの所為で、タイミングを逃してしまった。心に隙を作ったまま、太くて硬いものがあたしの中を押し開いてくる。奥の方へ、入って来る。
「っ――あ、うんっ、ああ!」
「……はあっ、入った、よ」
 切れ切れに呟く衛宮に、必死でしがみつく。相手が覆い被さっている状態なので、抱き締めるのは簡単だった。
 初めての時よりは痛くないけれど、それでもまだ馴染んではいない。火傷に負けないくらい、お腹の中がひりひりしている。内側で小さく、筋肉が震えているのが解る。行き止まりがノックされて、ようやく溜めていた息を吐き出せた。
 体中に力が入って、自分を巧く扱えない。肺が絞られたのを見計らうように、衛宮が腰を動かしだした。芯の部分が切なくて、堪らなくて、両脚を相手の腰に絡める。離れたくないと本気で思った。ずっと、こうしてくっついていたい。
 左腕が背中の方に回って、あたしを支えている。空いた腕が、胸を苛めだす。
「やぁっ、ん、ふああっ!」
 入れられている方とは違って、そっちは気持ち良いって理解出来てしまう。電気が走るみたいな刺激に、背骨を撓らせる。それだけでも充分飛びそうなのに、乳首を責めながらも、衛宮は腰の動きを止めない。
 まともに考えられなくなっていく。おかしくなりそう。
 ぐっと突き入れられて、痺れに腰を浮かせる。骨と骨とがぶつかり合って、鈍い音を立てる。今までよりもずっと深くなって、息が苦しくなる。呼吸さえ巧くいかない。唇を重ねて、途切れがちな酸素を分けてもらう。
 舌と舌とが触れ合って、暴れている。それとそっくりな動きで、衛宮があたしの中をかき混ぜている。出る時と入る時とで、お互いが擦れ合って嫌らしい水音が響き渡る。言われた通りだ。あたし今、凄く濡れちゃってる……。
「美綴の中、きつい……」
「ヘンなこと、言わないでよぉっ」
 もっと、全部教えてほしい。何度言われたって飽きない、知らないこと、感じてること、いっぱい知りたいから。
 波のような押し引きで、行ったり来たりを繰り返す。振り落とされないように、どうにかしがみついている。奥に突き入れられるたびに、甲高い喘ぎが勝手に漏れ出てしまう。頭が理解するより先に、体は何かを知ってしまっているみたい。
 ただ、熱くて。溶かされて、解らなくなっていく。
 取り繕ってる自分がどこかへ流されていって、中身が剥き出しになる気分。意識をばらばらにする強さで、何度も何度も出入りされる。まだちょっと辛くて、力を抜こうとしているのだけれど、まるで巧くいかない。お腹に力が入ってしまう。
 繋がりがきつくなる。衛宮があたしの中を摩擦して、脚の間から水気が溢れていく。ねっとりとした体液が、皮膚の上を伝ってシーツに落ちる。こんなに汚したらバレちゃうんじゃないのかな、と考えたら、胸が切なくなった。
 ダメなのに、それでもいいかなと思う自分がいる。けれど、そんな逃避しがちな思考も、刺激が押し流していく。
「はぁっ、く……っ」
「はあ――ああ――」
 声が声になっていない。吐息だけがある。硬くなったものが、内側でヘンな具合に引っ掛かった。びくんと身が震えて、ますます抑えが効かなくなる。
「くはぁっ、あんっ、ん!」
 あたしの弱い所を執拗に苛めながらも、衛宮が左腕を抜いた。ぼんやりしたまま、どうするんだろうと眺める。腕は接合部にそっと忍び込んで、茂みを指先に絡め取った。濡れてべとべとになっているのに、それを楽しむみたいに円を描く。それがくすぐったくて、あたしは身を捩らせる。入ったままだから、体内で衛宮が暴れてるみたいになった。
 みたい、じゃない。本当に暴れてる。
 右手は相変わらず胸の先を弄っていて、そんなことをされっぱなしだから、快感は止まる気配を見せてくれない。こんな時ばっかり、衛宮はやんちゃだ。
 と、茂みで遊んでいた指が、もう少し下に移った。驚くより先に、衛宮の指先がいりぐちの上の芽を捉える。
「や、あああっ!」
 とても耐え切れない厳しさの痺れが、全身を一気に駆け巡った。そこは予想以上に敏感で、あっという間にトびそうになる。口の端から涎がこぼれた。舌先でそれを舐め取られる。何が何だか解らないままに、その舌先を唇で食んだ。今更チョコの甘さに気付く。
 乳首と肉芽を嬲りながら、衛宮が少し体を引かせる。小刻みだったリズムが、少しずつ大胆なものになっていく。同じ場所を激しく突かれて、嫌らしい音が飛び回って、ぐちゃぐちゃになっていく。
 痛みは、いつの間にかどこかへ行っていた。
 押して引いて、押して引いて。半分以上引いた時、衛宮がふと動きを止めた。あたしの中を埋めていたものがほとんど出て行って、熱と寂しさとを同時に覚える。カサの部分までが内側にあって、それはとても――もどかしい。
 そのまま数秒が過ぎる。吐息を一つ。体は宥められるなんてことは無くて、これだけでも上り詰めて行きそう。そして視線が絡み、ひく、と小さく筋肉が引き攣る。欲しがってる。じわじわと、欲しいって感情が膨らんでいく。
 本人にとってはちょっと間を置いただけなのかもしれないけど、また入って来るのはゆっくりだったから、何だか見透かされたみたいになる。逃げられないように、両手はあたしの太股にしっかりと移されている。捕まえられてるって感覚が、何だか大人しくさせる。本当は燃えているのに、それを表に出させてくれない。硬くて太いものが、あたしの中に沈められていく。今までのペースとは違って、焦れったさばかりが募るスピード。少し体が離れているから、その光景は半端に目に見えてしまう。衛宮のお腹とあたしのお腹が近づいていると解ってしまう。内側にまだ生々しく感触は残されている。あれがまた来る。いっぱいになって、頭の中を真っ白にするあれが。入ってきてる。衛宮の大事な部分を、あたしが受け止めようとしてる。埋められていく。じわじわと、気持ち良くなってきちゃって、

 もう、
 もう、我慢出来ない。

 僅かに残っていた距離を、自分から進んで埋めた。隙間がぴったりと嵌まりあって、幸せを感じた。喉が震えたけど、言葉にはならなかった。
 きつく抱き合ったまま、長く息を搾り出した。傷口の疼きに似た熱と快感に咽んだ。内側まで火傷したみたい。前回とは何かが違う。こんなのは知らなかった。
 あたしがあたしでいられなくなる。いや、これがあたしなのかも?
 解らない。二人同じタイミングで再開する。
 ほんの少しだけ隙間を作り、すぐに埋める。出し入れというよりは、揺れたくらいの程度。それだけで、ぞくんと体に何かが走る。それが恋しくて、前後に左右にと小さく揺れる。中を馴らしていくみたいに、満遍なく衛宮のがあたしの中を愛撫する。
 入ってる場所から、どんどん液体が漏れ出してくる。さっき舐めてた時みたい。感じすぎて止まらない。この触れ合いは、単なる繰り返しじゃない。
「はあ――あ、うっん!」
 声が喉から飛び出して、鼻の辺りで引っ掛かる。何が言いたいのかなんて、自分でも解っていない。感じてるってことを、隠さなくなった自分がいる。それがちょっと嬉しい。
 甘えたくて、自分から腰をすり寄せる。衛宮がぎゅってしてくれる。温かくて熱くて、優しくて精一杯。意味不明な感情。奥を突かれるたびに正気じゃなくなる。触れ合ってる場所から溶け合って、苦しいくらいに心地良い。
 ぐっと深く衛宮が入り込んで、そのまま手加減無しでお尻を掴まれる。痛みが走ったけれど、すぐにそれも気にならなくなる。刺激が熱になる感覚が堪らない。汗が滲むこの熱さが、衛宮としてるんだって自覚をどんどん強めていく。
 肉と肉が擦れる。すっかり敏感になった内側は、動きあう度にあたしを昂ぶらせていく。思考はどんどん白んでいって、もうすぐ弾けちゃうって言ってる。自然と体が締まって、弾ける準備をしちゃってる。
 僅かに間を空けたからか、それともあたしが変わったからか、簡単に上り詰めていく。目の前の衛宮の顔にも余裕が無い。眉根を寄せて、忙しく体を前後させている。あたしもそれに合わせている。
 大きくグラインドさせる。骨と骨とがぶつかって、鈍い衝撃が走る。奥の方に溜まっている感覚が、どんどん強烈になっていく。
「ふ……あ、美綴……ッ!」
「え、みや――あたし、も、ダメ……っ」
 気が緩んで白状してしまう。言葉にしたからか、一気に波が来た。どうにか留まっていたラインに、足がかかってしまう。踏み越えてしまう。
 どろどろした感覚が這い出して、全身に回っていく。息が出来ない。快感に、熱に溺れていく。前に注がれた時を思い出して、またそうしてほしいって望んでる。
 衛宮のが、あたしの一番深い所で止まってる。先っぽでにじられて、子宮がきゅっとなる。体が絞られて、中の衛宮を巻き添えにする。今までとは比べものにならないくらいのが突き抜けて、瞼の裏で火花が散る。
 ……あ、来る。あ、あ、
「く――美綴、俺もう……!」
「ふぁ、あああっ!」
 白む。閉じかけた瞼の端で、滲んだ涙が潰れる。視界の輪郭がぼやけて、色が混ざっていく。ぐっと突き入れられた衛宮のが、あたしの体の中でびくんって暴れる。それで耐えられないものが走って、全身を硬直させて、
 熱が溢れ返った。
 衛宮のから流れ出して、あたしの内側に溜まって溜まって、溜めきれなくなる。
 前よりもはっきり解る、強すぎる感覚と感情。体中を駆け巡って満たしていく。
 ここからじゃ見えないけれど、繋がったままの部分から、液体が溢れたのだけは解った。触れ合った肌と肌の間に滑り込んで、ねっとりとした感触を残しながら布団へ落ちていく。
 気付けば、衛宮の背中に爪を立てていた。それくらい夢中だった。ぎこちなく震える指をどうにか緩めて、全身の力を抜いた。
「は――あ」
「ふぁ……ん……」
 甘い息が漏れて、混じり合う。出すべきものを出し切って、衛宮があたしの上に覆い被さる。正直重かったけれど、気分の悪い重さじゃなかったから、そのままにしておいた。むしろ、安心するくらい。
 ――ああ、これが二度目なんだなあ。
 当たり前の感想を浮かべた。そう自覚したら、意識がさっと溶けていった。

 /

「……、おい、……」
 誰かが何かを喋っている。それは優しい声で、呆けた頭を眠くしすぎる。でも、響きには少し焦りがあって、放って置くのも拙い気にさせる。
 だから、薄く目を開けた。
「お。起きたか」
 そして真っ先に目に飛び込んで来るのは、どう言えばいいのか、こう、衛宮の顔だった。捻りも何も無いけれど、そうとしか言えないような、そんな顔。
 照れくさいのと温かいのが入り混じって、反応が緩んでしまう。
「ん……どれくらい寝てた?」
「いや、三十分も経ってないけどさ」
「そっか。起こしてくれてありがと」
 自然と口をついて出た言葉は感謝だった。本当はそんなこと言ってる場合じゃないんだけど、それでも言わずにはいられなかったんだろう。
 薄く顔を赤らめた衛宮を眺めていたら、何となく笑みが漏れた。柔らかい気持ちが胸にあって、それが心地良いと思った。そして心地良さの反面、内心にしこりを感じていることにも気付いていた。
 だから、笑みは妙なバランスを保つことになる。
「どうかしたか?」
「ちょっとまだ、頭が働いてないかな」
 曖昧に返す。流石に悟られたみたいだけど、こればっかりは素直に言う訳にもいかない。衛宮にも絡むこととは言え、これはあたしの問題だから。
 嘆息して身を起こすと、体の節々が痛みを訴えてきた。掴まれた腕なんかが、軽く赤みを帯びている。力加減が巧くなかったんだろう。正直なところ、最中に何度か痛みはあったくらいだし。まあ気にならないくらいに、あたしだってどうにかなってたけど――
 それでふと、衛宮はあんまり慣れてないんじゃないか、ってことを考えた。
 したことがない訳ではないんだろう。でも、押し入れでの遣り取りを思い出すと、それも怪しい気がしてくる。遠坂が衛宮に自分を許す光景を想像しても、巧くいかなかった。
 邪推、かな。少し増長もありそう。
 結論は解らないし、衛宮が教えてくれるはずもない。ただ、体の痛みは事実としてここにある。行為の跡が、あたしに残っている。
 今はそれだけで良い。
 二人の裏側にまで、あたしがでしゃばることはない。付き合っているんだし、二人だって色々あるだろう。重要なのは、あたしは衛宮に抱かれて嬉しかったってこと。
「あ」
「ん?」
「いや、何でもない」
 あんまり自然に浮かびすぎて、危うく見逃しかける。悩んでいた問題の答えは、いつの間にか出てしまっていた。
 馬鹿馬鹿しいくらいの回り道。
 何てことはない。あたしは――衛宮が好きなのか。
 改めて自覚してみると、あっさり納得出来てしまった。好きなだけなら良いんだけど、衛宮には恋人がいる。でもって、その恋人はあたしの友達の遠坂で。こうなると、流石に踏み出しかねる。
 衛宮には迷惑をかけたくはないし、遠坂とは友達でいたい。それに、そもそも衛宮と仲良くなったのはあたしの方が先だった、なんて考え出すとキリが無い。ちょっと周りを見渡せば、理由なんて幾らでも転がっていた。
 どの理由も、あたしにとっては重要なことだったんだろう。理由があれば、関係を歪めたりしなくても済んだんだから。
 理由があれば、臆病でいたって、あたしはあたしに許されたんだから。
 なーんだ、と思った。軽口に似た言葉。不思議と頭は冴えていて、それだけに気の重さがはっきり解ってしまう。
「もう少し休むか?」
「いいよ、ゆっくりもしてられないでしょ」
 時間が無い。名残惜しくはあるけれど、ずっとこのままって訳にもいかない。あたしが離れたことを契機に、衛宮も起き上がった。散らかした服を集め、身なりを整える。
 触れられたりとか色々しているのに、着替える時は何故かお互い背中合わせだった。こういうのはお約束なのかな、と冷静な部分が考えた。実は、見られてないかな、とドキドキしているクセに。
 元々着るべきものは少なかったから、着替えはすぐ終わった。改めて向かい合う。
「そろそろ服も大丈夫かな?」
「んーまあ、生乾きくらいにはなってるんじゃないかな。今着るとちょっと気持ち悪そうだけど、染みは多分消えてる」
「手馴れてるねえ」
 別にコーヒーの染みさえ消えてくれれば、その辺りはどうにでもなる。家に帰ったら勘繰られそうだけど、適当に濁しておけば大丈夫だろう。
「ふぅ――」
 多少言葉を交わしただけで、微妙な沈黙が流れてしまう。お互い、自分がしたことが解っているからだろう。雰囲気があったからって、事実は変わったりしない。ちゃんと逃げずに考えれば解ることだ。
 甘い空気で済むような話でもない。だから、切り出してみる。
「……また、しちゃったね」
「そうだな」
 素直な首肯。衛宮は難儀な性格をしてるなあ、と苦笑した。こういう所も含めて、あたしは衛宮が好きになったんだけど。
「これから、どうしよっか?」
「どうしようかな……美綴はどうしたい?」
「正直、わかんないな」
 新しい疑問が出てきても、答えはセットになっていない。それはそうだ、お互い整理はついていないだろうから。遠坂を切れなんて言えないし、何よりそれを実行する衛宮を望んでいない。酷くアンバランスで、身勝手だと解っているけれど、どうしてもそれは嫌だ。
 二人は幸せなのがいい。その気持ちには、やっぱり嘘が無い。
 負けず劣らず、あたしも難儀な性格なんだろう。
 うん、と一つ伸びをする。衛宮が肩を回して、体をほぐす。どちらも何も言わないけれど、多分また、いつも通りだ。
 でも、多少は踏み出しやすくなったのかな?
 解らない。きっとそう。どっちだろう?
 ちょっとだけ笑えた。
 取り敢えず、時間も時間なので衛宮に服を持ってきてもらった。言われた通り生乾きだったけれど、そんなに気になるほどでもなかった。気にしなさすぎなのかもしれない。ともあれ立ち上がって、そろそろ帰る旨を告げる。
「送ってくよ」
「んー、今日はいいよ。そっちも夕食とか作らないといけないでしょ? 藤村先生とか、ほっとくと危なそうだし」
「そりゃまあそうなんだが……」
「じゃあ、玄関までね」
 衛宮はまだ何か言いたそうだったものの、そのまま大人しくついてきた。居場所はあたしの隣。そうだ、あの時もこうして、二人並んで歩いたっけ。
 楽しい思い出。そして、今もこうしてる。
 だからなのか、ふと悪戯じみたことを思いついた。
 玄関までを何も話さずに歩き、あっという間に辿り着く。見守られながら靴を履き、玄関の戸に手をかけて、一度だけ振り向いた。衛宮はこちらに視線を合わせたまま、
「じゃあ、また明日」
 と言った。あたしはそれに対しては返事をせず、郵便受けに挟まっている封筒に目をやった。来た時には無かったはずだから、さっき届けられたものだろう。
 お騒がせの元発見。コイツめ。
 薄っぺらいクセに、随分と悪戯好きなヤツを引き抜く。そして掌で軽く弄んでから、
「……ねえ」
「ん?」
「好きだよ」
 と封筒を渡した。まるでラブレターのようだった。
 衛宮の顔が驚いたままで固まる。それで満足してしまって、あたしは一気に走り出した。後ろで衛宮が何か呼びかけたけれど、お構いなしで風を切る。口にしたということに、はっきりと浮かれていた。
 道路に飛び出す。言うべきではなかったのかもしれない。それでも口元は綻んで、締まりのない顔になる。
「は、はは」
 吐息が荒れて、笑いとも疲れとも取れなくなっていく。長い坂道を走りながら、自分を確かめる。心の中も、妙な感じになっていた。
 やっちゃったなあ。ただそうとだけ思う。
 自分がしたことは決して誉められたものではないし、ああいう形で衛宮と別れたからって、行為が許されるなんてことはない。だけど、ああしてまた繋がり合えたことを、嬉しいと思っている自分もいる。頭の中はぐちゃぐちゃで、プラスもマイナスも解らない。
 ただ一つ言えるのは、後悔なんてしていないってこと。衛宮も同じ気持ちでいてくれたのか、あたしから目を逸らしたりはしなかった。だから自分に自信を持てる。
 自信を持って、いいんだ。
 坂道は終わろうとしている。ちょっと泣きそうだけど、教訓は、答えは手の中にある。
 自分なりに進んでいこう。辛いだろうけど、自分で選んだ道だ。
 騒ぎっぱなしの心臓のまま、俯かせていた顔を上げる。
 うん。
 ――もう、あたしはあたしを誤魔化さない。

 

/あやあやあや・了

 


 

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©秋月 修二