Half a Blue, Half a Shadow

Catalina


 青子はその夜、手始めに、椅子に縛り付けて犯された。

 ミスブルーは、晩餐会に招待されて、スノッブながらも最高級には違いないホテルを訪ねていた。マスコミに顔は出さないなんて嘯いている料理長の腕は確かで、参加するには気の乗らない理由もあったパーティながら、まずは来て良かったと思えた。
 あまり趣味ではないが、ちゃんとドレスを仕立てて来た。ガラじゃなくても身に纏えばぴったりと似合って、大人しいめのデザインなのに、忽ち青子は今夜の華。
 その上、懸念の事態は完全勝利。尻尾巻いて逃げ出す風情の連中に、優雅にグラスを傾けて微笑みながら、心のうちでは快哉を叫んでいた。
 お開きになって、本当に逃げるように立ち去るところへ手を振ってやっていると、伝言を渡されて。
 機嫌良く目を通した途端、目の前が昏くなった。
 いつか殺してやる、と呟いてしまい、怪訝な顔をされた。

 呼び付けられた場所は、そのホテルのペントハウス。
 是非も無い。指定の時間は迫っていて、まっすぐ向かう他に無かった。
「急なことでごめんね、アオアオ」
「いえ……こちらこそ、態々お越し頂きまして……」
 世界をその手にしたような夜景が望める部屋だ。その掛け値無しの絶景を心虚ろにして眺めれば、今夜これから身に降り懸かる地獄のことも、束の間だけは忘れられた。それも、窓の傍の椅子に案内されて腰を下ろすまでの儚すぎる安らぎことだったけれど。
「ほら、アオアオ、こういう椅子の座り方は知っているよね?」
 はい、と頷くしか青子には無い。
 大きな造りのアンティークな肘掛け椅子。ごく浅く腰掛け、真っ直ぐで長い脚を大きく開いて、左右の肘掛に上げる。ラピスラズリ色のドレスを捲り上げて、描いたMの字を余さず披露する。シルクのガーターストッキングの艶やかな黒に、肌の白がこちらも絹の光沢。引き締まっているけど肉感を忘れてはいない腰つき、太腿、ふくらはぎ。ヴィーナスの丘陵はふっくらと柔か。
「良い子だ」
 男は革ベルトを手に、青子の脚を縛り付ける。背の後ろで手錠を填めて固定する。双丘を搾り出すように、胸には縄を巻かれた。
「ちゃんと弁償はさせて貰うから安心して」
 その言葉を男が守ることは知っているけど、鋏でドレスを裾から切り開かれていく絶望感の前には何の慰めにもならない。むしろ、気遣いはドレスのことだけなのかと惨めな思いが募るばかり。無論、それを意図しているのだろう。
 ブラまで切り取られて、もちろんショーツも奪われて、体に残されるのはストッキングにハイヒールと、胸を緊縛する縄だけ。
 薄明るい部屋の中、スタンドをスポットライトにされる。窓の内側にも現れた絶景、男の他の誰にも見られては居ないことだけが救い。フラッシュを焚かれ、ビデオカメラを据えられては、それも朝露だったけれど。
「ああ、久し振りに剃ってあげよう」
「はい……お願いしま……す」
 どんなに嫌でも、抗議しないってことは躾られた。惨めさに視界が滲むのまでは避けられないけど。
 もちろん、下の毛のことだ。やっと生え揃って来たのに。ずっと剃られているなら慣れもするだろうに、思い出したようにしか剃られない。常につるつるにされていたら、今以上に片時も忘れられなくて、青子である半身も残り半分の影に飲まれてしまいそう。だけど、それはそれで無念は薄れるのかも知れない。
 男はのんびりとシェービングフォームを立て、丁寧に青子に塗りこむ。いつもならスリットや上の尖塔や、お尻の谷間にまでブラシを這わせて変質的な感触に青子を悶えさせるのだが、今日はあっさりしていた。
 冷たい剃刀の肌触り。淀みない手付きで、魔法使いの翳りが剃り落とされる。特に楽しむ風情でもなく、当然の仕事みたいだから、哀しくなる。
「こんなものかな?」
 布で拭って、手鏡で示された。目をやれば、守りを脱がされて幼女のように滑らかな素肌をさらす、成熟した女の器官。普通なら撫でられない部分の肌に指が這って、怖気がする。
「はい、きれいにして頂きまして……ありがとう、ございます」
 不本意な礼の言葉も、身に着いている。
「今日はお行儀が良いね、アオアオ」
 ネクタイを見定めるように青子の性器を確かめ、男が語りかける。そこが、まだ乾いていたから。
 天下を取った気分だった半時前からの転落が大き過ぎて、まだ青子の体は凍っていた。
「でも、それじゃ辛いんじゃないかな、ちょっと」
 男の魔指にかかれば青子の体など愛液の井戸だが、別の思惑があった。ラッピングを解くようにドレスを剥き広げられた青子の肢体に、男は水差しの中身を無造作に浴びせる。
「ひゃふ……」
 冷たくて、ビクリとなる。少し粘るローションめいたもの。そこかしこに広がる冷たさに震えながら、何の準備なのか、これから甘んじなければならない責め苦を察して今度は怖れに震えた。
 アレは……慣れないな、どうしても。
 怯えながら、諦観の息を吐いた。
「この燭台が気に入ってね。素敵だと思わない?」
 ああ、やっぱり……。
 晩餐会の食卓を飾っていたのと同じ燭台から火の点いた蝋燭を取り、青子にかざす。
 初めの一滴は、まだ耐え易いお腹にしてもらえた。
「ひぃっ」
 だけど、悲鳴は抑えられない。
「たっぷり楽しんでね、アオアオ」
「はい……」
 ほろほろと熱い蝋の雫が落ちて、青子の肌に花を咲かせて行く。見ていても着地点は不確かで、身構え切れない。
「つっ、熱っ……くぅぅっ」
 今になっても、そのつもりで何度浴びても馴染めず仕舞い、青子には熱蝋の滴りはひたすら熱いだけ。性感への誤配線は形成されていない。だけど、この焦熱地獄を前戯と受け入れなければ後に自分が辛いだけ。
 楽しめ、とはそういうことだ。この後は、青子の状態など気にも留めず突っ込まれるだけ。
「んっ、つぅう!」
 仕方なく、自ら青子は蝋燭責めを官能に結び付けるように努める。
 思い出してみる。ベッドに大の字に縛り付けられて、悪魔のような指技で鳴かされた夜のことを。
 感じたりするもんかって唇を噛んでいたのに、体に裏切られて行った。触れられたが最後、そこは性感帯と化し、思いもつかない所が感じるものだから、狼狽して守りが甘くなる。それでまた気持ち良くなって、闘争心を奪われる。二の腕、それも外側が感じるなんて、考えたことも無かった。太腿は確かに敏感だけど、それで逝きそうになるなんて。腋の下を弄られて笑わされながら、それも甘美なざわめきに融けた。
「いやっ、おねがい、もう、わたしっ……」
 悔し涙も涸れるほど玩弄されて取り憑かれたように喘ぎ、いつも半歩手前で生殺しされては逝かせて下さいってうわ言みたいに言いつづけて。
「ふぁうぅ、お願い、します、逝かせて……」
 そこまでしておいてから、全身に熱蝋の雨を降らされた。
 熱い、って泣き叫んでも赦されず。
 灼熱の苦痛で一気に冷めた体を、また愛撫で一から燃え立たせ直されて、また蝋を垂らされて……。
 発狂するほど焦らされた女の体には、どんな刺激だって絶頂の切っ掛けになることを思い知らされた。あの時、間違い無く、剥き出しのクリトリスを直撃した熱さのせいで達したのだ。
「あっ、つぁ、くん……」
 縄で絞められた乳房が青い蝋に彩られ、包まれていく。薄紅の乳首が勃起しているのは、追想の効果だろうか。最も敏感な個所の一つだから、そこに熱い雫の落ちるのは、とりわけ辛い。体を捩ると、縄に絞められてバストが痛む。
「ぁひぃっ」
 蝋で覆われてしまえば少しは楽になるけど、その前にめくってやり直し。いつまでも、熱い。
 それでもなんとか、少しずつ脚の間を潤わせる。
「そろそろ、こっちも準備しようかな」
 ファスナーを下ろして男根を引き出し、青子の口元に差し出す。自分を犯す手筈を整えろと言っているのだ。
 不自由な体勢ながら口に受け入れ、舌を動かして精いっぱいの愛撫を施す。男は信じられないぐらいタフだけど、鈍感なわけじゃないから、すぐに反応はしてくれる。
「ますます上手くなっていないか? だいぶ自主トレしたのかな」
 性技など誉められて、一瞬でも喜んだことに哀しくなる。
 噛み千切って終わりにする選択肢は、今度も取らなかった。それどころか、熱蝋のショックで歯を立ててしまわないように、必死で心がけている。
 殺す、殺す、と呪詛しながらも。
「アオアオの方も、もうちょっと行こうか」
 そして性器の周囲に落ちる蝋。剃られて翳りがないから、いつもなら守られている肌が直に焼かれる。
「はふっ……」
 苦悶を飲み込む青子に、更なる地獄。剥き出しの性器に、肛門に、融けた蝋の洗礼を浴びる。それでも、流れ落ち始めている女の蜜に、少しは救われている。
「はは、噛まないでね?」
 口をふさがれて、悲鳴も上げられない。
 新たな責め苦を凌ぐには、また記憶の再演を要した。
 縄を掛けられ、這うように吊るされて、背中に熱蝋の雨。十を越えるローターの振動が体から心の方へ蝕んでいって、やがて同じ蝋のように融かされた。
 自分でヴァギナを広げて自分で垂らすショウタイム。咥えた蝋燭で、乳首を狙って……。
 口を塞ぐ男の逞しさに、ようよう牝の火が灯って、快楽とはならずとも熱さを欲情の種と呑み込めるようになる。
「アオアオはコレが好きだからなぁ」
 いくらか快感を滲ませながら、男がおどける。
 好きじゃない。好きだなんてこと、ない。熱くって苦しい。辛い。助けて……。
 求め続けた救いは来るけれど、本当なら一番避けておきたい方向からの囁きなのだ。苦痛をそのまま、女の悦びに導こうとする欲情。
「さっきは我慢してたんだね、涎が凄いよ。うん、そろそろあげようか」
 口から抜き取られて、苦しい息を整えた。
「はい、下さい」
 やっと蝋から逃れらえる、それだけで頭がいっぱい。
「良いかい?」
 一々尋ねてくるから、放心も許されない。本当の凌辱の開幕を、自分で告げねばならない。
「はい、どうぞ……」
 一息に、刺し通された。
「はぁあっ」
 幸い、十分に濡れていたから、酷く痛むようなことは無かった。
 必死で女を濡らすようにしたのに矛盾するけど、こうなった後には、感じたりするもんかってやっぱり思う。掌に爪を立て、歯を食い縛って。
 でも、今度も無駄だと、すぐに思い知らされる。
 嫌だ。こんな屈辱、せめて耐えなきゃ。
 でも、十も突かれないうちに、お腹の下から温かさが広がり始めてしまう。
「アオアオ、口が寂しそうだね?」
 目を閉じて悔し涙を堪える青子に、不穏な口調の声が掛かる。顔を反対側に向けられたら、そこに別のペニスがある。見れば、いきり立っているものの放ったばかりのように滴らせていて、牡の液の匂いがしていた。気付かなかったけど、胸の辺りに掛けられていた。我慢できずに、自分で抜いたのだろう。
 ホテルの制服が見えた。
 ああ、また……。
 幸運な客室係がまた一人。本当に良いの? なんて声を上ずらせている。
「もちろん。ほら、ちゃんと濡らしているだろう? アオアオはこういう遊びが好きなんだ」
 一方的に語られていた。
 男に直接責め苛まれることには観念してもいるけど、身も知らずの人間にまで辱められるのは辛い。
「……良いわよ、口でしてあげる」
 それも慣らされている。だから、何をしなければならないのか、命じられなくても分かる。
 喜色満面の従業員のものを咥えようとして、止められた。
「してあげる、じゃないだろう? ちゃんとお願いしなきゃ」
 ああ……。
 自分ひとりじゃ手に余ってね、なんて男が行きずりの誰かを饗宴に誘うことは知っている。思えば、男とあと一人なら、ましな方だ。
「お願い、あなたの立派なの、しゃぶらせて頂戴」
 顔を見ていたら、びっくりして、喜んで、獣欲に歪む。
 いきなり突き込まれる。まだ滴っている雫が舌に苦い。でも、舐めまわしてサーヴィスするのは条件反射で、それも苦悩の種。
 性器を上手に絞める技も磨かれて、この受け身の姿勢でも男に奉仕することは出来る。そんなことしてやらない、と決めていたのに、ひとりでに始めている。
 駄目、青子……。
 しっかりしなさいって、他人みたいに叱咤する。
 良いのよ、その方が屈辱の時間は早く済むもの。
 都合の良い言い訳を、誰かが囁く。結局、それを聞き入れてしまう。
 確かに、意識して絞めた瞬間、男は喘いだ。
「良いね、アオアオ」
 きゅっと締めたオンナを貫いてもらうのは、緩いところに出し入れされるよりずっと気持ちが良い。
 諦めて、認める。あっという間に、官能に負けたことを。
「あはっ、はふぅっ……」
 咥えたペニスの隙間から素直に声を出したら、あまりに惚けていて、ハウリングするように昂ぶる。
 椅子を揺らして腰を持ち上げ、一番具合が良い交わり方を探し、男の突きに合わせてリズミカルに振る。時々しか奥までは押し入ってくれないから、その時が楽しみになり、知らず調子を合わせ、あけすけに青子は快楽を貪る。凌辱の悔しさを屈折した慶びのスパイスにすることにも、もう慣れている。同時に口にも突っ込まれているのが、更に被虐の官能を煽る。
「悪い子だ、アオアオ。いや、良い子かな?」
 スピードが増す。一気にトップギア。子宮まで届くようなストローク。
「はっ……んふっ……」
 お腹の奥を揺さぶられて、全身に法悦の波が渡っていく。知らず喉を絞め、唇をぴったり押し当て、口を犯す客室係も楽しませてやっている。
「ん、あ、んあ……」
 最後で焦らされたりすることもなく、更に全開。幸運なホテルマンの動きも更に激しく、喉を突く。
「このまま逝くかい?」
 返事が出来ないから、ヴァギナを締め付けて凌辱の仕上げを求める。
 もう、私……。
 コレがスキなんだったら初めから嫌がらなくてイイのに……。
 でも、初めっから受け入れたら、落差に酔えないから……。
 殺す、殺してやるっ!
「くっ、はぁ!」
 とうとう、逝かされた。悔しくて嬉しくて哀しくて気持ち良くて、よく分からないけど幸福感はある。募らせる憎悪の苦み混じりの甘さはある。
「ほらっ」
 顔に、胸に、お腹に、温かいものを浴びた。先に逝ったホテルマンが口の中よりも青子の美貌を汚すことを選び、それを見て、男も白く濁った粘液を裸体にぶちまけた。
 余韻に打ちのめされながら、青子は舌を伸ばし、口元に落ちた精液を舐めた。改めて口に押し付けてくるから、残りを吸い出してやる。反対側から男も差し出してくるのに応え、しばらく交互にキスを繰り返した。
 自分のしていることにショックを覚えつつ、意識を閉ざして、鼻腔を満たす匂いにまた酔い痴れた。

 

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