みつみつみつ

秋月 修二 様


 頭の後ろに手を回し、俺の肩に体重を預けさせる形で抱き寄せた。華奢な手応えは抵抗らしいものもせず、目的の場所に収まった。
 シャンプーの匂いがする。女の子の、匂いだ。
 昂ぶって、勢いに任せる。足場が崩れて、ただ一つに夢中になる。
 頭を移動させるのに乗じて、もう片方の腕を少し下にずらした。柔らかくて綺麗なラインに、掌が触れる。見かけよりもたっぷりとしたお尻の肉感に、思わず嘆息する。
 美綴に、厭らしいことをしている。
 ついにやってしまった。何が来るかと構えて、ぎゅっと目を瞑る。それなのに――真っ先にやって来たのは、慣れない酩酊感。
「あっ、えみ、や――」
 目を開く。驚いたような悲鳴と共に、美綴の指が襟足をくしゃりと潰した。体が腕の中で強張って、酷い緊張を示している。でも、こんなことをしている俺の方だって、みっともなく震えている。
 美綴の呼び声に、俺は何も言ってやれない。落ちた方が何かを言うことは出来ない。ただ、頭を何度も撫でて、髪の毛を梳いてやったりした。少しでも硬さがほぐれますように、と。
 スカートの上に手を置いたまま、回す。表面を強く摩擦するような感じで、美綴の感触を味わう。鋭い吐息を零して、美綴は顔を伏せてしまう。温もった空気が、俺の肩口で暴れている。
「ふ……うっ」
 忍びないと思えば思うほど、欲求で疼く。抑えたような空気にたじろぎつつ、勝手に歩みを進めてしまう。
 ダメだと思えば思うほど、興奮する。トランクスの中が窮屈で堪らない。
 美綴の頭に、頬を擦り付ける。髪の毛はさらさらしていたが、俺の汗で少しまとまってしまったりする。それが何だか惜しい。どうにかならないかな、と悩みつつも、頬擦りを止められない。
『――ええと、まず、きっかけは一週間前のことで合ってるわよね?』
『ん? いや、そんな最近のことではないぞ?』
 激情を抑えている気配は否めないものの、外側は多少落ち着いた気配を見せている。裏腹に内側は、どんどん白熱していっている。なのに、精神的にも状況的にも派手にはいけず、じわじわとした接触を続ざるを得ない。
 背筋がぞくぞくする。
「ん、はぁっ、衛宮ぁ……」
 俺の名前。呼んでいる。でも、応えてはあげられない。
 非常に危うい綱渡りをしている、その自覚はかろうじて残っていた。美綴が一言嫌だと言いさえすれば、あっという間に熱も夢も醒めて、俺は美綴から離れるだろう。それが原因で見つかったら、俺一人で責められるくらいはする。
 悪いのは俺だから。
 でも――こうして愛撫を続けていても、美綴は拒絶の言葉を発しなかった。
 粘っこい唾を、飲み込めない。俺はまだ迷っている。是非を問うため、少し手に力を込めてみる。指先が尻肉に沈んで、布に阻まれているのに、割れ目の位置が解るくらいだった。
 二人分の呼吸が弾む。美綴は額を肩に押し付けて、必死で俺に縋りついている。
「あぁ、うん……は、ぁ」
 意味の無い単音。
 熱い。火がついている。
 ああ、よく解る。
 頭が、ぼうっと、する。
 小刻みに怯えている耳朶に、そっと口付けた。ちゅ、と吸ってやると、随分吃驚してくれる。輪郭をなぞるように、唇をずらしていく。やや下の方にキスした時、美綴は長く息を吐いた。ここが気持ち良いのだろうか。それとも、気持ち悪いのだろうか。
 常に疑問が頭にある。どうするか足踏みしかけて、でも、行ってしまう。
 舌で突付いたり、唾液で濡らして、それを広げたりしてみる。やっぱりびくびくと反応する。少し調子に乗ってそこを集中的に責めてやると、その都度うなじを引っ掻かれた。敏感な場所を一つ知って、嬉しくなってしまう。
 堪えているのが健気に思えて、可愛いなあと胸に沁みた。
 嬉しさで、意識が余所に行きかける。このまま続けてたらどこまで行けるだろう、それを想像して、悶々としたものが込み上げる。頭は霞がかったままで、それでも体は勝手に動き続ける。
 美綴が欲しくて、肉棒が脈打っている。直接これで触れられれば良いのに。
 とまれ制止が無いので、手の方も休まない。段々と力加減を変えていき、擦ったり、揉んだりと、次第に手つきは厭らしさを帯びていく。餅をこねるようにして、柔肉を堪能する。体は細身なのに、ちゃんと肉がつくべき所にはついている、という印象を抱いた。
「んん――ぁ、う」
 心臓が内側から、俺を叩いている。どくどくと煩い。美綴は、どうして止めないのだろう。それは未だ引っ掛かっていて、解決に至らない。
 解らない。でも、解らないなりに、色々なことを考える。美綴には悪いことをしている。でも、触れているだけで心地良いとか、相手も心地良くしたいとかいう思いもある。そういう意識が、俺を大胆にさせていく。
 乱暴にしてみたい。いや、でも、まだ。
 ぐちゃぐちゃでまとまらない。
 出来るだけ優しく、スカートを引き上げることにした。布が上がっていくのに気付いたのか、美綴は俺から腕を離しかける。限界か、と観念したものの――それでも、美綴は首に縋りついたままだった。
 こちらが勝手にやっているのに、良いのか、なんて今更訊けない。それが許されていないから、こうして探っているような流れになる。
 事実、俺は美綴をどうなのかを探っている。大人しい体をまさぐっている。
 酸素が足りなくて、大きく息を吸った。僅かに甘い匂いに、眩暈を起こす。
 太股から滑らせるように、指をショーツへと這わせた。すべすべした肌から程無くして、布地に行き当たる。指が薄布に乗っただけで、ひくん、と美綴が戦慄いた。
「ああ……衛宮ぁ……」
 乾いた呼び声。でも、艶のある声。危ういと、拙いと知っていても、それを引き出したくなって。
 割れ目のラインを中指でなぞっていく。刻まれた皺を一つ一つ伸ばしていって、硬い腰骨に行き当たった所で止める。そうして、また同じラインを逆に辿っていく。執拗に割れ目を指が通り、スカートとはやっぱり質感が違う、などと思ったりする。
 それだけで、俺まで気持ち良くなれる。もう、どうかしてる。
 たっぷりと時間をかけていく内に、指が通りやすい道が出来上がる。布は双丘の間に僅か食い込み、臀部の形そのままになる。少し強めに指を押し込むと、爪が半ばくらいまで埋まった。勢い込んで上下にくすぐってやると、美綴はそっと鼻を啜る。二度、三度。
 それはまるで泣いているみたいで――、
「え」
 そこで俺は、初めて声を上げた。
 鼻を啜る……泣い、た?
 泣かせた?
 あ、と思った時には遅かった。そう浮かべたら頭の中が即座に白んで、何もかもが吹き飛んだ。思考が軋んで、指を宛がったまま凍りつく。それでも芯は燻ったままで、ずくずくと疼きを上げている。
 いきなり殴られた感じだった。
 元より散漫だった意識が、千切れていく。
 やって、しまった、か? どうしよう、これからどうする、え? 本当に?
 何も浮かばない。行き過ぎた自分を後悔する余裕も無く、ただ、ただ真っ白。
 美綴は鼻を啜ったっきり、何も喋らない。勿論、俺からはもう行動すら出来ない。外の喧騒すら、遠い。
 時間が過ぎる。それが重くて長い。一秒か十秒かの判別なんてつかず、漂白の中をうろついている。
「……えみ、や?」
 疑問符。なんで訊くんだ? 俺が訊きたい。なんで責めない?
 どうして?
 心はざわついていて、穏やかさなんて欠片も無い。何もかもぐちゃぐちゃになってしまって、叫びそうになる。叫ぶことなんて、出来ないのに。
「ん――?」
 俺の腕の中で、美綴が小首を傾げる。何を不思議がっているのか、一向に見えてこない。こちらが躊躇っていると、美綴はどうしてか、俺の頬に頭を擦り付けた。腕の中の美綴は、やはり猫みたいだと、場違いなことを考える。
 どうすれば、良いんだろう。
 何も解らなかった。ただ、匂いと心地良さに、俺も頬を擦り付けることで返した。美綴から、ちょっとだけ満足そうな吐息が漏れて、俺も何となく安心する。
「……どうか、した?」
 どうもこうもない、のではないか。やり過ぎて泣かせてしまった、現実にあるのはそれだけだ。
 何一つとして解決していない。だから俺は、相変わらず応えてあげられない。
「何か喋ってよ、衛宮……」
 何か。でも何を?
 途切れ途切れの発言は雨だれに似て、妙に耳に残る。今更どう償えば良いんだろう。償えばそれで終わるのか。してしまったことは、もう変えられないのに。
 美綴は望んでいる。言うべきことを見つけられない。ここは暗くて何も見えない。でも、それでも――美綴が望むなら、それを叶えたいと思った。
「……美綴?」
「うん……?」
 髪の毛が擦れる音がする。耳たぶの辺りで、身じろぎに合わせて鳴っている。せせらぎのような音の中、俺は告げるべき言葉を必死で考えている。美綴は、今か今かと俺を待っている。
「……美綴」
「うん……」
 名前を呼んだら、頷いてくれた。それでほんの少しだけ落ち着いた。だから、耳元で何度も名前を囁く。くすぐったそうに顔を上下させて、美綴は俺に擦り寄ってくる。じゃれ合っているのは、本当はおかしいのに。不思議とそれは通ってしまう。
 優しくて、流されそう。
「……美綴、泣かせちゃったな」
「いつ……?」
「さっき」
 調子に乗りすぎた、では済まない。謝れば良いだとか、そんな簡単なことじゃない。けれど、美綴は一瞬反応を止めた後、ちょっとだけ笑いをこぼした。
「泣いて、ないよ。鼻啜っただけ」
「え――」
「……変なことしないって、言ったのに」
 言うだけ言うと、美綴は俺の襟足を引っ張った。そして恥ずかしそうに、顔を俯けてしまう。
 事態が巧く飲み込めない。
 ええと、つまりは、勘、違い?
 発言や状況、色々なことが脳を過ぎっていく。そういえば、美綴の声は泣き声には聞こえなかったな、とか。急に俺が止まったから、変に思ったのかな、とか。
 ――ああ、そうだ。最初から、美綴は拒否なんてしてこなかった。
 ようやく意味を掴んだ時、萎えかけていた下腹部に、また火がくべられた。血が集中して、元気になってしまう。ぴったりと添えられていた太股が、反応に少し引いた。手の位置を変えていなかったことを思い出し、腰だけは反射的に止める。
「ん、あ、また……ッ」
 脳味噌が蕩ける。
 もう、ダメだ。
 もう止まれない。
 頭の中で何かが弾けて、自分と外を見失う。
 細い肢体をぎゅっと抱き締めて、手放すまいとする。美綴の唇が首に当たって、吐息をぶつけた。
「え、みや、イタ――ぁっ」
 うわ言が聞こえる。耳たぶを軽く噛んでやったら、それも喘ぎに変わった。それだけで肌が粟立つ。まともにモノを考えられない。
「みつ、づり」
「ああ……」
 人指し指をショーツの脇から滑り込ませると、むっちりした感触が俺を迎え入れた。ショーツと柔肉で指が挟まれている。尻を掃くようにして、指を這い回らせた。思い通りに凹んでくれる。それでも、豊かな弾力を味わううちに、指一本では物足りなさを覚えてしまう。なので、直接手をショーツの中に入れた。
「は……あっ。手、あっつい、よぅ」
「……ん、あっつい……」
 何を言っているか解らない。どうでも良い。ただ、夢中で。
 熱が溜まった股間で、美綴が太股を揺らめかせている。ちぐはぐなリズムで、膨らみを刺激されている。肌はぴったりとくっ付いているものの、そこまで強くされていない。昂ぶってはくるが、微妙な具合に焦れてくる。
 もうすっかり陰茎は硬くなっているのに、達してしまいたいのに、かろうじて手が届かない。いっそ激しく動いてやろうかとも思うが、それで見つかったら話にならない。
『当人にしっかり話は聞いたのか? それは一ヶ月くらい前の話だぞ?』
『へ? 本人はちょっと前、って言ってたけど』
『……そこからして噛み合っていないではないか』
 二人がもう少し声を荒げてくれれば、こちらとしても楽になる。けれど、こういう時に限って二人は大人しく話し合いをしていた。つくづくこちらに都合が悪く出来ているようで、もどかしくなる。
 秘めやかに密やかに、下着の中に入れた手をスライドさせていく。尻を撫でたり掴んだりしていても、充分にクるものはあった。でも、それよりももっと深くが欲しくなる。察するものがあったのか、美綴はふと息を止めた。
 手を下げていった先で、ふと指先に伝わる感触が変わった。じっとりとした湿っぽさを感じて、ちょっとだけ立ち止まる。
 近くにあるんだな、と解った。
「――ッ、ふぁ……」
 すぐにはそこに向かわず、指を軽く曲げて肌を揉み解しにかかる。尻の割れ目をくつろげる形で、やわやわとした愛撫を続けていると、美綴の吐息が甘くなっていく。ミントの爽やかさよりも、艶っぽさが勝る。
 ……悦んで、いるよな。
 この期に及んで、自分の行為を確かめる。多分間違っていないと判断して、少し怯んでいるのかもしれない、なんてことを思った。今更馬鹿げている。
 耳を二度噛んで、行くよと知らせた。あからさまに身構えた気配がしたので、頬擦りをして落ち着かせた。自分でやっておいて、何だか俺も勇気が出た。
「ぅ、んぁぁぁ――」
 細く長く、喘ぎが伸びていく。歯を食い縛っているらしく、軋るように美綴の声が漏れ出る。
 指を進めた。
 中指が複雑な亀裂に触れる。入り口は予想以上にふやけていて、こっちの心臓が跳ねてしまう。ぬるぬるが指先にまとわりついて、掻き出しても掻き出しても溢れてくる。浅瀬をまさぐっているだけなのに、深くにいるみたいな気持ちになった。
 それくらい、狭い。
「ん、ん、んッ」
 僅かに内側に沈めてやろうとすると、きゅうきゅうと肉襞が絡みついてくる。ちょっとした出し入れを繰り返すだけで、美綴は必死で俺にしがみ付いてきた。歯が首に当たって、鈍い痛みが走る。動脈の辺りがひりひりする。
 こんなにきついってことは、初めてなんだろうか。美綴が誰かと付き合っていた、なんて話は聞いたことはないけれど、そこらは俺だから保障も出来ない。でも、あまり無理はさせたくなかった。
「噛んでも、いいよ」
 そう囁くと、本当に肩を噛まれた。歯が肉を窪ませている。でもそれくらいじゃ、まだ遠慮がある。
 指を増やして、割れ目をぞろりと撫で上げた。そのまま、水音がしないぎりぎりの強さで、手を上下させていく。指がどんどん汁気にまみれていって、それでも気にせずに行為を続ける。
「ん、んんッ!」
 何度目かで、ようやく血が出るくらいに噛まれた。傷口の痛みが、痺れるくらいに気持ち良い。くぐもった嬌声に見境を忘れる。
 秘裂がすっかり潤ったので、ショーツを下ろそうと思い立った。全部脱がせても良いのか迷ったが、そもそも脱がせないというのもどうなんだろう。結局よく解らなかったので、半端な所で止めてしまった。足の付け根の辺りで、ショーツは塊になっている。
 肉棒が張り詰めて、息苦しいと訴えている。腰を美綴に擦り付けた。一箇所に溜まっている布の感触が、スラックス越しでもよく解る。太股の弾力を味わうように腰を動かしていると、数回目で、急に美綴が俺と目を合わせた。
 柔らかい猫の目に見据えられる。
 上気した表情に、薄く涙の滲んだ瞳に、心臓を止める。
 可愛くて、色っぽくて、エッチで――堪らない。
「……なあ、手で……」
 恐る恐る要求してみると、首の所にあった手が、おっかなびっくり下に落ちていった。指先が股間の膨らみを掠めて、やがて、しっかりと添えられる。美綴はそこで手を止めて、次はどうするのかと、俺の言葉を待っていた。
「撫でて……うん、そう」
「んっ、すごい、硬い――」
 引っ掻くみたいな感じで、美綴の指が俺の下腹部をあやし始めた。掌で覆うようにして、ゆっくりと腕が上下する。ただでさえトランクスの中は熱いのに、摩擦されて更に熱が篭り出す。
「ッ、あ……!」
 お互いに気持ち良くなりたい。だから手を休めない。やられっ放しにならないよう、内壁をくすぐったり、指を曲げたりすると、反射的に美綴は手を窄める。その強さに痺れて、どんどん深みに嵌まっていく。
 血液は陰茎に集まったまま、行き場を失っている。勃起しているだけで、締め付けられているくらいに苦しい。本来なら聞けなかった科白、本来ならありえないこと。そんなことがいっぱいありすぎて、一つ一つに感動している。だから、今までに無かったほど昂ぶっている。
 でも、まだ先はある。行ける場所はまだ。
 もう、それしか見えない。
 想像しても具体的にならないけれど、それでも確かに近づいている。どこまで行けるんだろう、どこまで行ってしまうんだろう。不安より興奮の方が勝った。
 ぬかるみを弄っていた手を退ける。俺の手が離れたと気付かなかったのか、美綴はしばらく陰茎を撫で回していた。多少の間を置いて、ペニスにじゃれついていた猫は、熱に浮かされたような眼を上げる。
 その眼差しに、背中を押される。
 言ってしまえ。
「……美綴、ジッパー、下ろして……」
「ぇ……?」
 美綴が話を飲み込むのには、少し時間がかかった。ぼやけていた瞳が、ゆっくりと焦点を合わせていく。そして、一瞬俺から視線が外れて――それが戻った時には、とろんとした光が俺を捉えていた。
 胸が痞えている。美綴は何か言いたげに唇をくゆらせていて、俺はすぐにでもその先が知りたくて。
 血が足りない。眩暈がする。苦しいんだ。
 だから、早く、早く、早く、早く――イかせてくれ。
 けれど結局、美綴は何も言わずに首を縦に振った。股間に置かれていた手が、じりじりとジッパーを下ろしていく。途中で布を噛んだりと、なかなかスムーズには行かなくて、俺は酷くもどかしくなってしまう。反面、その不器用さに感じたりもしていて、もうバラバラ。
 ようやくジッパーが下りきって、圧迫されていた陰茎が隙間から飛び出す。多少は楽になったものの、今度はトランクスが邪魔をしている。俺が自分でやってしまうべきだろうか? でも、それじゃ何だかすっきりしない。ここまで来たんだ、最後まで美綴にしてほしい。
「美綴、まだ……ッ」
「ん――だ、だって……」
 もじもじと四肢をくねらせている姿は、誘いにしかならない。脳の奥で引き金が上がっていく。上がりきってしまえば、後はそれを叩き落すだけなのに。
 ここでもまた、美綴は躊躇いというか、何事かを言いたげにしていた。何が引っ掛かっているのか、いや、初めてならそれも当然で、勇み足になっているのは俺で、それでもやっぱり美綴としたいのは、本気の本気で。
 支離滅裂で、まとまりが無い。ここまで自分が抑えられないなんて初めてだ。それくらいダメになっている。
 美綴はふと視線を下げ、どうにか覚悟を決めたみたいに、大きく息を吸い込んだ。次に真っ赤な顔を上げた時、俺はそこに溢れそうな切なさを見て取った。だから、どうにか逸る自分を踏み留められた。
 ほんの一秒だけ耳鳴りがした。今更聞くのが怖いのか、脳味噌にざらついたノイズが混じる。
 美綴が、そっと一歩を踏み出した。
「……きゃ、やだ」
「ん……?」
「キスしてくれなきゃ、やだ……」
 それだけで、色々なことを忘れた。
 頭の中でノイズが止む。外の声さえ消えている。
 そうか、と納得した。
 懇願は、迷子の声のように聞こえた。実際に美綴は――迷っていたんだろう。
 俺たちは正しい順序を辿らず、飛び飛びのステップでここまで来た。おかしなことだらけ、それじゃ不安にだってなる。だからこうして躊躇って、怯えて、恥ずかしがってきたんだ。
 そのお願いは、胸にじわりと来た。
「……ん――」
「ぁ、ん、ぅ……っ」
 返事はしなかった。ただ、望まれた通りに、美綴の唇を夢中で塞いだ。柔らかくて瑞々しい唇から、ぬるいミントが流れ込んでくる。ほんのちょっとだけ爽やかで、それでも色っぽい吐息。
 一度お互いを抱きなおして、改めて口付ける。ぎゅっと身を締め付け合って、今度はもっと深いキスをする。舌を差し入れてやると、ぎこちない動きで美綴は応えてくれた。それがどれだけ必死かが解ったから、なるべく優しく舌を愛撫する。表面のざらつきを擦り合わせて、お互いの味を確かめる。
 二人が溶け合った唾液を飲み込んで、目を合わせた。さっきまでと、何故だか全然違って見える。美綴はすっかり蕩けたような表情で、多分俺も似たり寄ったりなんだろうと思わされた。
 もう一度、唇を合わせる。このままでしばらく楽しむのも良かったのだが、美綴は約束通りにしてくれた。不器用な手つきで、細い指が俺の勃起したペニスを引き摺り出す。汗ばんだ手が亀頭を包んで、腰が引けた。
 スラックスを脱ぐ訳にはいかない。スカートを脱がせる訳にもいかない。ジッパーの隙間から覗いた陰茎は、こうして見ると妙な具合だ。半端にショーツが下りたままの美綴も、同じようなことを考えるのだろうか。
 スカートの布地に鈴口を押し当てると、美綴が目に見えて緊張した。それにつられて、俺もまるで童貞に戻ったみたいな気になってしまう。でも、このままじゃいけない。
 口付けたまま、頭を引き寄せた。舌が奥まで届いて、しっかりと絡み合う。美綴が俺にしっかり掴まったのを確かめてから、スカートを引き上げる。布の端を腰の部分に巻き込んで、なめらかな下腹部を露にする。
 暗いことに加えて、姿勢が変なので、巧く位置が定まらない。どうやらそれらしい場所に、先端を宛がった。そこの空気だけがしっとりしている。滲んだ蜜が亀頭を湿らせる。これくらい濡れていれば、多分そう痛くはない……んじゃないだろうか。
 心配が欲求に負ける。華奢な腰を抱き寄せる。
 舌を舌でノックした。応じて同じくノックをされた。
 声はかけられない。かけたら、揺らいでしまうかもしれない。でも、揺らぐとしたらどっちが?
 もう、我慢出来なくなっている。
 一気に突き入れた。
「〜〜〜ッ!」
 熱が直に伝わってくる。
 入って、いってる。
 やっと、ようやく。
 押し殺した悲鳴が、頬の内側で響く。懸命に堪えている。俺もそれが解るから、一緒になって懸命に塞いでいる。
 狭い道を阻むものがあったが、それでも奥に進む。一瞬動きが澱んだものの、すぐに行き止まりに辿り着いた。美綴の中は凄くきつくて、熱い。幹全体をぎゅっと締め付けて、身動きを取れなくさせる。
 苦しげに歪められた眉、目の輪郭に涙が浮かんでいる。それが、つ、と一筋を残しながら伝い落ちていった。
 ああ、本当に泣かせてしまったな、と思った。
 一番奥に肉棒を収めたまま、口付けで呼吸を整えようとする。スムーズに、とはいかなかったものの、美綴もそれなりには落ち着いていった。涙を拭うこともせず、美綴は俺をじっと見詰めている。
 素直な、裸の女の顔だった。しばし呆として、その光景に魅入られる。
 可愛くて、一生懸命で、ちょっと刺々しい所もある。でも、本当は弱い女の子で、普通の女の子なのに――とても夢中になる。
 なんで、こんなに。
『なあ。貴様は本当に、当人からしっかり話を聞いたのか?』
『……ちょっと自信無くなってきたわ。取り敢えず、他にも答えてほしいことがあるんだけど、いいかしら?』
『この際だし、俺は構わんが』
 虚ろな俺を起こすように、外の声が意識の中に戻ってきた。それに合わせて、ゆっくりと腰を引く。肉襞がいきり立った陰茎に絡み付いて、簡単にはやらせてくれない。引き抜く途中で達しないようにと、呼吸が忙しなくなる。
「ッ、んんっ」
 雁首が入り口の辺りでつっかえて、美綴はびくりと身を揺らす。亀頭をきりきりと絞られて、俺も痺れるような快感に耐えている。体の奥がかっかして、つい呻きを漏らしそうになる。
 危ういバランスの中、相手の唇でかろうじて声を殺している。酸素不足で頭が霞んで、我慢を忘れそうになる。それが怖くて、それ以上に欲しくて、美綴の口腔をがむしゃらに犯した。尖らせた舌で唾液を泡立て、交代交代で喉を鳴らす。
 こくん、という音に重ねて、また陰茎を押し進める。勢いをつけられないから、どうしてももどかしい動きになる。じわじわと根本までが潤った膣に包まれていって、強い刺激に浸される。
 激しくしていたら、もうイっていただろう。ある意味幸いで、ある意味苦しい。でも、その分だけ美綴と長く繋がっていられる。
 とん、と内壁に突き当たる。そこから少しだけ引く。全部抜くと見せかけて、またすぐに最奥を叩いた。
「ッ、ッ!」
 喉元まで喘ぎが迫り上げて、美綴はそれをどうにか飲み下す。少しクセのある吐息、涙を隔てたところにある瞳に、快楽が過ぎっていた。痛みだけではなくなってきたのだろう。そういえば、キスしているのに、目を閉じていないことに気付いた。
 二人とも、相手から目を逸らさない。美綴しか見えない。外から声はしているのに、ここには俺たちしかいないみたいだ。
「んぅ……ふぅ、ンッ」
 ペニスを膣に擦り付けると、美綴が僅かに身悶えする。差し込む光が、スポットの場所を変えていく。顔が全部見えないのが少しだけ残念で、だからこそ全部を照らしてやろうと熱中する。
 両手を尻へと持っていく。厭らしく肉付いたお尻を掴んで、閉じた割れ目を無理矢理に広げる。左右に割られる感覚に、美綴は腰を振っていやいやする。挿入したままなので、とんでもない気持ち良さが押し寄せてくる。それは正気じゃいられないくらいで、俺を少しだけ意地悪な気持ちにさせた。
 菊座の辺りに人差し指を忍ばせて、そのまま身を揺する。鈴口が内壁とぶつかって、やっている俺の方が崩れかける。でも、美綴は俺の期待通り、妖しく身をよじらせてくれた。あんまり動きすぎると、指がアナルに触れてしまう。それを避けようとして、色っぽく乱れてくれる。鼻から抜けた酸素に、美綴の興奮を知った。
 少し足早な自分を思い、ミリ単位で出し入れする。実際のところ、そこまでテンポ良くやっている訳でもないので、出し入れというよりは中でずらしているに近い。何度か繰り返していると、美綴の体が躍った。
 反応が急だったので、少し驚いてしまう。もしかして、と思い当たり、先程の部分をもう一度突付いてみる。すると、
「――ひ、ぅ、ンンッ!」
 また、美綴が跳ね上がった。ペニスを包む強さが増して、お尻を掴む手に力がこもってしまう。しかし、跡が残りそうなくらいに柔肉を握ったことで、美綴は更に昂ぶりを示した。
 涙目のまま、美綴は俺に向けて瞬きを数回して見せる。その拍子に涙が零れて、愛おしさがますます募った。
 もっと泣かせてみたい。
 もっと、悦ばせたい。
 欲求に従って、美綴の敏感な部分を素早く摩擦する。亀頭全体で舐め回すように、しつこく一箇所を責める。腰を前後させる度に、美綴は小刻みに痙攣した。こちらの抽送のリズムに合わせ、鼻で忙しなく息をしながら、しゃっくりみたいな喘ぎを響かせる。
『で、結局どういう流れになったの?』
『どういう……まあ、あの時点では何とも言い様が無かったのでな、保留しておいた』
 外の会話は尽きない。それに乗じて、こんなに激しくなれる。
 いや、行為は激しくはないはずなのに、内側はやたら無口で――だから、やたらと燃える。
 夢中になっていると、美綴が噛み傷の辺りを爪で引っ掻いた。非難のつもりだったのか、それとも感極まったのか。判断はつかなかったが、さっと走った痛みは、感覚を鋭くしてくれた。
 肉棒を熱の塊が飲み込んでいるみたいに思える。あんまり熱すぎて、どこまでが美綴でどこまでが俺なのか、よく解らない。一つになるとか、一緒になるとかいうのは、多分こういうことなんだろう。
 下半身が溶けてる気がする。でも、お互いを支えている脚は、ちゃんとあるはずだ。重みなんてもう、とっくの昔に忘れているだけで。
「っ、ぅ――っ?」
 脇道に逸れていると、いきなり美綴から反撃が来た。だいぶこなれてきたのだろうか、控え目だが、確かに自分でも腰を動かし始めている。地味で些細な動きなのに、繋いだ唇を離しそうになるくらい、やって来る快楽が大きい。
 膝が抜けかける。一気に高まった射精感に焦る。折角美綴が積極的になってくれたのに、ここで呆気無く放ってしまうなんて勿体無い。臍の下に活を入れて、美綴の律動に合わせようとする。
 一緒に退いて、一緒に前に出る。勢いをつけると、気持ち良さ過ぎてぶつかった時に息が止まる。膀胱の辺りに美綴の硬い陰毛が触れて、少しちくちくする。そこでようやく酸素を吸って、再び腰を退いた。
 腰を前後させるのに邪魔そうだったので、背中の方に腕を回した。首筋から指を滑らせて、骨の凹凸を何となくなぞる。泣いていた瞳が、少しだけ笑った。
 それで、大丈夫だと思った。何が大丈夫なのかは、よく解らなかった。
 腰と腰をくっつけて、初めて目を閉じた。キスをしたままではあるけれど、それでも、何かが変わった気がした。
 目を開けるのは、美綴と大体同じタイミングだった。奇遇だな、なんてことを考える。行為を再開しようとしたのも一緒だったので、口にしなくたって、通じ合えることもあるんだと知る。
 じりじりと腰を進める。性急にではなく、じっくり味わうように前にペニスを突き出す。たっぷり蜜の溢れた膣内を掻き分けていく。敏感な部分と、一番奥とで、美綴は背筋をしならせる。
 恥ずかしがって、顔を隠したりなんてことも、もう無くなった。素直に感じてくれている。時折膝を合わせて、痛みを慣らしていることもある。
 二人ともひたむきに、一生懸命にセックスをしている。
 一生懸命だから、こんなにも快感が募っている。
 二人で一つのことをしている、その実感がより体を昂ぶらせる。決してペニスを抜かず、熱い膣に包まれるがままにする。ここは静かな所為か、自然と相手を感じられた。
『だから! どうしてそこでそういう風になるのよ!』
『人の話を聞いているのか貴様は!』
 遠坂はついに癇癪を起こしたようで、一成もそれに引き摺られている。喧嘩をありがたいなんて思うのは、今くらいのものかもしれない。
 俺たちはそっと悪戯めいた視線を交わすと、少し大きく腰をグラインドさせた。ミリがセンチになったくらいのものだけど、股間から僅かに聞こえる水音が、俺を堪らない気持ちにさせる。
 それに何より、背筋を抜ける痺れが段違いだ。気付かれるかも、だなんて思考が吹き飛びそうになる。
 片手を戻す。そうして尻を撫でていると、腰と腰とがぶつかった時に柔肉が揺れるのが解る。波打った肢体が、気持ち良いと訴えている。こっちもそれは同じで、ますます強くしてしまいそうになる。
 あまり激しく出来なくて、それでも快感に急かされて、何度も何度も美綴を突く。とん、とん、と行き止まりにぶつかるたびに、次こそは出してしまうんじゃないかという気になる。
 事実、まだ出していないのが不思議なくらいだ。美綴も遠慮がだいぶ無くなって、うねらせるように腰を押し付けてくる。ただ刺激にうねっているだけなのかもしれないが、それにしたって半端じゃない。陰茎が膣内で、複雑に揉み解されている。
 流石に限界が近い。
 舌を絡ませているので、歯を食い縛って我慢することが出来ない。段々頭が白んでいって、モノが考えられなくなる。腹の中に溜まったドロドロを、ぶちまけてしまいたい。美綴に吐き出してしまいたい。
 でも、本当にやっちゃって良いのか?
 愛液の弾ける音が響いている。そんなに大きい音量でもないのに、妙に耳に残る。
 ただ、息苦しくて、何も考えられなくなる。
「ん、は……ぁっ!」
「あぁ、んん!」
 一度だけ唇を離す。唾液の糸を舌で絡め取って、息継ぎをして、また美綴の口に潜り込む。お互い噛み付くみたいに、すぐ唇を触れ合わせた。酸素で肺が膨らんで、感覚が強烈になる。
 外の喧騒に紛れて、激しく腰を使う。軋みを上げそうな足元に、心臓が暴れている。それ以上に、美綴の痴態に興奮している。腰を退いた拍子に指を前に持って行き、割れ目の上の突起を弾いた。
「――ッ、ぅ!?」
 一気に肉棒が締め付けられる。いっそうきつくなった内側、肉襞を無理矢理に押し分けて、一番奥の奥へと。子宮に鈴口をなすってやる。
 たったそれだけに、さっきの酸素を全部使った。
「ンン――ぅ、んッ!」
「く、ぅあ……!」
 我慢に我慢を重ねていたのが、呆気無く決壊していく。脳味噌から何かが抜けて行くような錯覚。
 出ている。美綴の中に出している。
 快感が下半身に凝っている。
 ぴったりと腰骨は打ち合わせたまま、中でペニスがびくりと跳ねる。全身の熱が一箇所から溢れて、美綴へと流れ込んでいった。
 お互い息を止めて、相手の体に掴みかかった。達した勢いに任せて、指を皮膚に食い込ませ合う。
「ぁ、なか、に――いっぱい……出て……!」
 発言と同時、美綴の中がきゅっとなる。かろうじて残っていたものも、それで搾り出されてしまった。
 そして、心地良い疲労感が芯に残る。
「は――あ、ぁ……」
「んっ、あ、はぁ……」
 唇を楽にして、ようやく弛緩した。根を詰めていた所為で、全身に力が入らない。
 何もかも出し切った。
 瞬きをして視線を彷徨わせると、真っ先に美綴が映る。二人とも、何となく無言で見詰め合ってしまう。
 そこで、改めて美綴の顔を目に収めた。呆、と虚脱した面持ちに、終わったんだと実感する。
 そう、終わったのだ。終わったのだが、それで良い訳では、ない。
 何か喋ろうとは思うけれど、何を喋ったものかと迷っている。事が済んだら済んだで、現実はこうしてここにある。事実が消える訳じゃない。
 初めての相手と、こうして――。
 思い返すと、何とも複雑な気持ちになる。
 踏み出した先にいざ立ってみても、表情は読み取れなかった。美綴は、どう思っているんだろう?
 それがどうしても解らない。
 そして、もう一つ。
 今回の俺の行動は、完璧に浮気だった。すぐそこに遠坂がいたのに、状況に流されてしまった。これは絶対に否定出来ないはずだ。まずはそこに引っ掛かるべきなのに、俺はわざと目を背けようとしている。
「は……ぅ、んっ。はぁっ」
 腕の中で、美綴が大きく息を吐き出す。唾液を飲み込むだけのことに、何だかとても苦労している。健気な姿だと思った。
 俺もそれを真似るように呼吸する。そうして、一度目を閉じた。視界をシャットアウトすると、音だけが頭に響く。
 ……瞼の裏で、二人の顔がだぶる。映像が重なって、混乱する。
 遠坂のことを嫌いになった訳じゃない。そんなことは当たり前だ。まだ俺は、アイツを好きだと胸を張って言える。想いは薄らいでいない。
 ……でも、美綴と交わった時の感情だって、嘘じゃない。これも確かなことで。それに、今更美綴を放って置くなんてことも、俺には出来ない。
 出来ないけれど、出来ないとして、じゃあこの迷いをどうする?
 お互い何も言えないまま、瞳を逸らさないままに、時間だけが過ぎていく。何だか居心地の悪さがあった。そうこうしていると、
『ああもう、解ったわよ。じゃあ、ちょっと一緒に話聞きに行きましょう』
『望む所だ』
 語気を荒くして、外の二人が部屋を出て行く気配がした。ドアが叩きつけられる音がして、静寂が戻ってくる。
 本当に行ったのだろうか?
 もう、大丈夫だろうか?
 答えは返ってこない。けれど。
「――く、」
「ふふ、」
 堪えきれなくなって、微妙な空気がふわりと崩れていった。胸の辺りの澱みが和らいでいく。見てみれば、美綴の口元も緩んでいて。
 そこでようやく、俺たちは二人同時に吹き出した。笑いながら頭を仰け反らせると、それだけで壁に髪の毛が触れてしまう。
 ああ、ここはこんなに狭かったんだ。
 こんな場所で、してしまったんだ。
 そう考えると、たった今の話なのに、感慨深いものがあった。
 とにかく、誰もいなくなったのならば、箱の中にこもっていることもない。仕舞うべきものを仕舞うと、俺たちは久々に外に出て、思い切り体を伸ばした。無理をさせていた骨が、盛大な音を立てた。
「やれやれ、暑かった……」
「ほんとにねえ……」
 声に振り向くと、美綴の太股から赤と白の混じった液体が垂れていた。中に出してしまったんだな、と今更ながらに意識した。
 美綴は、経験が無かったのに。
 でも反面、美綴の肌はまだ紅潮していて、酷く色っぽい姿にも見えてしまう。思わず下半身が反応して、俺は無節操だ、と否応無しに理解させられた。それを苦く思っていると、
「――なんか、こう」
「ん?」
 考えを乱すように、美綴が独りごちる。爪先で床を蹴りながら、言葉を選んでいるようだった。数秒ほど悩むだけ悩んで、
「負けたって気分」
「……何が?」
 質問には答えず、美綴は俺の頬をつねった。気難しげに、眉間に皺が寄っている。左右に引っ張られて、俺は痛いやらいきなりやらで混乱してしまう。
「いふふり、やへえうえ」
 止めてくれと言っているのだが、とてもそうはならなかった。しばらくして満足したのか、美綴はようやく険を緩めて、手を離してくれた。そして、離す際にぺろっと舌を出す。何だかそわそわしてはいたけれど、そこには責める様子が見られなくて、何だか――救われてしまった。
 良い、のかな。
 こう考えるのも何度目だろう。
 ポケットにティッシュが入っていたので、慌てて取り出した。
「あ、ありがと」
 こういうのは俺がやるべきなのかな、と思ったので、それを渡さず美綴の前に屈んだ。いそいそと作業に取り掛かろうとして、そこで目を上げると、真ん中に染みのついたショーツが飛び込んでくる。
「あ」
「ちょ、こらっ!」
 美綴は真っ赤になって、スカートを抑えてしまう。布が液体に触れて、皮膚の上で伸びた。恥らう姿が可愛くて、また間違ってしまいたくなる。
「汚れるって」
 言いつつも、内心かなりよろめいている。ハメはもう完全に外れてしまっているのかもしれない。
 垂れてきたものをティッシュで拭ってやると、ハリのある太股は、心地良い弾力を返してきた。指先で軽くくすぐりつつ、ティッシュを上に進めていく。
「ちょ、あ……」
 急に弱い声を出されて、背筋にぞくぞくしたものが走る。軽い喘ぎに背中を押される。股間の染みにティッシュを当て、手を震わせてみたりする。敏感な部分を再度苛められて、美綴の膝が崩れかける。赤と白がショーツの真ん中で広がって、また性懲りも無く股間が膨らんだ。
 と、
「いい加減に、しろっての!」
「ぶっ!」
 いきなり顔を張り飛ばされた。
 鼻を押さえて顔を上げると、照れながらもおかんむりな美綴が俺を見下ろしている。細い肩が怒りに揺れていた。
「悪い……」
 今のは完全に俺がやり過ぎた。いやまあ、今に限った話ではないんだが。
 取り敢えず、これ以上間違いを起こす前に立ち上がった。素直に頭を下げる。
「まだ……痛いんだから……」
 床と睨めっこをしていると、美綴はそんなことをぼそりと呟いた。俺は反射的に表情を窺おうとしたが、美綴は一瞬早くそっぽを向いてしまう。惜しい。
 さておき、本気で怒っているかは別として、顔を合わせてくれないのも厭だ。どうにかしようと口を開く。
「本当に悪かった」
「んー、本当にそう思ってる?」
「思ってるよ」
 色々と無茶もしたことだし、そこに嘘は無い。すると美綴は思案げに腕を組み、
「じゃあ――家まで送ってよ」
「それでいいのか?」
「うん。それでいいよ」
 あっさりと頷いた。そういえば、美綴の立ち方はどこかおかしい。さっき自分でも言っていたように、痛みが残っているのだろう。
 別に無理な注文でも何でもないのに、俺が承諾したのが嬉しいのか、美綴はすぐに機嫌を直してくれた。それで俺もほっとする。
「それじゃ、お願いね」
「ああ、解った」
 エスコートするべく、差し伸べられた手を取る。火照りはやっぱり残っていて、掌に微熱を感じた。ふらつく美綴を支えつつ、出口へと向かう。二人とも制服なのが様になっていないけれど、気分だけならなかなかのものがある。
 外に出ようとしてふと、鞄を取りに教室まで戻らなければいけない、ということを思い出した。誰かに見つかったりしないだろうか。
 ヒミツなことをしていたので、廊下に出るだけでも妙に緊張する。日は暮れかかっているし、生徒の大半は帰っているんだろうけれど。
 指がしっかりと絡む。
「何か、悪いことしてるみたいだね」
「どっちかというと、してた、かな」
「……ふむ」
 そう言ってやると、美綴は微妙な唸りを一つ寄越した。ドアを開けると、俺よりも先に大きく一歩を進めて、廊下に出てしまう。
 瞬きと重なって、横顔は一瞬しか見えなかった。俺は先を行く美綴に、一歩遅れて歩いている。
 繋がれた手。
 顔が見えないのは惜しいし、何よりこれじゃエスコートされている。
「ちょっと待ってくれよ」
「やだ」
 にべもない。だが、返事に嘆息すると同時、ちょっとその気にさせられもする。だってそれは、美綴が条件をつけた時と同じ言葉だったから。
 だったら――今度は何を言われるんだろう?
 期待半分、興味半分。まずは足並みを揃えて、顔を覗いてやろう。
「待てって」
「待っても良いけど、じゃあ――」
 予想通りの展開に、少しだけ笑う。廊下には俺たち以外誰もいない。
 ――だから今だけ、迷いを消して。
 求める言葉につられるように、大きく一歩を踏み出した。

 

/みつみつみつ・了

 


 

預かり物 に戻る

© 秋月 修二