衛宮の野望 -調略編-


 今まで色んな藤村先生を見てきたけど、こんなに真剣な顔で怒っているのは初めて見たかもしれません。それくらい、目の前に座ってる先生は怖くて、そして真面目な顔をしてました。
「桜ちゃんが士郎に対してどういう気持ちを持ってたか位は分かってたわよ。それにこの年だもの、そういう事に興味持つな、だなんて言う気はないわ」
 どんっ!
 勢いよく振り下ろされた先生の拳で、机の上のクリスタルグラスの花瓶が飛び跳ねました。値段を言ったらどんな反応をするか、ちょっぴり興味があったけど止めておきます。藪をつついて虎を出したくありませんし。
「だけどね! あんな事はセックスでも何でもないでしょう? まるで獣じゃない!」
 藤村先生の事をよく知らない生徒が見たら、震え上がって縮こまってしまうんじゃないだろうか。それくらいに鋭い視線で、彼女はわたしを睨みつけてます。
 まぁ、こうまで藤村先生が怒っているのには訳がありまして。
 実は昨日、わたしと先輩がセックスしてる所を藤村先生に目撃されてしまったんです。
 学校で、とかじゃなくて先輩の家だったのはまだ不幸中の幸いだったとも言えるんですが。その、問題は……その場にいたのがわたしと先輩だけじゃなかった事でしょうか。
 わたしとライダーと、そして姉さんと姉さんの使い魔である所のセイバーさん。
 五人がくんずほぐれつというか、ちょうど先生が飛び込んで来た時、わたしはセイバーさんの股間に顔を埋めていて。
 こう、弁解の仕様などあるわけもなく乱交の真っ最中でした。
 ……えと、わたしがセイバーさんを攻めていたのはそういう気があるからとかなくて、たまたま手持ち無沙汰だったというかそこに可愛い女の子がいぢめて光線出していたからだとか本当はずっと先輩のをおしゃぶりしていたかったとか色々言いたい事はあるのだけれど、とにかくタイミングとしてはどうしようもなくアウトで。
 こうして、藤村先生の緊急家庭訪問発動となってしまった訳です。
 ちなみに昨日は姉さんがそのまま説教を受ける羽目に陥り、今朝顔を合わせた時は虚ろな瞳で「大変だったわよ……」と言い残していきました。
 あの姉さんにそこまで言わせるのだから、本気で怒ってる藤村先生の恐ろしさは大した物です。現在進行形でその深刻さを噛み締めてますけれど。
 ただ、とりあえず感謝すべきは今家に兄もお爺様もいない事でしょうか。
 あの聖杯戦争の時、お爺様を666回殴りつけて更生してくださった、坂の上の神父様。間桐桜は心の底より感謝しております。
「いた、痛いイタイイタイやめてむしろ溶けるワシが無くなる魂出てる!」
 そんな断末魔の声を上げて、体が半分くらいに削れたお爺様は少しぷりてぃでした。あれ以来お爺様はすっかり優しくなられて、今は毎朝のゲートボールを生きがいにしておられます。
 そして毎日のように兄を連れ出して遊びまわっている金色の人。やっぱり桜は感謝しています。
「むぅ、今日は収穫ゼロか。雑種の女のくせに随分とお高く留まっているものよな」
「そんな口調でナンパして上手くいく訳無いだろ!」
「やかましい。雑種は雑種で十分だ。まぁ仕方あるまい。今日はお前で我慢しておこう。我の役に立てる事を光栄と思え」
「……僕で我慢って、何だその目はその手は寄るな触るな掴むな脱がすなー!」
 先ほど窓の外で繰り広げられた微笑ましい光景とやり取り。何か不穏な発言もあった気がしますけれど、とりあえず我が身に降りかからなければ生暖かく見守れます。兄さんをお願いしますね、金色の人。
 そんなわけで、家に今いるのはわたしと先生とライダーだけ。ライダーも当事者なのに、この場にいないのはちょっとずるい。マスターを置いてけぼりにして霊体化で逃げるだなんて、サーヴァントの風上にも置けないこの所業、少し彼女への知行の量も考えなければいけないかもしれません。
「本当に、見損なったわよ! まるで士郎を玩具みたいに扱って、桜ちゃんがそんな子だなんて、私思ってなかった!」
 それにしても、思った以上に姉さんの陣営は強力でした。
 わたしもライダーもスタイルなら負けていません。むしろ圧倒的に勝ってます。
 この小柄な体にはちきれんばかりの二つのおっぱいは世の男の子の視線を釘付けにして外さない筈だし、ライダーのプロポーションと『年上の経験豊富なお姉さん』という属性も他を圧倒するだけの戦闘力。
 通常なら負けるはずの無い戦なんだけど、何故か現状は姉さんたちの圧倒的優位。
 まさか、まさかとは思いますが。ひょっとして先輩は巨乳には心惹かれないというのでしょうか。
 健康な男としてありえない事だとは思いますが、もし、もし仮にそう考えると、今の姉さんの陣営の戦力は――圧倒的の一言です。
 姉さんもそうですが、問題はセイバーさん。あのつるぺたはもはや反則。ある種封印指定の域に達しているのでは無いでしょうか。そのくせあのまろみのあるおしりのラインは女らしさにあふれていて。アンバランスに弱い人間なら抵抗不可でころりと逝ってしまうでしょう。わたしも逝きかけましたし。
「ちょっと、桜ちゃん聞いているの?」
 不安に胸を押さえる振りをして、自分の乳房を軽く揉んでみます。うん、柔らかさだけじゃなくてちゃんと弾力もあるし大きさも問題なし。かなりの逸品だと思うのだけれど。
 このおっぱいで先輩のおちんちんを挟んで、強く激しく責め立ててあげましょう。谷間から飛び出た可愛らしい亀頭に、ねっとりと舌を這わせて時には軽く甘噛んであげましょう。快楽に身を捩じらせて顔を赤らめる先輩を見て、わたしも嬉しさに顔を赤くしますから。そして先走りの汁を舌に受けて、燃えるように熱く滾った先輩の欲望が、わたしの奥にも火を点してくるのでしょう。胸で愛して、口で先輩を慈しんでいる内に、わたしもきっと耐え切れなくなって自分のあそこに指を這わせて。
 ――本当にえっちな子なんだね、桜は。
 違います。先輩が相手だから、こういう事をしてしまうんです。
 ――だけど、セイバーを責めたり、ライダーに責められてよがったり。あまつさえ実の姉にまで欲情してるじゃないか。
 それも違います。先輩がそこにいるから。先輩がどうしようもなく欲しいから、体が火照ってしまうんです。
「桜ちゃん? おーい桜ちゃん?!」
 記憶の中の先輩の声に炊きつけられて、想像の私がよがり狂って。そして現実の体が火照っていく。じゅくりと太ももの付け根がうずいた気がしました。
 そうですよね。やっぱりおっぱいはこうして使うべきものですよね。それが出来ない姉さんやセイバーさんに、このまま負けているわけには行きません。
 何かきっかけが。こちら側に引き釣りこめるだけのきっかけが欲しい。それさえあれば先輩を絡め取って、もう逃がさないように出来るの……
「ええぃ! 話を聞けー!!!」
「ひゃうっ?!」
 部屋を揺るがす大音声に、思わず変な叫び声を上げてしまいました。顔を上げれば、椅子をけりたおして握り拳をプルプルと震わせている藤村先生の雄姿が。背後に虎の姿が見えるのはきっと私の幻覚じゃないと思います。
 そのままずかずかと一直線に進軍してきた先生は、抜く手も見せず私の両の耳を摘みあげると、
「人がまじめに説教してるのに聞かない耳はこの耳か! ええこの耳か?!」
「痛いです痛いです、先生、ギブアップです!」
 いえ、冗談抜きで痛いです。目の端に涙まで浮かんできたんですけれど。
「ええい、聞く耳もたん! 話を聞かん耳など切り落としてくれる!」
 ……冗談に聞こえないあたりが本気で怖いです、先生。
「聞きます! しっかり聞きますからどうぞお許しを!」
「むぅ……しからば今回だけは許すわね」
 そういうと先生はぱっと手を離して、腕組み姿でこちらを睨んできました。その様を見ると、先輩の『お姉さん』という空気は無くて、この人はやはり教師なんだと実感させてくれるのですが。
 正直、ずるいです。
 ほかならぬ藤村先生自身、先輩の事を狙っていると言うのに。
 隠しているつもりらしいですが、わたしの目は誤魔化せません。時折、姉の目でも先生の目でもなく、一人のオンナの目で先輩を眺めている藤村先生。
 あの時、先輩と絡み合っていた私たちを見た時、怒りの他に間違いなく、嫉妬の光がありました。
 藤村先生が先輩を狙っている。考えてみれば当然という状態かもしれません。
 わたしが知らない位小さい時からずっと先輩のことを見続けている。その間に結婚とか好きな人を作っていればそのまま『姉』として接することが出来たのでしょうけど、残念ながら先生はずっと一人身でしたし。そういう状態で、一番身近な男性がどんどん素敵になっていけば惹かれるなというのが無理な話でしょう。
 でも、それを隠してこうして良識を向けてくるのは、ずるい。
 先輩が好きならば、堂々と名乗りを上げて戦いを挑んでくるべきです。こうして、自分を大人の立場において、横から隙をうかがうのはいただけない……
 ……ちょっと待ってください。
 隙をうかがう、というのは、つまりは正面からは立ち向かえないという事実の現われ。それは客観的にも主観的にも間違いのない事でしょう。現在の藤村先生では、よほどの幸運にでも恵まれない限り先輩を手に入れる事は不可能です。
 同じく、現在のわたしにとってもあの二人は強敵に過ぎます。
 わたしと藤村先生は、共通の敵を抱えている。
 それなら――先生を利用する、もとい手を組む事だって出来る筈。
 ほんの少し痛む心を、そっと奥底に沈めます。先輩に関しての事を除けば、藤村先生はとっても良い先生ですし、大好きです。
 だけど、ごめんなさい。
 先輩のためなら、わたしは鬼にでもあくまにでもなれますから。
 短く息を吐き出して、じっと先生の顔を見つめて。そんなわたしの顔をいぶかしげに先生は見つめてきました。
 「む、何か言いたいことがあるのかな桜ちゃん?」
「――はい、藤村先生」
 その先は、今までの先生との関係を崩す言葉。だけど、躊躇う事無く踏み出しました。
「先生も、衛宮先輩のことが好きなんでしょう? 隠さず、答えてください」
「えぇぇえぇっ?!」
 反応は劇的でした。
 思わずのけぞって目を白黒させる藤村先生。ここで考える間を与えてしまっては負けです。一気に畳み掛けて力づくで納得させる。微妙にわたしのキャラとは違う気がするのですが、多分これも姉さんの影響でしょう。そういう事にしておきます。
「先輩の所でご飯を食べてる時、一心不乱に食べる振りして先輩の姿目で追ってますし」
「そんな事はないわ……」
「『間違えた』とか言って何回か先輩入ってるお風呂のドア開けちゃったりしてますよね?」
「違うの、桜ちゃんそれは……」
「たまに疲れて眠り込んでしまってる先輩の所、膝枕とかしてあげちゃったりしてますよね?」
「何でそんな所まで見てるのよー!」
 目に見えてうろたえだしてる藤村先生。会話のペースを握ったことを確信したわたしは、椅子から立ち上がってにっこりと微笑みます。そんなに悪意は込めてないつもりですけれど、きっと先生からすると悪魔の笑顔に見えてしまってるんでしょう。ああ、こんなところまで姉さんに似てきてしまった。
「だって、わたしも同じ目で見ていたんですから。気付きますよ。気付いてないのは先輩だけです」
「桜ちゃん……?」
「そんなに押しの弱い行動じゃ、先輩は気付きませんよ。このままだと先生は、ずっと『お姉さん』のままで終わってしまいます」
「……終わってしまうも何も、わたしは士郎のお姉ちゃんなんだから、あの子にそんな気持ちは持ってないわよ」
 む、結構手ごわいですね。この期に及んでそんな事を言いますか。
「それなら、わたしにしろ姉さんにしろ、先輩を自由にしてしまっても良いという事ですよね? 先ほど先生はセックス自体は別に構わない、と言ってましたし」
「それは違うわ! わたしが言いたいのは健全に付き合ってという事であって……」
「でも先輩は健全な男の子ですよ? 一度知ってしまった物を取り上げるなんて事、出来ないんじゃないですか?」
「……何が言いたいの、桜ちゃん?」
 虎が唸るとこういう声なのでしょうか。藤村先生は不機嫌そうに呟きますけど、わたしの話自体には興味を持ってるご様子。これならば、いけますね。
「ですから、先輩が大事ならばご自身で身を持って受け止められた方が良いんじゃないかと思ったんです。藤村先生の気持ちを先輩に知ってもらって、先輩に受け入れてもらう。まずはそこからが出発点だと思いますよ」
 心の底からの笑顔を浮かべて、そう先生に囁きます。
「……ちょっと待って? 桜ちゃん。あなただって士郎の事が好きなんでしょう? なのになんでわたしにそういう事を言うわけ?」
「だって、わたしは藤村先生のことも大好きですから。あんなに頑張ってる姿を見れば応援したくなりますよ」
 ごめんなさい。
 心の中で舌を出して、ぴょこりと頭を下げておきます。
 嘘はついてません。ただ、『先生の幸せ』というのは『わたしと先輩のらぶらぶ生活』に比べて随分と優先度が低くなってしまうだけなんです。
 先生に花のような笑顔を向けたまま、わたしは魔力回路を起動して、ライダーに念話を繋ぎます。
"ライダー、さっきの事なんだけど……"
"……お客様のお掛けになられた番号は、現在電波の届かない所にいるか、電源が入っておりません。お電話番号をお確かめの上……"
"……魔力供給、切るわね?"
"切ってから言わないでくださいサクラ……”
"とりあえず説教から逃げた事は後に回しておくから。先生に例のお茶を用意してください。それと先輩を呼んできてくださいね"
"何か企んでいますね。あんまり策略に頼るのはお勧めできませんが”
"正攻法で勝てないんだからしょうがないでしょう。さぁ、ちゃっちゃとお願いします!"
 まだ何か言いたそうでしたけど、それでも納得したのか彼女が部屋を出て行った雰囲気が伝わってきました。どうにも最近反抗的なのは、一体誰に似たのでしょうか?
 ともあれ、仕込みは終了。あとはこちらの準備を終えるだけ。
「先生、どうしますか? 先生が正直に思いを話してくれるなら、わたしは全面的に協力しますよ? だけど話してくれないなら先生は先輩の『お姉さん』という事で、そういう思いは抱いてないんだって納得しちゃいますけど」
「……う〜ん、信じていいの?」
 まだ半信半疑なのでしょうが、それでも大分警戒心が薄れてきてるのが伝わってきます。うん、これなら大丈夫ですね。
「もちろんです。わたしだって先輩の事好きですけど、このままじゃ姉さんに取られちゃいますもの。それだったら、大好きな藤村先生に頑張ってもらいたいです」
「桜ちゃん、遠坂さんの事ひょっとして嫌い?」
「気ノセイデスヨ先生」
「……分かったわよ。ええ、認めるわ。わたしは士郎の事が好きよ。姉としてじゃなくて、切嗣さんの事を重ねてるわけじゃなくて。純粋に士郎が好き。でもそれだけよ。士郎は私の事をそういう風には見てないだろうし、わたしも先生としての立場とかもあるもの」
 目を伏せがちに、ポツリと呟くように心の内を語る。そんな先生の姿を見て、胸の奥が少し痛くなりました。
 先生、わたしも先生のことが大好きです。そういう風に素直に思いを吐露できる先生の事が大好きです。
 だけど、恋愛は仁義なき戦いなんです。
「わたしに任せてください。ちゃんと先輩が先生の事を女として見てくれる。ばっちりなアイデアがありますから」
「そんなものあるの?」
「ええ。要は先生の女としての魅力、女らしい可愛らしさを先輩にアピールすればいいんです」
 わたしの言葉に一瞬動きが止まった先生は、次の瞬間大声で笑い始めました。
「わたしの魅力? 女らしい所? 桜ちゃん、それはちょっと難しいんじゃないかなぁ?」
 ……そう自分で言い切るのも女としてどうかと思いますけれど。
 だけど、そう言われるのも予想済み。指を立てて神妙な面持ちを浮かべ先生に向かって、
「大丈夫ですよ。先生はとっても魅力的です。その魅力をわたしが演出しますから」
「演出?」
「ええ。それに男の人ってギャップに弱いんです。普段の先生しか知らない先輩が、急に女らしく魅力的な姿を見たら一発でころりといっちゃいますよ」
「本当に? 本当に本当?」
「勿論です。どんとわたしに任せてください!」
 わたしの言葉に、目に見えて相好が緩んだ藤村先生は、小躍りしそうな雰囲気で鼻歌を歌い始めました。
「よーし、見てなさいよ士郎! お姉ちゃんの魅力、たっぷりと教えてあげるから!」
 ええ、任せてください。しっかりと先輩に先生の魅力を伝えますから。
 ただちょっと、ほんの少しばかり先生の予想とは違う方向だと思いますけれど。
 心中でそう呟いた所で、部屋にノックの音が飛び込んできました。どうもライダーの方も準備が出来た様子。
 さて、それでは始めるといたしましょうか。

 

2へ

 


 

預かり物 に戻る

©丸居 瞬